第71話 まだ慌てるような時間じゃない
アマテラスは、まるで誰にも見えないかのように、悠然とその場を離れ、わたしのところにやってくる。
やってくれたわね、アマテラス……
いや…
まだ、慌てるような時間じゃない。
あれには、わたしの名前は入っていないのだ。黙っていれば、誰にもわからないはず。
女性教官に見られたら危ないけど。実力試験の解答とは容易に結びつくからね。
とりあえず、朝食を。冷静に…、落ち着いて…、左手は添えるだけ…。
今朝はベーコンを挟んだパンとスープ、それからサラダ。どこかにお米ないのかな、炊きたてご飯でTKGしたい。
そういや、醤油もないな。
異世界の定番だよね、どこかで見つかるの。
食べたら泣く自信、あるね!
アマテラスがベーコンに興味津々だ。
「ダメよ、アマテラス。ベーコンは塩味つよいから、こっちをお食べ?」
ポケットに忍ばせていた、乾燥肉を取り出してあげると、ちょびちょびと食み始めた。
こうしてるだけなら、可愛らしいニャンコなんだけどねぇ……。どうやって、本を持ち出したのさ。
常に何かで気を引いてないと、イタズラするのかなぁ……。
「ルナ、その子に名前つけたの?」
おお!この声は、マイエンジェル、マリーちゃん!マリーちゃんなら、相談しても大丈夫かなぁ。
「マリー、この子、なんですけど……」
そこまで口から漏れたところで、マリーちゃんのたおやかな手が、わたしの口を塞ぐ。
やわらか!なめらか!いい香り!何これ!舐めてもいいかな!
いやいや!ダメだって、舐めちゃ。友達から不審者にクラスダウンしてしまう。わたしは変態ノーマンと同類ではないはずだ。
マリーちゃんが、わたしだけに聞こえるように小声で話す。
「レイティシア様が言ってたわ。多分精霊様だって。ルナ、何も起きてない?」
さすがレイティシア様、そしてマリーちゃん。
心配してくれてるのかしら。
そして、もうすでに何か起きてる。
視界の先には、沸き立つ女子生徒。
決して知られてはならない。わたしは影の存在として生きていくのだ。安寧のために。
「えぇと…、わたしは日陰者として生きていくことになりました……」
口を押さえて眉を八の字にするマリーちゃん。
んん?!端折りすぎた!!
こんな言い方したら、精霊様案件は大凶方面にとられるよね!!フォローしなきゃ!!
「あ、そうじゃなくて、あれ、わたし、またやらかしたっていうか、この子にやられたっていうか……」
指差す先は、もはや池袋のカフェだ。推し活論争で、先輩だの、後輩だの、先生だの、従者だのって言い合いをしている。人数も増えた。
「え?あ、うーん……」
ごめん、マリーちゃん。そんな風に悩ませちゃって。
「わたしの名前はでてないはずなので、とりあえずは大丈夫だと思うんですが……。この子が何するか読めないんです……」
マリーちゃんが見下ろした先にはアマテラス。
半分になった肉を加えて首を傾げる。
その仕草に、懐柔されるマリーちゃん!表情柔らかくなったよ。
まあ、猫の仕草って、心持っていかれるよね。
「そ、そうなのね。仕方ないかも……しれないわね…。それで…、名前つけたのね、うん、そっか。なんてつけたのかしら?」
名前つけちゃだめだったかな?
「あ、はい。アマテラスって、つけました……」
マリーちゃん、手の平を上にして、アマテラスにそっと近づける。アマテラスは軽く鼻息を鳴らして、その手に顎をのせた。
「アマテラス様、わたくし、マリアンヌ・シュラインと申します。ルナの友達たる者です。お見知りおきを、お願い致します」
……わたしとんでもないモノに名前つけちゃったのかな?
アマテラスは、 マリーちゃんに頭を擦り付けて、気持ちよさそうに声をあげる。
マリーちゃんはホッとした様子。
そして、ハッとした様子のマリーちゃん。
わたしを見つめて視線で何かを告げる。
ん?何?…………おわふっ!もうこんな時間!!
学院いく準備しなきゃ!!
ほれ!そこの池袋女子!もう、慌てる時間ですよ!!仙道でもどうにもならなくなるよ!
小さな騒動の連鎖、断ち切らなければ!!
グラナド家が炎上してしまう!




