表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

50/93

第49話 悪役貴族、窮地を脱する?

「どうやら……わたしはとんでもない思い違いをしていたようだ。あの頃のマルス・ヴィル・バレンタインは、とうにいなくなってしまったとばかり」


 ぎくりとしたが、憑依したことを言っているのではないだろう。気高い貴公子だった頃と、異端に堕落した今。彼女はその差に言及している。

 いずれにせよ、当時のマルスがいなくなってしまったのは紛れもない事実なので、一応は否定しておかなければならなかった。


「勘違いじゃない。キミの言った通り、あの頃のマルスはもういない。ここにいるのは、異端に手を染めて辺境に追放された、ただの罪人だ」

「なにを言う。そなたの誇り高き精神は、断じて失われていない。まさに今そなた自身が証明しているではないか」


 目尻に浮かんだ雫を拭うブリジット。


「マルス。わたしは嬉しい。また、そなたに会うことができた」


 それは紛れもない本心の吐露。彼女の声や表情、指先の動きまでもが、深い感情を物語っている。

 凛々しくも人間味のあるブリジットの微笑みは、マルスの琴線を強く刺激する。


(ああくそ。やっぱ美人だな。腹が立つくらい綺麗だ。スクショして待ち受けにできないのが悔しいぜ)


 マルスは自身とエリシアの危機を理解していたが、同時にこの状況を楽しんでもいた。

 推しと言葉を交わす。自分の言動で推しの心を動かし、通わせる。かつて膨らませた妄想が現実になっている。


(推しと通じ合うこの喜び。なんか、マルスとして生きていくのも悪くない気がしてきた)


 ブリジットが目の前にいて、生身の反応を返してくれる。この上ない喜び。


「決めたぞ。わたしは決してそなたを斬らぬ。殿下には命令を撤回して頂く」


 騎士達がざわめいた。騎士団長ともあろう者が、はっきりと王太子の命令に背くと宣言したのだから当然だ。


「そんなことできるのか? 俺を庇えば、異端に与するとかなんとか言われるんじゃない?」


 胸中でガッツポーズを取りながら、あくまでブリジットを案じるスタンスを絶やさないマルス。


「そなたはこの地に追放されたことで既に罰を受けている。あるはずのない余罪まで問うことはできぬ」

「本当に俺が黒幕だったら?」

「ありえないと確信している」


 ブリジットは吹っ切れたような表情だった。マルスを微塵も疑っていない。むしろ信頼を誇りにさえ思っている。

 屈託のないまなざしに、マルスは苦笑するしかなかった。


「なに、心配は無用。わたしの父は大将軍であり、母は王后陛下と親しい関係だ。殿下の命を取り下げて頂けるよう両陛下に働きかけてもらう」

「それって権力の濫用じゃない?」

「違うな。真実を見ずそなたを処断しようとする殿下こそ、権威を振りかざしておられる。わたしは一臣下として、殿下をお諫めし、軽挙妄動を止める責務がある」

「まぁ確かに……」


 臣下がイエスマンばかりでは、聖人君子ですら暗君になり下がるだろう。為政者を名君たらしめるのは、知勇の臣下があってこそだ。


「俺だって死なずに済むならその方がいい。ありがとう、ブリジット」

「気にせずともよい。やっとそなたに恩返しができそうで、わたしも安心している」


 互いに見つめ合い、笑みをこぼす二人。


「来てくれたのがキミでよかった。他の騎士団だったら、今ごろ俺は息してなかったかも」

「隣の地域で演習をしていたのだ。この場所から最も近くにいる騎士団が我らグロワールだった。僥倖……いや、これも巡り合わせか。そなたが贈ってくれたこの鈴が、再び我らを引き合わせてくれたのだろう」


 ブリジットは柄の鈴を鳴らす。堅物に見えて意外にもロマンチスト。そんなギャップが、マルスの心を掴んだ一因でもある。

 剣呑な雰囲気から始まった騎士団の訪問は、いまや和やかな幼馴染の再会の場となっていた。

 エリシアもほっと胸を撫で下ろす。全身の力が抜け、わずかにふらついたほどだ。

 だが。


「納得できません!」


 和に水を差す鋭い声があがった。

 リサだ。

 琥珀色の双眸は憎悪に満ち、マルスを映しこんでいる。


「お姉様、なぜ命令に背かれるのですか。異端の排除は王太子殿下の直々の御命令です。たとえお姉様でも、逆らうことは許されません!」

「落ち着け、リサ」

「落ち着けません! 命令違反は軍法会議! そう言ったのはお姉様じゃありませんか!」


 リサは一歩、前へ出た。紅のポニーテールが揺れ、床板に靴音が響く。


「リサはお姉様を尊敬しています。誇り高く、正義を貫く人だと信じています。ですが――」


 抜き放った剣の切っ先が、マルスの喉元に向いた。


「この男を庇うことだけは、どうしても納得できません! 異端を見逃せばレガリアの教えを否定することになるのです!」


 抜き身の鉄剣が、ぼろ屋の室温を下げていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ