第47話 悪役貴族、大ピンチに陥る! ①
「理不尽です」
エリシアが震える声を絞り出した。
「いくら罪人だからって、ろくに調べもせず処刑なんて。それが女神に仕える聖王家のやり方ですかっ……!」
「よせ、エリシア」
「でも」
「その気持ちだけで嬉しい」
マルスの意図を汲み、エリシアは口惜しそうに黙り込む。
二人のやり取りを見たブリジットの瞳がわずかに揺れた。彼女は騎士団長としての顔に戻りきれず、瞼を落として言葉を吟味する。
「わたしとて命令に納得したわけではない。だが殿下の御下命を無視するわけにもいかぬ」
「煮え切らないな。何がキミを悩ませている?」
軽い調子なのに、問いには鋭さがあった。
短い沈黙の後、ブリジットは真正面からマルスを見据える。
「真実を見ずに剣を振るうことを、我がフィエリテの誇りが拒んでいる」
簡潔な答え。マルスの口角がわずかに上がった。
「うん。そうだな、キミはそういう子だ。忠義と妄信の違いを、ちゃんと理解してる。やっぱり鈴音の騎士はそうでなくちゃ」
騎士達が目を見合わせる。年長の副官らしき男は渋い顔のまま。若い騎士は不満そうに。リサは拳を固く握り、靴裏で床板をきゅっと鳴らした。
ブリジットは懐から一通の封書を取り出し、テーブルの中央に置いた。割れた白蝋に押された聖鈴の紋章。聖王家の蝋印だった。
「殿下より賜った命令書だ」
「読んでもいい?」
ブリジットが首肯すると、マルスはすぐに中の紙を取り出し顔の前に広げた。
「えーっと、なになに? 『マルス・ヴィル、各地の騒擾に連座のおそれ濃厚。粛清の儀、速やかに執り行うべし』と」
「わたしは殿下に真実の追究を進言した。だが……聞き入れて頂けなかった」
「ブリジットが言ってもダメならお手上げじゃ?」
やれやれとでも言いたげに手を持ち上げるマルス。
「騎士団長様」
エリシアが恐る恐る口を開いた。
「今ここで、彼が逃げずに聴取を受けていること自体が、潔白を証明する一端だとお考えにはなられませんか……?」
「心証はよいが、それだけだ。潔白の証明にはなるまい」
「そう、ですよね」
埃っぽい空間に、再びの沈黙が訪れる。
(まじかこれ! めちゃくちゃヤベーことになってんじゃん!)
涼しい顔をしながら、実のところマルスはひどく動揺していた。
まさかエドワードがここまでの強硬手段に出るとは思わなかった。
(誰だよ! 俺が黒幕なんて言い出しやがったのは!)
マナ・ネットの匿名性が、根も葉もない噂を助長している。
(つーか普通こんなデマ信じるか? この世界にはネットリテラシーって概念がねーのかよ)
かつてない風評被害に怒りを覚えるが、そんなことで心を乱している場合ではない。
もしマルスが死ぬようなことになれば、エリシアはどうなるのか。それが一番の気がかりだ。
横目で彼女を見ると、眉を下げ、不安げな表情で手を組んでいる。
その姿を目にするだけで、胸がひどく痛んだ。
(エリシアだけはなんとしても守らないとな)
〝俺〟が憑依したマルスは、正真正銘の悪人だ。ネットで騒がれている噂の真偽はともかくとして、実際に異端に手を染めている。
だがエリシアは違う。もし彼女にも嫌疑がかけられるなら、それは間違いなく濡れ衣である。
(最悪、俺はどうなってもいい。いや、もちろん死ぬつもりはない。それでも……保険はかけとかないと)
マルスは幾ばくかの逡巡の後、エリシアの淹れた熱い紅茶を飲み干した。
かつん、とカップとソーサーの触れる。
「わかった」
静寂を破ったのはマルスの声。
「エリシアの身の安全と将来。それだけ保証してくれたら、後は好きにしてくれていい」
場の視線が一斉に集まる。
「どういう意味だ?」
「この子はただのメイドで、異端云々とは一切関係がない。親元に戻って普通に暮らせるようにしてやってしてほしい。約束してくれるなら、この首をやる」
「なにを言ってるんですか!」
エリシアが声を上げる。
「まぁまぁ落ち着いて」
笑い混じりに、マルスは手をひらひらと振った。
「俺がここで抵抗しても勝ち目はないし、逃げてもすぐに捕まるだけだ。なんの罪もないエリシアを巻き込むわけにはいかない」
「あなたの無実を証明すればっ」
「真実がどうであれ、王太子が殺せと言ってるんだから俺は死ななきゃならない。そうしなきゃ――」
マルスの視線がブリジットに移る。
「鈴音の騎士の名に傷がつく」
冗談めかした口調の奥に、確かな覚悟が秘められていた。
部屋の空気が変わる。リサが信じられないという顔をし、他の騎士達も面食らっていた。




