第40話 悪役貴族、は嫌われている ①
「リサです。入ってもよろしいでしょうか」
快活な少女の声。
ブリジットが「入れ」と告げると、垂れ幕がめくられ、一人の少女が姿を見せた。
燃えるような赤髪を高く結んだポニーテールがよく揺れ、快活な気配を纏っている。小柄ながらも背筋をしゃんと伸ばし、琥珀色の瞳はどこか子犬のように人懐こい。
「リサ・ヴァーミリオン! お姉様から頂いた役目を終え、ただいま帰還致しました!」
元気いっぱいの報告に、ブリジットは眉をひそめる。
「リサ。軍務中は団長と呼べと言ったはずだ」
「はっ! 申し訳ございません、団長!」
慌てて言い直すリサだが、どこか嬉しそうに笑みを浮かべている。その様子に、ブリジットは軽く嘆息した。
「村長に伝達は済ませたのか」
「はい! 我々がこちらで野営する旨、しかと伝えてまいりました。村長は大変驚いておりましたが、鈴音の騎士様のご意向であれば、と快諾されました」
リサは薄い胸を張って答える。頬はわずかに紅潮しており、走って戻ってきたことを物語っていた。
「ご苦労だった。良い働きだ」
「光栄です、団長!」
リサは小さく跳ねるように敬礼をする。ブリジットはわずかに口元を和らげた。
エリシアは二人のやり取りを黙って見ていた。先ほどまで張り詰めていた空気が、リサの登場で少し和らいだように感じたのだ。
「それと、村長から事付けを預かっております」
「なんと?」
「はい。どうか村に危害が及ばぬように、と」
「当然だ。無用な迷惑はかけぬ」
「もうひとつ。鈴音の騎士様のお姿を一目見たいと、村長のお孫さんが……」
そこまで言ってから、リサは口ごもって頬をかいた。
「野次馬根性だろう。相手にするな」
「で、ですが……お姉――いえ、団長! お孫さんは本当に感激している様子でした。『誉れ高き鈴音の騎士様が、こんな辺境の村にいらっしゃるなんて』って。リサにはその気持ちが痛いほどわかりますので!」
必死に言い募るリサに、ブリジットは少しだけ肩を竦めた。
「……まったく。どこへ行っても好奇の目からは逃れられんな。暇があれば挨拶に赴こう」
リサはきらきらした瞳でブリジットを見上げていたが、ふとエリシアの姿に気付き、小首を傾げた。
「ところで団長。こちらの方は?」
エリシアは不意に注がれる視線に会釈をする。
「彼女はエリシア。マルス・ヴィルの付き人だ」
リサはぱちりと瞬きをすると、険しい顔つきになった。
「マルス・ヴィルの、付き人……?」
琥珀色の瞳が鋭く細まり、空気が一瞬にして張り詰める。
次の瞬間、彼女は腰の剣を抜き放ち、目にも留まらぬ俊敏さでエリシアに斬りかかった。
「――っ!」
金属の澄んだ音が天幕を震わせる。
ブリジットの佩剣が素早く抜き打たれ、リサの剣を受け止めていた。鈴の音色がちりんと歌う。
「何のつもりだ、リサ」
ブリジットの声は重たい怒気をはらんでいた。
その気迫にリサは怯んだが、ぐっと眉間を寄せて剣を押し込む。
「どいてくださいお姉様! この女は刺客です!」
リサは力任せに剣を押し込む。まだ幼い腕は震えていたが、その瞳は真剣そのものだった。
「馬鹿者!」
ブリジットに剣を弾かれ、リサは小柄な身体を後退させた。靴が天幕の敷物を擦り、膝を折りそうになりながら剣を構え直す。
「この者はわたしの客人だ。ここにいるのも、わたしが招いてのこと。お前の勝手な判断で刃を向けるなど言語道断!」
「ですが!」
リサはなおも声を張り上げる。
「マルス・ヴィルは異端者です! その従者だって異端者に決まってます!」
「黙れ。これ以上の無礼は許さん」
怒声とともに、ブリジットの剣が地に突き立てられた。鈴が高く鳴り響き、香炉の煙までもが震える。
「リサ・ヴァーミリオン。これは団長命令だ。命令違反は軍法会議にかけられると、わかっているのか」
リサの肩が震え、歯を食いしばる音がわずかに響いた。彼女の表情にはなおも怒りと警戒が宿っていたが、ブリジットの一喝に逆らうことはできなかった。
「……了解しました、団長」
勃然とした声でそう答えると、リサは剣を鞘へと納める。
ブリジットも同じく剣を納めると、エリシアに頭を下げた。




