第41話 悪役貴族、は嫌われている ②
「すまないエリシア。リサはまだ若く、血気に逸るあまり非礼を働いた。許してやってほしい」
エリシアは胸の鼓動を必死に抑え込み、静かに首を振った。
「……いえ。お気になさらず」
だがブリジットはそれで納得せず、リサへと厳しい眼差しを向ける。
「リサ。客人に謝罪しなさい」
ぎゅっと拳を握りしめ、奥歯を食いしばるリサ。
「できません」
「なに?」
「リサは間違ってません。異端者の従者を受け入れるなんて、どう考えても危険です。謝罪するのは、聖国騎士の精神に背くことです!」
「まだそんなことを……」
ブリジットが額に手を当て、嘆きの吐息を漏らした。
無言でエリシアを睨みつけるリサ。その瞳に宿るのは、強い憎悪。
「リサ!」
ブリジットの叱責が飛ぶ。しかしリサは頑なに背を向け、天幕の垂れ幕を乱暴に押し開いた。
「外で頭を冷やします!」
そう吐き捨てるように言い、リサは天幕の外へ飛び出していった。空気が入り込み、香炉の煙が大きく揺らぐ。
残された沈黙の中、ブリジットはエリシアを振り返り、苦い表情で小さく首を振った。
「本当にすまない。あの子の未熟さは、すべてわたしの責任だ。重ねて詫びたい」
天幕の外から、野営地を設営する騎士達の声が聞こえてくる。活気のある笑い声に、張り詰めた空気がほんのわずか和らぐ。
エリシアの鼓動はまだ速いままだ。恐怖より驚きが勝り、上手く言葉を紡げなかった。
「あの子……リサは、異端に対して人一倍思うところがあってな」
「敬虔な方なのですね」
「そうではない。ただ、あの子にはあの子なりの傷があるのだ。許してくれとは言わないが、事情は理解してやってほしい」
ブリジットは隅にある木箱を開け、その中の袋から一本の小瓶を取り出した。それをエリシアの前に置くと、胸に手を当てて目礼した。
「詫びの印と言ってはなんだが、これを納めてくれ」
小瓶は青い液体で満たされている。まるで宝石のような色彩と透明度。液体の中には、キラキラと光る金の粒子が漂っている。
「ハイポーションですか?」
エリシアは驚いてブリジットを見上げた。
「こんな貴重なものを頂くわけにはいきません」
「マルスの傷に効くだろう。遠慮することはない」
「そんな……」
ハイポーションには、一瓶で聖都に豪邸が建つほどの値がつく。量販されているポーションとは違い、ハイポーションには高位聖職者の神聖力が込められており、製造される量はごくわずか。価値も効能も、通常のポーションの比ではない。
「わたしの従騎士がわけもなく斬りかかったのだ。これでもまだ足りないくらいではないか」
そう言われるとエリシアにも断る理由がない。
ブリジットの言う通り、ハイポーションがあればマルスの怪我はすぐにでも良くなるだろう。この澄んだ青い液体には、それだけの力があるのだ。
小瓶からブリジットに視線を移すと、彼女は微笑みを浮かべて頷いた。
「そういうことなら、ありがたく頂戴します」
エリシアは深く頭を下げ、小瓶を腰袋にしまう。
「長話に付き合わせてしまったのに、大したもてなしもできなかった」
「とんでもないことです」
「明朝、改めてそちらに伺う。その時に、我々がマルスに会いに来た理由を話そう」
「わかりました。お待ちしております」
どうしても形式的な返答になってしまう。帰る頃になっても、エリシアの緊張はほどけないままだった。
ブリジットは垂れ幕を上げ、エリシアをくぐらせる。野営地はほぼ完成しており、騎士達が昼食の準備をしているところだった。
「では、失礼します」
「うむ。明日はよろしく頼む」
エリシアはブリジットにお辞儀をすると、野営地を出て帰路につく。
(あの人、お腹すかせてるだろうな。帰ったら何か作らないと)
帰りを待つマルスに思いを馳せ、エリシアの足は自ずと速くなった。
ふと背に刺さるような視線を感じて振り返る。
野営地の柵の陰に、よく映える紅いポニーテールが見えた。リサだ。琥珀の瞳は細められ、火で縁取られたような視線でこちらを見据えていた。
先程の出来事を思い出し、今更ながら背中を震わせる。
(騎士団長様が止めてくれなかったら、斬られてたかも)
突きつけられた刃と敵意。その鋭さは、エリシアが今まで体験したことのないものだった。
(異端者の付き人は異端、か)
不思議と怒りはなかった。それよりも、一抹の寂しさを覚える。
(あの人が本当に、お母さんを生き返らせるために異端魔術を研究していたんだとしたら……なんだか気の毒だな)
たとえそうだとしても、今までマルスが重ねてきた悪行が帳消しになるわけではない。
エリシアは複雑な思いを抱えたまま、彼の待つぼろ屋へと向かった。




