第105話 悪役貴族、伝説の企画を終える ②
《うおおおおおおお》
《治ったああああ!》
《ウッソだろお前!》
《鳥肌》
コメント欄が噴火する。
さっきまで罵声と疑念で埋まっていた流れが、一瞬で歓声へ反転した。
「なんということじゃ」
村長の肩から力が抜けた。
彼はスージーの身体の、黄金と化していた部位をひとつひとつ確認していく。
「治った、のか」
「みたいだね」
スージーはまだ少しぼんやりしながらも、確かに笑った。
「すっごく苦しかったけど。もうだいじょうぶ!」
その言葉を聞いた瞬間、村長はスージーを抱きしめた。
怒りも疑いも吹き飛び、ただ孫娘が生きていることへの安堵だけが残る。
マルスはその様子を見て、ようやく緊張を吐き出すように肩を回した。
「ふぅ……心臓に悪いぜ」
その呟きはフォローカムにも届かないほど小さかった。
「スージー。どうだ? 治った感じ、ある?」
「うん、たぶん。なんか、元気になった気がする!」
スージーは村長の手を借りて、ゆっくりと両足を床に下ろし、立ち上がる。
一歩、また一歩。
ゆっくりと居間を一周する彼女の顔が、みるみるうちに笑顔になっていく。
「あはっ」
思わず笑いが漏れた。
その勢いのまま、スージーは家の外へと駆け出ていく。
「ス、スージー!」
村長が慌てて追いかける。
目を見合わせるブリジットとリサを横目に、マルスはフォローカムを操作して家の外へ飛ばす。
カメラが捉えたのは、裸足のまま庭を駆け回るスージーの姿だった。
立ち上がるだけでふらつき、転んでいた少女とは思えない快活さが、聖国中に発信される。
「あははははははっ! 見ておじいちゃん! 見てっ!」
細い脚で大地を踏みしめる。目尻に涙が光る。
「あぁ……ああ! 見ているとも、スージー……!」
震える唇から漏れる感極まった声。
村長は、嬉しさのあまり叫び出すのを堪えるので精一杯であった。
《すげえええええ!》
《歴史的瞬間》
《これマジ? 仕込みじゃないよね?》
《黄金病って治るんか……》
《ありえないでしょ。これこそ異端魔術なんじゃ?》
リスナー達が思い思いをコメントにする。
その勢いは平日の早朝とは思えないほど激しい。マルスの配信が社会の注目を集めている証左であった。
ブリジットとリサを伴って家から出てきたマルスは、これまでにないほど爽やかな笑みを浮かべる。
朝露に濡れた草を踏みしめ、スージーは何度も飛び跳ねていた。その一歩一歩が、これまで失われていた自由を取り戻すように軽やかだった。
「リサ」
マルスが軽く肩を叩く。
「ちゃんと見とけよ。これ、お前がやったことだからな」
リサは何も言えず、ただ目の前の光景を見つめていた。
自分の血が命を救った。それが現実だと、ようやく実感し始めている。
それでも。
「……ちがうわ」
小さく首を振る。
「リサがやっただなんて。そんな厚かましいこと、言えないわよ」
「お、今朝は珍しく謙虚じゃん」
茶化されて、リサはそっぽを向く。
その隣では、ブリジットがぽかんとした表情を浮かべていた。
「まさか、本当に治るとは――って顔してんね」
図星を突かれ、ブリジットは目を泳がせる。
「そなたを疑っていたわけではないが、実際に目の当たりにすると、な」
「わかる。俺もおんなじ気持ち」
そのとき。
「マルスさん!」
駆け寄ってきたスージーが、勢いそのままにマルスへ抱きついた。
「うおっと」
「ありがとう! 本当にありがとう!」
小さな身体が、全力でしがみついてくる。以前受け止めた時とは比べ物にならない活力。
マルスは一瞬だけ驚いて、そしてゆっくりとその頭に手を置いた。
「よかったな」
「うん!」
村長が一歩下がった位置で深々と頭を下げる。
「マルス・ヴィル殿。これまでの非礼をお詫びいたします。このご恩、なんとお礼を申せばよいか」
「いいって。そういうの苦手だし。俺とエリシアをこの村に受け入れてくれれば、それで十分ですから」
その言葉に、村長は深く頭を下げた。
「ま、いろいろあったけど、これにて一件落着。企画は大成功だな」
カメラに向かって指を差すマルス。格好つけたつもりだったが、堪えきれずに大きなあくびをしてしまう。
「ほっとしたら眠くなってきたわ。俺はそろそろ休ませてもらうぜ」
《え! もう終わるの?》
《もっと見たいー》
《まだまだ説明不足ではありませんか?》
《俺達のことは放っておいて今はゆっくり休め》
《そういえばエリシアちゃんは?》
「ま、後日ちゃんと解説の場は設けるつもり。今日はひとまずここまで」
そう言って、カメラに向かって親指を立てる。
「いい朝になったな。じゃ、また。ご視聴ありがとう」
配信終了の合図とともに、画面がゆっくりとフェードアウトしていく。
コメント欄だけは最後まで流れ続けていたが、やがてそれも静かに消えた。




