第89章 ― エポナ対アル=カウム
「この物語は歴史と普遍的な神話に基づいたファンタジーです。」
「……面倒だな」
アル=カウムはそう呟き、ゆっくりと立ち上がった。
ナバテアの神は胸元の衣の下に手を入れ、
八芒星のトーテマを引き抜いた。
それを天に掲げ、詠唱する。
「アナ・レイル・ウー・シャルト(Ana layl w shalt)(我は夜、そして闇)」
黒雲のような闇が、噴き上がる煙のごとく彼の身体を包み込んだ。
エポナは構えを崩さず、
闇の神の変身が終わるのを待った。
やがて闇が剥がれ落ちる。
アル=カウムは依然として黒い外套とターバンを纏い、
顔は目以外すべて覆われていた。
身体には厚手の鎧が装着され、
脚を覆う長衣が垂れ下がっている。
鋼のブーツが大地に深く食い込み、
両腕は赤い長袖に隠されていた。
手には重厚な錫杖、
もう一方にはラクダ革と羽根で覆われた盾。
「塩の像として静かに終わる道もあったのにな」
アル=カウムは淡々と言った。
「たぶんね。
でも、それじゃフェアじゃない。
同じ土俵で戦わなきゃ」
エポナは答えた。
その時、空に暗雲が集まり始めた。
火山の煙よりも黒く、
渦を巻きながら収束していく。
そして中心が裂け――
深紅の瞳を持つ、
巨大な“目”が現れた。
「かつて我は、夜の中で隊商を守っていた。
盗賊や獣からな。
だから、数キロ先まで全てが見える」
アル=カウムは戦闘姿勢を取る。
「……じゃあ、私の動きも全部?」
「概ねな。
さっさと死ね。
また眠りたい」
エポナは巨大な目に向けてエネルギー弾を放った。
だが――
“瞬き”一つで弾かれた。
(試す価値はあった)
「残念だが、
あの目は弱点ではない」
エポナは低く構え、
一気に踏み込み、飛び蹴りを放つ。
「エープ・アーヴォイフル(Ép ádhvóithl)(馬蹴り)」!
だがアル=カウムは、
優雅な動きで回避した。
すれ違いざま、
錫杖で肋骨を強打。
エポナは巨大な赤砂丘へと叩き飛ばされた。
「言ったはずだ。
お前の攻撃は、我には届かん」
彼は重い棍棒を振り上げる。
エポナは転がって回避するが、
アル=カウムは即座に追従し、叩きつけた。
衝撃で砂漠に巨大なクレーターが生まれ、
即座に砂が流れ込み始める。
「この砂漠の下で、永遠に眠れ。
小さなエポナ」
彼は背を向け、歩き出した。
(……肋骨、四本はいったかも。
でも、立てるだけのイコルは残ってる。
ただ……二撃とも、相当きつい)
エポナは腹部を押さえながら、
ゆっくりとクレーターから浮かび上がった。
アル=カウムは立ち止まり、苛立った様子で振り返る。
「なぜ倒れたままでいない?
なぜ、劣った力で苦しみ、死ぬ戦いに固執する?」
「友達のためよ」
エポナは即答した。
「マラクのためか?
たかがマラクに、そこまでの痛みを払う価値がある?」
「友達に、序列なんてないわ」
エポナは馬のエネルギーの翼を掴み、
二つの光球へと圧縮し、投げ放つ。
「ホースエナジー(Ép sunarth)(馬気)」!
アル=カウムは光球を見据えた――
だが直前で二つは左右に分かれ、
彼の両脇で爆発した。
巨大な砂塵が巻き上がる。
エポナは砂嵐の中へ突入し、
咳き込み、顔を庇う神に強烈な蹴りを叩き込んだ。
アル=カウムの身体は折れ曲がった。
空の巨大な目は、
濃密な砂塵を見通せなかった。
着地したエポナは、
さらに二つのエネルギー弾を真上へ放つ。
それは“目”の虹彩を直撃し、
怪物の器官を粉々に砕いた。
空は元に戻る。
「そんな子供騙しで勝てると思った?」
エポナは、よろめきながら立つアル=カウムに言った。
「……認めよう。
我は戦いが嫌いだ。
だから、あの技を使う」
彼は不機嫌そうに言う。
「本気で戦うのが、嫌いなのだ」
彼は両掌を広げ、詠唱する。
「イーシファット・ラムリア(Easifat ramlia)(砂嵐)」!
空気が一瞬で重く、濃くなる。
「聞け、娘」
アル=カウムは静かに言った。
「お前は間もなく塩の像となる。
トーテマなしでは不可能だったが――
今は力の差が大きすぎる」
「お前は、石化して死ぬ」
エポナの指先が痺れ、
顔が硬直し、表情が消え始める。
「……じゃあ、
それまでに倒せばいいのね?」
「塩になったものは戻らん。
アンブロシアでもな」
「その嘘、信じると思う?」
「見ただろう。
バジリスクに石化された仲間を。
分子構造が変われば、不可逆だ」
エポナの表情が引き締まる。
彼女は、
痺れた指を自ら引き千切り、
再接合しないよう握り潰した。
血が噴き出す。
さらに、自分の顔へエネルギーを放つ。
皮膚が裂け、血が流れ落ちる。
「……ロドリゴ、嫌がるだろうな。
前よりもっと、ひどい顔になる」
「でも……仕方ない」
「馬鹿め!」
アル=カウムは笑った。
「我のガスの中にいる限り、
どうせ石化する!」
「でも――
これでゼロからやり直せる!」
エポナは叫び、飛び蹴りを叩き込んだ。
彼は倒れなかった。
踏みとどまった。
「もう蹴りはうんざりだ!」
アル=カウムは怒鳴る。
両手を催眠的に動かし、
砂漠そのものに命令した。
「ジャヌ・アッサラ(Janu as-sahra’)(砂漠の鬼)」!
砂から、
巨大で歪な怪物が出現する。
巨大な両腕、歪んだ顔、
赤砂でできた胴体。
怪物はアル=カウムを掴み、
体内へ引きずり込んだ。
「この存在は破壊できん!
お前のレベルではな!」
怪物は巨大な拳を振るう。
エポナは軽々と回避した。
「冗談でしょ?
そのスピード、遅すぎ」
「避け続けても無駄だ。
お前はやがて、塩になる」
エポナの手足が硬直し始め、
ガスを吸った肺が締め付けられる。
(……くそ。
本当に、そのつもりだ)
(ゆっくり、確実に……
私を殺す気)
エポナの胸に、焦りが広がった。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




