羊っ娘はーちゃんの憂鬱<後篇>
羽衣……?
それに貴族の制服を着て、胸元の第三ボタンまで外しているちょいワル風のアルタロスと呼ばれるこの男……誰だ?
「ふんっ。そんなの知ったこっちゃないめぅ。それよりも羽衣って呼ぶのはやめるめぅ。はーちゃんは羽衣じゃないめぅ。はーちゃんめぅ! アルタロス!」
「はいはい。わかりましたよ。羽衣ちゃん。」
「……アルタロス、良い度胸めぅ。」
呆れるはーちゃん。
って、それよりも、そんなことよりも!!
はーちゃんが、相手のことをナンバリングで、番号で、呼んで居ない……だと?
これはどうしたことだ?
はーちゃんのキャラがブレてしまっているのか?
ブレブレなのか?
ま、まさかと思うが、はーちゃんはアルタロスと付き合っているから、ただならぬ関係だから、お互いに名前で呼び合っていると言うことか?
と言うことは、この物語はラブコメにシフトされる……のか?
いやいやいや、待て待て。本編は百合を前提にしているんだぞ。いくらスピンオフだからって、正統派ラブコメなんて絶対に許さんぞ。
だがしかし当の本人アルタロス。
はーちゃんから名前を呼ばれていることに対して当たり前のように自然に受け止めているし、特別な反応は全く見せていない。どころかアルタロスは、はーちゃんのことを諭すのだった。
「いい度胸なのは羽衣の方だろ。今月に入ってから何人消した? 部下たちは、『フミューデンス閣下の部屋に入ったら二度と戻ってこれないーっ!!』って嘆いてるぜ?」
「ふんっ。はーちゃんだって、ヤツらが普通にしてたら何もしないめぅ。はーちゃんは悪くないめぅ。部下が悪いめぅ」
「まったくよ。お前もアンドロイド審査会五人衆の一角を担ってるんだから、少しは自覚持てよな。フミューデンス羽衣閣下……?」
「う、うるさいめぅ! フルネーム呼びやめるめぅ! お前こそ、アンドロイド審査会五人衆の一角なのだから身だしなみはちゃんとするめぅよ! 首元の防御力弱々めぅ。だらしがないめぅ」
「それこそお前に言われたくねぇよ。……何だ? このもこもこは」
アルタロスはブツブツと呟きながら、はーちゃんの頭をモフモフと軽く押し下げる。と共に彼の手は、はーちゃんの羊毛の弾力によって優しく跳ね返された。
「やめるめぅ! これは、はーちゃんの地毛めぅ!」
「……ったく、どんな設定だよ」
そう。
このアルタロスも、はーちゃん同様、アンドロイド審査会五人衆の一角を担う幹部なのである。
これでハッキリした。
はーちゃんが英数字で呼ぶ基準は、「自分以外の人間と、アンドロイド、そして、部下」であって、同僚は含まれない。
なので、アンドロイド審査会五人衆のメンバーに対しては、同僚扱いで正式名を呼んでいる……らしい。
とは言え彼の名前も、はーちゃんの思考システムを鑑みると、名前をアルタロスと呼ぶ前に、まず彼のことを見て英数字で認識し、その後に改めて名前と結びつけると言う ややこしい脳内変換を行っているのかもしれない。
ワザワザそんなややこしいことをするのも、まだ同僚のアルタロスなら良いが、はーちゃんより偉い上司のことまで英数字で呼んでしまったなら大変なことになるから、脳内変換システムは必須と言うことなのだろう。
はーちゃんは不機嫌そうにアルタロスのことを睨んだ。
「それで、何めぅか? まさか、部下を消したことを咎めるためだけに、ワザワザはーちゃんの部屋に来た訳じゃないめぅよね」
「あははっ。鋭いな。そもそも咎めるとか、俺が人のこと言えた義理じゃないしな」
「良くわかっているめぅ。もうだらしないったらありゃしないめぅ。ところで何めぅか?」
「おーおー。だらしないとか羽衣から言われたくねえな。まあ、そう焦るなって。……地球第一自治区のことだ」
地球第一自治区。
あかねの居る、そして、みかん、アリスが存在していた、住んでいた地域。
はーちゃんは、一瞬、えっ? と驚いた様子を見せたが、すぐに平静を取り戻す。
「……地球第一自治区が、どうしためうか?」
「お前、最近、地球第一自治区からアンドロイド2体強制送還しただろう?」
「……めぅ。それは審査会の規則に則って粛々と刑を執行しただけめぅ。……何も問題ないめぅ」
何か心当たりでもあるのか、アルタロスから、そっと目を逸らすはーちゃん。
「いや、刑の執行自体は良いんだよ。だが、1つ問題が発生した」
「……え?」
思わず素に戻るはーちゃん。
これ、絶対心当たりがあるに違いない。
「なんだ? 心当たりでもあるのか?」
「そそそそそ、そんなものないめう。地球第一自治区は、はーちゃんが管轄している数多くある星のうちの1つめぅ。それだけめぅ」
……わかりやすい。
それでも、はーちゃんよりは大人のアルタロスは、気づかなかったフリをして話を続けた。
「……まあいっか。その問題だが、地球第一自治区で、ある人間が、アンドロイドNo.0000035、アンドロイドNo.0000164の記憶を取り戻したらしいとの報告が挙がってきた」
「……ええっ?!」
これには流石のはーちゃんも驚きを隠せなかったようだ。はーちゃんは視線を床に落とした。
アルタロスは、はーちゃんの不自然な行動を見て心配そうに声を掛ける。
「なんだ? 心当たりでもあるのか?」
「…………」
自分の管轄で起きた問題に、はーちゃんは言葉を失っているようだ。無言になってしまったはーちゃんに、アルタロスも同じ管理者の立場から同情している。
「まあ、改めて記憶消去すれば良いだけだ」
「…………」
すっかり言葉を失ってしまったはーちゃん。
「お、おい? 羽衣?」
アルタロスの言葉に全く反応を見せないはーちゃん。
そして。
「……は、はは」
「……え?」
どうしたはーちゃん?
アルタロスは、はーちゃんのことを覗きこもうとした。
瞬間。
はーちゃんは顔を上げる。
「ははははははっ! そうだ! それでなければ面白くないっ! ははははははっ! あーははははははっ!」
はーちゃんは、我を忘れたかのように笑い始めた。
「いや、どうしたんだよ羽衣!」
「ひー。ひいひい。何でもないめぅ。あはははっ。アルタロスっ! 0000035ばん、0000164ばんの釈放手続きをスグに行うめぅ!」
「……え、今何て言った?」
「聞こえなかっためぅか? だったら、もう1度言うめぅ。0000035ばん、0000164ばんの釈放手続きを行うめぅ。アンドロイド五人衆、はーちゃん特権で地球第一自治区に0000035ばん、0000164ばんを解放するめぅ。今すぐ製作者のドクター新戸、ドクター姫宮に連絡を取るめぅ。今すぐめぅっ!」
「お、おい、自分が何を言っているか分かっているのか?」
「もちろん、わかってるめぅよ。これで退屈な毎日は終焉めぅ。あはははははっ!」
はーちゃんは、無邪気に、楽しそうに、そして狂ったように、お腹を抱えてひたすら笑いまくるのだった。
――その頃、ドクター新戸研究所
「おいこら、みかん!」
「…………」
「みかん!」
「……よっしゃレイス割れたよー! さっきドローン見えたからクリプトハイド確定案件! レイス煽って前に出させて、一気にやっちまおうぜ!」
「おい、みかん!」
「カバー入るよー! ……よっしゃー! ファーストキルないっすー!」
「おいこら!」
「あー。EMP来るねー。これ絶対、裏で地蔵してやがるから、クリプトにフォーカス合わせてやろ。って、この場面でウィングマンとか、ありえなくね? わらけるわー。フロンティア最強のハンドガンも当たらなきゃ意味ないっしょー」
「ヘッドホン外せ!」
「ワンノックツーノック、はいGG!! ないっすー! おつでーす」
「こらっ!」
「……ほよ? どうしたおっさん」
「どうしたじゃない! 毎日オンラインゲームばかりやって少しは手伝えよ」
「いやー、手伝いたいのは山々なんだけどさー。仲良しの栗鼠から頼まれたら断れないんだよねー。栗鼠には借りもあるしさあ。てへぺろ」
「みかんの性格を、私自身がプログラミングしておいて何だが、実際に目の前で てへぺろとか言われると普通にムカつくな」
「あはは! ……ところで何の用?」
「何の用とか、とんだご挨拶だな。それに、おっさん呼ばわれとか。お前を作った当初は、パパぁとか可愛く呼んでいたくせに」
「あはは。パパとかキモすぎ案件」
「うっさいっ!」
「まあまあ、自分の作ったAIの成果だと思えば良いと思うよ。人工知能が上手く働いてるってことだよ。すげぇねドクター新戸久蔵!」
「そ、そうか……?」
「その気になってる。チョロすぎてキショい。あはは。」
「くっ! うるさいっ!」
「……で、何か用? 僕も暇じゃないんだから、早くしてくれるかな。」
「今までオンラインゲームやってたくせに良く言うわ。まあいい、ついさっきアンドロイド審査会から連絡があった。今すぐお前を連れて出頭しろってな。」
「お? 何で?」
「わからん。ドクター姫宮も一緒だそうだ。」
「栗鼠も? なんだべ。今のチャットで栗鼠は、特に何も言ってなかったけれども。何かやらかしたかな?」
「お前がやらかしたのはゲームだけだ。アリス様も今、ドクター姫宮から出頭を知らされているのだろう。もしかしたら、仕様改善の進捗が遅いってクレームかもしれん。」
「だったら、おっさんだけ めうっ娘に怒られてくれば良いよ。いってらっさーい! あはは! てへぺろ」
「お前……進捗が遅れてるの誰のせいだと思ってるんだ。ダメだ。アンドロイドNo.0000035、つまりお前も同席必須とのことだ。」
「ええー。めんどーい。てへぺろ」
「まったく、お前は緊張感と言うものが無いのか?」
「緊張感? なにそれおいしいの? まあいいや、おっさんグズグズしてないで早く行こうずっ! てへぺろ」
「お前なぁ……いい加減にしろよ?」
アンドロイド委員会はーちゃんに呼ばれたみかんとアリス。
これから新たな物語が始まるのか。それは彼女たちにしか、いや、彼女たちにもわからない。
<羊っ娘はーちゃんの憂鬱 ~Ende~>
「私がロボって言うのは秘密です。そう言う設定にしなさいって博士が言ってた。」スピンオフ作品「羊っ娘はーちゃんの憂鬱」でした。
お読みいただきましてありがとうございました。
はーちゃんが主人公のお話如何でしたでしょうか。はーちゃんの言う通り、キャラが濃い割には本編中では殆ど出番が無かったはーちゃん。
このまま埋めておくのは惜しいと思いまして、今回のスピンオフでの登場となりました。
この物語は前後篇のみとなりますが、機会があれば今後も登場させたいと思っています。
その際は、またお付き合い頂けたら幸いです。
桐生 夏樹




