第5話 めーうめうううううううっ!
――おっはよーあっかねちーん!
――おっはよ、はよはよはよーっ!!
――ん、んん……
「あ、起きた! あかねちんおっはろーっ! 今日も良い天気だよ!」
「あ……ああ、みかん、おは……よ。いつも早いね」
「あかねちんの おっぱい充電のお陰で、目覚めパッチリ今日も僕は安定の絶好調なのです! キリッ!」
ああ、そうだ……。
昨日も例外なく みかんに胸を揉まれたまま眠ったんだっけ。いや、正確には胸を揉まれている間は眠れていなかったのだけれど。
とは言え、みかんが私の家に来たばかりの頃と違って、一晩中目が冴えて眠れないと言うことは無くなった。
みかんが満充電になったタイミング……つまり、みかんの手が私の胸から離れたくらいにやっと眠りの世界に入っている……と思う。
慣れと言うのは恐ろしいものだ。
「ママさんが、ご飯できたってさー! メシメシー! ハラヘリー!」
「はいはい……朝から元気だね。ふあぁ……」
私は欠伸をしながら、パジャマの上にカーディガンを羽織る。窓の外を見ると、みかんの言う通り雲一つない快晴だ。
――あ。
そう言えば、私たち女子高生お悩み相談ツインズのメンバーに、アリスを入れるか否かを今日回答しなきゃいけないんだった。
アリスを私たちの仲間に、入れる、入れないどちらにしても、彼女の近くに美由宇がいなければ攻撃される可能性がある訳で。とは言え、仲間にしなければ、私の秘密がバラされる。
アリスは美由宇の前では、猫を被っている。だから、美由宇がアリスの傍に居たら、私たちは攻撃されない。何故かはわからないけれど、美由宇大好きアリスちゃんなのだ。
語尾が「にゃ」と猫のような美由宇に対して、アリスは猫を被っている。冗談みたいな話だけれど、美由宇が近くにいるときは私たちの安全は保障されている……はず。
だから、リスクを冒してまで彼女の要求を断るくらいだったら、形だけでもアリスを私たちの仲間に入れておいて損はないのかもしれない。なんて、そもそもアリスが握っている私の秘密が何なのか未だに見当もついていないのだ。
――だって、こう言うの慣れてるでしょ?
――胡桃沢あかね、さん?
アリスが私にキスをしようとして、思い切り拒否したときに言われたセリフ。
これは、みかんのおっぱい充電のことを言っている可能性が非常に高いのだけれど、実際どうなのか。これは、直接アリスに聞くのが一番手っ取り早いのだけれど、違った時のダメージが大きすぎる。これでは藪蛇だ。本当にどうしよう。
「あかねちん、どしたん? ぼーっとして」
みかんが私の顔を下から不思議そうに覗き込む。
「あ、ああ……ごめんね。アリスを私達の仲間に入れるか考えてた。仲間に入れちゃっていいかな……?」
「いいよ! っと。」
「かるっ!! 返事かるっ!」
「あはは……! 何か変なことをされそうになったら みゅうに言っちゃうんだからねっ! って、言えばいいんじゃね? てへぺろ」
あ、そうか!
その手があったか。姑息な手段すぎて思いつかなかった。私の秘密をバラされることばかり気にしていたけれど、確かに秘密があるのは私だけではなかったのだ。
アリスは、私たちに危害を加える存在であることを、美由宇に知られたくないはずなのだ。
みかんもこう言うことに関しては賢いな。さすが素人童貞クソニート博士が作ったロボットだ。
「みかん、ないすっ! さあ、ご飯に行こう!」
「ふふふふふ……僕かしこいっ!」
単純な私は、一気に機嫌が良くなって2人でルンルンしながらキッチンに向かう。キッチンに着くと既に食卓には、四人分の朝食が並んでいた。
四人分の朝食。当初違和感を感じていたこの光景も、今となってはすっかり見慣れたものだ。
「……って、何これ!!」
テーブルの上を見ると、みかんの席にバナナが山盛りで何房も置かれている。とても人間の食べる量じゃない。
と言うか、私の席までバナナがはみ出ちゃってるじゃないか。全く。私は食べないからね。
……あ、でも美容のために1本は食べたいかも。
おかあさんは、私たちの姿をみて自慢気に胸を張った。
「あら、おはよう。 みかんちゃんバナナ大好きだから、たくさん買っておいたわよ!」
「うほほーい! ママ大好きーい! てへぺろ」
大量のバナナを目の前に、無邪気に両手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねるみかん。
お前、全部食べるつもりか……それにしてもお母さんって、こんなに親バカだっけ?
「まったくもう……食べ過ぎるとお腹壊すよ!」
「ぷーんだ! そんなこと言っても、あかねちんにはあげないよーだ。もぐもぐ」
「いらないわよ! って、もう2本食べてる。はやっ!」
みかんは両手にバナナを一本ずつ持ち、満面の笑みで左右順番にバナナに かぶりついた。まったく、デザートを最初に食べてるんじゃないわよ。
だがしかし、そんな みかんの姿を見てお母さんは何故か涙ぐんでいる。
「みかんちゃん……本当に元気になって良かった。ううう……」
「……ほよ?」
あ、そうか!
お母さんの中では、みかんは生まれてから ずっと原因不明の病気で入院している設定なんだっけ。洗脳した張本人、みかんでさえ設定を忘れてるじゃない。呑気にバナナ食べてるんじゃないわよ!
「あ、ああ! そうね! みかん元気になってよかったよね! お姉ちゃんも嬉しいわ!」
「お、おう。みかんは元気だおっ! てへぺろ!」
横ピースで、てへぺろピースをブチかますみかん。アホでしかない。お母さんは、このままみかんに対して負い目を感じながら、一生過ごすのかと思うと不憫でならない。
――お母さんは、何も悪くないんだからね!
私は、グッと言葉を飲み込んで、ガブリと食パンにかぶりついた。
もうすっかり胡桃沢家の一員となっているみかん。こうやって、妹である みかんとバカなやり取りをしながら生活する日々、一人っ子だった時は想像もしていなかった。
みかんが来る前は、食事中「いただきます」、「ごちそうさま」しか言わない日の方が多かったっけ。
「ふえ~、ぼくちん おなかいっぱい! あかねちんみてみて!」
「な、なにそれっ?! ぽんぽこりんじゃない!」
みかんはパジャマを捲って、真ん丸に膨れたお腹を私に向けた。テーブルを見ると、あんなに山盛りだったバナナが皮だけになっている。
「げぷ~……余は満足じゃ。ごちほーさまでした! てへぺろ」
「ちょっと~! 何全部食べてるのよ! 私の分が無いじゃない!」
「だって、あかねちん「ひらないはよっ!」って言ってたじゃまいか。てへぺろ」
「真似するなっ! って、全然似てないわっ!」
私は、ぽんぽこりんに膨らんだみかんのお腹をぺしっと叩くと、みかんは「てへへ」と笑って見せた。
「さーて! 腹いっぱいになったし、ガッコーいこーぜー!」
「ちょっと待ってよ! まだ私は食べてるんだから!!」
「ほれほれ遅刻しちゃうよ~! ほらほら~早く早く!」
「うわっ、引っ張らないでよ! ジュースこぼれちゃうっ……! ごちそうさまっ!」
私は、みかんに手を引っぱられながら、やっとのことでオレンジジュースをゴクリと一気飲みしてバタバタと部屋に戻る。みかんってば、ほんとマイペースなんだから!
部屋に戻り、そそくさと制服に着替える。
確かに言われてみれば、それなりの時間になってしまっている。これはもう、みかんの瞬間移動に頼らなきゃいけないレベルだ。
「まったくー。あかねちんは僕が居なきゃ何も出来ないんだからー。まったくもー。てへぺろ」
「くっ……今は言い返せない……!」
「素直でよろしい。じゃ、いくべっ! あかねちん靴持ってて」
「……はい」
「素直!! ウケる!」
みかんは、「へへっ」と笑った後、呪文を唱えた。
――てでとふてっしょーんっ!
――てへぺろ!
周りの景色が一瞬真っ暗になり……視界が開けた。もう何回も瞬間移動に付き合わされているので慣れたものだ。
「ほーい! たまち~たまち~っ! トイレ個室中~! 慶蘭女子高校にお越しの際は、こちらで降りてくださーい! あ、ばっちいから靴は履いてちょ!」
「……楽しそうね」
「まあね。てへぺろ」
駅の構内アナウンスを真似ておどけるみかん。
まあ、みかんのお陰で遅刻しないで済むわけだから、あまり文句も言えない。そして、私たちは駅の改札を抜けて学校に向かった。
あれ?
みかんが不意に立ち止まり、額に手を当てて遠くを眺め首を傾げている。
「ほよ……?」
「え……なに? アリス?」
「んにゃ、変態」
みかんは遠くの方を眺めて、怪訝な顔をしている。そう、みかんは常人の何倍も視力が良いのだ。
みかんが変態というのだから、余程の変態なのだろう。……余程の変態と言う表現もアレだけれど。
「……変態って? コートの下に何も来てないおっさんとか?」
「あかねちんの変態像って、一体……てへぺろ」
「う、うるさいっ……って、えっ?! なにあれっ!」
遠くから一風変わった人?
みかんの言う変態が、こっちに向かって歩いてくる姿が私にも見えた。見えてしまった。
――めーうめうっ!
――めーうめうっ!
向こうの方から、全身羊の着ぐるみの少女が、楽しそうにスキップをしてやってくる。そう、羊毛の被り物とか、ジャケットではなく、全身が羊の着ぐるみだ。
何というか、関わってはいけないと、本能が自分に語り掛けてくる系の……つまり、あれだ、激ヤバなタイプ。
――めーうめうううううううっ!
羊っ娘の中で、歌が絶頂に向かっている。
マジでヤバい。
これは絶対ヤバいヤツだ。
「み、みかん……いこっ!」
「あぁ! あかねちん待ってぇ……!」
羊っ娘と目を合わせないように、学校に向かって歩くスピードを一気にあげる。みかんも慌ててパタパタと付いてくる。
――めうめぅー!
――000035ばーーーん!
――見つけためうぅぅーっ!
「ええっ?!」
「ほよよっ?!!」
なんと、羊っ娘が私達の方に向かって、女子走りで追いかけてきたのだった。




