第2話 グチャグチャになっちゃうよー
みかんは、しゅぽっと、ピンクでゆるふわのパーカーワンピースを頭から被り、ぱーっと手を広げて伸びをする。
って、部屋着を着るまえにブラジャーを外すのは良いけれど、私の目の前で当り前の様にホックを外して、ポイっとベッドに脱ぎ捨てるのはホントやめて欲しい。
さっきは、そんなに見るなと言ったくせに、彼女の恥じらいの基準がイマイチわからない。
「さーてとっ! これから博士に電話するけど、準備はいいかい?! てへぺろ」
「準備って何よ?」
「え……? 素人童貞クソニートと会話する準備だお! てへぺろ」
「あ、ああ。大丈夫…………たぶん。」
「その間! ウケる!! でもなーあ……読者さんから、この話に男、それも おっさんなんていらん! って声もあがってるから、僕も気は進まないんだけどね~。まあこれは、緊急事態ってことで勘弁って感じかな。てへぺろ」
「読者って何っ?! むしろ誰っ?!!」
私の微妙な反応を見て、みかんは へへっと笑い、右手を真っすぐ前に出して手のひらを上向きに呪文を唱えた。
――こみゅにーとぅはかせー! てへぺろ
――トゥルル~トゥルル~
部屋の中にコール音が鳴り響く。
これは前にもあった、博士の3D電話へのコール音……らしい。
――ガチャリ
電話の受電音と共に、みかんの手のひらに、薄汚いグレーのスウェットを着た、ボサボサ頭の男性の後ろ姿が映る。
私からは見えないけれど、みかんからは博士の顔が見えているのだろう。前回と全く同じシチュエーションだ。
「はかせはかせー!! てへぺろ」
『どうした……?』
立体映像の中に居る博士が面倒くさそうに、頭をボリボリ掻きながら応えた。その姿は、みかんを作った博士とは思えない、まさに見たまんま素人童貞クソニートだ。
「聞きたいことがあるんだよー! ねっ? あかねちん。てへぺろ」
「う、うん……」
『!!!! 胡桃沢あかね……?!!』
「……お? はかせったら、お約束の反応! ウケる! あはははっ!」
『だから、お前! 先に言えよ!!』
――ガチャリ!
――プープープー
電話を切る音と共に、みかんの手の上から博士が消えた。
ここまで前回と全く同じ流れだ。学習しないと言うか何というか……みかんも、博士の反応がわかってワザとやっている感が否めない。
「博士、慌ててたね~ぇ。ぷへへへへ」
「まったく。みかんも性格が悪いんだからー。」
「いやいや、たまには博士にも緊張感を持ってもらわんとねっ!」
「あー。確かに……」
見た目は素人童貞クソニートなのに、その実態は、人間型AIロボットを作ることのできるインテリ博士。見た目と実態の差に、中にはギャップ萌えする女子もいるのかもしれないけれど、私は絶対にイヤだなあ。
うん。
いくら金積まれても嫌だわ。
私は、博士の再登場を待つ間に、みかんに疑問をぶつけてみる。疑問と言うか、提案か。
「ところでさ、みかんもさあ、博士に攻撃スキルを搭載してもらえるように頼んだらどう……?」
「ああ、うーーーん」
アリスとの対戦で、防戦一方だったみかん。
さっきは、たまたま美由宇が登場したから助かったけれど、次に襲われた時も助かる保障は何もない。これではいくつ命があっても足りないではないか。
みかん自身も身をもって感じているだろうけれど、事なかれ主義の彼女のことだから、何とかなるなんて考えているのではないかな。
アリスだけでは無くて、マリーだって、ダメダメな戦闘能力とは言っても、みかんが攻撃のレクチャーをしてしまったから、戦闘力も上がってしまっただろうし……アリスとマリーが競合して、みかんに攻めて来たら、それこそ殆ど勝ち目はなくなるだろう。
「それに、いくら防御レベルがUS+と言ったって、限界があるじゃない……?」
「あー……うーーん……そうだねえ……」
みかんは歯切れが悪そうに頭をポリポリ掻きながら、「まいったなあ……」と呟いた。この期に及んで、みかんは現状維持を考えてるらしい。
まあ、確かに、みかんは戦闘よりも子供の居ない家庭向けのロボット、つまり他人に攻撃することを想定していない。コミュニケーションが主となる、かつ、家庭を守るロボットだ。
でも、でも家庭を守ると言ったって、敵から攻撃されたら、時には迎撃も必要になるだろう。
見た目は普通の女子高生。
もしかしたら、これから大型モビルスーツだって攻め込んでくるかもしれない。そしたら、いくら防御力US+のみかんと言えども、一瞬にしてにして踏みつぶされてしまいそうだ。
考えれば考えるほど心配になってくる。余計な心配なのかもしれないけれど、ロボットとは言え、例え量産できるロボットでも、みかんはみかんなのだ。私にとってみかんは、世の中に唯一1人、貴重な、かけがえのない存在なのだ。
「そうだよ! 攻撃スキルもUS+になるように博士にお願いしてみたらいいじゃない!」
「そ、そんな簡単に……てへぺろ」
「じゃないと、じゃないと、みかんが死んじゃうよ!」
「うわー! あかねちーん……泣かないでよー。僕は死んだりしないよお。まいったなあ……ほら、涙を拭きなよ」
みかんが、私にハンカチを手渡した。
みかんのことを説得しようと色々考えていたら、目から次々と涙がこぼれてきた。なんか、みかんが居なくなるところを想像したら、悲しくて切なくてしょうがなくなってしまった。
出来の悪い妹を持つと、それだけ情が湧くと言うことなのかな……うん。情に流されているのかもしれないけれど、これが今の私の本心だ。
もう私には、みかん無しの生活なんてありえない。自信を持って断言できる。
狭いシングルベッドで胸を揉まれながら眠ったり、勝手にBL本を読まれちゃったり、両親のことを洗脳したり、本当にありえない。
けれど、憎めないんだ。自由奔放のみかんに強く、強く惹かれている。
ある意味、博士の思惑通りと考えると悔しいけれど、こうなってしまったからには、もう気持ちが止められないのだ。
みかんは、私に新たな感情を与えてくれた。
萌ちゃんだって、隙の無い私を恐れていた。なのに、みかんを通じて、素の私を感じ取ってくれて好意を持ってくれた。それは、少し曲がった好意かも知れないけれど、正直悪い気はしなかった。
みかんが現れてから、私の周りに登場人物が一気に増えたのだ。これは、みかんに出会う前の私には考えられないことだ。
「み、みかんが居なくなったら、わ、私……うわーんっ!」
「僕を勝手に殺さないでよーっ! だから大丈夫だよおー。よしよし」
困った顔をして、私の頭を優しく撫でるみかん。その優しさに心の中の何かの感情が一杯になって余計に涙がボロボロと流れ出る。
――うわああああんっ!
こんなに大声で泣いたのは、いつ振りだろう。
小学生かな、幼稚園かな……ずっと感情を押し殺して過ごしてきた感情が一気に溢れ出てきたみたい。
私は、みかんの胸に顔を埋めて、わんわんと思い切り泣いた。
「もーあかねちん……着替えたばかりなのに服が、あかねちんの涙でグチャグチャになっちゃうよー」
「だって、だってえぇー、みかんんーっ!」
困りながらも私を抱きしめて、頭を撫で続けてくれるみかん。胸の膨らみに顔を埋めていると、少しずつ心が落ち着いてくる。みかんも母性みたいな感情があるのかな。
――ドクッドクッ
みかんの胸から心臓の鼓動が聞こえる。ロボなのに、人間と同じように心臓の鼓動を感じることができるなんて、さすが家庭向けのロボだなあ……と冷静に感心してみる。
――ひっくひっく
みかんの母性のお陰か私の涙は少しずつ止まってきて、沸き上がった感情も収まってきたみたいだ。ゆっくりと、みかんから離れて涙を拭う。そんな様子をみて、みかんもホッとした顔を見せてくれた。
「はあ、あかねちん。やっと落ち着いた……? 大丈夫だよ。僕は死なないし、あかねちんのことを絶対に守る!」
「……!! やーめーてーよー! やっと涙が止まったのに、そんなこと言われたら、また泣いちゃうじゃないかー! うわーん!」
「あははは! ごめんごめん。」
いたずらっ子のように笑うみかんのことを私は両手でぽこぽこと殴りつけた。
さっきまで、母のような愛情で包んでくれていたのに、今度は子供の様に振る舞う。ギャップ萌えの見本のようだ。
――たーららら、ららら♪
――たららー、らららん♪
みかんから、某ネコ型ロボット『コラえもん』のアニメソングが流れた。
「お。博士からだ」
みかんは、さっきと同じように手のひらを上向きに出して、博士からの電話にでる準備をした。