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第6話 攻撃ランクB+

 ちかっ!

 みかんは、マリーにキスをしてしそうな距離まで顔を近づけた。それはもう、あと数ミリで唇が触れてしまうのではないかと言うくらいに。


「み、みかん! 何やってるのよ?!」

「……お? あかねちーんヤキモチかい? 心配しなくてもいいよー。僕は、あかねちん一筋だからさ。あとで、あっつーいキスしてあげるから良い子で待っててちょ! てへぺろ」


「な、何を言ってるの?!」


 みかんの言葉に自分でも顔が赤くなっているのがわかる……って、いやいやいや、私は何を考えているのだ!


 私はノーマルなんだってば!

 ……と思ってはみたものの、実際、さっき萌ちゃんとの保健室の秘め事があったことを考えると、私の中の説得力なんて微塵みじんも感じられなかった。


 こんなこと、とても人には言えない。また、自分の中に秘密ができてしまった。


 みかんは、マリーの方に向き直り再び顔を近づける。


「さ、て、と。まりちゃん、僕の質問に答えてくれるよね?」

「マリーですのっ! 私は何をされたって、どんなに脅されたって何も話すことなんてありませんのっ! 殺すなら殺せば良いですのっ! さあっ! さあっ……さぁですのっ!」


「ふーん……あ、そう。じゃあ、お言葉に甘えて……っと。せーのぉ! てへぺろ」


 みかんは、マリーから顔を遠ざけ、右手でマリーの胸ぐらをつかみ、左手を後ろに大きく振りかぶる。


 そして、みかんがマリーへ向けて容赦なく左の拳を振り下ろ……そうとしたところで、マリーは、咄嗟に腕でバツを作り防御した。


「ちょ、ちょっと待つですの! 普通、ここは、一旦、「くそう……生意気な女だ」とか言って少し時間の猶予を持たせるパターンが、戦闘ものの定石だと思うのですの!!」

「あ、そうなん? 僕、定石なんて知らないしぃ……ぴたっと。てへぺろ」


 すると、マリーの顔の1mm前で拳がピタっと止まると、みかんの拳の風圧でマリーの青い髪がぶわっとなびいた。


 マリーの髪、サラサラして綺麗……とか絶句している場合ではなかった。


「…………」


 まあ、マリーも、みかんの威嚇に絶句していたのだけれど。それはもう効果覿面(てきめん)である。


 みかんも、マリー、ロボに対して恐怖心を植え付けるとか凄すぎるな。


 そして、みかんは何事も無かったかのように尋問を続ける。


「んで、キミは誰に作られたの……?」

「知りませんの!」


「あ、そうかそうか。そうなんだぁ……ふむふむ、なるほろなるほろわかったよん。僕も聞き分けの悪い方じゃあないんだ。ただ……ただ、ほんのちょっぴし気が短いだけで……せーのっ!」

「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいですの! ごめんなさいですの! 私を作ったのは、ドクター姫宮ですの!」


 みかんは特にアクションを起こしたわけでもなく、ただ威嚇の声を上げただけなのだけれど、あっさりとマリーは口を割った。


 マリーは、こう言う系の脅しに弱いロボらしい。まあ、マリーに限らず感情を持っていれば、誰だって怖いよな。


 みかんはドクター姫宮の名前を聞いて、頭をコキコキと横に振った。


「どくたーひめみや? 知らないなあ……って、そういや僕は、僕の博士以外に誰も知らないんだったっけ! いっけねー! あとでおっさんに聞いてみよっと。てへぺろ」

「ひどいですのっ!!」


 涙目でみかんのことを批難するマリー。


 そりゃあそうだ。

 あれだけ脅されて怖い思いをしたのに、知らないなあと、あっけらかんと一言で済まされてしまったのだ。恐怖の対価としては安すぎると言うところか。


「あはは……っ! ところでさあ。キミ戦闘型ロボって言っていたけれど、攻撃ランクは……?」

「ふんっ! Bプラス……ですわ」


 マリーは鼻高々だった。

 攻撃ランクのBプラスと言うのが、どれだけ高いのかわからないけれどマリーの様子から見ると高い方なのだろう。


 まあ、プラスって言うくらいだから高いのか。


 それに、みかんも驚いている。


「び、びいぷらっ?! じゃあ、防御ランクは?」

「Bマイナス……ですわ」


 今度は少し遠慮がちに呟くマリー。マイナスってあたりに後ろめたいものがあるのかな。


「ふあっ!! び、びぃ……マイナー?! 僕、そんなランク聞いたことないよ! ビックリして、てへぺろとか言えないよ! びっくりだよ! びつくりどんきーだよう!」


 びつくりどんきーって!

 さらっと、おやじギャグかましてくんなやっ!


 それにしても、BプラスとかBマイナスとか何を表しているのだろうか。


 ロボ2人の間では会話が成立しているみたいだけれど、私にはその専門用語が全く分からない。


「みかん、そのびー……何とかってなに?」

「あ、ああ。僕たちみたいなロボはね。完成したら、まずアンドロイド審査会って言う機関で検査されるのだよ」


「アンドロイド審査会……」

「そ、アンドロイド審査会。ロボの規格、性能を検査する機関。あらゆるテストをして、各能力別にランク分けされるのだー! てへぺろ」


 一応、作られたロボも、それなりの機関で検査されるのか。作ったら作りっぱなしって訳じゃ無い訳ね。


「へえ……結構ちゃんとした検査システムがあるのね。ところで、みかんは対家庭用のロボって言っていたけれど、攻撃ランクは何になる訳……?」

「ええ……? あんまし高くないから言いたくないなあ……てへぺろ」


 みかんは言いにくそうに身体をくねらせてモジモジしている。


 ってことは、戦闘型のマリーを基準にしても、高くてBマイナス……あるいはCって所かな。


「いいじゃない。ねぇねぇ教えてよー?」


 私は、みかんに対して甘えた風に問いかける。みかんも満更でも無い感じで頬を赤く染めている。


「もーっ! あかねちんは強引だなあ……わかったわかった。教えるよー」

「やった! 教えて教えて!」


「Aプラス……だよ? てへぺろ」

「ええっ! まさか、AってBより低い評価なの?!」


 もじもじするみかんの後ろで、マリーが何とか新喜劇の如くズッコケている。その姿を見れば一目瞭然で、答えを聞くまでも無いのだけれど、聞かずには居られなかった。


「んーん? ランクは高い順にS、A、B、Cだよ。最上位ランクじゃないなんて恥ずかしくて、もう穴があったら入りたいくらいだよう……てへぺろ」

「待って待って?! じゃあ、ちなみに防御ランクは……?」


 まあ、そこまで言うからにはSランクなのだろうけれど、流れ的にプラスとかマイナスとか聞かなくてはならない空気になっていた。


「う、うーん。防御ランクはUSプラス……かな」

「US……? あなた! さっき言ってたSABCに入ってないランク言っているじゃない! 嘘つき!」


「……てへぺろ」


 みかんは照れくさそうに頭をポリポリ掻いて、恥ずかしそうな素振りを強調している。


 その恥ずかしがる姿とは裏腹に、マリーの身体は小刻みに震えていた。


「き、聞いてない……私はなんて奴を相手にしていたんだ……こんなの聞いてない……博士……恨む……」


 マリーが小声で呟いているのを私は聞き逃さなかった。それはもう、ですの口調も使えないくらいの怯えっぷりだ。


「一応聞くけど、USってなに? ユナイテッド・ステーツとかつまらないこと言わないでよね?」

「うっわー! あかねちん、おっさん、おっさんだよう! てへぺろ」


「うっさい! あなたに言われたくないわ! 早く言いなさいよ!」

「USは、ウルトラスペシャルの頭文字で、Sランクより上位ってことだよ。しかも各カテゴリ別にUSプラスはロボの中でも唯一、一体しかランク付けされないのだ! 僕すげーっ!」


 おおっ!

 確かに凄い。と言うか、それよりもアンドロイド審査会なんて機関が発足されるくらいには、ロボが量産されているってことなのかしら。


 だって、私が見たロボって、みかんが初めてだよ? なのに、審査会が発足するほどロボが一杯居るなんて、有り得なくない?!


「ちなみにロボって世界に何体くらいいる訳?」

「ああ~……そういう意味じゃ人間界にロボは数体しかいないかなあ……新ロボはほとんど出来てスグに異世界に送られちゃうからさー」


「えええっ?! 異世界ファンタジーって現実なの?!」


 もう自分でも何を言っているのかわからない。ファンタジーで現実って矛盾しかない。


 だけれど、今私が居るココも異空間な訳だから、実際に異次元世界があると言われても強ち不思議な話でも無いのか。


 もう、頭が混乱して話に付いて行けない……


「まあ、そう言うことになるよね。ちな、USランクになると他のロボがどのくらいの能力かを見ただけで計れるようになるのだ! 分かりやすく某アニメ風に例えると、スカウター機能が内蔵されてるって感じかな。てへぺろ」


 みかんは、私の方を見てドヤ顔をする。いやまあ、ロボ界でトップの性能を持っているのだからドヤって当然と言えば当然か。


 ……え?

 ちょっと待って。


 ってことはですよ。みかんは戦う前からマリーの戦闘ランクがわかっていたってこと?


 ちょっと待って。

 さっきみかんが、対家庭用ロボであることを誇りに思っているとか悲壮感一杯に私に話してたのは演技だったってこと?!


 私、みかんの話に超感動して泣いたんだよ?!


 あれは全部嘘だったってことになるよね!!


 ひどいっ!


 ――あの時の涙を返せ


「あ、あのぉー……ですの……」


 みかんの後ろでマリーが気まずそうに右手を挙げた。もうすっかり、みかんに攻撃する気は削がれてしまっているらしい。


 それはそうか、あれだけ こてんぱんにやられたら、戦意喪失するのも無理はない。


「ああー鞠ちゃん、忘れてたぁごみんごみん。うん。もう帰って良いよ。おつかれさまーてへぺろ」


 忘れてたとか酷いな。

 確かに私とみかんで話し込んでしまったのはあるのだけれど、それをワザワザ口に出さなくても良いじゃないか。これではマリーが不憫すぎる。


 それでも、解放宣言を聞いたマリーの表情は、それこそ解放感に満ち溢れ満面な笑みでスクっと立ち上がる。


 今まで小動物のように両腕を抱えてガタガタ震えていたくせに現金なものだ。


「おほほほほほっ! 今回は負けておきますけど、次に会った時覚えてなさ……ぎゃあああっ!」


 ――ピィーー!


 私がマリーの方をみていた傍で、いきなり轟音が鳴り響いた。カブトムシどころではない、恐竜か?


 ――あかねちんっ!

 ――あぶないっ!


 みかんが、私のことを両手で思い切り突き飛ばす。


「な、なにすんのよっ!!」


 何の前触れもなく突き飛ばされた私は、みかんに対して批難の声を上げた。


 再び振りかえると、つい今まで虚勢を張っていたマリーが私たちの前から消えていた。


「あかねちん……今度は、ホントの本気の本気でヤバいかも……」


 ――ったく、ホント使えないクソロボね。

 ――ウザッ!


 ……誰?

 声のする方向に目を向けると、何やら遠くの方で人影のシルエットが ぼやっと浮かんで見えた。


 ――あれは、ツインテール……?


「……え? 誰?」

「攻撃力……USプラス……激ヤバ……て、てへぺ……ろ」


 攻撃力USプラス……

 ロボ界で唯一、一体しかいない最強ランク、最強の攻撃力……


 みかんは、見えない敵……いや、みかんには見えているのかも知れない敵に向かって慎重に身構えた。

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