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第2話 僕たち友達だろー?

 萌ちゃんと教室に戻って帰り支度をしていると、ロボが駆け足でやってきた。


「あかねちゃーん! 萌ちゃーん! 待って~!」


 いや、待つけれども。

 言われなくても待つけれども。


 偽りとはいえ一応姉妹なのだし、1人で帰すのも不安だし。むしろ、1人にしたら絶対トラブル起こすし。

 

 本当、監視してないと何をやらかすかわかったものでは無い。


「まったくもう。みかん帰るよ! 萌ちゃんも一緒に帰ろ?」

「うん……」


 萌ちゃんは不安気に(うなず)いた。


 うーん。

 萌ちゃん、何か悩みでもあるのかな……


 でも。

 でも、ここはあえて深く関わらない方が良い気がする。だって、人それぞれ皆、言えない悩みと言うものがあると思う。


 もちろん私も例外ではない。

 仮に私が悩みを持っていたとして。それを萌ちゃんに悟られたとしても、そこは何も言わずにそっとしておいて欲しいと思うのだ。


 だから私も萌ちゃんのことは、そっとしておこうと思うのだ。萌ちゃんが私に協力してほしいと思った時に、きっと彼女自ら私に相談を持ち掛けてくるはずだ。


 だがしかし、例外なヤツがここに居た。


 私の悩みの種。

 ロボが、元気よくキッパリと無神経に萌ちゃんに向けて遠慮なく話しかけるのだった。


「萌ちゃーん! 暗い顔して悩み事? 悩みなら僕が相談に乗るぜ! 華麗にズバッと解決するぜ! てへぺろ」


 おいっ……!

 空気を読みなさいよ!

 このクソロボット!!


 まったく。

 ほぼ初対面で他人のプライベートに首を突っ込もうとするなんて、なんて無神経なロボなのだ。さすがクソニート博士が作ったクソロボットだ。


 萌ちゃんはハッと驚いた顔を見せるや否や、残像が見えそうなくらいブンブンと顔と手を振った。


「い、いやいや大丈夫! なんでもないよっ! みかんちゃん。心配してくれてありがとう」


 やんわりと、そしてキッパリと拒否する萌ちゃんに向かって、ロボは不満気な顔をして更に追い打ちをかけるのだった。


「おい~? 遠慮するなよ~。僕たち友達だろー? 水臭いなあ。言ってよ。ガチで。てへぺろ」


 どの口が言ってるんだ。このクソロボ。

 さっきまで萌ちゃんの名前も知らなかったくせに。なのに友達呼ばわりとか全く調子が良い。


 思わず暴走するロボを止めに入る。流石にやりすぎだ。


「みかん、やめなさい? 萌ちゃん困っているじゃない」

「ええー? 困っている時はお互い様って言うじゃまいか。てへぺろ」


 明らかに日本語の使い方が間違っている。


 違うだろ。

 むしろ萌ちゃんを困らせているのはお前自身、クソニートが作ったクソロボットの、お、ま、え、だ!


 これでは萌ちゃんが可哀そうだ。ロボから執拗な絡みを受けて、萌ちゃんが明らかに困惑している。


 これはダメだ。

 これ以上萌ちゃんの悩みを増やしてはいけない。()()()()()()を萌ちゃんに増やしてはいけない。


「ごめんね、萌ちゃん。みかんったら、ずっと入院していて()()()()()()()()から、コミュニケーションの取り方わからないんだよ。気にしないでね」

「あ、ああ……。そうだよね。うん。大丈夫だよ。ありがとう、あかねちゃん」


 首を傾げてニッコリと笑う萌ちゃん。


 本当にごめんね萌ちゃん。

 私が悪いの。こんなクソロボットを呼び込んだ私が悪いの。


 本当にロボは放っておくと何をしでかすか分かったものでは無い。こんな日々が毎日続くと思うと本当にウンザリする。


 って……あれ?


 今まで萌ちゃんに執拗に絡んでいたロボが消えている。


 あ、いた!

 私たちから少し離れたところで、額に手を当てて遠くを眺めるロボ。


「おぉー……?」


 何をやっているのだ?

 私もロボに並んで遠くを見てみたけれど特に何も無い。


「みかん……?」

「あー……うん。何かね? 向こうの方で、こっちの方を見ている人たちが居るんだよねー。ちな僕たちと同じ制服着てるー。てへぺろ」


「……!!」


 みかんの言葉を聞いた萌ちゃんが、過敏に反応して身を固くガタガタと震えだした。


 何かに怯えてる感じ。

 何か心当たりあるのか?


 でも私には何も見えない。

 対象物が見えないのは、私だけなのか?


「本当? なにも見えないよ」

「ほんとだよー。ほらー! 薬局ウメキヨの陰から覗いてるー。てへぺろ」


 え? 薬局のウメキヨ?

 ウメキヨなんて無いじゃない。


 ううーん……

 目を凝らして良く見てみると、ウメキヨの赤い看板が小さく……あ、見えた!


 そして、その向こうに人影が見えるような見えないような……私の視力は良い方なのだけれど、ほとんど見えない。


 でも学校周りに土地勘の無いロボが、ウメキヨの存在を知る訳が無い。なのに何百メートルも先のウメキヨの看板を認識できるなんて、一体、ロボの視力はどれだけ良いと言うのだ?


 一方、相変わらず萌ちゃんは、その場から動けずに固まっている。猛獣に狙われた小動物のように、身を固めて小刻みに震えていた。


 と、ロボが萌ちゃんの前に屈みこんで顔を覗き込んだ。


「もーえーちゃん。だいじょうびですかー? てへぺろぴーす」


 横ピースはいらないだろ。


「み、みかんちゃん……」

「はーい! 正義の味方みかんでーす! いえーい! てへぺろ」


 おいおい。

 あなたはいつの間に正義の味方になったのですか?


 アナタはトラブルメーカーではあっても、正義の味方なんてことは絶対に無いのですよ?


 でも今の萌ちゃんには、空気が読めないロボの振る舞いが返って良かったのかもしれない。


 萌ちゃんは、ひとつ溜息をついたあとに、ぽつりぼつりと話し出した。


「実は、ね? 今、みかんちゃんが見つけた人影って、たぶん私の先輩なの」

「え、先輩? 先輩がどしたん」


「私は先輩に恨まれているの。」

「なななんとっ!」


 ロボは両手を挙げて大げさに驚いて見せる。コメディ漫画かっ!


 とも思ったけれど、私は少し様子をみることにした。


「先輩は、慶大に好きな人が居るの。」

「ほんほん、年上に憧れる恋する乙女ってヤツな。それとこれとどう繋がるのだ?」


「あのね。この前下校しているときに、その()()()()()()()()()から声をかけられて、私は告白されたの。だから……」

「うわっ! ま、じ、で?! それドロ沼のズブズブやん……!」


 えええええええ?!

 そんなこと何も聞いてないよ?!


 それってちょっとした事件じゃないか。不良の先輩の好きな慶大生に告られてしまうなんて、標的になってしまうことは避けられない。これはもうツイてないとしか言えない。


 そうか。これで腑に落ちた。

 最近萌ちゃんが悩んでいたのは、このことだったのか。


「そうなの。でもね。私も先輩が慶大生のことが好きなことは知っていたから、すぐにお断りしたの。」

「ほうほう。萌ちゃん偉い!」


 みかんの適当な相槌を受けても、優しい萌ちゃんは怒らずに話続けた。


 萌ちゃん、本当に偉いよ。私は、ちゃんと聞いているからね。


「うん。だけれど、慶大生が私に告白してきたことが、どこかから先輩に知れてしまって。少しして先輩が私に絡んでくるようになったの」

「うっわー! ひどいねそれ! 逆恨みってヤツだね! みかん知ってる! みかん激おこぷんぷんまるだ! 僕が先輩のことを懲らしめてあげりゅよ! ちょっと待ってて!」


 流石のロボも、萌ちゃんの衝撃な告白を聞き流せなかったようだ。


 ロボは、スクッと立ち上がり、先輩たちが居ると思われる方向を指差した。


 そして、ゆっくりと息を吸い込む。


 ……やばい!

 これ呪文使われるパターンのやつだ!


「萌ちゃん! みかんっ! こっち!」


 私は両手で、みかんと萌ちゃんの手を引っ張った。先輩とは()方向に全力疾走して脇道に入る。


「え? え?」

「あかねちゃーん! やめてー! そっちじゃなーい! やめろー! おーい! 止まれー!」


「黙って思いっきり走って!」


 戸惑う萌ちゃんに、抵抗するみかん。今はまだ無策だし、ここは逃げた方が良策だ。


 ロボは何かしらの呪文を唱えるつもりだったに違いない。


 けれど、私はロボに呪文を使わせることは極力避けたい。だって、呪文を使った後に、先輩たち、萌ちゃんの記憶操作が必要になって、更に面倒なことになるに違いないからだ


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、頬を膨らませながら嫌々一緒に走るロボ。


 ロボも本気になれば私の手を振り切ることなんて造作もないことなのだろう。だけれど、そうしないのは彼女にも考えがあってのことなのだろう。


「おいーっ! 先輩たちを懲らしめよーよー! 僕、激おこなんだからね!」

「今はダメ!」

「なーんーでー?!」

「後で取り返しのつかないことになりそうだから!」


 ハァハァ……ここまでくれば大丈夫だろう。


 私と萌ちゃんは疲れて地べたに座り込んだ。徹夜明けでの全力疾走は、さすがにキツい。


 ロボの方は、ロボだけに疲れることなんて全くないのかピンピンしている。そして走ってきた方向を眺めて悔しそうにしている。


 萌ちゃんが息を切らしながら、ロボを見上げた。


「ハァハァ……みかん……ちゃん……ハァハァ……つい最近まで入院して……たんだよね……すごい……体力だね……ハァハァ」


 そうだった……!

 こいつ、昨日まで入院していた()()だった!


 入院明け翌日に全力疾走とかありえないわー。ロボは、のほほんとバカ正直に萌ちゃんに言うのだった。


「んんー? それなりにリハビリがハードだったから、グラウンドのある病院でトレーニング積んできた! って言う()()にしておけって、博士が言ってた。てへぺろ。」

「は、か……せ?」


 こらこらこらっ!

 なんてことを言うの!


 設定とか、博士とか。

 萌ちゃんたら脳内で処理しきれなくて、ポカーンと固まってしまっているじゃないか。


「あ、ああ! みかんはね、お父さんのことを『はかせ』って呼んでるの! 名前が漢字で()()()()って、書くから! お、おもしろいよね! あは、は、ははは……」


 ちなみにお父さんの名前は博ではない。お父さん名前を変えてしまってごめんなさい。


 これから友達の間でのお父さんの名前、(ひろし)と言うことにさせてもらうね。きっと大丈夫。女子高生の話題でお父さんのことなんて、ほぼ出てこないから。


「あー。そーそー。ひろしー。僕のお父さんはひろしー。だっけ? てへぺろ」


 違うわよ!

 とも言えず、私はロボに向かって何か言いたげに苦笑いをするのが精一杯だった。


 優しい萌ちゃんは、わかったようなわからないような複雑な表情で笑うのだった。


「そ、そうなんだ? お父さんと仲、いいんだね……」


「さーて。萌ちゃん! 話は戻るけれど先輩たちのことは僕に任せて! てへぺろ。」

「え、ええ? みかんちゃんが……?」


 みかんの根拠ない自信に困惑する萌ちゃん。


 ……それ呪文前提じゃないよね?

 呪文は絶対にダメだ。帰ったらみかんを説得しなきゃ。


 私とみかんは無事萌ちゃんを駅まで送り届け、明日も改札で待ち合わせる約束をした。

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