第3話 3D博士
「なんで逃げるんだよー! 僕、あいつらをぼっこぼこにするつもりだったのに! 激おこ!」
「だって、あなた呪文使おうとしていたじゃない。私との約束を破るつもり?」
「…………」
黙った。図星か。
やはりあの時、逃げたのは正解だった。
ロボ……みかんと2人で部屋の中。
みかんはベッド、私は勉強机の椅子をくるりと回して腰かけている。
「と、に、か、く、呪文は禁止……!」
「ええー? バレないようにやるから大丈夫だよー。てへぺろ」
しれっと本音出しやがったなコイツ。
昨日話したときは、呪文を使わないことを二つ返事で快諾したくせに、簡単に手のひら返ししてくるとか信じられない。
「だめ! あなたは普通の女の子として大人しく生活するの!」
「うーん。僕は良いけど博士が納得するかなあ……」
「博士……?」
そうか。みかんは博士に感情を遠隔コントロールされているんだっけ。確かに彼女の言うことももっともだ。
「そう。博士。うんうん。じゃあ、今から博士に電話するから、あかねちゃん話してみてよ?」
……え?
博士に電話するの?
今から?
嫌だよ。
なんで素人童貞クソニートと私がサシで電話で話さなきゃいけないのよ。
童貞がうつる。
やめてくれ。ガチで。
みかんはドン引きな私を気にもせず、スクっと立ち上がった。そして右手を真っすぐ前に出し、手のひらを上向きにする。
――こみゅにーとぅはかせー!
呪文……か?
――トゥルル~
――トゥルル~
部屋の中に電話のコール音が鳴り響く。
みかんから音が出ているようだけれど、身体のどこから鳴っているのかはわからない。
――ガチャリ
受電した?
みかんの手の上に、薄汚いグレーのスウェットを着た、ボサボサ頭の男性の後ろ姿が映った。
うーん。
その後ろ姿は立体的に見えるけれど、これはリアタイ映像なのかな?
「あ、はかせー! やほやほー!」
『どうした?』
立体映像の中にいる男性が答えているようだ。男は、向こうを向いて寝っ転がり頭に手を置いている。
「あかねちゃんと話してくれる?」
『あかね……? 誰だそれ……ん? ……あ、ええっ?! 胡桃沢あかねかっ?!』
「ぴんぽんぴんぽーん! てへぺろ」
『ちょ、ちょっと待て! 掛けなおす!』
――ガチャリ
――プープープー
「ガチャ切りとかひどいな博士。にひひ」
電話を切った音がすると、みかんの手の上から男性がシュッと消えた。みかんはしたり顔で意地悪くニヤニヤしている。
「みかん、今のはなに?」
「あはは。博士に電話したのら。すぐに折り返しの電話がくると思うから、ちょっと待ってて。てへぺろ」
「ええー? 嫌だよ。だから素人童貞クソニートとなんて話したくないってば!」
「まあまあ。クソニートに遠慮なく言いたいこと言ってやってよ。博士はドMだから、辛辣な言葉を投げかけてあげたら、きっと泣いて喜ぶよ」
素人童貞クソニートに、ドMがプラスされた。最悪だ。
本当に関わりたくないわ。
出来れば、この場から逃げ出したい。
……ん?
ちょっと待てよ?
そうだ、いつか博士に仕様変更をお願いしようと思っていたのだ。みかんが私の胸を揉んで、セクハラ充電する仕様を何としても変えさせなきゃ。
そんなん御飯食べられるのだから、普通に考えて食事だけで満充電できるよね。むしろ胸を揉むことで充電する仕様のほうが難易度が高いに違いないし、あんなの私に対する嫌がらせ以外の何者でもない。と言うか揉むの胸じゃなくても充電できるのではないか……?
――たーららら、らーらら♪
――たららーら、らららん♪
みかんから、某ネコ型ロボット『コラえもん』のアニメソングが流れ出す。
「ほいほーい。みかんだよー。」
みかんは、さっきと同じように手を真っすぐ前に出して手のひらを上向きにした。
『待たせたな』
みかんの手の上に白衣の男が立体的に後ろ姿で映った。今度はキチンと立っていて、大きさは20センチくらい。映像は実物より縮小して投影されるらしい。
「あれー? 博士って白衣持ってるんだー? 僕、博士はジャージとスウェットしか持ってないと思ってたよー。てへぺろ」
『こら! 余計なことを言うな!』
「それに……一番の突っ込みどころよね。その顔なにっ?! どんな顔して買ったん? 変質者丸出しだわ。きんもっ! あはははははっ!」
『う、うるさい!』
本当、あの二人、親子に見える。それに私の存在、完璧に忘れられてるかも。
まあ、いいけど。
「あ、そーそー。あかねちゃん後ろにいるよー」
『そ、そうか。じゃあ……』
白衣の男が、ゆっくりと反転した。
……え?
こちらに振り向いた博士の姿が露わになる。
髪の毛にジェルがデロデロに塗られ、ビッチリと七三に分けられていた。
そして、そして、顔には、なんと!
某美少女戦士『ペリキュア』のお面!
……え?
素人童貞クソニート+ドM+……
アニヲタ?
あいたたた……
私は思わず頭を抱える。もう救いようがない。こんな変態と話したら口が腐りそうだ。童貞がうつるどころの話ではない。
それでも博士は、どもりながらも私に対して挨拶をしようとした。
『こ、こ、ここんにち…』
「私、ちょっと私急用を思い出しましたので失礼します。」
無理、無理無理無理無理……!
ほんと無理。
私は部屋のドアに向かい、足早に立ち去った。
すると背中越しに博士の声がした。
『ま、待て! 待て待て待て! 私に何か言いたいことがあるのではないか?』
……うぅ。
図星だ。
素人童貞クソニートドMアニヲタのくせに鋭いな。
仕方なく私は振り返り、今まで溜まっていた鬱憤を思いきり博士にぶちまけた。
「ありますよ! 私の家庭をメチャクチャにして言いたいことが無いわけが無いですよ!」
『……そうか。それはすまなかったね。でも世界のために勘弁して欲しい』
……あれ?
そんな素直に謝られたら、こっちも責めにくいじゃない。
でも、ここで折れる訳にはいかない。
「あ、謝ってすむ問題じゃないですよ! 目的は一体何ですか?」
『目的か。そうだな。みかんは、今、そして、これから更に進んでいく少子化問題に向けて作ったアンドロイドのプロトタイプなのだ。これが成功し、アンドロイドを量産できたら一気に少子化問題を解決できる。これが主な目的だ。』
「それは何となくみかんから聞いています。でも少子化の解消って、なんで私の家で実験するのですか? 他にも、私の家よりも実験に最適な家庭は、たくさんありますよね?」
『うむ。なぜキミの家に、みかんを送り込むことになったか。それは三年前まで遡ることになる……』
三年前……?
私が中学一年生のとき。
その頃から、みかん、アンドロイドを作る計画があったのか。
……と言うか、その頃から私を見ていた?
マジキモい!
ロリコン癖もあるのか。
素人童貞クソニート。
その性癖は留まるところを知らない。
――ちょっと待ったーっ!
私が絶句しているのを尻目に博士が話を始めようとすると、突然みかんが大声で叫び割って入った。
博士は驚きみかんの方に振り返る。
『な、なんだ……?』
「それ長い?」
『何がだ?』
「だーかーらー。その話は長いか? って聞いているんだよ!」
『……20分くらい』
「長いよっ! おっさんの思い出話なんて長々と聞きたくないよっ! 激おこぷんぷん丸だよ! うぜぇよ!」
確かに、おっさんからの一方的な話を二十分間に渡って聞くのは、ある意味苦行だ。
それに関しては、みかんに同意するわ。
『じゃあ、せめて半分の10分でどうだ』
「だめっ! 長い! 5分ね! ご、ふ、ん!」
『くっ! わかった。5分だな』
さすがドMの博士だ。
みかんからの辛辣な言葉に対して、簡単に屈してしまった。
そして頭の中で話を纏めているのか、博士は少し考えて、噛みしめるように、ゆっくりと語り始めた。




