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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第4章 ヒルデブラント要塞攻防戦
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4-21 一夜明けて

 世暦(せいれき)1914年6月7日


 第11独立遊撃大隊にとって初の戦闘が行われた日から一夜明けた朝。兵士達は一眠りしたお陰か、罪悪感からある程度吹っ切れた様子で、談笑や朝の準備をしていた。


 この日も、敵補給基地への攻撃が予定されていたが、昨日同様、夕方からの行動を予定しているので、兵士達は束の間の休息を満喫していたのだ。


 そんな中、珍しく早起きをしたエルヴィンは、そんな兵士達の様子を眺める。



「大丈夫そうだな……」



 少しホッとした様子でそう呟いたエルヴィン。


 人殺しは非人道的な行いであり、常人が実行すれば、多大な精神的ダメージを受けるのは当然である。


 しかし、軍人はそれを何度も繰り返さなくてはならず、それに慣れなければならない残酷な職業だ。


 しかも、今、彼の麾下(きか)に加えられているのは人殺しが始めての新兵達。エルヴィンは非人道的行為をそんな彼等に強いねばならない。最低1回の実戦経験を持つ兵士がほとんどであった今迄とは比にならぬ程の罪悪感に、どうしても襲われてしまう。



「罪無き者達に人殺しを命じる。とても許される事ではないな……」



 エルヴィンがそう呟き、溜め息を(こぼ)した時だった。



「わっ!」



 耳元で大きな声が響き、驚いたエルヴィンは、慌てて音源から離れ、耳を片手で塞ぎ、声の主を確認した。


 声の主はアンナだった。


 正体が分かったエルヴィンは、少し呆れた様子で目を細め、彼女へと視線を向ける。



「君ね……そんなに私の鼓膜を破りたいのかい?」


「エルヴィンがぼ〜っとしていたので、折角なので日頃の鬱憤を晴らそうかと思いまして……」


「私に対して、そんなに不満抱いていたのかい?」


「毎回、大量の仕事を私に押し付ける貴方に、不満を抱かない訳が無いと思いますけど?」



 エルヴィンはぐうの音も出ず、苦笑いで誤魔化し、アンナは彼の駄目さ加減を再確認し、呆れ、溜め息を()いた。



「少しは吹っ切れましたか?」



 突然の意外な言葉に、エルヴィンはキョトンと目を丸くした。



「どうせ、兵士達に始めて人殺しをさせた罪悪感が、思考を支配していたんでしょうけど……堂々と暗い顔していましたから……」


「そんな暗い顔してたかい?」


「はい」



 エルヴィンは、他人に分かる程に気持ちが漏れていた事を恥じた。部隊の長たる指揮官が暗い顔をすれば、兵士達の空気も自然と暗くなる。士気低下にも繋がる危険な行為なのだ。


 それに顔をしかめ、頭を掻くエルヴィンだったが、連鎖的に自然と少し気持ちが軽くなっている事にも気付く。おそらく、先程のアンナらしからぬ悪戯混じりの行為が、意外にも効いたらしい。



「罪悪感を抱くのは良い事です。まだ、人としての心が正常だという証拠ですから。……しかし、そればかり考えると精神が持ちません。だから少しは、楽しい事を考えても良いんですよ?」



 アンナの珍しい優しい励ましの言葉で、エルヴィンは肩の重みがスルリと落ちる感覚がした。そして、感謝するような微笑み彼女へと向ける。



「ありがとう、アンナ……」



 エルヴィンの真摯な感謝に、アンナは照れ臭さそうに頬を赤らめながら、嬉しさでニヤけるのを我慢した。




 2人の気持ちがそれぞれ整理された後、エルヴィンはアンナに問いかける。



「そういえば、アンナは何しに私に会いに来たんだい? 私を元気付ける為、だけでは無いだろう?」


「そうでした!……エルヴィン、他の部隊と通信ケーブルを敷きましたので、野戦電話が使えるようになりました」


「やっとか……これで、他の部隊との情報共有が楽になるね。無線だと敵に傍受される恐れがあって使えないから……」


「それで、有線電話が使える様になって直ぐ、他の部隊の状況が入ったのですが……」



 少し歯切れ悪いアンナは、昨日の敵補給基地襲撃の情報を正確にエルヴィンへと伝えた。


 今作戦の参加部隊は10個大隊。昨日、各部隊がそれぞれ1箇所ずつ攻撃し、3箇所を占領、4箇所を破壊、2箇所は失敗し撤退。そして、1箇所は不明……。



「不明⁈」


「はい、その箇所の攻撃に向かった部隊が戻って来なかったと、陣地に残っていた兵士達が報告していました……」


「不明、不明か……」



 エルヴィンは顎を摘み、真剣な表情で考え込んだ。



「全員が降伏したか、最悪全滅したか……敗北より悪い報告だね……」


「他の2つの部隊から、それぞれ1個中隊を調査に向かわせる予定だそうですが……」


「それも全滅する可能性が高い、か……」



 エルヴィンの表情は深刻な物へと変わった。



「どうしますか、エルヴィン?」


「中隊の派遣を中止するよう進言してみよう。同胞が無駄死にするのは見たくないしね。まぁ、無駄だとは思うけど……」



 その後、エルヴィンは有線通信で中隊の派遣中止を司令部に御願いしたが、予想通り却下される。

 「まだ生きているかもしれない仲間を助けようともしないのは、帝国軍人の恥だ!」という帝国軍としては珍しく真っ当な理由であった。

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