4-20 撤退後
帝国軍を追撃した共和国軍だったが、それは直ぐに断念された。
空に太陽は既に無く、漆黒とそれを僅かに灯す月明かりが有るだけで、森の中では所により月明かりすら届かず暗闇が漂う。敵の追撃など困難だったのである。
共和国軍から無事逃げ切れたエルヴィン達だったが、兵士達の表情は暗かった。
やはり、始めて人を殺したという罪悪感が、精神に深く突き刺さっていたのである。
「やはり、兵士達の表情は暗いですね」
「まぁ、当然だろうね。初めての殺し合いをしたんだ。そう簡単には割り切れないさ」
アンナとエルヴィンの表情にも笑顔は無く、新兵達に人殺しをさせた罪悪感が2人を襲っていた。
それでも、指揮官が暗いのは良く無いと、重い空気を払拭する様に、アンナがエルヴィンに話し掛ける。
「エルヴィン、撤退して良かったんですか?」
「あれ以上戦っていれば、間違いなく全滅していたよ」
「しかし、閣下からの命令は敵補給基地の攻略です。大した損害も出していないのに撤退すれば問題になるのでは? 最悪、軍法会議に掛けられる事も……」
少し心配そうに話すアンナを見て、エルヴィンは安心させる様に笑みを浮かべた。
「それは心配ないよ。閣下からの命令は敵補給基地への攻撃だ。一応、命令通り攻撃はしたし、問題は無いさ」
エルヴィンの笑みを見て、アンナは直ぐにそれが無理して作られた物だと分かってしまった。
兵士達に直接人殺しを命令した張本人。心優しき彼は、アンナやガンリュウ大尉以上もの罪悪感に襲われている筈である。
彼女はその事に気付き、エルヴィンに無理させてしまった事を申し訳無く思い、後悔する様に表情を落とす。
しかし、エルヴィンの罪悪感はアンナの予想だにしない程大きかった。
本当に恐ろしいのはこの後である事を、エルヴィンはこの時、悟っていたのだ。
エルヴィン達が撤退した後、共和国軍内では動揺が広がっていた。
1日の内に10箇所の補給基地が帝国軍による襲撃を受け、更に襲撃された10箇所の内7箇所も占領、乃至、破壊されたのだ。
完全な奇襲であったので妥当な損害ではあったが、共和国軍としては、7箇所も失うのは無視出来ぬ損害であった。
共和国軍上層部は慌てて対策を考えたが、主戦場の危機も相まって、上層部の作戦処理能力は限界に達し、対応はガタガタとなってしまう。
そんな事が上層部で起きている間、防衛に成功した3箇所の1つ。エルヴィン達が襲撃した場所とは別の補給基地で、1人の男が自分の背丈はあろう大きさの大剣を背負い、木箱に座りながら黄昏ていた。
「……退屈だ…………」
男は燃えるような赤い髪を風に揺らしながら、不満そうな顔を浮かべながらそう呟いた。
男は、エルヴィンがヴァルト村の戦いで、共和国軍の第3大隊を指揮したラヴァル少佐だった。
「退屈だと思うのでしたら、戦闘で壊れた物とか片付けるの手伝って下さいよ!」
不平不満たらたらの上官に呆れつつ、副隊長のサルセル大尉はラヴァル少佐へそう告げる。
「退屈というのは敵の話しだ! 敵の‼︎ 俺が戦闘に参加した途端、直ぐに逃げ出しやがったんだぞ⁈ 無能にも程があるだろ‼︎」
「はいはい、そうですね……」
サルセル大尉はラヴァル少佐の不満を適当にあしらった。
シャルル・ド・ラヴァル少佐。敵、味方から《武神》と恐れる武人。恐らく、共和国最強の魔術兵であり、それは敵も承知の事である為、逃げ出すのも当然といえば当然なのだ。
サルセル大尉は、大佐の発言を「何とも理不尽な発言だ」と思いながら、口には出さなかった。
しかし、それが顔に出たらしく、ラヴァル大佐は苦笑いを浮かべる。
「大尉……何か、文句あり気な顔だな……」
「いえいえ、文句はありませんよ? ただ……」
サルセル大尉は気の毒そうに苦笑を浮かべ、辺りを見渡す。
「敵には同情を禁じ得ないな、と思いまして……」
サルセル大尉の目線の先。そこには400人余りの帝国兵の屍が辺り一帯を覆うように転がっていたのだ。
「何も、逃げた敵兵まで、悉く全滅させ無くても……しかも、少佐お1人で。お陰で、捕虜を5人しか捕らえられませんでしたよ」
「まるで俺1人で1個大隊全滅させたように言っているが、大尉達も戦いに参加しただろう!」
「それでも、8割ぐらいは少佐の戦果です」
「それもこれも、敵が弱過ぎるのが悪い!」
ラヴァル大佐はサルセル大尉と話す内に、責任転換し、増長した不満と共に敵へぶつける。
「逃げるにしても、堂々と俺達に背中を見せるか普通⁈ お陰で軽く捻り潰せたわ‼︎ 逃げ出して撤退終了とでも思ってたのか⁈ 遠征は帰るまでが遠征だと、子供の頃に習わなかったか⁈ 幼児の方が最もマシな逃げ方するわ‼︎」
「そりゃ、大佐を見たら、尻尾隠す暇なく逃げ出しますよ」
「弱い、弱過ぎるんだ! 最近の帝国兵の軟弱たる事この上なし! 兵、指揮官の質が格段落ちている。殺り甲斐が無さ過ぎて退屈極まる‼︎」
「敵は弱くて良いと思いますが? 敵に勝つのが楽になりますから……」
サルセル大尉は、敵の弱さに対し文句を垂れる上官にまたしても呆れてしまう。
ラヴァル少佐は生粋の戦闘狂で、強い敵との戦いを好んでいる。しかし、銃が発達したこの時代では、剣で戦う武人の数が減っている為、強さの基準が、一騎当千の武人から、優秀な指揮官となっている。
彼は、自分が本気で戦っても、自分に命の危機を感じさせる強敵、指揮官に焦がれていたのだ。
長年少佐の隣で戦ってきたサルセル大尉も、大佐の心中は察してはいるが、彼の強さを身近で見て来た大尉としては、何とか宥めるしか無い。
「少佐、強敵を欲しているのは分かりますが……大佐自身の強さも考慮して下さい。大佐と真面に戦える相手なんて、そうそう居ませんよ」
「そうそう居ない、か……」
サルセル大尉はそう言ったが、ラヴァル少佐には1人、自分と互角の戦いを出来るかもしれない敵に心当たりがあった。
ヴァルト村の戦いでの敵の指揮官は、この戦場に居るのか? もし居るのなら、戦いたいものだ……。
ラヴァル大佐は名も知らぬ敵に、思いを馳せるのだった。




