4-19 始めての戦い
夕日が沈み始めた頃、第11独立遊撃大隊は攻撃目標である敵補給基地の1つを目前に、茂みや木の後ろに身を隠していた。そして、魔術兵は剣を、通常兵は銃を、魔導兵は杖をそれぞれ構え、普通の兵士達以上の不安に襲われていた。
この戦いが、ほとんどの者にとって初めての実戦であり、初めて殺される恐怖を、人を殺す恐怖を味わう事になるからだ。
「ガンリュウ大尉率いる魔術兵が突入した後、その後ろから、ジーゲン中尉の通常歩兵が魔術兵を援護しながら突入する。フュルト中尉の魔導兵部隊とアンナの狙撃兵部隊は指示があるまで待機」
エルヴィンは各部隊の伝令に自分の支持を伝えると、自分の部隊に戻っていく彼等と入れ替わる様に、アンナが心配そうな表情を浮かべやってきた。
「大丈夫でしょうか……」
「やれる事は全てやった。あとは、運が良い事を願うだけさ……」
微笑みながら呑気な事を述べたエルヴィンだったが、その瞳は真剣そのものだった。
少しして、伝令が彼の下へと戻り、戦い開始の鐘を運ぶ。
「大隊長、各部隊の突入準備が整いました」
「……分かった」
エルヴィンが只一言そう告げると、伝令は持ち場に戻り、部隊全員の配置が完了したのを見計らって、エルヴィンは、気持ちを整える為の吐息を1度零し、そして、右手を高らかに上げ、前に振り下ろした。
「全員、突撃‼︎」
エルヴィンの号令と共に、兵士達は立ち上がり、恐怖を打ち消すように、雄叫びを上げながら敵陣地目掛けて走り出した。
「「「ウォオオオオオオオオオオオッ‼︎」」」
彼等の雄叫びで、共和国軍は敵の存在に気付く。
「敵襲! 敵襲ぅうっ‼︎」
共和国軍は突然の奇襲に動揺し、数秒ばかり立ち尽くしたが、すぐに部隊長達が指示を出す。
「総員、各個に応戦せよ! 独裁者の尖兵供を皆殺しにしろぉおっ‼︎」
共和国軍の部隊長の1人がそう指示を叫んだ時だった。突然、その部隊長の頭が空に舞った。
一瞬の出来事に周りに居た共和国兵達は、只、立ち尽くす。
そして、首が消えた部隊長の屍が地面に倒れ、その前には、1人の鬼人族の男が、血がこびり付いた刀を手に立っていた。
そう、ガンリュウ大尉が突撃早々、目にも留まらぬ速さで、その部隊長の首を斬り落としたのである。
共和国兵達は、《鬼人の剣士》を見詰めながら立ち尽くす。しかし、ジワジワと恐怖心が湧き上がった。
「……撃て…………」
1人の士官が《鬼人の剣士》を見詰めながらそう呟いた。そして、恐怖心に襲われながら後ろを振り返り、後ろで棒立ちしたままの兵士達を鼓舞し始める。
「あの剣士を撃ち殺せ! 奴を野放しにすれば、我々に大損害を与えるぞ‼︎」
士官の指示を聞き、棒立ちだった兵士達は我を取り戻し、直ぐに銃を構えた。しかし、銃口の先に《鬼人の剣士》の姿は既に無く、銃声を響かせない。
引き金を引かない兵士達の様子を疑問に思い、士官は《鬼人の剣士》の方を振り向くと、その目前には、既に斬撃の構をとった《鬼人の剣士》が此方を睨んでいた。
士官は咄嗟に拳銃を抜き、銃口を《鬼人の剣士》に向けるが、その瞬間、拳銃の持つ腕を斬り落とされた。そして、悲鳴をあげる間も無く、喉元をかっ斬られ、士官の死体が地面に倒れる。
士官達があっさり斬り殺される光景。それに共和国兵達の恐怖は更に増長したが、戦意は失われず、次々と銃口を《鬼人の剣士》に向けた。
しかし、また剣士を見失うと、1人の共和国兵の首が空に舞い、その隣に居た兵士が剣士の方を振り向いた瞬間、その心臓に刀が突き刺さった。
兵士が口から血反吐を流し、銃を地面に落とすと、《鬼人の剣士》が刀を抜き、兵士は地面に倒れ込む。
共和国兵達は《鬼人の剣士》を撃ち殺ろそうと銃口を向けるが、見失い、その度に味方兵士が次々と《鬼人の剣士》に殺されていく。
《鬼人の剣士》の異常な強さに、通常歩兵では相手にならないと見て、魔術兵達が《鬼人の剣士》に立ち向かう。
しかし、最初に襲い掛かった兵士はアッサリ斬られ、その隙に背後から襲った兵士も、剣士が円を描くように振り向き、その勢いざまに斬られた。
《鬼人の剣士》が次々と同胞を斬り殺す様を見て、共和国兵達は震え上がり、兵士達の注意が完全にガンリュウ大尉に振り向く。
そして、その隙を見逃さず、他の帝国兵士達は攻勢に出た。
ガンリュウ大尉に怯え、怯んだ事により、共和国軍は万全な迎撃態勢を敷く事が出来ず、帝国軍に蹂躙され始めたのだ。
帝国魔術兵が共和国兵達を斬り、刺し、共和国兵達が帝国魔術兵に集中しているうちに、帝国通常兵が共和国兵を撃ち殺していく。
帝国軍の新兵達は始めての人殺しに怯えつつも、それ以上の死の恐怖を味わい、防衛本能として、殺られる前に共和国兵達を殺していく。
始めての戦闘という事で、新兵達は乱れた連携と、ぎこちない動きを見せていたが、敵の油断を突いた奇襲と、ガンリュウ大尉の予想以上の活躍により、敵は帝国軍の力量を把握する暇すら無く、押されていった。
味方の予想以上の働きを遠目で見ながら、アンナは双眼鏡越しに感嘆する。
「新兵の寄せ集めとは思えない働きですよ! エルヴィン、此方が明らかに優勢です。このまま勝つのではないですか?」
アンナが勝利という言葉を口にしても、エルヴィンの真剣な瞳は変わらず、冷静だった。
「いや、それはないね。今、敵は予想外の事態に驚いて、冷静な判断が出来ていない状態だ。時間が経ち、敵が冷静になれば、たちまち此方が押され始めるよ」
エルヴィンの予測通り、敵は徐々に組織的な抵抗を始め、帝国軍は徐々に押され始めていた。そして、戦闘が行われている後ろで、共和国軍が重機関銃や大砲の準備を始める。
「そろそろかな……」
エルヴィンはそう呟くと、立ち上がり、叫ぶ。
「全員……撤退‼︎」
エルヴィンの予想だにしない命令に、帝国兵達は驚いた。
確かに押され始めているとはいえ、完全に敗北が確定した訳では無い。攻撃目標の攻略を成していないにも関わらず、アッサリ撤退命令を出すなど、常識では考えられなかったのだ。
しかし、彼等は素直に従った。
敵の殺意に当てられ、人殺しの罪悪感に襲われ、新兵達は精神的に限界だった。直ぐにでも、この場から去りたいというのが本音であったのだ。
帝国兵士達は直ぐに命令通り森の方へ駆けていき、彼等の突然の撤退に動揺した共和国軍だったが、直ぐに追撃を開始した。




