7-102 新たな真実
兄の話が大隊長や《武神》から聞こえる度、マリエルの涙腺は緩んでいく。
彼女は兄リュックの軍での姿を知らず、どの様に過ごしていたのかも、誰にどう思われていたのかも知らなかった。
だからこそ、大好きな兄が死んだ時、彼の死に虚しさを感じてしまい、それが復讐心を後押ししてしまったのだ。
大好きな兄がこんな寂しい死に方をして良い筈がない。もっと幸せになって、歳をとって、静かに、満足気に死ぬべき人だったのだと。
こんな無惨な死を作り出した奴等を許せないと、彼女に復讐の銃を握らせたのだ。
それがどうであろうか。軍にこれだけの兄の死を惜しんでくれる人達が居た。彼が歩んだ人生は決して寂しいものではなかった。
何より、そんな兄が戦場においても、私を大切に想ってくれていたのだと思うと、最早感情の滝を堰き止められず、いままで抑えていたものが溢れ出してしまう。
大勢の前だからと声を出すのは我慢した。しかし、涙は止められなかった。
本当は今直ぐ声を張り上げ、喉を枯らして、胸に溜まった想いを吐き出したい。
そう思った時、彼女の背中に暖かみのある手が添えられる。
「今、泣いても良い、なんて流石に言えねぇけど……後で胸ぐらいは貸してやるよ」
珍しく優しさを心掛けながら元気付けてくれるジョエルに、マリエルは少し笑みを浮かべると、涙を拭いて、いつもの感情の乏しい表情に戻した。
「貴方に胸を貸すくらいなら、此処で大声で泣き叫んで終わらせる」
「お前なぁ……せっかくの気遣いを潰すなよ」
「頼んだ覚えは無い」
「テンメェ……」
彼女を睨みながらも直ぐに表情を崩して笑い始めるジョエルに、マリエルも少しソッポを向きつつ気付かれないように笑みを浮かべた。
「なんとか、泣き止んでくれた様だな」
「多分、嬉し泣きなんでしょうが……泣かせちまったとなると、どうもな……」
微笑ましさはあるが、やはり安堵の方が強く、トゥールとシャルルは共に肩を撫で下ろした。
「リュックの奴も幸せですね。こんなに想ってくれる家族が居んだから」
「そうだな。アジャン少佐は若くして命を散らしてしまった。本当なら、より多く、そう想ってくれる者達に恵まれる筈だったのだ。彼等の死に報いたい所だな」
トゥールは数多くの兵士達の死際を見てきている。それが戦場に居続ける度、自分より歳下の若者達の方が多くなった。自分だけ歳を取っていく中、彼等の老いはそこで停止するのだ。己が未来と引き換えに。
「未来ある者達が死んでいくのは見ておれん。早くこの戦いを終わらせたいものだ……」
「まったくですな。それにはやはり、奴が障害となりますかね」
「フライブルク中佐、か……」
フライブルク中佐。その名前がまた出た瞬間、三人の目が鋭くなる。それは、ジョエルやマリエルにも分かる程であり、歴戦の猛者達が警戒する再び現れた敵の名に、二人は更なる興味が湧いた。
「フライブルク中佐……《剣鬼》の上官でしたよね……?」
ジョエルの確認にトゥールが首肯する。
「そうだ……奴とはこの戦いを含め五度戦っておる。貴官等はこの戦いが初陣だったから知らんだろうが……奴の怖さは異常だ」
「俺も散々、やられたからなぁ……」
《武神》の発言に、ジョエルと流石のマリエルも驚いた。
「ラヴァル中佐ですら負けたのですか⁈」
「あぁ、負けたな。戦略的な勝利で、戦術的な勝利を勝ち取られちまったんだ。今思い出しても見事な負けだったな!」
鋭い目を捨て笑い出すシャルル。彼が強い敵を好む性格だと知らない二人からすれば奇怪な反応に思えた。
「ヒルデブラントで最初は勝ったんだぜ? 勝ったんだが……殲滅する気だったのが見事に逃げられちまったからな。で、鉄道橋が破壊され、奴を倒す機会を潰されて、戦略的敗北をさせられたんだ」
「シャルル、アレを忘れているぞ?」
「アレか? まぁ……確かにアレも俺の敗北には違いないな」
ジャンに指摘されたアレ。それが分からないジョエルは首を傾げる。
「中佐、アレとは……?」
「アレとはアレだ。"ヴァルト村の戦い"だ」
この瞬間、マリエルの目が驚愕に大きく見開かれる。
「ヴァルト、村……?」
彼女の横に居たジョエルが気付ける程の表情の変化であり、気付いた彼からして大分良くない変化だった。
「ヴァルト村……アレは散々だったな。ジャンにも話しただろう?」
「本隊を攻撃し、魔法の応酬で戦意喪失させた後、本陣とトゥール少佐の陣を焼いて、食糧不足の撤退に持ち込んだヤツだろう?」
「そうそう! アレは肝が冷えたぜ! 完全に意表を突かれちまったからな!」
いつもの様に豪快な笑みで話すシャルル。その横で、困った様子で眉をひそめるトゥールと、少しずつ震えが見て取れるマリエル。
「何より、こっちは最初に頭を二つ共潰されちまったからな。隊長だったヴァランス大佐とイストル中佐という頭をな」
そこで突如、マリエルは何かに耐えられず何処かへと走り去り、ジョエルはそれに右手を伸ばすが空振った。
「マリエル‼︎」
突然のマリエルの行動にシャルルも話を止め、ジャンは、頭を抱えるトゥールの姿を見て、【解析者】を使わずとも直ぐに察した。
「すいません! 直ぐに彼女を追い掛けます!」
そうして、次いで去り行くジョエルの背中を眺めつつ、シャルルは腕を組んで首を傾げる。
「なんだ? いったい……?」
未だに原因に気付かないシャルルに、ジャンは嘆息を零し、トゥールは「まぁ、仕方ない」として苦笑を浮かべた。
「ラヴァル中佐……彼女の名前を教えとらんかったな」
「ん? そういえば……何なんですか?」
「彼女の名前はな。マリエル・ヴァランスなんだよ。つまり、アジャン少佐の自慢していた義理の父はヴァランス大佐、彼女はその実の娘という訳だ」
それを聞き、またしても自分が失態を生んだのだと知ったシャルルは、それは申し訳なさそうに、反省するように、空を見上げ、頭を抱えるのだった。




