7-101 告げられた事実
「お、そう言えば……解放された捕虜の中に要塞情報主任参謀のバニョレ准将が含まれとったぞ。ブレスト少佐には関係あるだろう?」
ジャンは本来、所属はオリヴィエ要塞情報部である。そのため、情報参謀の一人としてバニョレ准将の麾下に属している状態であった。
「そうですか……御存命でしたか……」
別段、仲が良いとかそういう関係では無かったが、やはり面識のある上官ではあったため、生存に対して、ジャンから安堵感が湧いた。
「バニョレ准将もそうだが、情報部に死者は出とらんらしい。敵が通信室に攻め込んで直ぐに降伏したのだそうだ」
「英断でしょう。我々情報将校は本来、謀略が主任務であり、戦闘は専門外ですからね」
「なのに俺は、貴官を戦場に引きずり回しとったのか……悪い事をしたな」
「別に構いませんよトゥール少佐。この馬鹿に頭を悩まされるより、かなりマシです」
「たびたび、俺への文句塗り込むの止めろよな」
「なら、文句を言わせない行動しろ!」
「まぁまぁ……二人共よさんか」
辛辣に言葉を吐くジャンと、それに困るシャルル。身体能力的な力関係で言えばシャルルの方が上なのだが、精神能力的な力関係で言えばジャンの方が上らしい。
何気に面白い二人のバランスに、トゥールは宥めながらも、心の中では笑いを零していた。
「何にせよ、今回の戦いについての反省点は、フライブルク中佐を一指揮官程度としか認識していなかった事だな」
「トゥール少佐の指摘は尤もです。今回の我々の敗因は有能な人材と司令部が密接な関係に無かった事です。指揮官の意見が通り過ぎる帝国軍の在り方は異常ではありますが、それでも一部は採用……いや、意見の一つ、二つは言える環境作りは軍に必要でしょう」
「まぁ……民主主義じゃ難しいけどな」
シャルルの意見に、トゥールとジャンはふと更なる滑稽さに気付いてしまう。
民主主義の軍隊は所詮、政府の犬という概念が強く、国の道具という意識が強い。現在の共和国軍は政治家の道具となりつつある部分があるが、それでも前者の意識が無くなる事は無い。つまり、軍の司令官の権力が弱く、戦争に於いても国や市民の目を意識せねばならず、自由な采配がし辛いという欠点を有している。軍の規律上、特定の指揮官から意見を聞くなど容易には出来ない。
一方、専制国家の軍隊といえば、民主主義と同じ概念と意識を有してはいるものの、国家自体が皇帝、独裁者という個を示し、国も貴族などという個々を指す場合が多い。少なくとも、何千万という国民の目を意識する必要はなく、権力者の目のみを意識すれば良いため、それに抵触しない範囲内での自由な差配が、軍の司令官は戦争において可能となるのだ。よって、特定の人物から意見を聞くのはそれ程困難ではない。
そもそも、権力が否応無く分散し、遵守すべき事も散らばってしまう民主主義の軍隊と、権力が集中し、意識すべき事が僅かで済む専制国家の軍隊。団結という意味においても、どちらがより強固になるかは明白だ。
軍事において、民主主義より専制国家、独裁国家の方が明らかに強くなるというのが、この構図で分かるだろう。
"指導者が有能であれば"、という条件付きではあるが。
「まぁ……軍事なんて政治の一部でしかねぇから、軍事が弱くても大した問題じゃねぇ。本来なら軍事程度、他の要素で補わせられっからな」
「それに……今の帝国軍は精強とは言い難く、そんな有利は十全には働くまい。ラヴァル中佐の指摘は、この戦いでは喜ばしい事に一部だけで、大体は関係無いだろう」
「トゥール少佐の言う通りです。今はそんな事よりも、将来来るであろう大攻勢の対処法を考えるべきでしょう」
ジャンの言葉に二人は頷くと、トレーに残っていた飯と冷めきった不味いコーヒーに顔をしかめながら、全てを腹の中に収めた。
そんな時、飯を食い終わって丁度、彼等の下をトゥールの副官代理アングレッド軍曹が二人の兵士を連れ訪れた。
「少佐! 御命令通り、二人を連れて参りました!」
三人はアングレッド軍曹の方を振り向くと、彼の背後に控える二人の兵士に目を向けた。
それは、青年兵士ジョエルと、猫人の狙撃兵マリエルであった。
「おお! 二人共来てくれたか!」
「トゥール少佐、この二人は確か……前に話をした彼等ですよね? 何故呼ばれたのですか?」
ジャンの質問に「尤もだな」と笑った後、トゥールはシャルル達へ目を向けた。
「彼等は敵本陣へ潜入した際に同行した狙撃兵なのだが、俺が《剣鬼》等に見付かった時に助けてくれたのだ。誰なのか分からんかったから調べさせ、連れて来て貰ったという訳だ」
改めてジョエル達に目を向けたトゥールは、深々と彼等へ頭を下げる。
「あの時は助かった、礼を言う」
上官に頭を下げられ、ジョエルは苦笑し気まずそうに人差し指で頬を掻く。
「助けたのは横の彼女です。俺にまで感謝される必要はありませんよ」
「そうなのか? なら……ありがとう!」
改めてマリエルに頭を下げるトゥールに、彼女は無表情ながら何処か照れ臭そうで、少し頬も赤かった。
「いえ、仕事ですので……」
何とか口調は誤魔化したマリエルに、ジョエルは横からニヤニヤと彼女へ笑いかける。
「何……?」
「いやいや、何でも」
口笛を吹きつつ素知らぬ顔をするジョエルに、マリエルはひと睨みしながらも、ジャンの咳払いで場の性質を思い出し、二人は軍としての礼節を持った態勢に戻した。
「さて……用事は終わったが、彼等にはもう少し残って貰おう」
「ん? まだ何かあるのですか……?」
「実はなブレスト少佐。彼等……いや、彼女か。彼女は何と、"あの《剣鬼》に4回も狙撃し、3回も奴の頭に命中させたらしい"」
「本当ですか⁈」
ジャンが驚くその横で、マリエルは《剣鬼》という単語にピクリッと反応したが、最初程の執念深い復讐心は感じられなかった。
「《剣鬼》に3回も当てるとは……しかも頭に3つ共。魔術を発動していなければ、間違いなく致命傷になっていたでしょう」
「そこは流石の《剣鬼》だな。三つ目の狙撃では一度怯んでくれたんだが、直ぐに立て直され、洗練された動きで周りに居た俺の部下達を撃破したからな。ラヴァル少佐に負けず劣らずといった所だ」
「此奴はもう少し泥臭いですよ」
「違いない」
笑うトゥールとジャン。《剣鬼》よりシャルルの方が強いと過去の戦いで証明されてはいるが、《剣鬼》と比べて戦い方はシャルルの方が洗練さが無いと、妙な違いを笑いの種にしたのだ。
「ラヴァル中佐は剣術とか習っとったのか?」
「確か独学で、我流だった筈です……だよな?」
ジャンが親友の方を振り向いた時、シャルルは視線に困惑気味のマリエルの顔を凝視し、腕を組み、頭を捻っていた。
「やっぱ、どっかで見た事あんだよなぁ〜……」
シャルルの発言に、ジャンは眉をひそめる。
「お前、彼女と面識があるのか?」
「いや、そんな濃くは無い。遠目で見掛けただけだ。アレは確かリベルテの……軍用、墓地……そう! お前とジョフの墓参りに行った時だ!」
「彼女も誰かの墓参りしてたって事か?」
「多分。喪服姿だったような気がすっから……何より目が敵討ちに燃える目だったからな」
ヒルデブラント要塞の戦いから帰った後、士官学校以来の友だったジョフの戦死を聞き、彼の墓場をジャンと訪ねたシャルルは、その帰り側、その墓地へと入るマリエルの姿を目撃していたのだ。
「敵討ち、か……」
しんみりと言葉を零したトゥールに、ジャンだけでなくシャルルも眉をひそめる。
「どうかしたんですか?」
「いや、当然の話だろうと思ってな。彼女には悪いが調べさせた……は、違うな。事前に聞かされとった」
トゥールは一度マリエルの顔を見ると、ふと思い出に浸るような笑みを零す。
「彼女はな、アジャン少佐の義理の妹なんだよ」
リュック・ド・アジャン少佐。ヒルデブラント要塞攻防戦の際、補給基地防衛戦で《剣鬼》との一騎打ちの末に討たれたトゥールの部下である。
「彼から自分の家族についての自慢話をよくされたからな。父親が戦友の息子として自分を拾い育ててくれた事や、血の繋がらない妹が可愛い事。何より、妹を護る為に二人の父親と同じ軍に入った事とかな」
トゥールの話を横で聞いていたマリエルの瞳が少し潤んだ。死んでしまった大好きな兄が、まだ誰かの記憶に残っていてくれたという事が、とても嬉しかったのだ。
「アジャン少佐か……」
腕を組み、顔をしかめるシャルル。彼もアジャン少佐とは面識がある。何より、その補給基地防衛戦で体調不良のトゥールの代わりに指揮を執ったのが彼であり、事実上、アジャン少佐を死なせたのは自分の様なものだった。
「アジャン少佐……リュックの奴は気が良くて、俺によく稽古を頼んで来てたな。短い間だったが……惜しい奴だったよ」
マリエルはもう涙を止められそうになかった。嗚咽に襲われそうな口元を押さえながら俯き、涙をポロポロと流して地に小さな泉を作り出す。
そんな彼女の様子に気付いたトゥールとシャルルは、言うべきタイミングでは無かったなと、少し女の子を泣かせた罪悪感を感じながら、気不味そうに苦笑を零すのだった。




