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異なる世界の近代戦争記  作者: 我滝 基博
第7章 オリヴィエ要塞攻防戦
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7-100 武神の後悔

 世暦(せいれき)1914年11月22日


 帝国軍と共和国軍による交渉が成立し、最初にオリヴィエ要塞における共和国兵の捕虜の半分が解放。次にルミエール・オキュレ基地から生き残った帝国兵達も無事撤退し、それを確認して残っていた捕虜も全て解放された。


 これによって、オリヴィエ要塞攻防戦は幕を下ろした事になる。


 ルミエール・オキュレ基地攻防戦、帝国軍死者五千二百二十一名、共和国軍死者二万三千百五名。


 オリヴィエ要塞攻防戦、帝国軍死者総数一万三千三百十二名、共和国軍死者総数三万八十四名。


 互いに同数近い兵力を残しはしたものの、内容を見れば、共和国軍の方がより多くの、帝国軍の二倍近くの死者数を算出し、帝国軍の圧勝である事を示唆させてしまっていた。


 これにはマシー少佐を始め幕僚達は一様に肩を落とし、ペサック大将に至っては廃人のごとく軍用ベットに篭り続ける始末。


 総司令官達の情け無さに共和国兵達からは嘆息が(こぼ)れ、ジャンやトゥールからも非好意的理由の吐息が排出された。



「これだけの犠牲を出しておいて、結局は見事な惨敗ですか。死んでいった同胞や仲間達が浮かばれませんね……」


「まったくだな。こう考えると、戦争とはどれ程の無駄死にを生み出してきたのだろうかと嘆かわしくなる」



 泥水の様なコーヒーを今日も啜りながら、味の薄い昼食を()るジャンとトゥール、それにシャルル。敗北感が何とも虚しく突き刺さり、現実の残酷さを噛み締めさせられていた。



「ブレスト少佐、またしても我々は奴――フライブルク中佐にしてやられてしまった。我々が悪と責め立てている帝国の兵士である奴に、毎回、苦湯を飲まされ続けているのだ。これだけ見れば、共和国の掲げる正義が薄っぺらく思えるな」


「敵にも必死になって祖国を守るに足る正義を抱いています。そもそも、正義が我々だけにしか無いというのが誤りなんですよ」


「そうですぜ。だから俺もフライブルク中佐を宿敵と定めているんですよ。正義無き強さなど脆いですからな」



 シャルルはトレーに乗ったマッシュポテトを木製フォークで突いて口に入れ、余りの味の薄さにコーヒーを飲んで誤魔化すが、此方(こちら)此方(こちら)で余りに不味いので顔をしかめる。



「マッズッ!」


「口に出すな! 更に飯が不味くなる!」


「事実だから仕方ねぇだろうが、ジャン」


「だからって口に出すな! 他者が同じ感想を持ってるって感じると、俺にも影響するんだよ!」



 理不尽な言い分であり、この根幹はただの八つ当たりなのだと、ジャンは自覚していた。平静を装いながらも、ユニークスキルの有無の差を軽々とフライブルク中佐に越えられてしまったのだ。手持ちに簡単に動かせるカードが無いにしても、悔しさは耐えられるものではない。



「ブレスト少佐、余り溜め込み過ぎるのも良くないが、吐き出す場は考えた方が良かろう」



 トゥールに諭され、自分の無様に気付いたジャンは、顔を渋く歪めると、トレーに乗った飯を口へと掻き入れた。



「すまん、筋違いな怒りをぶつけてしまった……」


「構わんよ。実際、俺も不謹慎な声量で言っちまったしな」


「自覚はあったんだな」


「今回は流石にな……場ぐらいは弁えるべきだ。多くの仲間を失いながらの敗北だったんだからよ」



 周りを見渡し、暗く表情を落とす同胞達を眺めたシャルル達。今回の戦いでも多くの死者を出し、それが無価値だったと嘲笑うかの様に敗北したのだ。元気であれる筈は無く、オリヴィエ要塞という盾を失った不安も合わさり、共和国兵達の表情の光度が下がるのも仕方がない。



「今回の負けは流石に大き過ぎた。こんだけの沈下も仕方がねぇといやぁ、仕方がねぇが……」


「そろそろ吹っ切らせた方が良いな。オリヴィエが落ちた以上、本国へ攻め入られる可能性が高い。何とかそれまでに新たな防衛線を構築せねばならんし、やる気を出して貰わなければ」


「ブレスト少佐等の意見は尤もだが、この場の者達は皆、当分休みだ。立ち直らせる時間は大分ある。もう少し感傷に浸らせてやっても良かろう」


「ま、そうかもしれませんな……そもそも、来たばかりの俺が口出す内容でも無かった」


「別に構わないだろう。客観的な意見を聞ける点で言えば、お前の発言は価値があるしな」



 この時、ジャンの言葉でシャルルは少し救われた。此処(ここ)に来た価値が多少は示されたからだが、実はシャルル自身、来るのが遅かったと、少し罪悪感があったのだ。


 もう少し来るのが早ければ、同胞の多くを死なせずに済んだのではないか? オリヴィエ要塞を守り抜き、彼等の死を無駄死ににせずに済んだのではないか? という後悔を、シャルルは少なからず抱いていたのである。


 周りに《武神》と呼ばれ続けた(ゆえ)の自惚れだとも思うが、実際に彼自身が築いてきた戦歴を見れば(あなが)ち間違っているとも言えない。


 敵も瀬戸際で何とか基地への攻撃を()き止め続けた結果でオリヴィエ要塞を落とす事が出来た。戦況を単騎で覆せるシャルルが居れば、基地を落とし、オリヴィエ要塞陥落を阻止できた可能性も十分にあったのは事実だ。



「やっぱり……俺が早く来りゃ、負け自体は無かったかもしれねぇな。本当に悔やまれるぜ」



 思わず口に出してしまったが、シャルルは基本、隠し事と嘘は苦手である。思った事は直ぐ口に出してしまうのだ。


 だからこそ、発言自体に後悔は無かったが、それは正しかったと言える。



「お前に頼らなきゃいけない時点で、俺達は負けるべきだった。今回の敗北は見方によっちゃ正しいんだよ」



 不味い上に冷めきったコーヒーを口にし、顔をしかめながらも何食わぬ口調でジャンは告げる。



「戦争とは集対集の戦いだ。個人の力に頼らなきゃならない時点で、戦争としては破綻している。何より、本来は参加する必要が無い奴を引っ張り出してまでしなければ勝てないという時点で、自分達の不甲斐無さが示される訳だ。(すなわ)ち、援軍無しでは勝てなかったという訳だからな。敵とほぼ同戦力で、防衛側という有利さを保有していたにもかかわらずだ」



 彼としては別段、元気付けるという意味を含めたつもりは無かった。シャルルは元気が無い時と有る時の差が分かり辛く、いつもやる気と覇気に満ち溢れている様なので、彼はシャルルから湿気が湧いている状態なのだと気付いていなかった。

 ただ単に事実をジャンは述べただけだった訳だが、シャルルとしては吹っ切れるのには十分だった。彼自身、湿っぽいのも後悔するなども嫌いで、失敗を忘れずとも、未来にのみ目を向けたいのだ。


 だから今回、べきだったなどの、ありもしない過去など振り捨て、未来に存在する宿敵との再戦の機会に想いを馳せた。



「そうだな! 過去を振り返るなんざ俺らしくも無い! 将来また奴と戦う時、どう勝ちへと繋げてやるか考えねぇとな!」



 ガハハと笑うシャルルに、ジャンは「多少は振り返れ!」と呆れ気味に告げた後、「まぁ、此奴(こいつ)らしいか」とも、いつもながらの光景に笑みを(こぼ)すのだった。

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