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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第三章】彼女の愛したセカイに葬送曲を【上】
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半獣人街の悪夢

 昼下がり、半獣人街バルヘンクァールの通りの一角で、サスティバンは部下たちの報告をまとめていた。

 サスティバンは組織に入って五年という若僧であったが、持ち前の怪力とカリスマ性によって年下の者たちから圧倒的な支持を得ている。そんな事情から、スカジャハス内において"若手組員の代表"という役割を押し付けられてしまっている彼は、こういった調査ごとに関しては自然と陣頭指揮をる事になってしまう。

 サスティバン本人はこうした立場を不得手ととらえていて、あまり乗り気ではなかったが、実際彼の仕事ぶりを周囲は高く評価していたりする。


 台を囲んでたむろするサスティバンとその部下たちは、いかにもならず者の集団といった風情だが、この街ではごく当たり前の光景であるため、通行人は誰も気にしない。

 それどころかサスティバンに対して、軽く声をかける者まで居るほどである。

 時にエルーシナの街で押込み強盗をするような彼らも、同族たちにとっては守ってくれる勇敢な若者たちという認識で通っているからだ。

 道端では子供がボール遊びをし、女達が談笑している。そんな平和な光景を眺めながら、サスティバンは部下たちの報告を聴いていた。

 こうも平穏な空間に居ると、人攫いや子供殺しが全て嘘の様に感じてしまいそうになるが、これは紛れもない現実であると、聞こえてくる報告からサスティバンは思い知らされる。

 いざ調査を始めて見れば、半獣人街バルヘンクァールで失踪した人間の数は十人を越えていて、その全てが女性である事が判明した。

 しかし入ってくるのは被害側の事ばかりで、肝心の犯人の痕跡は全くない。不審な話と言えば、酔っ払いが語った、空を歩く白い少女を見たという、そんな荒唐無稽な話だけである。


 この犯人捜しは長引きそうだなと、サスティバンがぼんやり考えていると、突然、部下の一人が小さく合図を出した。

 部下が指し示した方向には、道を歩く二人の男が居た。コート姿のエルーシナの男たちである。

 現状のウェアクァールにとって、エルーシナがこの街に立ち入ってくるのは何よりも許せない光景である。

 追い出すために攻撃するかという部下の進言を、サスティバンは静かに制した。


「腕の腕章をよく見ろ。あれは憲兵だ。しかも、本部直轄の公安五番隊。……連中も、昨日の事件の調査だろう。手を出すなよ。五番隊は組織犯罪の管轄じゃないはずだ。騒ぎを起こさなきゃ、何事も無く帰って行くさ」


 そう部下に言いつつも、サスティバンは憲兵たちを視線だけで追いかける。憲兵の男の一人も、サスティバン達の様子を、通りがかりに目で追っていた。


「けっ、いけ好かねえ連中だぜ……」


 憲兵の姿が視界から消えると、うんざりした様子でサスティバンは呟いた。

 瞬間、部下たちが一斉にサスティバンの背後を指さした。


「おいっ! 兄貴、あれっ!」


 部下たち全員が驚愕の表情をうかべている。ただ事じゃないと感じたサスティバンは、すぐさま振り向いて―――絶句した。

 道の中央に、怪物が立っていた。

 それは、上半身が異常に膨れ上がった人間の死体だった。元の顔が判別できない程腐り落ち、見えているのは骨と筋組織がほとんどという有様だ。

 そんな状態で、怪物は咆哮を上げながら、俊敏しゅんびんな動きで憲兵たちに襲い掛かった。

 憲兵たちは剣を抜いて対応しようとするが、間に合わない。悲鳴を上げる間もなく、怪物の腕に二人とも薙ぎ払われた。


 サスティバンは席を立ち上がり、駆け出した。憲兵を助けるためではない。その近くに子供がいたからだ。恐怖で動けず逃げ遅れたのか、その場に立ち尽くしている。

 しかし、サスティバンが子供の下へたどり着くよりも早く、怪物はその腕で憲兵たちを薙ぎ払った。子供も巻き添えを食らい、吹き飛んでいく。

 

 直ぐにサスティバンは方向を変え、子供の下へと滑り込み、その身体が地面に打ち付けられる前に受け止めた。

 サスティバンのすぐ横で、吹き飛ばされた憲兵が地面に打ち付けられて息絶えた。見れば、殴られた箇所が窪んで、胴の形が歪んでいる。殴られた時点でほぼ即死だったのだろう。

 人体を容易く破壊するその怪力に、サスティバンは息を呑む。


 かすった程度で済んだおかげか、子供にはまだ息があった。それでも、内臓を痛めたのか、サスティバンの腕の中で血を吐き出す。

 直ぐに治療できる場所へ、そう判断したサスティバンを邪魔するかのように、怪物が襲い掛かった。地面に半ば寝た状態のサスティバンには、回避する余地がない。


「くそっ!」


 子供を庇って身を翻したサスティバンの背中に、怪物の腕が迫る。

 サスティバンが覚悟した瞬間、怪物の額を矢が撃ち抜いた。怪物のアンバランスな体がのけ反り、後ろへ倒れた。


「今だっ! 畳み掛けろぉ!」


 クラムの声が、通りに響く。

 サスティバンが顔を上げると、弓を構えるクラムと、駆け寄って来るネネッシュの姿が見えた。

 クラムの声で我に返ったサスティバンの部下たちが、一斉に武器を構えて怪物に襲い掛かった。複数の刃に貫かれ、怪物は動きを止める。


「やったか?」

「いや、分からねえ……」


 得体の知れない怪生物を前に、戸惑うウェアクァールたち。


 ネネッシュは前掛けを巻いて枕を作り、寝かせろとサスティバンに指示する。戸惑うサスティバンに、ネネッシュは吼えた。


「今は、種族がどうとか言ってる場合じゃないでしょうが! その子を助けるんでしょ!」


「……できるのか?」


「やるのよ!」


 ネネッシュの勢いに気圧され、サスティバンは子供を寝かす。

 ネネッシュは子供の体に触れながら、損傷具合を確かめていく。その様子を不安そうに見つめるサスティバンは、たまらず口を開く。


「どうなんだ? 助けられるのか?」


「……骨が折れてる。血を吐いたって事は、内臓を傷つけたかも。やれるだけやってみるけど、私だけじゃ応急処置程度しかできない。誰か、医者を呼んできて!」


 ネネッシュから指示を受け、サスティバンの部下たちは戸惑う素振りを見せた。そんな部下たちを、サスティバンが叱責した。


「てめえらっ、何ぼさっと突っ立ってんだ! 言われた通りに、医者連れてこいっ! ガキの命がかかってんだ!」


 それを受けて、ようやく部下たちは焦った様子で散り散りに走り去って行った。そんな様子に呆れながらも、自分も似たような態度だったとサスティバンはため息をつく。

 ネネッシュへ目を向ければ、彼女は必死に子供へ魔法をかけていた。


「リヴ・スロア、リヴ・タイズヒル、リヴ・ケアンス・リヴ・ヒーリス―――」


 肉体動作遅延、常時回復効果、裂傷治癒、生体活動加速、それらの魔法をサスティバンが理解する事はできなかったが、息を乱しながら魔法をかけ、時おり額の汗を拭うその姿から、ネネッシュの行動がいかに重労働かをうかがい知る事はできた。


「お前……」


 サスティバンはその光景に驚いていた。エルーシナを信用していない彼は、教会の慈善活動ですら裏があるのではないかと勘繰っていた。これほどまで、他種族の為に尽くす人間がエルーシナの中に居るなどと、彼は本気で信じていなかったのだ。

 そんな彼に、クラムが声をかける。


「ネネッシュは、本物だよ。本当に、人のために尽くせる人なんだ。種族なんて関係なく、一人一人を"人"としてちゃんと見てる。そう言う人。禍根を捨てろなんて言わないからさ、せめて認められる事だけは認めてあげてほしいな」


「…………」


 沈黙するサスティバンは、近づいてくる複数の足音に気が付き、顔を上げた。

 通りの先に居たのはスカジャハスのメンバーだった。ルシャン率いる強硬派の面々である。


「報告を受けて来てみれば、これはどういう事だ?」


 ルシャンは非難がましい眼で、サスティバンを見た。この場に自分が居ながら、被害を出した事に対する責めだろうと、サスティバンは解釈した。


「見ればわかるだろう。そこに転がってるデカブツが、憲兵を襲ったんだよ。場所が場所だけに面白くはないが、憲兵共だってこの現場を見て俺たちが悪いとは言わねえだろう」


「そう言う事を聞いてるんじゃない。なぜ、エルーシナの娘がここに居る? 憲兵共は止むを得ないとしても、その娘は違うだろう。今すぐつまみ出せ!」


 ルシャンの発言に面食らったサスティバンは、焦った様子で反論を飛ばす。


「馬鹿言えっ! こいつは今治療中だ!」


「関係無い。ウェアクァールがエルーシナの助けなど借りてたまるか! お前らっ、」


 ルシャンの合図を受け、彼の取り巻き達が動き出す。

 サスティバンは立ち上がって剣を抜くと、立ち塞がる様に前に出た。


「いい加減にしろよお前ら」


「何のつもりだサスティバン。スカジャハスの理念を忘れたのか!」


 サスティバンとルシャン、お互いの視線がぶつかり合う。殺し合いに発展しそうなそんな空気に、ルシャンの取り巻きたちは固唾を呑んで静観していた。


「理念ねぇ……ふざけた話だぜ。いつからスカジャハスはアンタの物になった? 俺たちの目的はエルーシナと争う事じゃねえ。同族を守る事だ。それを何だ、同族の為に尽くしてくれている相手に対する態度なのかよそれが! 恥を知れ。アンタにはウェアクァールとしての矜持なんてねえ。有んのはてめえ勝手な自尊心だけだ!

 アンタらのせいで機能してねえ自警団よりも、この女の方が何倍もこの街に貢献してるぞ。ちょっとは頭冷やして、見習ったらどうだ!」


「なっ……サスティバンお前、誰に向かって口利いてんだ! 俺にそんな大口叩いて、組織に居られると思うなよ!」


「上等だ! 俺は元からアンタの下にも、バルメットの下にも着いた覚えはねえ! スカジャハスにだってまともな奴はいくらか残ってる。そいつらを集めて、俺は俺で今まで通りやらせてもらうぜ!」


 サスティバンの啖呵たんかに、ルシャンは歯噛みした。サスティバンの求心力ならば、彼の宣言の元、スカジャハス内に第三派閥が出来上がる事は確実である。

 穏健派とおおむね主張の一致しているサスティバンが派閥を組んでしまえば、ルシャンにとっては大きな弊害となってしまうからだ。


「サスティバン、あんた……」


 サスティバンがネネッシュを庇うという意外な展開に、クラムとネネッシュも驚いていた。

 そんな二人へ、サスティバンは背中を向けたまま語る。


「受けた恩は返すのが、ウェアクァールだ。つまらねえ面子の為に、アンタを街から追い出すのは惜しい」


 焦りを顔に浮かべたルシャンは、サスティバンに今一度問いかけた。


「良いんだな、サスティバン。どうなっても」


 それに対し、サスティバンは冷ややかに、ルシャンを睨みつけて答えた。


「いいや。どうもならねえよ。なるとしたらアンタの方だ、ルシャン。もし何か要らねえ騒ぎを起こしてみろ。街の信頼を失うのはアンタだぞ。よくその辺の事を、考えるんだな」


「チッ……若僧が。いくぞお前ら」


 顔を歪ませ、ルシャンは取り巻きを除けながら、来た道を引き返していった。

 取り巻き達は戸惑いながらも、サスティバンへ頭を下げてから、ルシャンの後を追って行った。


「応急処置、終わりました。私にできるのはここまでです」


 ネネッシュが息を切らしながら、サスティバンの背へ声をかけた。額の汗をぬぐい、一息つく。

 苦しんでいた子供の表情は、穏やかな様子に変わっていた。見て分かるほどに、状態は良くなっている。

 サスティバンはそれを確認し、ネネッシュへ礼を言った。


「そうか。感謝する。……ネネッシュと言ったか?」


「あっ、はい。そうです」


「今まで、すまなかった」


 サスティバンは険しい表情で、そう言うと深く頭を下げた。

 ネネッシュはクラムと顔を見合わせ、それから「大丈夫です」と返した。

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