探す者の話C
駆け付けた闇医者に子供を預けてから、クラム達はすぐにその場を離れた。捜査に駆け付けた憲兵団と遭遇するのを、避けたかったのだ。
サスティバンの根城に案内され、クラムとネネッシュはそこで持っている情報をサスティバンと共有した。
互いを信用できると分かった今、協力を取り付ける事で、調査をより円滑に進めようと考えたのである。
「―――なるほど。六年前の事件ね……アレが関わって来るのか」
クラムの話を聞き終え、サスティバンは苦々しくそんな感想を口にした。
「サスティバンさんは、事件の事をご存知なのですか?」
ネネッシュの問いに、サスティバンは頷く。
「ああ。あの当時この街に住んでいたなら、知らない奴は居ない。あの頃はまだガキだったが、それでも大人たちが騒いでたのをよく覚えている。あれは、この街……いや、アルフェンに暮らす移民全員にとっての因縁だ。犯人が見つかった日には、それこそ方々の組織から命を狙われるだろうな」
「ただ、セタナ婆は、この件と、昔の事件は、別の犯人だって」
クラムが別の可能性もあると告げると、サスティバンは少しだけ腑に落ちないという様な反応を見せた。
「あの婆さんがそう言ったのか? ふうん。あの人はその手の推測っつうか予感というか、そう言うのを外さない人だからな。……ただ、お前らの意見を聞いた限りだと、俺としては何かしら繋がりがあるように思うな。
死霊術だったか? 魔法には詳しくないが、さっき見た化け物と、六年前の生死体は似たような感じだった。しかも六年前よりも、質っつうのかな。完成度が上がっている感じなんだよ。同じ奴が造ったのかどうかは分からないが、この件の犯人は、少なくとも昔より熟れている。人を殺すのも、人の死体で工作するのもな」
「生死体を造るっていう所が、気味悪いよね。私としては、そんな変態が、そう何人も、居るとは、思いたく、ないけれど」
顔をしかめるクラムに、サスティバンも苦笑いで同意する。
「同感だな。まあ、女だけを狙う手口は一緒だし、生死体を造って街に放すのも同じだ。模倣犯にしろ、同一犯にしろ、この件が六年前と何かしらの関わりがあるのは間違いない。真意の程は、ふん捕まえて吐かせりゃいい」
「何か、当てがあるのですか?」
妙に自信を持ってサスティバンが捕まえると言うので、ネネッシュは不思議そうに訊いた。
「ああ。確実じゃないが、あるにはある。ウチの者に調べさせたら、ちょっとばかし興味深い事が分かってな。これを見ろ」
そう言って、サスティバンは二人の前に地図を広げた。半獣人街の地形が詳細に記された地図である。所々に赤い点と注釈が描かれていて、二人はそれが犯行の痕跡を辿ったものだとすぐに気が付いた。
「変態野郎の残した証拠は見つからなかったが、失踪した人間の足取りから、ある程度犯行現場と思われる場所を絞り込んでみた」
「嘘でしょ、どうやって、やったの?」
地図をのぞき込みながら、クラムが驚いたように声を出す。
「下の連中が集めて来た情報と、消えた人間の活動規則を当てはめただけだ。失踪した時期と、最後に目撃された場所も考慮に入れている。それでも大雑把な推測だし、全員分は絞り込めなかったがな」
「はぁ、見なおした。見かけより、頭、良いんだね」
クラムの感想に、サスティバンは顔をしかめる。
「どういう意味だ、そりゃ」
そんな二人をよそに、ネネッシュは地図を見て気づいた感想を、ポツリと述べた。
「……この図、南に集中してますね」
「ああ、気が付いたか。被害者が失踪した場所は、全て半獣人街の南に集中しているんだ。犯人が南部一帯を狩場にしているのは間違いないだろう。断定はできないが、どうも川沿いの倉庫群が怪しいな。失踪現場は、全てここの近場だ。あそこには使われていない倉庫も多いから、隠れ家としても最適だ。おまけに、街の連中は絶対近づかない」
「どうしてです?」
絶対という強い断言を、ネネッシュは不思議に思った。
「……あそこは、六年前の事件の終息地だ。生死体が討たれた場所なんだよ。ウェアクァールは、良くも悪くも迷信深い奴が多い。あの倉庫群はウェアクァールにとって不浄の地なのさ」
「なるほど。……でも、だとすると変じゃないですか? 消えた女性の半数は子供なのに、そんな場所の近くを、こんな遅い時間に歩いているなんて」
ネネッシュの指摘に、サスティバンは苦い顔で返した。
「むしろ、子供だからなんだ。あいつらは六年前の事件を知らないか、覚えていない。だから街の南部は孤児連中の溜まり場になってる節がある。おまけに、あの辺りには大人が近寄らないってんで、他種族の放浪者まで出入りしている。そう言う輩は、定期的にスカジャハスの連中が追い出していたんだが……」
「最近、内輪揉めしていたから、その辺が、おろそかに、なってたんだね」
言い淀んだサスティバンの言葉を、クラムが代弁した。ますますサスティバンの表情が落ち込む。しかし彼はすぐに気を取り直すと、強く宣言した。
「その通りだ。こいつは、俺たちの不始末が原因の一端でもある。だからこそ、何としてでも俺たちの手で変態野郎を捕まえて、償いをさせなくちゃならねえ。
失踪した時間帯の統計から、野郎が動き出す時間も予測できている。あとは総出でここら一帯を監視するだけだ。今日で片を着けるぞ、お前ら」
サスティバンの宣言に、その場に居る全員が強く頷いた。
◇
日付が変わった。
サスティバン達が街の監視を始めてから、すでに三時間以上経過している。
サスティバンが声をかけた結果、有志が二十人以上集まり、半獣人街の南部全域を監視できるだけの人手が揃った。
そこで決行されたのは、クラムを囮とした陽動作戦だった。クラムが街中をひたすら彷徨い、それをスカジャハスの組員が潜んで監視するという、簡単なものだ。
この為に、南部に住む住民は一時的に全員退去させられている。
クラムの姿を望遠鏡で捉えながら、ネネッシュは不安そうにつぶやいた。
「やっぱり、こんなの、良くないよ……」
「クラムが心配か? ……まあ、そうだよな。いい手ではあるんだが、俺も正直気はすすまねえよ」
その横で、サスティバンも気を落としたように言った。
この陽動作戦を提案したのは、クラム自身だった。二人はむしろ強く反対した側である。
しかし他に出た案がこれに勝る有効策という訳でもなく、他ならぬクラム自身が殺人鬼を捕まえる事に執心していた事で、この作戦が採用されたのだった。
「クラムは、どうしてあんなに必死なんでしょう。……もともと正義感の強い子だし、もちろん同族のためと言うのもあるんでしょうけれど。なんか、いつもと違うというか、らしくないというか……」
ネネッシュの言葉に、サスティバンは「確かにな」と同意する。
「あいつは、戦場から逃げ延びた人間の典型だからな。命を張る様な事を、自分から言い出すっていうのは意外だ」
「典型、ですか?」
望遠鏡をのぞいたまま、ネネッシュは疑問の声を出す。
「ああ。……お前、戦場ってのを見た事があるか? 無いにしても、想像した事は?」
「…………」
沈黙を否定と捉え、サスティバンは話を続けた。
「俺はあいつの身の上なんて知らないが、それでもここに長年住んでいるから分かる事って言うのもある。アイツはな、死にたくないんだ。……まあ、当然、誰だってそうだがな。平和に生きてる奴は、自分がいつか死ぬだろうなとは考えても、実際その時が来るまで"死にたくない、生き続けたい"なんて深刻に悩んだりしないもんだ。だが、アイツはそれを常に考えてんだよ。
あまりにも衝撃的に、死ってやつに触れてしまった奴は、みんなそうなる。人間は死ぬ。自分は死ぬ。そう言う当たり前を、誰よりも鮮明に見ちまった奴は、もうその恐怖から抜け出せない。戦場っていうのは、そう言う場所だ。そういう当たり前を、否応なしに突きつけてくるんだ。
この街は、そういう傷を抱えた奴がたくさん居る。戦士だろうが、巻き添えを食った市民だろうが、関係なく、非も無いのに誰もが負わされる代償なのさ」
「……一年も一緒に居るのに、私ぜんぜん気づかなかった」
「気づきゃしないさ。クラムは特に、明るく振る舞おうって質みたいだからな。だが、そういう奴に限って、自分の中に在るものを忘れようと必死になるもんだ。……案外囮を名乗り出たのも、そういうものに対する反抗心なのかもな。アイツはアイツで、必死なんだろう」
「……クラム」
ネネッシュはレンズの先に視る親友へ、何と表現しようのない複雑な思いを向けていた。
居心地の悪い沈黙が、部屋の中を支配する。
サスティバンは不要な話をしてしまったかなと、慌てて補足した。
「あまり、気負う必要はない。クラムがアンタの前で明るく振る舞おうって言うのなら、アンタにはそういう風に接してほしいって事なんだろう。戻ってきたら、またいつも通りにすればいいさ」
「……ええ」
ネネッシュの冴えない返事に、サスティバンはやってしまったなと頭を掻いた。
瞬間、ネネッシュが大きく反応した。
「来ました! サスティバンさんっ!」
「なにっ!」
ネネッシュから望遠鏡を受け取り、サスティバンは窓の外を覗いた。
人気の無い通りの中で、クラムと男が何やら話している姿が見えた。クラムの反応は、明らかに警戒している。
「行くぞ!」
「はいっ!」
サスティバンとネネッシュは、クラムの下へ向かうため部屋を飛び出した。




