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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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クエストな話

 翌日、約束通り魔物とやらを退治するために、町を囲む森へと入った。

 今日はイハナと二人きりだ。アリエッタもついて来ると言ったのだが、子供たちとの約束を優先してほしいと私から頼んだ。アリエッタにはもっと、人と接する事をしてほしいからだ。


 町を包囲する森林は広大だったが、比較的若い木が多いように感じられた。おそらくセレイアさんが鉱山を開く前にやっていたという、林業の痕跡なのだろう。


「イハナ、今日退治する魔物とはどういった相手なのです?」


 私を先導するイハナの背に、質問を投げかける。彼女は矢筒と弓を背負っていた。


「そんな難しい相手じゃないっすよ。アンダ・マリスっていう低級の魔物っす。私でも倒せるような相手っすけど、あいつら数が多いもんで……って、こんな事わざわざミューさんに言う事じゃないっすね」


 イハナはアリエッタの作り話のせいで、私の事を元冒険者だと思っている。アリエッタに昨晩聞いたところ、冒険者というのは、要はテレビゲームの主人公みたいにモンスターと戦ったり、遺跡を荒らしたりする人々の事らしい。

 イハナの口ぶりからして、アンダ・マリスという魔物は、冒険者には一般的な相手なのかもしれない。それでも私には未知の敵なので、イハナには礼を言っておく。


「いえ。参考になりますよ。ありがとうございます」


「ははー、やっぱりミューさんかっこいいっすわ。強いのに気取らない所とか尊敬するっす」


 本気でそう思ってるみたいな口ぶりだった。ただ単に無知なだけなんだけどな、私。


「そんな大層な事では……質問したのは私なんですから」


「いやいや。冒険者の人達って、職業柄なんでしょうけど、結構みんな強気なんすよ。頼んでる身でこういう事言うのもあれっすけど、戦ってやってるんだぞーみたいな態度が大きくて、ちょっと苦手なんすよね」


 イハナにしては珍しく愚痴っぽい。よほど冒険者という人種が苦手らしい。


「だから、ご自分で魔物退治をしているのですか?」


「はい。まあ、主な理由はそっちじゃないんすけどね。町の財政じゃ、そう頻繁ひんぱんにギルドに依頼を発注する余裕よゆうもないんすよ。資金調達のために魔物を狩るのに、それに人を雇っては意味がないっすから。それに町には宿がないんで、城に泊めなくちゃいけなくて。――ああ、城に滞在してもらうのは別に迷惑とかじゃないんすよ。ただ、ね、ちょっと態度が悪いというか……前に姉様に言い寄る連中とかが居たもんっすから」


 まったく男ってやつは、とイハナはため息をらす。


「だから正直、ミューさんみたいな人が来てくれてありがたいっす」


「そう言っていただけると嬉しいです。何日も滞在してご迷惑ではないかと心配していましたから。お役に立てるのなら、何でもしますよ」


「迷惑なんて、ぜんぜん。むしろ、大歓迎っすよ。姉様なんて、『永住してくれないかしら』なんて言ってるくらいっすから」


「そうなのですか?」


 確かに昨夜のセレイアさんは、何か言いたげな雰囲気だったが。そういう事だったのか?


「私はこの通り、頭よりも体動かす方が得意っすから、アリエッタさんみたいな頭の良い人が居てくれると、助かる事が多いんすよ。町の男はみんな炭鉱夫っすから、戦える人も少ないですし」


 そこで私の出番という訳か。なるほど。

 永住というのも、私自身は悪い気はしない。アリエッタにとって、この町は良い環境だと思える。問題は当人が、それを受け入れるかどうかだが。


 昨日の口ぶりからして、アリエッタは何かを計画している様子だ。しかも、良くない事を。

 出会ったばかりの頃のように、平和に暮らしてほしいという私の願いと反して、アリエッタは平穏とは真逆の道を往くことをすでに決めている様だ。

 人が変わってしまったというのなら、むしろそういう所なのかもしれない。良くも悪くも控えめであった彼女が、オルコットの死と自身に降りかかった不幸によって、復讐の権現と化してしまった。今のままじゃきっと、破滅するまで止まらない。私が恐れているのは、そういう事だ。


「――あっ、ミューさん居たっすよ。隠れて」


 突然イハナが小声で指示を出し、茂みに隠れた。私も従って、茂みの陰にかがみ込む。


「ほら、あそこ」


 イハナが指さした方向に、獣が居た。虹色に光る角を持った、ガゼルみたいな生物だった。百メートル以上離れているうえに、森の中では見分けがつきづらい。よく見つけられたものだ。


「あんなに遠くに――よく気づきましたね」


「季節ごとに毎回やってるからっすかね。眼には自信があるんすよ」


「なるほど。お見事です」


 私も生体感知を使って探りを入れる。縄張りなのか、標的は私達の周囲に五体ほど居るようだ。


「……五体居ますね。どういたしますか?」


「もちろん、全部狩るっすよ」


「承知いたしました。では、私は残りの四体を。見えているのは、イハナにお任せします」


「分かりました。お願いするっす」


 私は頷き、移動を始める。身体強化と消音の魔法を自分にかけて、木々を足場に上空を跳んだ。魔法では自分の音しか消せないので、雪を踏んで気づかれたくなかったからだ。


 一体目の標的を確認し、上空から氷塊を脳天に撃ち込む。アンダ・マリスは脳天を貫通させられて、悲鳴も上げずに地面に倒れた。


 まずは一つ。


 魔物なんて仰仰ぎょうぎょうしい名前が付いているから身構えていたが、大した事はなさそうだ。


 二体目、三体目と片付けて四体目を探そうとした途端、突然何かに襲われた。渦を巻く風の球が私に向かって飛んできたのだ。

 近くの木を蹴って回避すると、風の球は木を穿うがって粉砕した。

 木の上部が倒れて私の上に降ってくる。やむ負えず地面へと退避した。

 狙われているのなら、足場の利く地面の方がやり易そうだ。


 球が飛んできた方向を見ると、四体目のアンダ・マリスが居た。今までのよりも大きく、角の形状もいかつい。明らかに群れのリーダーだった。


 アンダ・マリスが構えると、両角の間の空間が歪んで、風が吹き出した。風は螺旋を描く球となって私に向かってくる。


 試しに防御魔法を使ったら、軽く受け止められた。破壊力はすさまじいが、防げるのなら問題ではない。

 アンダ・マリスへ氷塊を放つ。

 アンダ・マリスはそれを軽々と避け、私に突進してきた。

 走りながら放ってくる風の球を防いで、私はアンダ・マリスの頭部に拳を撃ち込んだ。骨を砕いた音が確かに聞こえて、アンダ・マリスは地面に倒れた。

 微かに動くアンダ・マリスの喉元に氷塊を撃ち込み、絶命させる。


「大丈夫っすかー!」


 イハナが走ってきた。


「な、なんかすごい音がしたっすけど」


「大丈夫です。全部片づけましたよ」


 たった今打ち倒したアンダ・マリスへ視線を促す。

 イハナはアンダ・マリスの死体を見て、感心の声を上げた。


「おおっ、これって群れのリーダーじゃないっすか! 流石っすね! この角なら高く買い取ってくれそうっす」


「角を取るのですか?」


「そうっすよ。今日はそれが目的っす。肉は私達でいただいて、骨と角は魔具の素材として商人に買い取ってもらうんすよ。町の資金の足しにって感じっす」


「なるほど。資金調達のために人を雇っては意味がない。冒険者に依頼しないのは、そういう事ですか」


「そうっす。ああ、もちろんちゃんとお礼はするっすよ。今夜は、一番良い部位をご馳走するっす!」


「ああ、いえ、私は食べませんので……」


「むう――そう言っていつも食べないっすけど、ミューさん大丈夫なんすか?」


 イハナは訝しむような顔で私を見た。

 セレイアさんは初対面で私の事を看破したようだが、イハナは気づいていないらしい。という事は、セレイアさんは何も話していないのか。たぶん、私に気を遣ってくれたのだろう。それなら、私自ら話しておかなければならない。


「……そうですね。ここでは何ですから、城へ戻ったら訳をお話ししましょうか」


「はあ……分かったっす」


 不思議そうな顔をしながら、イハナは頷く。

 私達は倒したアンダ・マリスの死体をかついで、城まで戻った。

 解体作業はイハナが町の人達とやるというので、私はセレイアさんに許可をもらって浴場の掃除を始めた。

 

 この国だけかもしれないが、この世界では浴槽にかる事をそれほど重視していない文化らしく、風呂と言えば簡素なものが多い。そんな中で、流石は城というべきなのか、ここには立派な大浴場があった。


 普段あまり使っていないらしいので、念入りに掃除をしてお湯を入れる。贅沢な事に温泉が流れているらしく、やや黄色く濁ったお湯が湯気を上げながら溜まっていく。

 これを使わないなんて、もったいない。まあ、今は生身じゃないから私には関係ないのだけれど。


 夕方になって、アリエッタが疲れた顔で帰ってきた。


「今日はどうでしたか、アリエッタ」


 私が聞くと、彼女は愉快そうに今日あった出来事を話してくれた。どうやら子供たちと色々あったらしい。


「セレイア様に許可をいただいて入浴の準備をしましたので、お入りください」

「そう。ありがとう。今日はちょうどそういう気分だったの」


 私がアリエッタに入浴を促していると、タイミング良くイハナも戻ってきた。私達に気づいて、困り顔を見せる。


「ううっ、油と血でベトベトっすよー」

「ちょうど今、ミューがお風呂を用意してくれたの。一緒に入りましょう」

「ああ、いいっすね。ミューさん、ありがとうございますっす」


「いえ、私にはこのくらいしかできませんから」


 それにもともと、イハナと町の人達のために用意したものだ。町の人達は帰ってしまったみたいだが、それならそれで都合がよい。私も二人と共に浴場へと向かった。


 脱衣所で服を脱ぐと、案の定イハナが吹き出した。


「な、なっ、なんすかそれ!」


 うーん。今まで何度かこの身体を人に見せてきたが、イハナが一番良い反応を見せてくれた。こう驚かれると、ちょっと楽しい。


「騙していて、申し訳ございません。実は、私は人形なのです」


 私の告白に、イハナは目をしばたたく。


「はぁ……凄いっすね……えっと、これってアリエッタさんが?」


「ええ、そうよ。私と父が造ったの」


 イハナの問いに、アリエッタは頷いた。イハナの瞳が、爛々(らんらん)と輝く。


「やっぱり、お二人とも凄いっすね! ミューさん、その姿すっごくかっこいいっす!」


 興奮気味にイハナは私の両手を取る。うーん、この反応は予想外。距離を置かれるのが当然と思っていただけに、ちょっと不思議だ。セレイアさんは同じ異端同士ということで理解し合っているものと思ったが、イハナはただの人なのだ。


 それにしても、"お二人"か。私としてはまだ、その扱いに不満が有るのだが。それはまあ、イハナの性格だと思っておこう。この人は何があっても、私を人形としては見ないのだろう。


「さあ、冷えてしまいますよ。入りましょう」


「はいっす!」


 イハナは元気よく答えて、浴場へ駆けて行った。

 ああも前向きだと、人生楽しくていいだろうな。

 そんな事を思いながら、私とアリエッタも後に続いた。

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