鉱山での話3
その夜、どういう訳か宴会が開かれた。
私達の武勇伝(たぶんイハナの誇張が入ってる)を町の人達が聞いて、お礼をしなくてはという事になったらしい。
セレイアさんはそんな様子を見て笑いながら、
「普段は節制して生活している人達ですから、何かと理由をつけて、たまには騒ぎたいんじゃないですかね」
なんて言っていた。
街の中央で大掛かりに火を焚いて、それを囲んでみんなで食事をした。
この町の人達は本当に人が良く、素性も分からない私達に温かい対応と、ご馳走を振る舞ってくれた。
私は食べられないので、少食だと言い張って誤魔化した。食欲は無いけれど、こういう時に人と食事を採れないというのは少し寂しいことだ。時おり料理を持ってきて勧めてくれる人もいて、そういうのを断るのが一番寂しかった。
アリエッタは子供たちに懐かれた様子で、食後はイハナを含めた五人で何やら楽しそうに話し込んでいる。相変わらずの無表情だけれど、時々本当に笑顔を見せたりする姿は、見ていて安心できる。
ずっと独りだったアリエッタに友人ができた事は、本当に嬉しい事だ。この町に来た事には、それだけで十分に意義があったと思えてくる。
「アリエッタさん、すっかり人気者ですね。しっかり者のお姉ちゃんって感じかしら」
声がした方を振り返ると、セレイアさんが居た。
「隣、いいでしょうか?」
「もちろんです。どうぞ」
私の了解をわざわざ得てから、セレイアさんは私の隣に座った。
「イハナの方が年上みたいですけどね」
私がそう言うと、セレイアさんはちょっと困った顔で微笑んで、
「あの子、結構子供っぽいですから。しっかりしてはいますけれど」
なんて言った。
「でも、イハナはとても優しい人ですね。子供たちが懐くのも分かる気がします。お嬢様も、イハナのそういう所に感心しているみたいですし」
「ええ。親の私が言うのもなんですけど、あの子は良い子に育ってくれたと思います。思いやりがあって、気配りができて……でも、それが時々無理しているみたいにも見えるんですよね」
「そうなんですか?」
「ええ。あの子には、小さい頃から拾い子である事は伝えていたんですけど、それが返って気を遣わせてしまったみたいで。こんな町だから周りには大人しかいなくて、あの子けっこう寂しい思いをしていたんだと思います。私を姉と呼ぶのも、そういうのの表れなのかなって」
いつしか、セレイアさんは寂しそうな表情で、イハナを見ていた。
それは少しだけ、アリエッタに似ている気がした。以前、家族さえいれば十分だったと彼女は言っていたが、それはまともな友人が周囲に居なかったからという理由がある。アリエッタは孤独の寂しさよりも、周囲への殺意を募らせていったが、あれだって結局は傍で支えてくれる人間さえ居れば、変わった事だったのかもしれない。
私やアグラード先生のような人間ではなく、イハナみたいな存在が必要だったのかもしれない。
「……似た者同士なのかな」
「え?」
私の独白に、セレイアさんが不思議そうな顔をした。
「いえ、独り言です。……お嬢様もあまり友人が居ないので、友人ができて喜んでいると思いますよ」
「そうですか」
セレイアさんは優しく微笑んで、またイハナ達の方を見た。私もアリエッタへ視線を向ける。楽しそうに笑い合う二人を見ていると、穏やかな気持ちになった。
「……お二人は、どうして王都へ向かっているのですか?」
セレイアさんが、唐突に訊いてきた。
実のところ、私もその理由は知らない。成り行きでアインツールを出たものの、あえて王都を目指す理由を、アリエッタからは聞かされていない。私が訊かなかったというのもあるのだが。
「ただの、旅行ですよ」
私は無難にそう答えた。
「そうですか。では、いずれアインツールに戻られるのですね」
セレイアさんは、なぜか少し残念そうにつぶやいた。その予定だけは確実に無いのだが、話がややこしくなるから言わない方が良いだろう。
「どうして、そんな事を訊かれるのですか?」
「あっ、いえ。……できればお二人には、もう少しこの町に滞在していただけたらと、そう思ったものですから。すみません、こんな」
セレイアさんは申し訳なさそうに、私に軽く頭を下げた。見た目は高貴な人なのに、ものすごく低姿勢の人だ。
「そう思っていただけて光栄です。きっと、お嬢様も同じことを言うでしょう。線路が再開したという話が来ない以上は動けませんので、こちらこそよろしくお願いいたします」
私はセレイアさんに向き直って、深く頭を下げる。こちらが泊めてもらっている立場なのだから、頭を下げるのは私の方だ。
「ええ。大したもてなしはできませんけれど、必要なだけ城に居てください。お二人が居てくれると、私もイハナも嬉しいですから」
セレイアさんはそんな風に言って笑ってくれた。
その後宴会も終わり、私達は城へと戻った。イハナ達と別れて、アリエッタと共に客室へと向かう。
子供たちとの歓談はよほど楽しかったのか、アリエッタの放つ雰囲気はその無表情に反してとても明るかった。
「食事の席では、楽しそうにお話しされていましたね」
私がそう声をかけると、アリエッタは私に笑顔を見せた。
「ええ。あの子たちと話すのは楽しいわ。隠したり騙したり気取ったり、そういう事をぜんぜんしないんですもの。明日もね、会う約束をしたのよ」
「良かったですね。友達ができて」
私がそう言ったとたん、急にアリエッタの感情が冷めた。彼女は足を止め、考える素振りを見せた。
「……友達?」
「どうしたのです、アリエッタ?」
「……いいえ。何でもないわ」
再び歩き出したアリエッタの後に続く。
今のは何だったのだろう?
私はまだ、アリエッタの事について知らない事が多い。そして必ずしもそれを私が知るべきだとは思っていない。良好な関係で居たいのなら、そうあるべきだと思う。
でも、知らなければ守れない事も事実で、その辺りのバランスの取り方を、私は未だにはっきりとは見いだせないでいた。
「……何か言いたそうね。どうしたの、ミュー?」
「えっ? あ、ああ。はい。実は先ほどセレイア様に言われて考えていたのですが、アリエッタはどうして王都を目指しているのですか?」
誤魔化した。私は未だに、彼女に嫌われたくなくて大事なところで距離を置いている。そんな態度ではダメだと分かっているのだけれど。
ちょうど客間の前に来た。私は客間の扉を開けて、アリエッタを中に通す。返答次第では危険な話になりそうなので、しっかりと扉を閉めた。
灯りを点けようと暗い部屋の中を探っていると、暗闇の中でアリエッタの声が響いた。
「前に言ったじゃない。私は、世界に復讐するつもりだって」
それは無感情な冷たい声だった。
アリエッタは私に歩み寄ってきた。彼女は私の身体に躊躇なくぶつかると、そのまま私を抱きしめた。それはまるで、何かにすがる様な行為に感じられた。
「私達から大切な物を奪ったのは、あいつ等だけじゃない。あんな事が許される時代が悪い。あんな事が起こってしまう世界が間違っている。そうは思わない?」
その声は辛そうで、聞いているこっちも胸の奥が締めつけられる。
「……だから、世界に復讐を? それを成すのに、王都へ行く必要があると?」
「――声が震えてる。何を恐れているの、ミュー?」
問いに対して返ってきた思わぬ指摘に、私は戸惑う。
…………怖がっているのか、私は? 何を? アリエッタを?
「わ、私は別に……」
そう否定した私の声は、たしかに震えていた。何かに慄いていた。
それはそうだ。私は勘違いをしていた。アリエッタは何も変わっていないじゃないか。
何をするのかは知らないが、アリエッタは本気で世界に復讐なんてことを言っている。その殺意を世界に向けている。
―――あの子は、最初から壊れていた。
アグラード先生の言葉を思い出す。
いいや、違う。確かに、私達はパスフィリクの連中に復讐をした。多くの人を殺した。だけど、全部過ぎた事なんだ。終わった事なんだ。終わればきっと、アリエッタは元に戻るはずなんだ。
「大丈夫。大丈夫だよ」
アリエッタは囁く。
「ミューを置いて行ったりしないから。貴女と私、ちゃんと二人で仕上げましょう。きっと楽しいわ」
私には分からない。アリエッタの事が、理解できない。この言葉の意味が、私には分からない。分からないから、怖い。
アリエッタが歪んでしまっているという事実を、私は未だに否定したいのか。
ズレている。―――それは誰が?
思考を遮るように、ノックの音が暗闇の中で響いた。
こちらの応答を待たずに、扉が開いた。廊下の光が部屋に差し込み、私達を照らし出す。
「失礼しま―――っ! ご、ごめんなさいっす!」
イハナは私達を見るなり、慌てて扉を閉めた。再び暗闇の中へと戻されても、思考は働かない。私はもうなんか色々と混乱していた。
アリエッタは何やら楽しげに笑って、私から離れた。
「ほんと、面白い人ね」
アリエッタの気配が、扉の方へと向かった。私は慌てて、近くにある読書灯を点けた。薄い光が部屋を照らし出した。
私に礼を告げてから、アリエッタは扉を開けた。イハナはまだ扉の前に立っていて、真っ赤になりながら、どういうわけか慌てていた。その手にはカップの乗ったトレイが握られている。
「えっと、あのっ、あのですね――み、水っすよ」
イハナはトレイをアリエッタへと差し出した。どうやら薬のために持ってきてくれたようだ。
「ふふっ。イハナが思っているような事は何も無いのよ。ただ、私が転びそうになっただけ」
「あっ、ああ、なるほどっす。あははー」
二人の会話は意味不明だが、イハナが納得したみたいだから大丈夫だろう。
アリエッタは礼を言ってトレイを受け取ると、私のところに持ってきた。私はトレイを受け取って、薬の準備を始める。
イハナはまだ何か用件があるのか、部屋に入ってきた。それから彼女は、少しためらう様な素振りを見せながら話を切り出した。
「あの、実は二人に頼みたい事があるんですけど、聞いてもらえるっすか?」
「もちろんよ。力になれる事があれば、何でも言って」
アリエッタの言葉に、私も頷く。
「はい。私達も、ただで泊めていただくのは心苦しく思っていましたから。何なりとお申し付けください」
私達の態度に、イハナは少し安心した様子だった。
「そうですか。ありがとうございます。実は、頼みたい事というのは魔物退治でして。昼間の戦いを見込んで、協力してほしいんす」
イハナは真剣にそう言うと、頭を下げた。
「……えっと、魔物?」
なにそれ。この世界にはまだまだ、知らない事が多すぎる。
「分かったわ。魔物なんて、ミューにかかれば直ぐに片付くもの。――ね?」
あっさりそう言って承諾すると、アリエッタは私に同意を求めた。
ね、と言われても……まあ、造った人間が言うのだから多分大丈夫なのだろうけれど。
「承知いたしました」
とりあえず、いつもの調子で返答した。
この世界に来てから何かとバトルする流れができているが、正直"元"女子高生に変な事ばっかりさせないでほしい。
そんなこんなで、私は魔物とやらと戦う事になったらしい。




