鉱山での話2
坑道に初めて入った感想を素直に表現するのなら、不気味だ。
等間隔に設置された魔光灯の灯りは頼りなく、坑道は薄暗い。中途半端に先の見える狭い通路というのは、完全な暗闇よりも返って恐怖をかきたてる。
そろそろ白状すると、私はオバケが苦手だ。
情けないが、アリエッタやイハナが一緒に居てくれて心強かった。騒がしい子供たちの声も、うまい具合に雰囲気を変えてくれていて助かる。
「ちょっと、こわいね」
前を歩く少女がアリエッタに言った。彼女は子供たちの中でも一番年下の女の子だ。他二人がセレイアさんと歩くのに対して、アリエッタに関心があるのかその隣を歩いていた。
アリエッタは少女の手を引きながら、「大丈夫よ。お姉さんが傍に居るから」なんて声をかけている。
アリエッタの表情はとても柔らかい。アリエッタが健全な方向で笑顔になってくれるのは、私としては嬉しい事だ。
「アリエッタさん、凄いっすね。ロミって結構気難しい子なんすけどね」
イハナが小声で私に言った。ロミと言うのは、アリエッタと居る女の子の事だろうか。
「お嬢様は、人と接するのが上手な方ですからね」
問題は、興味が相手に向かない場合は接しようとしない事なのだが。
「皆さん、着きましたよ」
セレイアさんがそう言うと、狭い道が終わって急に開けた場所に出た。机が配置されていたり、荷物が積んであるところを見ると、ここは準備や休憩を行う多目的な場所という事らしい。
セレイアさんはそれぞれの方角に伸びた坑道を指しながら、説明を始めた。
「第一と第二の坑道は最初期に掘った場所で、今は昇降機を使って下に掘り進めています。赤色魔鉱の痕跡が出たのは、この二つの坑道からです。第三は崩落し易い地質にぶつかってしまったため、優先して作業はしていません。鉄の採掘は第四から第七までの坑道で行っています。
アリエッタさんには申し訳ありませんが、ここより先は本当に危ないので、視るのはここまでとさせてください」
「いえ。十分ですわ。私の我儘を聞いていただき、感謝しています」
アリエッタの返答にセレイアさんは微笑みで返し、近くの棚から何かを取ってきた。それは岩に張り付いた真っ赤な水晶だった。色はくすんでいて、血の様だと私は思った。
水晶を見て、子供たちは声を上げる。
「うおー、すげー」
「これ、宝石ですか?」
「きれい……」
セレイアさんはそんな様子に微笑んで「これは魔石よ」と子供たちに言った。
「確かに、赤色魔鉱ですね。色が薄いのは内包している魔力が薄いからですよね」
水晶を見たアリエッタの感想に、セレイアさんは感心したように頷いた。
「そうです。本当にアリエッタさんは良く知っていらっしゃる。赤色魔鉱は固まって生成されるので、端にいくにつれ魔力の濃度が薄くなります。つまり、これが出てきた場所をより深く掘って行けば、より純度の高い赤色魔鉱が出るはずなんです」
セレイアさんは嬉しそうに語った。町の財政を潤す財宝の発見に、心の底から喜んでいるのだろう。
「出るといいですね。本当に」
アリエッタは微笑んでそう言った。
セレイアさんにまで感情を見せるとは、驚きだ。もしかするとこれは、とても良い兆候なんじゃないだろうか。この町に来てから、アリエッタが少しずつ元の状態に戻っていっているような気がする。
アグラード先生には悪いが、私はアリエッタがこれ以上悪性に従って生きるのを見たくないと思っている。たとえそれが手遅れの幻想だったとしても、私は彼女の善性を信じていたい。
不意に、獣の声が坑道内に響いた。獰猛で危険な響きに、子供たちが慄く。
「何? この坑道内に、動物は居ないはず……」
セレイアさんは焦った様子で、子供たちを傍に寄せた。
「ミュー、探知できる?」
「はい。……第三坑道から、中型の獣が五体……いや、八体来ますね」
私の索敵結果を聞いて、セレイアさんとイハナは顔をしかめた。
「そんな馬鹿な。坑道は外に通じてないんすよ? いったいどこから……」
「考えるのは後よ。イハナはみんなを連れて外へ――」
セレイアさんの指示が終わる前に、私の索敵に新たな敵影が映りこんだ。
「駄目です。入り口からも来ます」
「なんですって!? ――イハナ、貴女はアリエッタさんと子供たちを第一坑道に」
「了解っす!」
セレイアさんは私の方をちらりと見て、申し訳なさそうに視線を向けた。
「ミューさん、すみませんが力を貸していただけますか?」
「もちろんです。お任せください」
私はクズだが、ここで子供たちを見捨てるほど落ちぶれちゃいない。
アリエッタが背後から声をかけてきた。
「ミュー、入り口からは何体来るのかしら?」
「四体です」
「良いわ。入り口は私が何とかしましょう。ミューはセレイアさんを手伝ってあげて」
「承知致しました」
アリエッタが命じるのなら、任せよう。実のところ、本気を出した彼女は十分に戦える力を持っている。魔法の知識に明るいアリエッタは、ひ弱な自身の力を補う術を多く身に着けているのだ。
再び雄叫びが響き、坑道から敵が現れた。二本角をもつ、筋肉質な四足の獣だった。輪郭は犬に近いが、その頭部はバッファローの様にいかつい。
セレイアさんが構え、呪文を叫んだ。
「ブラム・フロス!」
セレイアさんの掛け声と共に、彼女の手に紅い氷塊が現れた。氷塊は獣の胴を貫いて絶命させる。
私も後続の獣を氷塊で討ち取った。俊敏な獣だったが、狭い通路から走って来る相手を仕留める事は、今の私には難しいことではない。
八体全てを片付けて振り返ると、アリエッタの方も終わったようだ。彼女は床に魔法陣を書き終えて、こちらに戻ってくるところだった。
「こっちも終わったわよ」
そう言うアリエッタの背後から、四匹の獣が走ってくるのが見えた。
様子を見守っていたイハナが、血相を変えてアリエッタに叫んだ。
「アリエッタさん、後ろっす!」
イハナが叫んだのと、魔法が発動したのは同時だった。坑道内に、電流の弾ける音が響く。獣たちはアリエッタの敷いた陣を踏み、感電死したのだ。
「下手に魔法を撃って崩したくないから、罠を張ったのよ」
アリエッタはイハナに状況を説明した。イハナは息を吐くと、安心した様子で笑った。
「なんだ、そうだったんすか。本気で焦ったっすよー」
「ふふっ、心配させてごめんなさいね」
アリエッタもイハナに微笑み返していた。今のアリエッタは愛想笑いなど絶対にしない。……やはり、この二人の相性は良いみたいだ。
「いったいどうやって獣が……」
セレイアさんが獣の死体を見下ろして、呟いていた。
一方通行の場所からどうやって獣が侵入したのか、妙に統率の取れた襲撃は何だったのか。疑問は残るが、とりあえずここを出た方が良いと思う。また囲まれては、手間が増える。
「セレイア様、いったん外に出ましょう。獣の調査は、子供たちを帰してからです」
「ええ、そうね。戻りましょうか」
セレイアさんは頷くと、子供たちの手を取って出口へ向かった。私達も、その後に続く。
子供たちは怯えているものと思ったが、意外にもタフな様で、四人で集まって『いかに私達が格好良かったか』という話で盛り上がっていた。というか、子供たちにイハナが混ざっているあたりが、何とも笑ってしまう。彼女は良くも悪くも子供っぽい人みたいだ。
その様子を、セレイアさんとアリエッタも面白そうに見ていた。
出口の光が見えたのを機に、子供たちが駆けだした。
ふと、生体感知に人影が写った。複数の人間が居るようだが、こちらを待っている様だ。何か、きな臭い。
私は走って子供たちに追いつき、制止した。
「お待ちを。先に出てはいけません」
私が急に前に現れたものだから、子供たちは驚いて固まっていた。驚かせてしまったのは申し訳ない。
「どうしたんすか?」
イハナやセレイアさんも不思議そうな顔をして、追いかけてきた。
「何か、外に居るのね?」
アリエッタだけは私の行動を把握しているのか、平常な態度でそう言った。
「……姉様、もしかしてあいつ等じゃないっすか?」
イハナが心配そうに、セレイアさんを見た。こういう場合、あいつ等という呼ばれ方をする相手にまともな奴はいない。私達の知らない問題が、まだこの二人にはあるらしかった。
「いいわ、私が話をつけましょう」
セレイアさんはそう言うと、一人で出口へと向かって行った。私達も控えめにその後を追う。
外へ出ると、男たちが立っていた。武装した兵士たちは憲兵の様だったが、この町に憲兵団が無いのは確認済みなので、おそらく私有の兵隊だろう。
その雇い主らしき若い男が、列の中心に立っていた。身なりは良いが、顔つきは一目で分かる悪人面だ。
「鉱山に何か御用ですか、アンデレトワさん?」
セレイアさんは、これまで彼女の口から聞いた事の無いような冷ややかな声でそう言った。
アンデレトワと言うらしい男は、口元をひん曲げて嗤う。
「相変わらず、愛想のねえ女だぜ。用がなきゃ来ちゃいけねえのかよ。俺のおかげで、この町は持ってんだろうがよ」
「よく言うわ。鉄鉱石を買い叩いておきながら、そのうえ他の取引先を潰すなんて。貴方なんか、ただの疫病神じゃない!」
「へっ、アンデッド風情が偉そうに。そんな態度で良いのかよ。教会へ報告したらお前は連れて行かれて、この鉱山は廃坑になっちまうんだぜ?」
「それは脅し? 坑道に獣を放ったのも貴方の仕業なのかしら? 私と事を構えると言うのなら、町全体を相手にするのと同義よ。覚悟する事ね」
セレイアさんは怒りのこもった声で、男に言い放った。
男はやれやれと言った風に頭をかく。
「おいおい、濡れ衣着せられちゃたまったもんじゃねえな。そこまでしてこんな鉱山、欲しかねえよ」
「それはどうかしら? 知ってるからここに来たんでしょう?」
「さあて、何の事やら。俺はただ、アンタに挨拶に来ただけさ」
そう言うと、男は身をひるがえして去って行った。兵士たちもその後へと続いて行く。
「……あれは何なのかしら?」
アリエッタが訊いた。その声は、心なしか怒りがこもっているように聞こえた。アリエッタと私は散々ひどい目に遭ったせいで、敵の匂いはすぐに解る。今の男は、確実にパスフィリクと同類だ。
「彼は、ルーン・アンデレトワ。商人です。今のところ、この町の唯一の取引相手ですね」
セレイアさんは元の穏やかな口調に戻って、アリエッタの問いに答えた。
「ふんっ、あんなの取引相手でも何でもないっすよ。ただのチンピラっす。この町の敵っすよ、敵!」
イハナは憎らし気に男たちの背を見て、そう言った。
明日はお休みさせていただきます。12/18




