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憂鬱な13No.s  作者: EBIFURAI9
【第二章】正義の在処
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鉱山での話1

 夕食は大いに盛り上がった。

 主に話していたのはイハナで、終始『いかに人質を解放した私が凄かったか』と言う様な内容であった。

 食事の手を止めて、イハナは身振り手振りをまじえながら、今朝の出来事をセレイアさんに話して聞かせた。


「それでね、そのとき颯爽さっそうとミューさんが現れて、女の攻撃をこう、バシュっと弾き返したんすよ! もう、ほんとカッコ良かったんっすから!」


「そんな大したものでは……」


 聞いていて、恥ずかしくなるような美辞麗句びじれいくの連続に参ってしまう。私としては、それ程の事をした覚えはないのだが。

 そんな私の心中が表に出ていたのか、アリエッタは可笑しそうに笑っていた。


「ふふっ。良かったわね、ミュー」


「もう、お嬢様までそんな……」


 困っている私を見て、楽しんでいるみたいだ。でもまあ、アリエッタが久しぶりに真っ当な形で楽しそうにしているのは、私としては気分がいい。


「そろそろ止めなさい、イハナ。ミューさんが困っているわ」


 セレイアさんに止められ、ようやくイハナは私への賛辞を止めた。


「あっ、すみません。つい」


 私に謝りながら、イハナは明るい笑顔を私に向けた。

 イハナという少女は、素直さや純粋さをその歳にそぐわず持ち続けている様な、そんな女の子だった。それはかつて正常であった頃のアリエッタを彷彿ほうふつとさせる様でいて、そこに快活さを足したような、エネルギッシュな少女であると、私は思う。

 イハナの歳は、聞いたところによると十七らしい。もはやその歳になるまでこの状態を維持いじできている事に、感心して良いのか、呆れて良いのか分からない。


 波風のない僻地へきちで育ったからか、それともセレイアさんの教育によるものか。もしくは、アリエッタと同じ様に闇を秘めているだけなのか。しかし今のところ、イハナからは同類の匂いというのを感じない。


 まあ、アリエッタからもそんな物を感じ取った事は無いわけで、人の受け売りと言うのはやはり役に立たない物なのだと、私は一つ学んだ。

 アグラード先生にはいったい、何が見えていたのだろうか。


 食事が終わった後、私達は客室に戻った。私もアリエッタも、せめて皿洗いくらいは手伝わせてくれと申し出たのだが、客にそんな事はさせられないとイハナに断られてしまった。

 私達としては、"泊めてもらう"立場という認識なので、ただただ申し訳なく思うばかりだ。


 一日の疲れが出たのか、部屋に戻るなりアリエッタは眠ると言い出した。私は彼女に薬を飲ませるために、水をもらいに厨房へと向かった。

 厨房では、イハナが後片付けをしていた。


「失礼します」


 いきなり入るのも失礼かと思ったので、一言告げる。

 イハナは作業の手を止めて、私に対応してくれた。


「あっ、ミューさんどうしたんすか?」

「すみません、お水を一杯いただけますでしょうか」

「良いっすよ。ちょっと待っててくださいっす」


 イハナは棚から鉄製のカップを一つ持って来ると、水差しから水を注いだ。


「どうぞっす」

「ありがとうございます」


 イハナからカップを受け取る。部屋を出ようとしたら、イハナが声をかけてきた。


「……あの、それってお薬のですよね。アリエッタさんって、ご病気なんすか?」


 イハナは少し控え気味に訊いた。個人的な事だけに、気が引けるのだろう。それでも訊いてしまうのは、好奇心の強い性格の表れだろうか。

 隠す事ではないが、あえて話す様な事でもない。さて、どうしようか。私は少し考えて、話してみる事にした。変に誤魔化して、誤解を生むのも面倒だったからだ。


「……イハナさんは、『ユガ』という薬をご存知でしょうか?」


「あっ、はい。知ってるっす。たしか、麻薬の一種でしたよね?」


「ええ。お嬢様は、ある心無い男の謀略ぼうりゃくめられて、無理やりその薬を飲まされました。彼女はそれ以来、後遺症に苦しめられているのです。薬が抜けると、身体が痛み、錯乱さくらん状態におちいってしまう。……これは病というより、呪いかもしれませんね。人に付けられた呪いです」


 思い出すだけで、怒りがこみ上げる。あんなクズ共のせいで、アリエッタが今も苦しみ続けているという事実に、どうしようもない殺意に駆られる。

 これだから人間は嫌いだ。身体は造り物になったとは言え、魂の形は連中と同類のまま。それだけで吐き気がする。


「……あのっ、ミューさん?」


 イハナの怯えた様な声で、我に返る。

 いけない。こんな事でどうするんだ。もっと、強く構えなくては。


「すみません。私とした事が、こんな……」


「い、いえ。変な事訊いたのは私っすから。こちらこそ、嫌な思いさせて申し訳ないっす」


 イハナは頭を下げた。こうされてしまうと、こちらの立場がない。


 つい、初めからこんな人がアリエッタの近くに居れば、何かが変わったのだろうかと思ってしまう。そんな事は、考えたところでどうしようもない、過ぎた話だというのに。


「イハナさんは、優しい方なのですね。……よろしければ、お嬢様と仲良くしてあげてください。彼女は、その……歳の近い友人が少ないので」


 私がそう言うと、イハナの表情が一気に明るくなった。


「もちろんっす! 私もそのつもりだったっすよ!」


 濁りのない、気持ちの良い笑顔だった。

 それを見ていて胸が痛むのは、アリエッタを想うからか。それとも、私が二度とできない在り方だからか。

 そんな事を思ってしまう時点で、私は何かが間違っていた。



          ◇



 翌日、アリエッタの要望通り、鉱山を観に行くため出かけた。イハナの操る犬車に揺られて、私達は町へと降りた。


 上から見た時に分かっていた事だが、町の規模は本当に小さなものだった。住宅地と、採掘や製鉄に関する施設があるだけ。集落として必要最低限のものが揃っているのかも怪しい。


「お二人からしたら、この町は小さいと思われるでしょうね」


 対面に座るセレイアさんが言った。私とアリエッタは横並びで、セレイアさんと向かい合うかたちで犬車に乗っている。


「そうですね。私もアインツールから出たのは初めてなので、何とも言えませんが」


 アリエッタが応えた。


「アインツールは特に大きな街ですからね。ここなど比較にもならないでしょう。この町には私たち姉妹を含めても八十三人しか居ませんから」


「それって、町と呼べるのでしょうか」


 私は思わず、そんな感想を漏らしてしまった。それに対しセレイアさんは、「まあ、集落ですよね」と笑った。

 ……だが、考えてみれば元居た世界でも、地方は過疎化だとか騒いでいたし、それほどおかしな話でもないのだろうか。


 町へ目を向けると、通りの往来はそれなりにある。今日は鉱山が休みという事らしいので、これは特別な状態なのかもしれない。

 この町は鉱山の経営で全てが回っているらしく、日用品や食料はそのほとんどを別の街から輸入しているそうだ。町に住んでいる九割以上の人間が、鉱山や溶鉱炉で働いているらしい。


 イハナとセレイアさんが乗っているからだろう。犬車が通るたびに、街の人々は声をかけてきた。彼らは余所者である私達に対しても、気持ちの良い挨拶をかけてくれた。


したわれているんですね」


 アリエッタが住民たちの様子から、そんな感想を述べた。たしかに、誰もがセレイアさんに対して好意的に接しているように見える。

 セレイアさんは微笑んで、頷いた。


「ええ。皆さん、私が吸血鬼と知っていても良くしてくれています。本当に、いい人たちなんですよ」


「そりゃ、そうっすよ。姉様は人の血を飲まないし、それにこの鉱山のおかげでみんな暮らせてるんすから。作物が育てられないこの土地を立て直すために、姉様は私財をなげうってこの鉱山を開いたんすよ。この町の人達が食べていけるのは、姉様のおかげっす」


 御者台のイハナは、前を向いたままそう言った。


 なるほど。それは確かに感謝されてしかるべきだろう。犠牲を強いるのではなく、自ら犠牲になるというのは、高尚な事だと思える。領主という立場なら、なおさらにそうだろう。人は権力を持つほどに、その理想から遠のいてしまうのだから。


 セレイアさんは通りの人々に手を振りながら、真剣な表情で言った。


「必要に迫られてしただけの事ですよ。最初は木を切り出して生計を立てていましたが、それでは間に合わなくなってしまったので、この鉱山を開いたんです。生きていくためには、できる事をとにかくやるしかないですから。私は身体が弱いので、そのくらいでしか皆さんに貢献できません。正直、少し歯痒いですよ」


 セレイアさんは本気でそう思っているのか、悲しそうにうつむいていた。町の様子から見て、彼女は十分にその役割を果たしている様だが、彼女自身はそれに納得していないらしい。セレイアさんは、自己を過小評価してしまうタイプの様だ。

 後でアリエッタに聞いた話だが、吸血鬼と言うのは人の血液を摂取しないと、体に不調を起こす呪いらしい。セレイアさんは家畜の血液で代用しているらしいので、十分ではないのだそうだ。そう言う意味でも、彼女は苦労人なのだなと同情してしまう。


「犬車で来れるのはここまでっす。後は、歩きっすよー」


 イハナが言うと同時に犬車が停まった。とは言っても、入り口はすぐ目の前に見えている。


 私達が車から降りると、子供たちが駆け寄ってきた。男の子一人と、姉妹らしい女の子が二人。男の子が一番年上みたいだが、それでも十代にも満たないだろう。


「セレイアさまー」「イハナ姉ちゃん!」


 鉱山の方から来た子供たちを見て、イハナは叱るように声を上げた。


「あっ! また、こんな所で遊んでたんすか。このあいだ危ないから、駄目だって言ったっすよね?」


「でも、中には入ってないよー」


「そう言う問題じゃないっす! この辺にある機材だって、危ないんすから!」


 抵抗を試みる男の子に、イハナは大きな声で叱りつける。

 なだめる様に、セレイアさんが間に入った。


「まあまあ、そんなに怒鳴らなくても良いじゃない」


 セレイアさんはしゃがんで、子供たちの目線まで自分の視界を下げた。


「いつもは入れないから、中が気になってしまったのよね?」


 子供たちはためらいながらも頷いた。

 そういうのって、分かる気がする。自分も子供のころ、立ち入り禁止と書かれている場所の向こう側に、何か凄いものが在るんじゃないかって期待したものだ。


「でも、本当に危ない場所だから三人だけで入っては駄目よ。もし崩れたりしたら、危ないでしょう」

「うん。だから、見てただけ。中には入らなかったよ」


 女の子の一人が言った。


「ええ、分かってる。ちゃんと言われた通りに我慢できて、えらいね」


 セレイアさんがそう言うと、子供たちの表情から緊張が消えた。素直にすごいと思う。私じゃ、ああはならないだろう。


「セレイアさま、この人たちは?」

「ええ、この方たちは私のお客様よ」


 私達は、子供に名乗る。


「アリエッタです」


「ミューでございます」


 ……最近癖になっているのか、子供相手にも堅く名乗ってしまった。まあ、仮にも従者を名乗っているのだから、このくらい真面目でもいいだろう。


「この人たちは、私を助けてくれたすごい人たちなんすよ。なんか良く分からない悪い人たちを、バシッと追い払ってくれたんす」


 その必要があるのか、イハナが誇張こちょう気味にそんな説明をすると、子供たちの目の色が変わった。


「ねーちゃんたち、冒険者なの!」

「黒くて、つよそー」


 憧れってやつなのだろうか。妙に綺麗な視線を浴びて、私は戸惑ってしまう。ほんと、冒険者って何なんだ。


「ふふっ、私達は冒険者ではないのよ。ただの旅人」


 アリエッタが笑顔を見せた。正直意外だったが、子供は興味対象に入るらしい。まあ、普通に可愛いしね。


「そうだ。今からこのお姉さん達と鉱山の見学に行くのだけれど、みんなも来る?」


 セレイアさんの提案に、子供たちは嬉しそうに反応した。


「いいの!」

「ええ。今日は特別。私達と一緒なら、良いわ」

「やった!」

「じゃあ、行きましょうか」


 セレイアさんは子供たちの手を引き、歩き出した。その後ろ姿は、とても優しくて微笑ましい。良き指導者であり、正しい大人である彼女に、私はただただ感心する。


「セレイアさんは、優しい方なのね」


「そうなんすよ。自慢の姉っす」


 アリエッタの言葉に、イハナは嬉しそうにわらった。


「さあ、私達も行きましょう」


 イハナにうながされ、私達も鉱山へ向かった。

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