不死なる領主の話2
「あら、バレてしまったのね。残念。できれば手荒な方法で血は採りたくなかったのだけど……まあ、食べてしまえば同じ事かしら?」
吸血鬼の女はそう言って、妖艶な笑みを私達に向けた。その言葉や仕草は明らかに敵対を示しているのだが、なぜか女からは敵意を感じ取る事ができずにいた。
今まで戦ってきた相手からは、必ず敵意や殺気を感じていた。しかし、この吸血鬼からは攻撃する意思そのものを感じ取る事ができない。
それこそ吸血鬼の能力というのなら、それはそれで恐ろしい。敵意を感じさせる事なく攻撃を仕掛けてくる相手なんて、格上の強者に違いないのだから。
「どうしますか、可愛いお人形さん。私と戦いますか?」
女は優雅な仕草で、私を挑発する。
こいつ、私が人で無いと分かっている。やはりただ者ではないか。
私が魔法を放とうと身構えたその時、背後で扉が開いた。
「お待たせしたっす! ――って、あれ? 何やってんすか?」
イハナだった。彼女は、対峙する私と吸血鬼を、不思議そうな顔で交互に見た。
「……イハナさん、あの吸血鬼とはどういう関係なのかしら?」
アリエッタの問いに、イハナはさらりと答えた。
「お姉ちゃんっすよ」
「「お姉ちゃん!?」」
思わずアリエッタと声が重なってしまった。
吸血鬼の女が、可笑しそうに笑った。
「うふふっ、ごめんなさいね。他所からのお客様なんて久しぶりだったから、からかってしまいましたわ。お詫び申し上げます。私がこの町の領主、セレイア・アイルフィールでございます」
セレイアと名乗る吸血鬼もとい領主様は、優雅にお辞儀をした。
唖然である。領主であった事の驚きよりも、からかわれた事に呆れる。戦いになってたらどうするつもりだったのか。お茶目で済む問題じゃない。
戸惑っている私達の代わりに、イハナが紹介をしてくれた。
「この方はアリエッタさんで、こちらがその従者のミューさんっす。お二人とも、私の命の恩人なんすよ」
私は礼儀として、セレイアさんに頭を下げた。
「そうですか。妹がお世話になったようで。どうぞお入りください」
セレイアさんは私達を促すような仕草をして、奥へと歩いて行った。
「さあさあ、お二人ともどうぞっす」
呑気にしているイハナにこれは言ってやらねばと、私は彼女の方を向いた。
「……イハナさん。どうして最初に、領主様が吸血鬼だと教えておいてくれなかったのですか? 危うく本気で戦ってしまうところでした」
戦闘人形であるという自負から、血の気が多いのは自分でも分かっている。こういうフェイントは好みじゃない。
イハナも私が怒っていると分かったのか、気まずそうにして謝った。
「えっ? あー、えっと、姉様が何か面倒くさい事をしたようですみませんっす。あの人、変に子供っぽい所があるもんで。気が回らなくて、申し訳なかったっす」
アリエッタが、私をなだめる。
「まあまあ。何事も無かったのだから良いじゃない。吸血鬼というだけで警戒した私にも責任があるわ。でしょう?」
アリエッタにそう言われては、引き下がるしかない。確かに、少し気が立っていたかもしれない。
「……はい。イハナさん、責めてしまい申し訳ありません」
「あ、いえっ、私が悪いんで、気にしないで下さい。ほんと。ささっ、どうぞ中へ」
イハナは気まずそうなまま、それでも明るく振る舞ってそう言った。
私達は促されるまま、城の奥へと入って行った。
◇
イハナに客間へ案内された後、私達は荷物を置いてそのまま食堂へと直行した。私達をテーブルに座らせると、イハナは食事を作ってくると言って部屋を出て行った。
この城に来てから、雑事はみんなイハナがやっている。それどころか、ここに来てからこの姉妹以外の人間を見ていない。
私は気になって、セレイアさんに訊いてみた。
「……ここには、貴女がた姉妹の他に、人はいないのですか?」
「はい。私達二人で暮らしております。人を雇うような余裕も、人手もありませんから。こんな城に住んでいると誤解されてしまいますが、この地域にはそれほど力は無いんですよ。土地柄、作物もろくに育ちませんし、大規模に放牧するほど平坦な土地も無い。かろうじて鉱山で食い繋いでいる様な状態なんです。
この城は、何百年も前に暴君が無理やり建てた物なので、言ってしまえば負の象徴なんですよ。ここに住む私は、言わば番人と言った方が正確でしょうか」
「番人?」
「ええ。この町の番人です。
この町の成り立ちは、王都から追放された王族の一人が、隠居生活を送るために住処を構えたのが始まりです。元々、放牧民族の土地だったものを無理矢理に接収し、彼らは開拓を始めました。ですが、元々大して土地の無い場所に町を作ったせいで、困ったのは移り住んできた開拓民の方でした。ここは作物を育てるのに向いた地質ではなく、家畜を育てるのに必要な土地を、彼らは自らの手で潰してしまったのですから。
王族は馬鹿な男で、食料の確保に悩む開拓民や現地民の事など気にも留めず、贅を尽くしました。その時に彼が自分の権力の証として建てさせたのがこの城です。結果、この城を見るたびに領主への怒りを住民たちが募らせていき、彼は城が完成して半年で殺されてしまいました。
それが確か、二百年ほど前の事ですね。私は当時原住民の代表をしていたので、その流れでこの町の領主に任命されてしまったんです。領主と言っても、税は取りませんし法も執行していません。あくまで、この町を管理しているだけです。そう言う意味で、私は番人なのですよ」
「二百年? 吸血鬼ってそんなに長生きするのですか? すごい種族なのですね」
セレイアさんはどう見ても二十代のお姉さんに見える。それだけ長生きしていながら、未だにこれとは恐れ入る。
私が驚いていると、隣に座るアリエッタが説明してくれた。
「吸血鬼というのは、種族ではないのよミュー。永遠に時が停まる、魔法的な処置を施された人々の事を言うの」
セレイアさんはアリエッタの言葉を引き取った。
「私の前だからと、気を遣って下さらなくてもいいですよ。――魔法的な処置と言えば聞こえは良いですが、吸血鬼というのは呪いです。遠い昔に、アシュメスの悪神ナハナが創り出した、人の生を縛る呪い。私は普通の方法で死ぬことはできませんし、寿命を迎える事も無い。永遠に生き続ける魔物なのです」
セレイアさんは何の抵抗も無く、自分を魔物と断じた。その在り方は、少しだけ私に似ている気がした。
「魔物……でもそうすると、イハナさんは? 彼女は普通のエルーシナの様ですが」
「はい。イハナは確かに普通の子です。あの子は私を姉と呼んでいますが、実際には親子と呼ぶのが正しいですね。捨て子だった彼女を、私が育てたんです」
「ああ、なるほど」
イハナもイハナで、複雑な事情のある少女だった様だ。
「私からも一ついいかしら? さっき税は取っていないと言っていたけれど、それならこの町の公共事業はどうやって運営しているのですか? それに、国に納める分もあるでしょう」
アリエッタが不思議そうにセレイアに訊いた。
「それは、鉱山の運営ですべて賄っています。この町の鉱山は町の住民全員の所有物であり、その経営を私が代表でしているという形になっています。言ってしまえば、町一つが丸々企業の形態をとっている訳です。とは言え、正直あそこは鉄しか出ませんから、大した稼ぎにはなりません。最近は需要が増えてきたとは言え、この町はいつもギリギリの状態なんですよね。赤色魔鉱が出てくれると、少しは皆に楽もさせてあげられるのですが……」
セレイアさんは悲しい顔で、遠くを見た。
私はまたも聞き慣れない単語に、戸惑ってしまう。異世界に来て、辛いのはこういうところだ。勉強しているとはいえ、追いつかない事が多い。
「お嬢様、赤色魔鉱とは何ですか?」
「赤色魔鉱というのは、魔石の一種よ。主に魔道具に使われるわ。溶岩内の魔力が地中で結晶化したものとされていて、希少価値が高いの」
アリエッタの解説に、セレイアさんは感心したようだった。
「よくご存じですね。お若いのに博識でいらっしゃる。あれは、鉱石の中でも特に市場価値が高い魔石ですから、掘り出せれば町の財政も一気に潤います」
「……まるで、出てくる見込みがある様な言い方ですね」
アリエッタの言葉に、セレイアさんは頷いた。
「ええ。実を言うと、鉱山を開いたのはそれが理由だったりします。この辺りは元々火山帯ですし、地形の条件から見ても赤色魔鉱が出てくる確率が高いのですよ。実際、先日掘り出された岩の一部にそれらしい痕跡が見られました。もしかしたら、数日中にも完全な状態の物が掘り出せるかもしれません」
それを聞いて、アリエッタは興味を示した様だった。彼女は歳に似合わず、地学やら化学の分野に興味を示す、渋い趣向の持ち主だったりする。
「セレイアさん、私達が鉱山を見学する事は可能でしょうか?」
「ええ、構いませんよ。今日と明日は作業が休みですので、明日の内なら自由に見ていただいて結構です」
「そうですか。ありがとうございます。――明日見に行きましょうよ、ミュー」
アリエッタは楽しそうな声色で、私に言った。
「承知いたしました」
久しぶりにまっとうな理由でアリエッタが楽しそうなので、私としては心穏やかである。
そんなこんなで明日の予定が決まったところで、ちょうどイハナが食事を運んで戻ってきた。




