不死なる領主の話1
人質を解放した後、私は駆け付けた地元憲兵たちに事情を説明した。
私が見ていない事柄については、アリエッタを助けてくれたイハナという少女が、代わりに説明をしてくれた。
イハナの話によると『召喚狩り』と名乗るあの変な女の手によって、盗賊団は全滅したらしい。
憲兵団は、一人だけ生き残った賊のリーダーを捜索するつもりの様だ。
だが、そんな事はもう私達には関係ない。急ぐ旅ではないが、こんなつまらない事で足止めを食ったのは少し業腹な事であった。
憲兵の事情聴取で半日以上を無駄に消費した私達は、さらに運航再開のめどが立たない路線のせいで、足止めを余儀なくされていた。
あの盗賊たちは、厄介な事に列車の機関部を破壊していったらしい。車両を修理するのか、移動させるのかは不明だが、運航再開までは時間がかかるようだ。
憲兵団が犬車で最寄りの駅まで送ってくれたのは良かったが、そこは住民が百人にも満たない小さな農村であった。
駅から出て最初に見えたのは、雄大な山々と田畑、そして点在する石造家屋だった。ド田舎もいいところだ。
唖然として固まっている私に、アリエッタは小さく笑って「たまには、こういうのも良いじゃない」と言った。
現状ほかにどうする事も出来ないし、アリエッタが良いと言うのなら私は何も言うつもりはない。
仕方ないかと自分に言い聞かせて一歩踏み出した途端、脚の支えを失くして、私は倒れそうになった。慌てて近くの柱につかまる。
膝関節に手ごたえがない。おそらく、加速した時に負荷がかかって壊れたのだろう。
「どうしたのミュー?」
異変に気付いたアリエッタが、駆け寄ってきた。
「すみません。脚が壊れたようです」
そう伝えると、アリエッタが青ざめた。
「大変! すぐに直すわ」
アリエッタは私に肩を貸して、駅の控室まで運んでくれた。
控室に人は居なかった。私達と一緒に来た人々は宿を探しに行ってしまったし、地元の利用客など居そうもない寂れた駅だった。
私達は向かい合わせのベンチに座って、脚の修理を始める。幸い、重要な部品は壊れておらず、割れた部品はすぐに交換できるとの事だった。
「ダメよ、ミュー。"拘束"を解除したのなら、私にすぐ報告してくれなきゃ」
アリエッタは私の脚を視ながら、叱る様に言った。
「申し訳ございません。緊急事態でしたので……」
「使うこと自体はいいの。でも報告はして頂戴。貴女にもしもの事があったら……そんなの、考えるだけで嫌なの。だから、お願い」
顔を上げたアリエッタは、悲しそうに私を見た。私のせいで彼女にこんな表情をさせてしまった事が、ひどく悔やまれた。
「約束します。次は必ず、報告します」
「ええ。お願いね」
アリエッタは再び視線を落として、修理を再開した。
ふと、私達に声をかける者が居た。
「あっ、もしかしてアリエッタさん?」
声のした方へ視線を向ける。控室の入り口に、イハナが立って居た。
「あら、イハナさん。どうしたの? 他の人達と宿を探しに行ったのではなくて?」
イハナに対応するアリエッタの横顔は微笑んでいた。例の一件以来、彼女が他人に感情を見せるのは稀な事なので、少し驚く。
「実は、お二人を探していまして。――って、うおぉ! ミューさん、義足だったんっすか!」
イハナはこちらに駆け寄ってくると、修理中の脚を物珍しそうに見つめた。意思を持った自律人形はこの世界でも異質な物なので、上手い具合に誤解してくれて助かる。
「ええ、そうなの。ミューは昔冒険者だったのだけど、脚を失ってしまって引退したのよ」
アリエッタは、即席ででっち上げたであろう設定をイハナに話して聞かせた。しかし、冒険者って何だ?
「なるほど。それなら、あの強さも納得っす。いやあ、しかし凄いっすね。アリエッタさん、そんな複雑な物を修理できるんすか」
アリエッタの作業を眺めながら、イハナは感心の声を出す。
確かにアリエッタの技術は凄い。齢十四にして、彼女は一流の職人だ。その腕は、彼女の父オルコットが亡くなってから、さらに磨きがかかったように思える。
「私の父は、人形師だったのよ。幼い頃から仕込まれていたから、まあ、このくらいなら直せるわ」
事情を知らない者には自慢気に聞こえるだろうが、私から言わせれば謙遜に他ならない。私の首から下を一からすべて造ったのは彼女なのだから。この身体は私ですら想像の及ばない、超高度な技術の塊だ。
「へえ、人形師っすか。アリエッタさんは、そのお父さんに会いに王都に向かってるんすか?」
イハナのなにげない一言に、アリエッタの顔から表情が消えた。
事情を知らないイハナに、当然悪気はないだろう。王都への直行列車に少女と従者だけで乗っていたら、そのくらいの想像は普通にする。
「いいえ。父は亡くなったわ」
アリエッタは感情のない声で、そう告げた。
イハナは顔色を変えて、慌てた様子で頭を下げた。
「ごめんなさい。余計な事言ったっす」
……普通の反応なのだが、今まで会った連中が酷かったせいで、イハナがなんだかとても良い人に見えてくる。アリエッタが彼女に優しいのも、そのせいだろうか。
「良いのよ。貴女が気にする事じゃないわ。それより、私達を探していたみたいだけど、何か御用かしら?」
「はいっす。実は、今日のお礼にお二人を城へ招待したくて。まだ宿が決まっていないのでしたら、どうですか?」
イハナは下げていた頭を思い切り上げると、そんな事を言った。
「「城?」」
思わずアリエッタと顔を見合わせてしまった。
人を見かけで判断してはいけないと言うが、イハナの服装はよくある庶民服だし、少しだけ泥か何かで薄汚れている。髪も梳かしていないボサボサのくせっ毛だらけで、全体の印象はやんちゃな農家の娘さんといった感じだ。こんな子の口から「城に招待する」なんて単語が出てくるとは誰が思うだろうか。
そもそも、外へ出た時に城なんて見当たらなかった。
「あの、その城はいったいどちらに?」
私が訊ねると、イハナは同意と受け取ったのか嬉しそうな表情で答えた。
「ちょっと、離れたところに在るんすけど、外に犬車を待たせてるっすから大丈夫っす」
アリエッタの顔を伺う。目が合うと、アリエッタは微笑んで頷いた。
「良かった。今日の宿はまだ決まっていないの。誘っていただけて、嬉しいわ」
「ホントっすか! 良かったぁ」
イハナはその返事にとても喜んだ。
不意にそんな姿が、昔のアリエッタと重なって見えて、胸が苦しくなる。我ながら、情けない。
こうして私達は、イハナに誘われて、彼女の言う"城"とやらに行く事となった。
◇
出発してから一時間ほどして、小さな町が見えてきた。
山の中にある僅かな空間に無理やり建てたような、本当に小規模の町だった。その分、景色はとても良い。
町は周囲を丘に囲まれていて、その丘の上には古びた城と綺麗な城が、街を挟んで向かい合うように建っていた。その更に奥には、山頂を白く染めた青い岩肌の山脈が悠然と並び立っている。
今は夕暮れ時というのもあって、景観全体が鮮やかな燈色に染まっていて、その景色をより一層優雅なものにしていた。
そんな景色を見て、アリエッタが感嘆の言葉をつぶやいた。
「素晴らしいわね。こんな景色をいつも見られるなんて、羨ましいわ」
自分の故郷を褒められて気を良くしたのか、イハナは哂った。イハナは今、御者台に座って犬車を操っている。
「この時期は空気が澄んでいるから、一段と綺麗なんすよ。今日は作業も無いみたいですし、良い日に来たっすよ」
「作業?」
アリエッタが訊き返した。
「はいっす。ここは鉱山なんすよ。まあ、出るのは鉄だけなんすけどね」
「へえ。……この辺り鉱山なんてあったのね」
「知らなくても無理ないっすよ。自分が言うのもアレっすけど、超田舎っすから。鉱山が在るからギリギリ成り立っている様な場所っす。あんまりにも奥まった所に在るもんで、たまに地図にも載ってなかったりするんすよ」
笑い話なのか、単におくゆかしいのか、イハナはケラケラと笑いながらそんな事を言った。
犬車は町には入らず、外周の丘を登って行く。どうやら、本当に城へ向かっているようだ。
眼下に広がる町並みを隔てて、反対側の丘にも城が立っている。小さな鉱山町が、城を二つも持つその訳が気になった。
「イハナ様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「様なんて。良いっすよ、呼び捨てで。――何すか? 何でも聞いてくださいっす」
「……では、一つ。どうしてこの町にはお城が二つも在るのですか?」
「ああ、あれっすか。別に特別な理由は無いっすよ。ウチのお城は昔から在る、この街の領主の物っす。で、反対側に在るのは三十年くらい前に、金持ちの商人が造った物っす。なんでも、町の中に滞在するのが嫌だったとか何とか。金持ちの考える事は、分からないっすねー」
のほほんと、そんな風にイハナは回答した。
「という事は、貴女はこの街の領主の家系なのですね」
私の問いに、イハナは「一応っすけどねー」と答えた。
「大した地位も財産も無い、没落貴族っすよ。一応苗字が有るってだけの事っす。アリエッタさんとは、比べ物にならないっすよー」
たははーと笑うイハナ。
アリエッタは無表情ながらも、少し戸惑ったような声を出した。
「えっと、私が貴族?」
「違うんすか? そのお召し物といい、雰囲気といい、アリエッタさんからは貴族って感じがバシバシ伝わってくるっすよ。ミューさんみたいな、強くて綺麗な従者さんも居る事ですし」
アリエッタと思わず顔を見合わせた。
確かに、アリエッタには良い物を着せてあげたいと奮発したが、それがまさかこんな勘違いを生むとは。あえて訂正するべきか考えていると、アリエッタが視線で任せろと伝えてきた。
「別に貴族という訳ではないのよ。さっきも話した通り、私の父はごく一般的な人形師だったわ。ただ、両親の遺産がそれなりの額だったものだから、傷心旅行に出てみようと思っただけなの」
「ああ、なるほど……」
両親共に死んだと聞かされて、朗らかなイハナも静かになってしまった。
気まずい雰囲気になるかと危惧したその時、ちょうど犬車が停まった。
「おっ、着いたっすね! ささっ、お二人ともどうぞどうぞ」
イハナは切り替えの早い子なのか、ぱっと明るくそう言って私達の降車をうながした。
眼前に、大きな石造りの城がそびえ立った。生きていた時分に一度も城なんてものを見た事が無かったので、これはなかなかに圧巻だ。
ただ、居住用の城として造られているのか、非常に小規模であった。アインツールに在った屋敷なんかよりは断然大きいが、城砦と呼ぶにはややひ弱だ。丘の上という限られた土地に建てる以上は、こんな物なのだろう。
「私は犬を小屋に連れて行くので、先に行っててほしいっす。私の客だと言えば、伝わると思うっす」
そう言って、イハナは犬車に乗ったまま行ってしまった。
言われた通り、アリエッタと共に城の敷地へと入る。領主の住まいへそんな簡単に入れるものかと疑っていたが、思いのほかすんなりと入れてしまった。
立派な外観とは裏腹に、城の敷地内に守衛の姿は見当たらない。それどころか、城に人の気配は一切なかった。古びた外観も相まって、なんだか幽霊の住処みたいだ。
「……アリエッタ、私が先に入ります」
「ええ。分かったわ」
イハナが私達を嵌めるとは思えないが、私はその程度の根拠で油断できる程、平和に生きてはいない。
アリエッタを庇える位置に立って、中に入る。入り口の木製扉は、私達が中に入ると独りでに閉まった。その音がいやに不気味に城内に響き渡る。
またも独りでに松明やロウソクが灯り、真っ暗なエントランスをぼんやりと照らし出した。
不気味すぎる。自分がいまさら幽霊に怖がる事は無い……と思いたいが、ここは本格的にお化け屋敷の様相を呈していた。
「あら、見慣れないお客様ですこと」
美しい女性の声が、エントランスに響いた。二階の火が灯り、階段の上に立つ女性の姿が照らし出された。
女性は人間離れした美貌の持ち主だった。髪は脱色したような透明な白髪で、その肌も同じく雪のように白かった。彼女のまとう深紅のドレスがその白さをより際立たせている。
「旅のお方ですか? もしや、山の中を迷ってしまわれたとか?」
紅い瞳を優し気に細めて、女は言った。包容力のあるその声に、私は不思議な心地よさを感じてしまう。
後ろに立つアリエッタが叫んだ。
「ミュー、気を付けて! 彼女は吸血鬼よ!」
その指示に、私はすぐさま戦闘態勢をとる。
私が構えたのを見て、女はくすくすと嗤った。
「あら、バレてしまったのね。残念。できれば手荒な方法で血は採りたくなかったのだけど……まあ、食べてしまえば同じ事かしら?」
女はそう言って、妖艶な笑みを私達に向けたのだった。
つづく