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讐牟D.C.滅亡都市  作者: 天音ろっく
◆ノア・セラム◆age19

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16/16

讐牟




 突然意識を失ったエヴァを抱きとめると、そっとシートの上に寝かせてその場から離れる。その足で奥の方にいるツバキ達の元へとやって来ると、なにやら深刻そうな顔を浮かべているユリ達。



「一体、これはどういう症状なんだ……?」


「……わかりません。私もこんな症状を見るのは初めてで……」



 そんな二人の視線を辿って見てみると、苦悶の表情を浮かべながらも昏睡しているアララギがいる。その顔には魚の鱗のような模様が浮かび上がり、どうみてもただの病気とは思えない。

 よくよく観察してみると、模様というより肌自体が変質しているようだ。



「……ツバキ。エヴァが倒れた。どうやらアララギと同じ症状らしい」


「……え?」



 振り向きざまに声を上げたツバキは、大きく見開いた瞳を丸くする。



「た、たたた、倒れたって……! アララギくんと同じ症状って、一体なぜ!? 私の見立てでは、これは感染するような病気ではないのに!」



 よほど驚いたのか、パニックで慌てふためくツバキ。



「施設で注射されたらしい。おそらくそれが原因だ」


「注射……? もしかして、予防接種のことか? だが、さっき聞いた時は知らないって……」



 俺の言葉を聞いて、困惑した表情を浮かべるユリ。まあ、無理もない。確かにエヴァは何も知らないと答えたのだから。



「昨夜から熱があったのも隠していた。きっと言えなかったんだろう」


「そうか……」


「……」


「あ、いや。別に責めてるわけじゃないんだ」



 少し俯き加減だった顔を上げると、すぐ隣にいるツバキに視線を向けたユリ。



「ツバキ、エヴァを診(み)てきてくれるか?」


「わ、わかりました」



 動揺の隠せないツバキは、軽く荷物をまとめると医療キットを抱えてエヴァの元へと向かう。そんなツバキの背中を追いかけると、すぐさま診察に取り掛かったツバキを見守る。



「左腕に黒い斑点がある」



 そんな俺の言葉を受けて袖を捲ったツバキは、エヴァの左腕に浮かび上がった斑点を見て驚愕する。



「っ、これは……!」


「アララギと同じか?」


「……はい、おそらく同じ症状です。それにこの高熱も……」



 そう言ってエヴァの額に手を当てたツバキは、眉間に皺を寄せると固い表情を浮かべる。



「一体、何の注射を打たれたらこんなことに……。エヴァさんは他に何か言っていましたか?」



 ツバキの言葉に促されるようにして、エヴァが倒れる直前に口にしていたことを思い返す。

 確か、空気汚染の予防接種だとか言っていた。改めて考えてみると、施設で出会った時にもそんなことを言っていた。



『──外は空気汚染されてるって聞いたから』



 おそらく、施設職員からそう聞かされていたのだろう。



「…………。空気汚染の予防接種だと言われたみたいだ」


「空気汚染……? 外は何か、有害なもので汚染されているのでしょうか……? でも、高熱はともかくあの模様は……」



 何やらブツブツと呟き始めたツバキは、顎に手を当てて思案する。



「例え空気汚染が原因だったとして、私達とエヴァさん達との違いは……?」


「……」


「私達は予防接種だって受けていないのに……。それに、あの鱗のような模様は説明がつかない」


「……」


「あれは見るからに細胞レベルの変異としか……」



 ツバキのその推察は妥当だろう。専門的な知識などない俺でも分かる。アララギのあの症状は、ただの空気汚染が原因だとは考えにくい。

 熱い呼吸を繰り返すエヴァを見て、未だブツブツと独りごちっているツバキに声を掛ける。



「ツバキ。この症状はどうにかならないのか?」


「……! あっ。この高熱ですよね」



 俺の声に反応して我に返ったツバキは、エヴァの額に浮き出た汗をハンカチで拭い取る。



「おそらく、解熱剤では効果がないと思います。アララギくんの熱も下がりませんでしたし……」



 そう告げると、こちらを振り返ってコクリと小さく喉を鳴らしたツバキ。



「あの……すみませんが、ユリさんを呼んできてくれませんか? ちょっとお話ししたいことがあります」


「話したいこと?」


「はい。私の憶測に過ぎませんが……」



 やけに神妙な面持ちで頷いたツバキ。おそらく、それだけ重要な話なのだろう。

 チラリとエヴァの様子を窺(うかが)うと、昏睡中にも関わらず苦悶の表情を浮かべている。その様子から、どれほど身体が辛い状況にあるのかがよく分かる。



「……わかった」



 短くそう答えると、俺はユリの元へ向かうためにその場を後にした。




◇




「──ツバキ。エヴァの様子は?」



 少し硬い表情を浮かべながらそう尋ねたユリは、シートに横たわっているエヴァへと視線を落とす。そんなユリの存在に気付いたツバキは、診察中だった手を止めるとその場で立ち上がった。



「腕にある黒い斑点と異常なほどの高熱……これらの症状から、アララギくんと同じ状態だと思われます」


「そうか……」



 一瞬にして重い空気が流れる中、再び口を開いたユリ。



「それで、話っていうのは?」


「…………」



 エヴァを見つめたまま押し黙るツバキ。その様子からして、よほど話しにくい内容なのだろう。



「……? ツバキ?」


「…………。ノアくんの言うように、これらの症状は注射が原因の可能性が高いです」



 ユリに促されるようにしてそう告げたツバキは、エヴァを見つめたまま話し続ける。



「どうやら、空気汚染の予防接種だと説明されていたようですが……」


「空気汚染!? 外は汚染されているのか?」


「わかりませんが、少なくともそれが原因の症状ではないと思います」


「……じゃあ、その予防接種が原因なのか?」


「はい、おそらくは……」


「……」



 エヴァを見つめたまま苦々しい表情を浮かべたユリは、その両手をギュッと固く握りしめる。



「こんな副作用のある注射を子供に打つなんて……」

 


 その言葉にピクリと肩を揺らしたツバキは、言いにくそうにしながらも、けれどハッキリとした視線をユリへと向ける。



「ユリさん……。この症状は、副作用なんかではありません」


「副作用じゃない……? じゃあ、副反応か?」



 ユリの言葉を受けて、小さく横に首を振ったツバキ。



「いいえ。アララギくんの皮膚に浮き出たあの模様……あれは、どう見ても細胞レベルでの変異です」


「変異……」



 ポツリとそう呟いたユリは、一度エヴァへと視線を向けるともう一度ツバキへと視線を戻す。



「じゃあ、二人のこの症状は一体なんなんだ?」


「…………」



 途端に顔を曇らせたツバキは、酷く言いづらそうにして顔を俯く。そんなツバキの様子をただ黙って見ているだけのユリは、このまま静かにツバキが話し出すのを待つつもりでいるらしい。

 だが、俺にはそんなつもりは毛頭ない。



「ツバキ」



 促すようにして名前を呼ぶと、それに反応するようにしてゆっくりと顔を上げたツバキ。



「……っ。前に……施設で働いていた時、ある噂を耳にしたことがあるんです」


「噂……?」


「……はい」



 そう語り始めたツバキは、ユリの声に頷きながらも言葉を続ける。



「今から二十年ほど前、政府はある地球外生命体を発見したんだそうです」


「地球外生命体!?」



 にわかには信じ難い言葉に、驚きの表情を見せるユリ。



「……あくまでも噂です。私だって信じてはいませんでした。実際、働いていた時もそんなものは見ませんでしたから」


「そ、そうか……」



 なんとなく納得した素振りを見せるユリ。だが、だとしたら何故、ツバキは今こんな話を切り出したのだろうか? 



(まさか、その地球外生命体があのバケモノだとでも……?)



 その意図が分からず、黙ってツバキの言葉に耳を傾ける。



「政府はその事実を一切公表せず、秘密裏にその生命体を調査していたそうです」



 そう告げながら語られてゆく内容は、驚くものばかりだった。


 発見当初から様々な実験を通して地球外生命体を調査していた政府上層部。その過程で、その生命体が人類より遥かに優れた生命体であることも分かった。すると、今度はこれを軍事利用できないかと考えた上層部。一部の反対する声を押し切り、ついには非人道的な実験にまで手を出し始める。

 


「おそらく……それが原因で内部での反発も高まり、それが噂となって囁かれていたんだと思います」


「一体、政府はどんな実験をしていたんだ……?」



 ゴクリと喉を鳴らしたユリは、真剣な眼差しでツバキを見つめる。そんなユリの瞳を静かに見つめ返すツバキは、少し震える口元をゆっくりと開いた。



「讐牟(シウム)計画……。そんな実験が、本当に存在していたなんて……っ、」


「シウム計画……? まさか、その実験は──」


 

 そこまで言いかけて、ハッとしたような表情を見せたユリは、シートの上に横たわっているエヴァへと視線を落とす。そんなユリを見て、悲痛に顔を歪めて俯いたツバキ。

 

 

「…………っ、人体、実験です……」


「……」


「…………」


「おそらく……、エヴァさんやアララギくんが打たれた注射は、予防接種なんかではありません」



 静かにそう告げるツバキを見て、その視線をすぐ隣にあるシートへと移す。するとそこには、相変わらず苦しそうな呼吸を繰り返すエヴァがいる。

 


「これがその、人体実験なのか?」



 静かにそう尋ねると、小さな声を絞り出したツバキ。



「……っ、はい。憶測ではありますが……」


「……」



 にわかには信じ難い噂由来の憶測とはいえ、空気汚染が原因だと言われるよりよほど納得がいく。とはいえ、まだ確信するには根拠が足りない。

 そう感じたのは俺だけではなかったようで、それまで黙ってエヴァを見つめていたユリが口を開いた。



「その噂の出どころは確かなのか? そんな実験……到底許されるとは思えないが」


「そう、ですよね……。実際、私が聞いた話でも、人体実験が秘密裏に行われているとも、反対されて実現には至っていないとも言われていました」


「だから憶測の域を出ない……、か」


「……はい。でも、噂の出どころだけは確かです」



 そう言って顔を上げたツバキは、真っ直ぐな瞳でユリを見つめる。



「私にその話を教えてくれたのは、私の恋人です」


「恋人が……?」


「はい。彼は私とは違って、とても優秀な生物学者でした」


「……でした?」



 妙な言い回しに疑問の声を上げるユリ。そんなユリの言葉を受けて、少し悲しそうに微笑んだツバキ。



「数ヶ月前、事故で亡くなってしまったんです……」


「そ、そうか……。立ち入ったことを聞いてしまって、すまないな」



 気まずそうに頬をかいたユリは、一度咳払いをすると顔を引き締める。



「それで、その恋人の話は信じられるのか?」


「はい」



 力強い眼差しでそう答えたツバキは、真っ直ぐにユリを見つめたまま話し続ける。



「実は、政府が地球外生命体を発見したという噂は、政府で働く人間なら誰もが一度は耳にする、いわば都市伝説のような噂でした」


「……」


「……」


「誰も本気では信じていなかったんです。だって、この手の話ってありがちじゃないですか」



 確かにツバキの言う通り、この手の話は政府研究施設にはありがちな噂だ。実態や規模が外側からは見えないからこそ、あらぬ想像を膨らませ易いのだろう。

 とはいえ、それは民間人からの視点だ。そう思って口を開く。



「何故そんな噂が立つんだ? 働いてる人間なら、嘘か本当かわかるだろ」


「普通はそう思いますよね……。でも、皆さんが想像するよりも、遥かに政府の規模は大きいんです。施設の数も把握しきれないほどでしたし、その実態なんて全くわからないんです」


「……」



 言われて思い返してみると、外界から隠されるようにして存在していた地下施設。もしかすると、あの施設の存在すらツバキは知らないのかもしれない。



「じゃあ、実験の噂はどうやって知ったんだ?」


 

 ユリの言葉に、チラリと視線を向けるツバキ。



「ある日、私の勤めていた生体異常研究施設の主任に、上層部からの呼び出しがあったんです。特別アクセス計画の協力要請だとかで……」


「特別アクセス計画?」


「はい。政府上層部の中でも、限られた人だけが知ることのできる、最高機密研究です」



 そこまでの話を聞くと、コクリと息を呑んだユリ。



「その時に呼び出された主任が、私の恋人なんです」


「じゃあ、噂の出どころっていうのは……」


「はい。その協力要請で出向いた先で、彼が見聞きしたものです。と言っても、証拠になるようなものは何もないのですが……」


「……」


「……」



 俯いたツバキは、小さな声で言葉を続ける。



「彼は、そんな人体実験など実現させるべきではないと……告発を考えていました。でも、そんな矢先に事故に遭ってしまって……っ、」



 おそらく、その恋人が亡くなった原因は、単なる事故などではないのだろう。タイミングが良すぎる。そう考えているのは、きっと俺だけではないはずだ。

 悔しそうに涙を浮かべているツバキを見て、そっと静かに視線を逸らす。



「まさか、あのバケモノのことだったなんて思わなくて……」


「……シウム計画のことか?」


「はい。でも、よくよく考えてみれば気付けたことなんです」


「……?」


「大学で古代語を専攻していたくせに、私って本当にバカなんだから……」



 独りごちりながら胸ポケットからボールペンとメモ帳を取り出したツバキは、サラサラとペンを走らせる。



「……これって、仇なす牛って意味なんです」



 そう告げながらツバキが見せたメモ帳には、「讐牟」という字が書かれている。



「これは……?」


「遥か昔に栄えた国の言葉で、讐牟(シウム)と読みます」


「……シウム」



 ポツリと小さく呟いたユリの言葉に応えるようにして、コクリと頷いたツバキ。



「おそらく、あのバケモノの名前です」


「……!」



 あのバケモノの咆哮と結び付いたのか、瞳を大きく見開いたユリ。



「これは私の憶測にすぎませんが……。何かの原因で大量発生した讐牟(シウム)を前に、ついに政府は人体実験を開始したのではないでしょうか……?」


「民間人を利用して……、か? それも、なんの同意もなく」


「はい……」


「……っ、」


「実際、これまでも様々な噂は聞いていましたが、本当に人体実験なんてものが行われていたとしたら、きっとその情報はどこかから漏れていたはずです」


「…………」


「でも、そんな確かな情報は耳にしたことがありませんでした。おそらく、実現には至っていなかったからです。でも……」



 そこまで一気に吐き出すと、急に押し黙ってしまったツバキ。確かにツバキの言う通り、そんな実験が既に行われていたとしたら、反対している職員達の中から情報が漏れていてもおかしくはない。

 なにより、そんな実験に協力を申し出る被験者がいるとは思えない。そんな状況に、上層部の人間はさぞやあぐねいていたことだろう。


 そんな時、一瞬にして崩壊したニゲラ。それは文明の崩壊を意味すると同時に、思いあぐねいていた上層部の人達にとって、最高の免罪符になったに違いない。



「…………。シウムへの対抗手段として、人体実験を強行したということか?」



 静にそう告げると、いたたまれない表情で頷いたツバキ。そんなツバキの反応を見て静かに目を伏せた俺は、その視線をシートへと移すとエヴァを見つめる。

 その場で静かに俯くユリとツバキを近くに、電車内に小さく響く苦しそうなエヴァの呼吸音。そのなんとも言えない空気が漂う中、その場を支配したのはただ静かに流れる沈黙だけだった。


 


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