二章 ゾンビだらけの村と千葉県民たち 3
《秋葉原~秋葉原~》
おれたちは駅にいた。
どこかしこもロゴの色と同じ植物に覆われていて、本来の意味とは違うはずなのにコンクリートジャングルという言葉を思い出させた。
ロックダウンは既に解除されていて、地方への交通自体は可能だ。
だからといって、現在では駅の人員も電車も不足しているため、総武線は一日一本しかなかった。
その日帰りなんて気軽に旅行みたいなことはできない事実を、おれは重苦しく感じた。
「うわー電車さんだよー。四角くて大きいねー!」
ホームドアに張りついて覗きこむつゆ。
おそらくマスクの下は、おれのどんよりとしたものと違って、キラキラと輝いていることだろう。
怪しまれないために、昨日、米岡が帰ってから買っておいた。
本人がマスクそのものを嫌がっていたうえに、デザインの好き嫌いが激しくてショッピングが長引いてしまった。
電車のドアが開くまで、兎の長い耳を、前後に振って楽しんでいた。
「あれ? いつまでたっても開かないよ」
「どういうことだ?」
ふたりして不思議がっていると、車掌の人が窓から顔を出してきた。
「お客さん。ボタン押してください」
「あーそういう仕組みだったか」
長らく利用していなかったため、すぐに思い浮かばなかった。
お礼を言おうとしたところで、おれを見て車掌はハッとする。
「あんた、この前キグナスを馬鹿にして社長をぶん殴ったガレキ撤去」
どうやら悪名は誇張して広まっていたようだ。
「キグナス好きの俺からしてみりゃ、あんたみたいなのは乗せたくないな」
「金ならちゃんと払いますよ」
「そういう問題じゃないんだよな。まあ俺は雇われの身だから、個人の感情は置いておくよ。娘さんの手前、悪いしね」
なにやら誤解があったが、訂正するのも手間なので無言でボタンを突いた。
炭酸ジュースが溢れていくような音をたてながら開く。どうやらおれら以外の客はいなかったようで、席はガランと空いていた。
動き出すと全体が揺れた。
振り子運動をする吊り革を見上げながら、ひと席空けておれとつゆは隣に座った。
「うわー窓が動いてるよ。テレビみたい」
「タイムスリップの反応が逆転してるな」
「ねーねー。ちょっと物真似するから見てて」
ガラスにベッタリ張り付いていたと思いきや、おれのほうへ全身を向ける。
ほんとせわしないやつだった。
どうせまた動物かなんかだろう、と一切似てない物真似に愛想笑いする準備をする。
つゆはクール気取りの真顔になって、
「金ならちゃんと払いますよ」
「おれのじゃねえか!」
バシン
つゆは、はたかれた頭をおさえた。
「だってすごいダサかったんだもの!」
「そう思っているなら真似なんかするんじゃねえよ」
なんか恥ずかしくなってきたわ。マスクでよかった。ちょっと顔が熱い。
つゆは座席からジャンプして降りる。
「じゃあ見学してくるね」
「変なもの触って壊すなよ」
はーい、と大声で返事してつゆは違う車両へ走っていった。
ここなら逃げ場なんかないし、つゆの背丈じゃ押したらマズい系のボタンとかは届かないから大丈夫だろ。
おれは肩の荷が下りた思いで、景色でも眺めてリラックスする。
浅草橋を過ぎて、両国付近を通っていく。
外にあるのは、森だった。
近代的な道路も建物もここからじゃ全くといっていいほど見えない。代わりにあるの、木や草ばかりだった。有名だった博物館や美術館、また大学なども跡形もなく壊れていた。国技館に至っては、土俵を巨大樹が突き破っていた。街一帯が、自然に呑みこまれていた。
都だからといって、無事では済んでいなかった。
封鎖しようとも、感染の理が判明していなかった状態では内側から崩壊していくのが道理だ。キグナス設立が東京じゃなかったら、今日まで出会った人の大半をおれは知らなかったかもしれなかった。
龍のような形の籠は、敷かれたレールに導かれていく。
荒れ果てた大地、海に沈んだ都市、人間ではなく獣とZが跋扈している街。かつての故郷とは見違えた光景が、ガラス一枚を通しておれの目に映されていく。
おれはセンチメンタルな気分に浸って、紙巻を吸うことにした。
シャアアア
「ちょっとお客さん。なにやってるの!?」
「あははは。水浸しだー」
スプリンクラーから流れ出た水は、紙巻の先の火を消して、おれの全身を濡らした。