ゾンビだらけの宗教と後輩メイド 7
「奇跡のやりかたを教えてやる」
つゆの隣まで移動したあと、部屋中に響かせるようにおれは言った。
当然、反感を持つ信徒たち。
「なにを言っている貴様! 信者は教主様の邪魔をしないよう黙って立ち位置へ戻れ!」
「……彼は信者ではない」
「えっ?」
「そういうことだ。まあメイド以外とは接触をほぼ断ち切られていたから、知らないのもしょうがない」
「で、ですがこの男は教主様に失礼を」
「失礼はどっちだ。おれは葬逆梅人。さっきまでそこの教主様とやらに、勝手に死んだ扱いされていた男だよ!」
正体を知って、部屋にいるほとんどの人間がざわめき始める。
ぽん、と信徒のひとりがなにか閃いたように顔を青ざめさせておれを指さす。
「そうか。Zだ」
「はあ?」
「Zだから殺しても蘇ったんだ! 教主様へ復讐をしようとしにきたんだ!」
「Zなら殺せ!」
「身体を粉々にしろ!」
殺意はすぐに浸透し、おれを殺そうと躍起になる。
浴びせられる殺人コール。
「己の都合のいいように事実を捻じ曲げるか。素晴らしいマインドコントロールの手腕だ。おれも見習いたいものだね」
「梅人生きてた! よかったー!」
「ひっつくな。うっとうしい」
つゆは椅子から飛び上がって、コアラのようにおれの腕へ抱きつく。
非力なおれの腕だと耐えられずにどんどん地面に下がっていくのに依然も離そうとしない。少女はただひたすらおれの無事を喜んでいた
「殺せ! 殺せ!」。
「……」
信徒たちとは真逆に、おれの生存を目の当たりにしてから押し黙っている嫦娥。
おおかたこのまま暴走したこいつらにおれが私刑されることでも願っているんだろう。
自分の手は一切汚さずに、綺麗なままの状態で差し伸べて聖人気取りでより自分への依存を深くする逆転サヨナラタイムリー。
だが、そうはいくか。
おれは水の入ったガラスコップを掲げて見せつける。
「さっきも言った通りだ。これから奇跡のやりかたってやつを教えてやるよ」
「馬鹿め! おまえに教主様と同じことができるわけがないだろうが!」
「身の程知らず!」
「そうよ。教主様以外の方にあの温かい氷が作れるわけがないわ!」
「……」
「それができちゃうんだよな~」
前にここでやられていた通り、おれは水中に手をつっこんだ。
「――」
結果を見て、一斉に沈黙する信徒たち。
おれはテキトーなところへ投げつけた。
ガチャーン!
硬いものが砕ける音。ガラスとともに氷の破片が散った。
「……本当に温かい氷だ。教主様と同じものだ」
「他にもできるぜ」
「なんだと!?」
氷を触って確認する信徒たちの前で、おれは他の奇跡も披露する。
灰を炎へと還し、風車を風もないのに回し、雷を浴びても無傷で、金貨を消失させた。
己の教主様と完全に同じ結果に、誰もが目を丸くする。
パチパチ
いや訂正。ひとりだけ純粋に目をきらきらさせて楽しんでいるガキがいた。
「うわー! ねえねえそれどうやったの梅人!?」
「なんでおまえに説明せにゃならんと言いたいところだが、みんなビックリし過ぎて誰も聞いてこないからこのまま答えることにしよう」
「ミスターバイットのハンドパワーの説明のはじまりはじまり~」
「おまえ妙に知識が古い時があるよな。漫画のせいか? まあいいや。おれがやったのは確かにハンドパワーちゃハンドパワー。ようするに奇跡なんかじゃなく、全てタネのある手品だ」
「て、手品だと!? 何度か見たことあるが、こんなのはなかったぞ!」
「そりゃそうだ。一般的な手品とはまた違うもの」
「どういうことだ?」
「酢酸ナトリウム」
「……塩のことか。あれがどうした?」
「それは塩化ナトリウムだが、まあやってることは近いな。塩やその酢酸ナトリウムを加えると、水の凝固点が変動するんだ」
「ああ。それは知っている。湖は凍るのに海水が凍らないのは、それが原因だと」
「ここまで言えば勘のいいやつなら分かると思うが――」
「つゆ。よく分かんない」
「酢酸ナトリウムは逆で、凝固点が上昇つまり温かくても凍るようになる」
本当は自分で気づいてもらったほうが納得されやすいためよかったのだが、おれは話す予定のなかったことを最後まで説明した。
懐に忍びこませていた酢酸ナトリウムの缶を取り出す。水に手を入れる直前に、これをつけたのだ
「灰を炎にするのはテルミット反応。アルミホイルを着色で誤魔化した風車は静電気。雷の無力化は派手なようでいて電流を低くしていた。コインを見えなくしたのに至ってはただの光の屈折」
「……」
「全部ただの化学反応だ! しかも以前ならば小学校でもやっていた子供騙しがほとんど。教育の失われた世界感染に乗じてよくやったよあんたは」
「そうやって未知を現代科学に落としこんで否定するつもりか? かつてそれと同じことをやってどれだけ多くの命を失ったと思っている?」
ようやく喋った嫦娥。
だがおれはそのまま畳みかけるように叫ぶ。
「ただのビタミン剤をZを治す薬と称して売ったやつに言われたくねえよ!」
「――」
「前回、おまえが出会っていた家族に面会して薬と娘さんの状態を調べさせてもらった。あの娘はただの重い風邪だ。普段は地方に住むあの家族じゃろくに医者にもかかれないからな。だからあんたのところの信徒の言葉を簡単に鵜呑みにしちまった」
「……」
「あんたのその言葉だけは正論だ。科学を行うものとしては未知だけではなく常識さえも疑うべきで、未知は拒絶するものではなく歓迎するものだ……だけどだからこそ、その発言であんたはこっち側の人間だと分かった」
「……」
「てめえは奇跡を扱う救世主なんかじゃなく、詐欺で無知の人を引っかけるカルトの教主だ! おれと同じ金勘定のために人の心を失った汚い商売人だよ!」
否定はしない。商売としては儲けられたという結果を出された時点で認めざるをおえないし、たとえ子供騙しといえど救われた人間だって少なからずいるはずだ。騙されたやつだって、無知は罪だということを思い知りながら勝手に逆恨みしてろ。
でもこいつは、つゆをおれから奪おうとした。
おとなしく金だけ渡していればいいのに、おれの将来の収入源を横取りしようとしやがって。こうなったら商売敵として潰してやるよ。
「ど、どうなんですか教主様?」
「奇跡はありますよね?」
「……」
もはや半信半疑になっている信徒たちは、救いを求めるように幕の前に群がっていく。
どんな答えでここからひっくり返そうとしてくるのか、おれは期待して待つ。
見事にカリスマ溢れる発言で味方を取り戻したら拍手喝采でおれ自身がカルト教団を設計した時の手口として学ばせてもらうし、みっともなく失言を繰り返すならネチネチと責めたててここの資材を頂かせてもらう契約を結ばせよう。
「梅人……悪い顔してる……」
ひいているつゆ。
なに稼いだ金で美味い飯でも奢ってやればすぐに懐くだろう。
高みの見物で事態の進展を伺う。
「教主様。どうかあの不届き者に天罰を」
「……」
「教主様!」
信徒どもは物言わなくなった教主に痺れを切らして、今までは強固な壁となっていた幕に手をかけた。
ペラッ
薄い布が捲れて、その先のものを目にした人間は凍りついた。
――その次の瞬間、部屋中の人間が地面へ這いつくばった。
なんだこれ。重っ。
足のつま先から頭の天辺まで均等になにかにのしかかられる感触がする。信徒もメイドたちも同じ状態で指一本とて上げることができなかった。
「中々の推理だったよ葬逆梅人。ひとつを除いて、きみは答えに行き着いていた」
おれはつゆの前で行われていた鉄の箱を持ち上げるトリックだけは解いてないのを思い出した。
天井から潜りこんだりして部屋を調べたが、ワイヤーなどの類は発見できずに仕掛けが不明だった。
「有名なイエスキリスト以外にも聖人は多くいて、かつてモーセという男がいた。彼は神の言葉を聞くことができて予言として伝えたが、民衆は複数の現象を前にするまで神の存在を信じられなかった。世界の大半を占めている凡人とはそういうものだよ」
「複数。まさか?」
「たったひとつだけだが、朕は本当に奇跡が扱える」
幕からいつものように出てくる白い手袋。
だんだんと伸びていき手首を越えた途端、嫦娥の肌が露になった。
「ひぃいいい!」
腕だけでなく、全身を見せた嫦娥に怯えの声があがる。
腐り落ちたかのようにどす黒い肉。顔面は目は瞼が欠けていることで爬虫類のように突き出していて、鼻も唇もなかった。その下はところどころがドロドロと液体状になっていて、床を踏みしめるたびにネチャッとした音が聞こえる。
清潔な手袋からは想像もできなかった醜悪な正体。
それはZ以上に見るに堪えないものでありつつも、どこかZを思わせた。
「便利な手足だった教団を失うのは惜しいが、もう欲しいものは手に入れた」
「蜜霧か」
「そうだ。あれさえ解明できれば、この穢れた体も元通りになるはずだ。いやそれだけじゃ足りないかもしれない。だから――」
「つゆ。逃げろ!」
「?」
椅子に座ったまま呆然とおれのほうを見ているつゆ。
嫦娥の目的が判明した。やつはこのZにならない世界で唯一の少女を手にしようと、おれを亡きものにしようとしたのだ。
だがおれの必死な声も届かないのか、この謎の力によって束縛されたつゆのほうへ嫦娥は一歩一歩着実に近づいていく。
「さて。このへんでいいだろう」
「……」
「朕の正体を知ったからには、ここで全員、死んでもらうしかない。この位置で放てば、その少女だけは助かる」
嫦娥は途中で止まると、両手を近づける。
そのまま思いっきり力をこめると、黒い球体が出現した。
「小型ブラックホールだ」
「なんだと!?」
「朕は星を操ることができる。まさしく奇跡だが、まさか子供騙しのほうが信じられていたとは分かっていたとはいえ本当にショックであったよ」
星の操作。そうか、おれたちが這いつくばっているのは重力の影響か。
だが奇跡とやらの現象が把握できても、なにもできない。それはかつて津波や地震を理解しても対策が及ばなかったように災害じみたものを感じた。
「創造とは破壊によって生み出されるもの。この星の破壊の力を行使することによって、朕は神となろう」
嫦娥は手を離して、ブラックホールの制御を外そうとする。
こうして手をこまなくどころか、おれたち人間は一方的に殺戮されるしかないのか。
Zのようにちょっと前までは予測すらできなかった絶望の襲来によって、おれたちは破滅への道を落ちていく。
シュボンッ
つゆが両手を合わせると、小型ブラックホールは蚊のように潰れた。
「はっ?」
馬鹿面を晒す嫦娥。
いやしょうがなかった、だって、ひとりの少女を除いてみんな似たような表情になっていた。
いつのまにか移動していたつゆは、嫦娥へ怒る。
「あぶないのはだめ!」
まるで同年代の子供が包丁を握ったことを叱るような言いかた。
あまりにも軽い物言いに、さっきまでの緊迫感がどこかへ消え失せてしまった。
「なるほど簡単には手に入れらぬということか」
茫然自失としていた嫦娥が自分を取り戻したかと思うと、おれたちにかかっていた重力が消えた。
「ならば朕の全力を注ぎこんだ国ごと呑みこむこの巨大ブラックホールで――」
「えいや」
さっきの指まで揃えた丁寧な拍手と違って、大きな音をたてる拍手。
それだけで大きくなっていくブラックホールが縮小して、さらにはまた消えていった。
ぷにぷにの小さな手を広げて待ち構えるつゆを前にした嫦娥は体を反転させる。
「くっ。今日のところは退却させてもらう。だがいつかまた、きみを手に入れるために再び現れよう」
おそらく緊急事態のための隠し通路でもあるのか、嫦娥はまたしても幕の向こうへ帰ろうとする。
シュバッ
「おまえ……は……」
振り返ったと同時に、嫦娥の首から上が吹っ飛んだ。
力なく倒れる肉体。
そこに斧の刃が落とされた。
斬るというよりは叩き壊すように何度もぶつけられる。
「死ね! 死ね!」
怨念ともに高熱のハルバードを振り下ろすのは、おれの後輩メイド――高芸だった。
冷却鋸とはまた別に対象を炙ることによって脆くしていく。
この場で灰にでもする勢いで、嫦娥を刻みつける。
なぜ彼女がこんなことをするか?
その答えは、かの連続殺人鬼である死神と嫦娥が同一人物だからだ。そしてさらにつけ加えるなら、高芸亜美が死神の被害者の遺族だということだ。
おれがそれを知ったのは、リッキーの家の従者からだ。
あの妙齢の女性がかつて仕えていたのが高芸の家だった。
おれは、数時間前に高芸とした会話を思い出す。
『おまえたちの教主が死神だ』
『知っています』
ハルバードの刃を、彼女は直前で止めてくれた。
『死神の襲撃先を調べれば一目瞭然でした。死神が殺しをしたことで得をした人間を突き詰めていくと、あの嫦娥が浮かび上がります』
『じゃあなぜあいつに仕えている? おまえの家族を殺した男だぞ』
『復讐のためです』
『……』
『あいつを殺すための機会をずっと探って、また決して復讐相手を間違えないように証拠を探していました』
『あったのか? 決定的な証拠が?』
『ええ。わたし、犯人の顔を見たことがあったんで。絶対にあの晩のことは忘れるわけありませんから』
『……』
『先輩。後輩っぽくひとつ相談してもいいですか?』
『いいけどなんだ』
『復讐って馬鹿げたことだと思いますか?』
『ケースバイケースだな。一概に復讐といっても色々ある。だが、おまえの復讐はアホのやる行為だと思う』
『なぜです?』
『金にならないからだ。おれが復讐をするとしたら、悪行を相手の弱点として使ってそこを責めて金をむしり取っていく。おまえのただ命を奪うような非生産的な復讐は、そこらの子供の喧嘩と一緒で自分の癇癪を済ませたいだけの行為だ。失ったものより、まず自分の幸せを考えろ。死人はZと一緒で、生者にはなにも与えない』
『ふふっ』
おれの答えを聞くと、メイドは花開くような微笑みをおそらくマスクの下でした。
『――やっぱりそうだったんだ。わたしの時間は、あの時のまま止まっていたんだ』
「か、金はやる。地位もやる。幸せもやるから助けて」
ブチャッ
溶けかけの飴玉が噛み砕かれるように、嫦娥の頭蓋骨は破砕した。
「幸せだけはもらうわ。わたしの幸せは、あなたが死ぬことよ」
こうして、オークション代行の仕事は終了した。
これにて第二章が終了です。
よろしかったらご感想ご意見お待ちしています。
あと次の章がまだ書けていないので、しばらくペース落ちながら幕間が続きます。




