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100年後の眠り姫  作者: 菱沼あゆ
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よく考えたら、ほんとうに突然ですよ

 

「眠っているお前の顔を見てたんだ。

 100年もひとりで眠っていて、孤独だったんじゃないかと思うのに。


 お前は穏やかにうっすらと笑っているように見えて。


 口をきいたこともない。

 起きて動くお前の姿を見たこともないのに。


 ……何故だが、お前となら長い人生を共にできる気がした」


 わかる気がする、と私は思っていた。


 私もあなたを見た瞬間、これから歩むのであろう静かで穏やかな人生が見えた気がしたから――。


「お前の……名前はなんと言うのだ?」

と言った王子に、私はちょっと笑い、


「私も今、訊こうと思ってました。

 あなたのお名前はなんとおっしゃるのですか?」

と言った。


 いや、まず訊け。

 結婚を申し込む前に、という小悪魔の声が聞こえた気がした。




 王子と語らっている間に、足に巻き付いていた呪いのイバラは消えていた。


 私は王子に手を引かれ、立ち上がったが、

「ちょっとお待ちいただけますか?」

と言って、窓辺に引き返した。


 ぬいぐるみのこぐまを抱き上げる。


 小悪魔がこの中に居るわけではないのだろうが。


 ぎゅっとそれを抱きしめた。


 そんな私を見て、王子が言う。


「大事なものなのだな。

 汚れを払って、日当たりのよい窓辺に飾ってやるといい」


「……はい」

と見上げると、王子が困った顔をする。


 どうしたのだろうと思っていると、

「そういえば、キスしたらお前は目覚めるという話だったな」

と言い出した。


 いや、忘れてたのか……と思ったとき、

「……お前が勝手に目覚めてしまったから、タイミングを失った」

と王子は赤くなって言ってきた。


 ちょっと迷ったあとで、王子は私と目を合わせる。


 どちらからともなく、少し笑い。


 王子がそっと口づけてきた。


 すると、今まで、ただ棘を突き出し、塔に巻きついているだけだったイバラが一斉に花を咲かせた。


「私はお前をキスで目覚めさせたわけではない。

 私はお前の運命の相手ではないかもしれない――」


 そう言う王子に私は言った。


「……誰が運命の相手でも関係ないです。

 100年待って、私があなたを選んだのですから」


 そう。

 100年待ったからこそ、この人に出会えたのだと、今は信じたい。


 この100年が無駄ではなかったのだと――。


「それにあの……」

と私は赤くなって言った。


「お、起きてるときでよかったです」


 うん、と王子が微笑み頷いたとき、


「暖かい窓辺に置かれたら、溶けて消える気がするな」

と何処かから小悪魔の声がした。


「暗い地下倉庫にでも入れといてくれ。

 いつかまた、それにとり憑くから」

と悪魔らしいことを言ってくる。


「なかなか楽しかったぞ。

 魔女にお前の娘が産まれたら、また、呪うように言ってやろう」


 ひー、やめてー!

と心の中で叫んだとき、小悪魔が言った。


「……呪いをかけたとき、魔女は王が好きだったのさ。


 母親そっくりのお前が美しく成長し、結婚して幸せになるのを見るのが嫌だったんだ。


 まあ、あのときすでに決まっていた、お前もまだ見ぬお前の許嫁はとんだボンクラだったし。


 お前が眠りについても、一度も訪ねてこなかった。


 あいつと結婚しても幸せにはなれなかっただろうよ。


 何が功を奏すかわからないもんだよな。


 ……100年呪いの中にいたんだ」


 いや、お前が勝手にだが、と付け加えたあとで、小悪魔は言った。


「100年は幸せにしてもらえ」


 そう言って、小悪魔の気配は消えた。


 振り返った私は、100年間眠りつづけた部屋と、常にともにあった小悪魔に向かい言った。


「……ありがとう。

 楽しかった」


 今思えば、楽しかった――。


 これからの人生。


 きっと、100年よりは短いけれど。


 ありきたりで、平凡で、何処にでもある幸せの中。


 ずっと、この人と生きていく――。


 私はそっと手をつないでくる王子を見上げた。





 私は、ぬいぐるみを抱いてない方の手を王子に引かれ、100年ぶりに塔の階段を下りる。


 花咲くイバラに支えられた石の塔はひんやりしていて、声がよく反響した。


「そういえば、あなたは何処の国の王子なのですか?」


「南の森を抜けたところにある湖の国だ」


「ああ、私、あの城のちっちゃなお姫様とたまに遊んでましたよ。

 一緒に刺繍とかして。


 確か、名前は、アントワーヌ……」


「……それは、うちの婆さんの名前だな」


 ははは……。


 大丈夫だろうか、ジェネレーションギャップ。


 そんな新たな不安を抱えながらも、私は明るい日差しの中に踏み出した。


 私とともに眠りつづけたイバラの森の、目覚めの声を聞きながら――。





                            完






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