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未来縮図

 それはまるで太陽系を神秘的に包み込むオールトの雲のようで――その内側は台風の目のような静けさで満ちていた。

 風が吹き荒ぶわけでなく、人外のモノが(うごめ)くわけでもなく。耳栓をはめたかのようにあらゆる音が遮断されたひとつの別世界。

 どういうわけか、この別世界の主を囲うようにして発生している霧には、自然現象とは言い難いような整然さがあった。意図的だな、と思っていた違和感の正体がこれなのだろう。

 霧の内側はより薄暗く、すぐ隣にいる空の表情さえも認識し辛い。今や互いを互いと認識出来るのは、この繋いでいる手のひらそれだけだった。

 近寄ってよく見ると、黒雲母のような独特な光沢をもった主の外装が目につく。そしていくら見上げても見上げ足りない巨大な機体。球体である事は知っているのに、目の前のこれはもはや垂直な壁にしか見えない。

 禍々しいのか、美しいのか。……いや、そんな情感はまるで感じさせない。この霧が覆い隠している主とは、プラスもマイナスもない、いわばただのカタチある虚無。

 つまりはゼロの体現。完全無欠無機の――――

『………………』

 俺達はただそれを眺めた。虚無の放つ異端な引力に視線が否応なしに奪われていた。眼球を釣り針で引っ掛けられているようだった。

 世界を滅ぼした根源。邪悪なる機械――邪機(ジャキ)と、これを見た人々はそう名付けたという。

 果たしてそれは本当なんだろうか? 邪悪。なんたってそんなものはこの機械から一切感じ取れなないのだから。

 この機械が放つものは、虚無の引力以外は何もない。何もないから、何も感じない。人の心に働きかけるものがなにひとつとして存在しない邪機は、空機とはまた雰囲気が異なった。あっちは恐怖心を煽る要素が十二分にあるというのに、こっちには何故かそれがことごとく欠けている。

 それは、空が怯えていない事からも証明出来た。彼女は邪機を目の当たりにして震えるわけでもなく、俺と同じくただの壁紙のようにそれを眺めているのだ。

 あらゆる感情の起伏を強制的に平坦にさせるチカラ。邪機にはそんな、俺と空を感情的に惹き寄せるのではなく、物理的に引き寄せる力のみがある。

 その在り方はまさに、万物を逃亡の余地無しに引きずり込む闇の超天体の他ならなかった。

「……この中に、いるのね」

 空が邪機から視線を話さずに言う。

「あぁ、恐らく。早いとこ入り口を探そう。もう、引き返せない」

 俺は過去(まえ)よりも未来(さき)を考える人間だ。未来という名の未知は、期待と恐怖が捩れあった一本の糸の先にあるもの。(おご)らず、恐れず、その糸を手繰り寄せていかなければ、未来というものは永遠に見えてこない。そう、立ち止まってしまえば目の前ですら見えなくなってしまうのだから。

 俺達は邪機の周囲を少し歩いて回った。ただそうするまで――邪機全体に固定された視線を一旦剥がすまでに、だいぶ時間を取られた。

 チャイムを鳴らせば開けてくれる、なんて事はまずありえないだろうから、俺達はまず入口らしき場所を探さなければいけなかった。まぁ例の彼が現れて導いてくれるかもしれなかったが、あいにくと彼の姿は見えないし、連絡手段もない。

 寒さと緊張感が嫌に相まって、一歩進むごとにがりがりとかき氷機のような荒さで精神が削られていく。だがそうなる覚悟は霧の中に入る前――いや、とうの昔、彼女と出会った瞬間から出来ていたはずだ。今更そんなものに臆するわけにはいかない。

 そう意識が高まると自然、空の手を握る俺の手に力が入る。すると彼女もより強く握り返してくれる。そんな無意識の些細な事でも、俺の精神は恐怖のかき氷機の刃を打ち砕けるようになっていく。そしてなによりも、心が温まる。

 しばらく歩いたのち、球体の壁面にぽっかりと穴が開いている部分を発見した。扉らしきものが見えたところ、そこは出入り口だったようで、俺達はここから中へ侵入する事が出来た。

 邪機の中に入った途端、ぶぅぅん、と腹の底に響く唸り音がわずかに聞こえ始める。幸いな事にホラーによくありがちな、〝入ったら勝手に閉まる現象〟は起きなかった。というか足元に砂が深く積もっているところからするに、故障か何かで扉は開きっぱなしになってしまっていたのだろう。

「…………稼動してるな。誰かいる」

 邪機が稼働しているという事は、音だけですぐに判った。 

「古賀君?」

「いや、彼だけじゃない。これだけの機械を活かしておくにはもっと人間が必要なはずだ」

 あるいは遠隔操作の類なのかもしれないが。

「それに彼は〝先生〟がいるって言ってた。どんな人か俺にはさっぱりだけど、恐らく相当な技術者だろう」

「ええ、きりがないわね」

 空の言う通り。古賀君は先生を俺達のよく知っている人だと言っていた。つまり推測なんてものは愚かで時間の無駄だから、俺達はあえてその話をしていなかったのだ。

 入り口の向こうには、廊下のような通路が延びていて、俺達はひとまずその廊下を延々と進んだ。ただ真っ直ぐにひた伸びる廊下。天井はそう高くなく、幅も狭い。閉塞感を感じずにはいられない空間だ。

 天井に照明があるようだが、そのどれもが申し訳程度の明るさしかなく、なおかつ所々しか灯っていない。それにいくら進んでも左右に部屋らしきものは見当たらない。のっぺりとした灰色の壁が続くだけ。だけど――――

「この風景は……夢で見たな。うん、この先にエレベーターがあるんだ」

 俺はこの光景をよく見知っていた。何度も何度も繰り返し見た夢の中、例の空機の発着所みたいな所へ向かう途中に通った通路に酷似している。恐らくフロアが異なるだけだろう。

「ん?」

 俺の目が数メートル先の正面に、何か小さな白い光を捉えた。自然、足早になる。

 白い光の正体は、まさしくエレベーターのボタンの光だった。上矢印も下矢印もない、ただひとつの四角いボタンだ。

 エレベーターが存在する部分は、歩いてきた距離や方向からするに、恐らくこの邪機の中心軸部分にあたると見ていいか。きっとこのエレベーターが各階層へと移動できる唯一の移動手段になるのだろう。

「これに乗ってどこか別の場所へ行けってか。案内板くらい……」

 見渡してみたものの、そんなものはどこにも見当たらない。本当に、〝必要最低限〟のものしか用意されていないといった感じだ。

「フロアがたくさんあるのなら、いちいち探していくのは大変ね」

「あまり遅くなるのも皆に心配かけちゃうしな……。とりあえず、うん、乗ろうか」

 そうは言ったものの、正直なところ帰れるか否かは現段階じゃ不明だ。ちにみにさっき通信機で一度連絡を取ろうと試みたが、霧の中に入った時から既に使えない状態になってしまっていた。心配で騒ぎになってなきゃいいけど……。

 などと俺は自分達の状況と並行して地下都市の状況も心配しつつ、エレベーターのボタンを押した。

 扉は僅かな作動音と共に素早く開いた。同じ素早さをもってして俺と空は中へ入る。そしてすぐさま扉が閉まる。

 エレベーターの中は人間二人がぎりぎり入れるくらいの狭さだった。俺と空が体をぴったりくっつけておかなければいけない程。そしてまた暗い。……なんていうか、元々一人の人間だけが使用する為だけに設計されたって感じか。

 扉は驚くことに前後左右に存在した。驚愕の四方向。内部にボタンがないところを見ると、移動は音声で認識してくれるのだろう。が、しかし、残念ながらエレベーターの内部にも案内板はなかった。さてどうしたものか……。

 ――と、悩みは無用だった。あれこれ考えているうちに、俺と空の体に急な横向きの力が掛かったのだ。

『――――!?』

 確かな機械の唸りと共に、エレベーターが勝手に動き出す。

「ど、どこへ向かってるんだ……?」

「わからないわ。でも私達がなにもしなかったから、その間に誰かが別の場所でボタンを押したのかもしれないわね」

 それだ、と俺は納得しつつ、それはとてつもなく恐ろしい話なんじゃないかと肝が冷える。ここの内部は夢のおかげで完全とは言えないが、おおかたは未知の空間だ。次に扉が開いた先にいるのが人間とは限らない。でもこの状況で出会って最も恐ろしいのは、やっぱり異形のエイリアンよりも人間になる……よなぁ……。

 エレベーターが止まる、と思った次の瞬間には縦向きの力が体にかかる。上昇だ。そういえば、夢の中でもそうだったが、このエレベーターは上下左右の機動をとるんだったっけ。

 二十秒程の長い上昇を経て、ようやくエレベーターは止まった。同時に俺の心臓も止まりそうになった。

 扉が左右に開く音がする。開いた方向は俺が向いてる方とは逆だった。つまり俺と空の背後の扉だ。

 ――淡い光が、エレベーターの内部に射し込む。かなり、明るい。誰がいるのだろう――――。

 しかし身構える俺とは裏腹に、何事も起こらなかった。先に振り返ったのか、空の温もりが背中から離れる。

「…………なにもいないわ。また廊下よ、優星」

 そう聞いた俺はひとまずほっとする。誰も、何もいなかったというのは心臓にありがたい。

 振り向くと空の後ろ姿の向こうには、またしても長い廊下が続いていた。けれど今回は天井に設置されている照明が所々だけど比較的明るく灯っている。その白い人工的な硬い光は、果てのないように見える廊下を余計に不気味な雰囲気にさせていた。古いホラー映画でよく目にする病院のそれだ。

 だがその光は同時に俺の仮定をより確固たるものにする。光しかり、エレベーターしかり、わずかであれど間違いなく邪機は電力を使用している。そうともなれば発電装置の存在と、それの管理者の存在が確実なものとなるわけで。加えてこうも内部が暗いというのは、電力の確保が難しいから調整をしているという意図もくみ取れる。

 やっぱり、人はいる。それもある程度の知識がある人間だ。そう確信した俺の脳裏には、地下都市にいる知り合いの技術者達の顔が並ぶも、やはり特定にはまるで至れなかった。

「見て、優星。あそこ」

 空は廊下の向かって左側の奥を指し示した。そこには上からの光に加えて真横から射している光が見える。――つまり、部屋だ。

「誘ってるのか……」

 そうとしか思えなかったが、とにかく俺達はまずその場所を目指した。向こうがこちらに危害を加えないと言っていたのを思い出したのだ。もちろんそれすらも嘘だという可能性もあるが……。

 光が漏れていた所はやはり部屋だった。扉は内側に向かって開け放されたままで、廊下の照明よりももう少し明るい光で満ちている。

 そこで俺は空に喋らないでと指示し、まず部屋の入り口の壁にぴったりと背をつけた。それからゆっくりと、さながら映画における突入シーンのように、ちらり、と部屋の中を覗き見る。

「……………………!?」

 中はまるで大きめの〝教室〟のようだった。あるものの位置関係を例えるのなら、黒板のある位置に様々なデータらしきものが映る巨大なディスプレイが。教卓のある位置に操作系統のコンピュータが。そして生徒達の座る座席には――――


 ――――――『脳』だ。


 無数に並んでいるのは、紛れもない、脳ミソだ。

 薄い水色の液体で満たされた、大人程の大きさがある円筒形の水槽が規則的に並べられ、その水槽の中央に脳がまるでクラゲのようにして漂っているのだ――――。

 もちろん俺は医者じゃないから断定は出来ない。だが俺が図鑑、模型、文体、テレビその他から得た通りの〝カタチ〟は少なくともしている。

 無数に走る神経だか血管だかが、どくどくと小さく絶え間なく脈動している淡いピンク色をした塊。この生々しさばかりはどんな情報媒体からも感じ取る事が出来なかったな……。

 各水槽の下部からは、呼吸と似た一定の間隔で大粒の泡が昇っている。ダイバーのマスクから聞こえるような、しゅー、しゅー、という音が各地から聞こえ、それらはまるで互いに会話を交わしているかのようにも聞こえてしまう。

 俺の頭蓋の内側にはこんなものが入っているっていうのか……? まったくもって、信じられない話だった。

 ……まぁ、恐らく映画のセットか何かだろう、うん。だってこういう光景、前に映画館で見た事があるからだ。さてなんのSF映画だったか――とでも思わなければ、今にでも吐いてしまいそうだった。

「なんで……こんな所に……?」

 思わず、言葉に出てしまう。彼らは一体――――違う、〝これら〟は何故ここにあるんだろうか。ここは何なのだろうか。そんな率直な疑問がナイフとなって、ただでさえショートしかけていた俺の思考回路をずたずたにしていく。

 混乱した思考のせいで、俺は空を部屋の中にいれないようにするのをすっかり忘れてしまっていた。そのせいで彼女は、俺の遅れた制止虚しく、部屋の中を見てしまった。

「――――…………〝これ〟は、誰なの?」

 部屋の中を見た空の第一声はそれだった。空機を見た時のように怖がる事はなく、脳の浮かぶ水槽のひとつを指差して、極めて冷静――というかいつもの彼女の姿で尋ねてきたのだ。それに俺は驚いたと同時にほっと胸を撫で下ろす。

 質問は……もちろん水槽にラベルが張ってあるわけでもなく、個人を特定出来る特徴なんてものもないから……分からない。むしろ誰かのってつまりそれは、取り出された本人は生きてないだろうって事くらいしか俺には判断出来ない。

 いいや分からない、と俺が首を横に振ると、空はずかずかと部屋の中に入っていって、あろう事か近くの水槽に歩み寄っていく。幸いなのかどうなのか、部屋の中に人影のようなものはなかった。

「これは生きているの?」

 仕方なく俺も部屋に入るなり、空がそんな事を訊いてくる。

 あぁ……まずこれは生き物と言えるのだろうか? このただ規則的にうごめくだけの物体は、果たして生きていると言えるのだろうか?

「生物学的? には……その、生きてるんじゃないかな?」

 そう答えるも確信は持てない。確かに脳だけを生かす技術というものは一時期考案されてはいた。でもそれは道徳という名のもとに全ての研究が白紙になったはず。

 ――だがここは世間一般常識とはあまりにも遠くかけ離れた場所だ。どんな人外の理論と技術が渦巻いていようと、なんら不思議じゃない。

「そう。仮に生きているのなら、なにを見ているのかしら」

 空はそう呟きながら、今や数ある水槽を芸術品でも眺めるかのように歩き見ていた。この奇天烈な光景には彼女の興味を掻き立てる何かがあるのだろうか……。

 一方の俺は浮かぶ脳を視界になるべくいれまいと、データの氾濫するディスプレイを眺めていた。こちらもさっぱり意味が解らないが、少なくとも俺にはまだ見慣れている光景であり、吐き気がいくらか治まってくれるものだ。

「あー……眼球がないから……。何も見ていないんじゃないかな……――って、どうしてそう思ったんだ?」

「眼がなくても、きっと〝夢は見れる〟から」

「……夢、か」

 うまい事を言うものだな、と振り返ってみると、空は水槽の中に浮かぶ脳に何か語りかけているかのようにも見えた。

 確かに空の言った事は一理ある。基本的な夢は眼を閉じている間に脳内で映像として見るものだ。だからたとえ眼がなかったり、先天性の全盲でもなければ、以前目にした光景に関する映像が見れると言えば見れるはずなのだ。

 ……でも、俺には空の言う『夢』がどちらなのかは判らなかった。映像として〝見る〟ものなのか、希望として〝叶える〟ものなのか――。

「私は、前に一度思ったことがあるの。これを見て思い出したわ」

「ん?」

 空はそう言って今度は俺の方を見つめてきた。変わらぬ虚無の瞳の中に、俺の背後のディスプレイが放つ青白い光が映り込み、彼女が一瞬アンドロイドか何かに見えてしまう。

「〝どの時点で人間は人間なのか〟って。たとえ脳だけでも人間なのか、手足があったら人間なのか、心臓があれば人間なのか。心が――感情があれば人間なのかって」

「人間の定義……か」

 俺は再び数値やグラフが目まぐるしく変化するディスプレイに顔を向け、思考に耽る。

 空の話はもはや医学の範疇を超えた哲学の話に近かった。でもその類の話は比較的よく耳にする。

 人間はどの時点で人間ではなくなってしまうのか。逆に考えれば人間はどの時点から人間なのか。本当の答えは誰にも出せていない。

「んー……まぁ実のところなんだけど、それについて万人を納得させるような理論はね、未だに存在していないみたいなんだ」

 だから、理論と証明を経て初めて納得出来るといったような人間にとっては、わからなくて当然といえば当然の事なのだ。

 俺は以前食堂で交わした雑談を思い出す。それはいずれ人間は脳だけになってしまうのではないか、だがそれはもう人間とは呼べなくなるのではないか、という話を。

 人間の根源的本能(もくてき)とは生きる事。それは人類誕生の日から今日に至るまで不変のものだ。それを効率良く達成し続ける為に、人間は進化、淘汰、洗練の旅を続けている。

 そして今――もっとも地上が消える前の話だが、その時代ではもはや目標達成における技術は飽和状態にあった。あらゆる苦労を伴わずに生きていく事が容易な時代になりつつあった。さて、問題はその次の段階になるわけで…………。

「――もっと、もっと〝効率の良い生き方〟はないのか、って。徹底的に無駄と障害を取り除いて、本能をより安全に遂行出来るような方法を考える時代になっていく。とある学者が〝次の世界〟をそう予想したんだ」

 俺はふとそんな話を思い出す。未来の人間の生き方、そして人間が住まう世界についてだ。

「次の……世界?」

 空は気になったのか、水槽から離れて俺の方へと近寄ってくる。

「あぁ。俺の父さんは人口知能の研究をしててさ、よく関係する話を聞いてたんだ。次の世界っていうのはね――――」

 俺は一旦ここで言葉を切った。この先は……彼女に話してもよいのだろうか。気を悪くしないだろうか……。いや、悪くなったら悪くなったで、それは成長だから良いのか――。

「それは〝人間が感情を失くす〟世界の話さ。そう、昔の君みたいに。それは近い未来か遠い未来かは明確じゃないけど。人間の考え方が変わっていけば、機械のプログラムもそれに合わせて変わっていくだろう? けど自己学習機能のある機械なんかは人間よりも進化のスピードが桁違いに速いわけだ。それで機械には人間の不完全を補って完璧に近づける役目があるから、いつしか人間はより強い機械に呑まれて、人間の思考〝神経〟が機械の思考〝回路〟に変わっていくようになるんだって」

「機械の、思考回路に……?」

「うん、機械に負けるんだとさ。物事が機械的になればなる程に、機械の権利は生みの親であるはずの人間の権利を奪っていく。機械が人間を言い包める時代が来るんだ」

 そんなSF映画にありがちな展開が、現実の世界に迫ってきていると、俺の父親がよく言っていたのを覚えている。またまたそんな話……なんて冗談交じりに言われ続けて――だが技術というものは日々誰にも止められる事なく着実に進歩していたのだ。

「機械の考え方のひとつには、〝必要最低限〟がある。そう、最適化の概念のひとつさ。そしてもちろん感情はない。だから〝幸福に生きていく〟なんて人間側の事情はどうだっていいんだ。手足も、心臓も、心も、脳以外は無駄なものとして省く。俺達人間は機械に際限のない取捨選択を強いられるんだ。そうなってくるとほら、最終的には〝とある状態〟に落ち着くわけさ。姿形はどうであれ、機械にとってはそれが一番効率的な人間としての生き方だっていうんだ。でもこれを俺達――人間が見たらどう思う?」

 言って俺は例の水槽を、人間が最終的に辿り着くであろう光景を指差す。それと同時に俺は改めて理解し、未来に確かな不安を抱いてしまう。


 ――――あぁ、ここは予想される『未来の縮図』の他ならなかったんだ。


 予想されていなかった未来の中に、予想されていた未来がある。哲学と科学が混在するこの空間は、一体どんな真実に結びつくっていうのだろうか。

「機械はこれを人間と扱うけれど、人間はこれを人間と扱えないのね」

 そう答えを導いて、空はまた水槽の方を振り返る。

「機械は人間の定義を知っていて、人間は人間の定義を知らないんだ。……あぁ、なんて――――」

 おかしな話だ、と俺が言いかけたその瞬間だった。


「やぁ、おはよう」


『――――――っ!?』


 不意に俺達の背後で抑揚のない機械のような発音が聞こえた。

 それは振り向かずとも判る、俺達の〝よく知っている〟人の声にどこまでも似ていて、どこまでも似ていなかった――――――

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