第94話 踏襲
光が薄まり、火柱が吹き荒れる焼け野原の光景がよみがえった。
立っていたのは――山のボス、【バーニングリズリー】。
ミルフィーヌは無念にも、その足もとに倒れていた。
周囲には砕けた水色の剣のかけらが飛び散り、長い髪と身を包んでいたドレスも、あちこち焼け焦げている。
緋羽莉の胸に顔をうずめていたりんごは、思わず「そんな……」とつぶやいた。
無理もない。進化したミルフィーヌの最大の技ですら、ボスに勝つことはできなかったのだから。
けれど――
「ううん、見て!」
そう言って緋羽莉は、ぴっとボスを指さした。
その通り、よく見ると……ボスの身を包んでいた炎は、ぷすぷすと鎮火したかのように消え去っており、自慢の両手のツメも割れやヒビだらけになっている。ミルフィーヌの技が、たしかに効いていた証だった。
「でも……もう、アリスちゃんには……」
りんごは緋羽莉の服をぎゅっとつかみながら、弱々しく言葉を続ける。
たしかにミルフィーヌは、ボスをあと一歩のところまで追い詰めた。だがアリスには、もう戦えるパートナーがいない。このバトルは――アリスの負け。
「いや……いるよ。あと一体」
閃芽はニッとほほえみ、その絶望を切り裂くように言った。
さきほど共闘した彼女だからこそ知っている。アリスには、まだ戦う力が残っていることを。
『ハア……ハア……まさか、ここまでやるとは……素直にほめてやるよ。だが……真打とやらが倒れたいま、お前に戦うワンダーは残っちゃいまい』
ボスは息を荒げながら、弱々しい声で言った。全身の炎が消えたことで、すっかり意気も消沈しているようだ。
しかし――アリスは、この絶体絶命の状況においても、不敵でステキな笑みをくずさなかった。
その姿を見つめる緋羽莉の胸は、どくん、と大きく高鳴る。
思わず一歩踏み出しそうになるほど、その背中に見とれてしまっていた。
「ううん。残念ながら、わたしたちの勝ちだよ。それも……あなたにとっては、最悪の決まり手でね!」
そう言って、ウォッチのはまった右手を高くかざす。
あふれるピンクの光の粒子が、小さなウサギの姿を形作る。
【モモイロハネウサギ】のモモが――『キュー!』というかわいらしい声とともに現れた。
『ハ……ハネウサギだとお!?』
ボスは、これまでにないほどおそれおののき、あとずさる。
よみがえったのだ。十数年前、アリスの保護者・沙織のパートナー……【ハネウサギ】のブラウンに脳天へ蹴りを叩き込まれ、とどめを刺された、屈辱的な過去の記憶が。
そしてモモの赤いひとみと、アリスのいたずらっぽい笑顔を見て、これから自分に訪れる未来を悟る。
――コイツは、あのときと同じシチュエーションで、俺にとどめを刺す気だ!
全身から汗が流れ落ちる。よけようにも、防ごうにも、体がまともに動いてくれない。
ミルフィーヌの《ワンダフルストライク》の威力で、立っているのがせいいっぱいなほどのダメージを受けていたからだ。
アリスの自信満々の顔を見て、ボスは確信した。
このガキは……このウィザードは、最初からこういう展開にするつもりで、バトルの流れを組み立てていたんだ! 俺が過去を語り、うずく頭をさすった、あのときから! なんて、おそろしいヤツなんだ!
それに――あのハネウサギ、俺の威圧にビビって泡を吹いてたはずだろ!? なんで目ェ覚ましてるんだよ!? 立ち直ることまで、あいつの計算のうちだったってのか!? おそろしいを通り越して、イカれてやがる!
パニックにおちいったボスがそんな心の声をわめき散らしているあいだに……モモの姿が視界から消えていた。
だが、行き先はわかっている。ボスは顔を上げた。
モモは大ジャンプし、ボスの上空を取っていた。さっきのミルフィーヌと同じように。そして――あのときのブラウンと、同じように。
『う……うわあああああ!』
ボスは、アリスの底知れないおそろしさと、過去の記憶のフラッシュバックに襲われ、ただ悲鳴をあげることしかできなかった。
次の瞬間――
『キューッ!』
ふりしぼった勇気と、ブルーを倒された怒りをこめたモモの右脚が――かかと落としの形で、ボスの脳天に突き刺さった!
ドガァッ!
『ガ……!』
ボスは白目をむき、その意識を一撃で奪われた。
ハネウサギは非力な種族ではあるが、その脚力だけはケタ外れだ。ましてや相手が満身創痍の状態であれば、ひと蹴りでじゅうぶん致命的なダメージとなりうる。
ボスはそのまま崩れ落ち、ズズーンと音を立てて倒れた。
同時に、空間変化によって作られていた周囲の焼け野原と黒雲に包まれた景色がひび割れ、崩壊し、もとのすみかの広場へと戻っていく。
それは――今度こそボスが力尽きたということを、雄弁に物語っていた。
気づけば空は夕焼けに染まり、オレンジ色の光がアリスたちを祝福するように照らしていた。
「ふうー……やったね、モモ!」
アリスはへなへなとその場にへたりこみ、笑顔でパートナーをねぎらった。
後方で見守っていた緋羽莉は……黄色いひとみをめいっぱいに見開いてうるうると潤ませ、ぎゅうっとりんごを抱く力を強めた。もちろん、りんごの顔が大きな胸に沈み、窒息しかけていることは言うまでもない。
そして、その感情が爆発するかのように――
「やっ……たあーーーっ!」
抱いていたりんごを、高く放り上げたのだった。もちろん、りんごが大きな悲鳴をあげたことは言うまでもない。それを見た閃芽があきれたような笑みを浮かべたことも。
こうして、裏山のボスと恐れられるバーニングリズリーとの、本当に熱いバトルは終わった。
しかし――アリスには、もうひとつやるべきことが残っていた。
それは……彼をパートナーにするための勧誘である。




