第93話 真打登場
倒れた山のボス――【バーニングリズリー】の全身から燃え上がる炎は、いつの間にか広場じゅうにひろがり――周囲の景色を一変させた。
地面は赤熱化した焼け野原と化し、何本もの火柱が次々と立ち昇る。
空も噴煙のような黒雲に覆われて暗くなり、火山雷のようなイナズマがほとばしっていた。
その光景は――まるで、周囲の空間そのものが書き換えられたかのようだった。
ゆらゆらと揺れる熱気に視界が歪み、立っているだけでも体力を奪われていく。
「これって……」
緋羽莉の胸から、ぷはっと顔を離したりんごが、周囲を見渡しながらつぶやいた。
「空間変化系の技だね……」
閃芽がそれに答えるように言った。
空間変化――ワンダー単体のチカラで、ごく限定的な範囲を異空間化させる技。
効果はバトル中しか持続しないものの、基本的には自分に有利な環境を作り出すために使われる。
狭い範囲とはいえ、空間そのものを書き換える――小規模な別世界を生み出すにひとしい高度な技であり、使えるワンダーはごくわずかだ。ましてや野生の個体となれば、なおさらめずらしい。
そして今、その空間変化によって、広場はボスにとって有利な、火の属性のバトルフィールドへと変えられてしまっていた。
緋羽莉もまた、その異様な空間に息をのむ。
燃えさかる炎に照らされ、つややかな肌がほんのり赤く染まり、ゆるやかなウェーブの髪が熱気にあおられて揺れる。
それでもそのひとみは輝きを失わず――強い信頼を宿していた。
アリスにとっては非常にまずい状況だが――同時に、胸が高鳴るのも抑えられなかった。
こんなめずらしい技を使えるワンダーを、仲間にできるかもしれないのだから。
『俺に《バーニンガーデン》まで使わせるとはな……』
全身から立ちのぼるオーラ――いや、もはや炎そのものに包まれたボスは、低くうなるようにつぶやきながら、ゆらりと立ち上がった。
その足取りは重いが、気配はむしろ先ほどよりもずっとするどく、危険なものへと変わっている。
『だが、もう終わりだ。この技は……アイツにやられてから、あみだしたモンだからな……! もう、俺に負けはありえねえ!』
アイツ――それが沙織を指していることは、誰にもあきらかだった。
りんごの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
それはつまり、このボスが、沙織に敗れた当時よりもはるかに強くなっているということを意味していた。そんなの、アリスでは到底勝ち目なんてないのではと。
修行などほとんどしない野生のワンダーにしては異例の成長。それほどまでに、沙織からの敗北は屈辱だったのだろう。
――だが。アリスは、逆にさらに胸が躍っていた。
沙織に負けたときより強くなっているということは――そのボスを倒せば、すなわち当時の沙織を超えることにつながる。
大きな恩を感じている相手ではあるけれど、いつかは超えたいとも思っていた存在。この戦いは、そのための大きな一歩になる。
焼けつくような熱気の中で、アリスの青いひとみはそれ以上に強く燃えていた。
「いくわよ、グリン!」
『モリー!』
グリンは、まだバトルが終わらなかったことに一瞬げんなりしたようすを見せたが、すぐに覚悟を決め、力強く鼻息をふいた。
そしてすかさず、右のツメで焼けた地面をかき出し、そのまま放つ――《クレイショット》を繰り出した。
しかし――
ボシュッ!
放たれた土のかたまりは、ボスの全身を覆う炎に触れた瞬間、焼き尽くされ、チリとなって消えてしまった。
「ええっ!?」
アリスたちは思わず声を上げる。
とくに、自分の攻撃が完全に無効化されたグリンのショックは大きかった。
だが四人娘はすぐに理解する。ボスを包む炎が、弱い攻撃なら打ち消してしまう、バリアのような役割を持っているということに。
つまり――並の技では、もうダメージを与えられない。有効なのは、大技のみ。
しかしそれには、大きなリスクがある。スタミナの消耗に加え、発動までの“溜め”が必要になるのだ。
『オラーッ!』
その間にも、ボスは容赦なく攻めてくる。火炎とツメの猛攻。
しかもこの炎のフィールドでは、その威力も速度も大きく強化されている。回避するだけでも精一杯だ。
そんな状況で、大技を放つスキを作ることなんて――ほぼ不可能に近い。
グリンは必死に食らいついたが――その差はあまりにも大きかった。
ついに、連続攻撃をさばききれず、直撃を受ける。
『モリィッ……!』
小さくうめき声をあげた次の瞬間、その体は緑の光の粒子となって弾けた。
そして、そのままアリスのウォッチの中へと吸い込まれていく。
「ありがとう、グリン」
アリスは静かに言った。その表情には、悔しさよりも確かな手応えがあった。
「……おかげで、あの子がじゅうぶん休めた!」
そう言って、不敵な笑みを浮かべながら、ウォッチを操作する。
次の一手は――すでに決まっていた。
「さあ! 真打登場よ! ミルフィーヌ!」
ピンクの光の粒子が集まり――オレンジに近いあかるいライトブラウンの長い髪と、オーバースカートをなびかせた、【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】が、アリスの前に姿を現した。
右手に水色の剣を形成し、はりきった表情でぶんぶん振ってみせる。【トオレント】や【キングハナモグラ】とのバトルで消耗した体力も、だいぶ回復しているようだ。
ミルフィーヌは、アリスのパートナーの中で最も強い。ボスとまともに渡り合えるのは、最初から彼女だけだとわかっていた。
だからこそ、ブルーとグリンには、ミルフィーヌができるだけ多く体力を回復する時間をかせぐため、少しでもバトルを長引かせるよう、ねばり強く戦ってもらっていたのだ。
そのため、ミルフィーヌの剣には二体の思いも乗っている。それは彼女のチカラを、さらに強くしてくれるだろう。
『へえ……真打っていうだけあって、いままでで一番ホネがありそうじゃねえか』
ボスはニイッと笑みを浮かべた。怒りで身も心も燃え上がらせていても、その目はくもっていない。ミルフィーヌの力を、しっかりと見極めている。
『いきますよっ!』
ミルフィーヌはダッと地を蹴って駆け出す。
『来やがれ!』
ボスはどっしりと構えて迎え撃った。
ガッキィーン!
剣とツメがぶつかり合う音とともに、すさまじい衝撃による突風が巻き起こる。
それにおどろいて、りんごはまた悲鳴をあげながら緋羽莉の胸に顔をうずめ、閃芽もさりげなく緋羽莉の長身の影に隠れた。
緋羽莉の胸に顔をうずめたりんごは、どきどきと高鳴る鼓動とともに、彼女の体温を強く感じていた。
熱気とはちがう、やさしくて安心するあたたかさ。
そのぬくもりに包まれながら、りんごは必死に顔を上げ、ふたたび戦いを見つめようとする。
『っつ……!』
炎をまとったツメを受けたことで、熱が剣からミルフィーヌの右手へと伝わる。よほど熱かったのか、思わず声がもれてしまった。さらに力負けもしたようで、手はじんじんとしびれている。
まともに打ち合っては分が悪いと判断したアリスは、ミルフィーヌにハンドサインでその旨を伝えた。
ツメの攻撃は持ち前の反応速度とアリスの先読みでかわし、火炎攻撃は肉球バリアで防いでしのぐ。
そうしてできたスキに剣撃を叩き込みたいところだが……ボスの身を包む炎のせいで、小技は通用しない。ならば狙いは――
ガキンッ!
ボスの右ツメのストレートを剣で受け止め、ミルフィーヌは大きく後方へと弾き飛ばされた。
だがこれは、アリスの狙い通り。ボスから十分な距離を取るため、あえて受けたのだ。
「ミルフィーヌ!」
バッと左手をかざしたアリスのかけ声に合わせ、ミルフィーヌは両手で剣を握りしめ、その刀身にほとばしるピンクの光が集まっていく。
「あれはっ!」
緋羽莉が歓喜の声をあげた。
遅れて、りんごと閃芽も目を見開く。
あれこそはミルフィーヌ最大の必殺技――《ワンダフルストライク》の構え。
人間のすがたに進化して放つのははじめてだ。その威力がどれほど増しているのか……そう思うと、胸が高鳴ってしかたがない。
『それは……撃たせん!』
ミルフィーヌの剣の光のすさまじさから、これを受ければ危険だと判断したボスは、すかさず火炎を吐いた。
「跳ねて!」
アリスの指示に合わせ、ミルフィーヌは足元に肉球バリアを出現させ、それをトランポリンのように使って大ジャンプ。火炎を回避しつつ、高く剣を振り上げる!
上空を取られた時点で、火炎で撃ち落とすのは無理と判断したボスは、両手のツメを大きく燃え上がらせ、迎え撃つ構えをとった。
『アリスちゃん! いっしょに!』
「うん!」
「『《ワンダフルストライク》!』」
二人の声が重なり、上空から光り輝く剣がボスへと叩きつけられる!
ボスは燃え上がる両手のツメをクロスさせ、それを迎え撃つ!
ズガガァーーーーーン!!!
「きゃあーっ!」
空間を揺るがすほどの轟音と衝撃波に、緋羽莉たちも思わず悲鳴をあげる。
衝撃にあおられ、緋羽莉のポニーテールが大きく揺れ、花の冠がかすかにきらめいた。
汗ばんだ肌が光を受けて輝き、その姿は一瞬、炎の中に咲く花のように見えた。
周囲にひろがるまばゆいエネルギーの閃光で、視界が完全に閉ざされる。
はたして――勝敗の行方はいかに?




