第92話 グリンの意地
『グアッ!』
全身に炎のようなオーラをほとばしらせ、金色のモヒカンを逆立てた山のボス――【バーニングリズリー】は、小手調べとばかりに口から火の玉を吐き出した。
直撃すれば、自慢の緑のアフロヘアーは一瞬で黒コゲだ。
そう判断した【モリモール】のグリンは、モグラらしくすばやく足もとの草と土をかき分け、地中にもぐって回避した。
「なるほど……!」
アリスは思わず声をもらした。
正直なところ、仲間にすることを想定していなかったモグラ型ワンダーに対して、どう指示を出すべきか迷っていたのだ。
だが――今の動きで、その可能性が見えた。
思い返せば、グリンが地中を進むスピードは目を見張るものがあった。
この能力をうまく活かせば、格上相手にも勝機はある。
(うまくハマれば……ジャイアントキリングもいけるかも!)
アリスはそう期待する。
一方、標的を見失ったボスは、怒りの形相で地面をにらみつけた。
どこへ消えた――とばかりに、周囲を見渡す。
ボスの瞬発力は、あの巨体からは想像もつかないほど高い。
中途半端なタイミングで地中から飛び出せば、その瞬間に叩きつぶされるだろう。
まさに――モグラたたきのような緊張感だった。
アリスを応援する緋羽莉たちも、思わずごくりと息をのむ。
その静けさの中で、緋羽莉はじっと戦場を見つめ続ける。
大きな黄色いひとみは不安に揺れながらも、どこまでもまっすぐで――アリスへの信頼だけは、少しも揺らいでいなかった。
胸元に抱いたりんごの重みとぬくもりを感じながら、彼女は小さく息を整える。
胸の奥でどくんと大きく鼓動が鳴るのを感じながら、無意識にりんごを抱く腕へ力をこめた。
やわらかな胸元に押しつけられたりんごの頬に、彼女の体温と、ほんのり甘い香りがふわりと伝わる。
その一方で、長い脚はしっかりと大地を踏みしめ、しなやかな筋肉がぴんと張りつめていた。
時間だけが、じわりじわりと流れていく。
ボスのすみかである広場には、耳が痛くなるほどの静寂がひろがった。
――グリンは、まだ出てこない。アリスも、あえて指示を出さない。
ボスに明確なスキが見当たらない以上、無理に動かすのは危険だと判断したからだ。
だが、その膠着状態は長くは続かなかった。ついにボスの我慢が限界に達する。
『そっちが出てくるつもりがねェなら――! 文字通り、あぶり出してやる!』
そう叫ぶと、大きく息を吸い込み――地面に向けて火炎を吐き出した。
ゴオオオオッ!
猛烈な熱風と炎が地表をなめ尽くす。
「きゃあっ!」
アリスは思わず身をよじった。
後方では、緋羽莉がりんごと閃芽を守るように抱き寄せ、大きな背中で熱を受け止めている。
炎の熱風にさらされ、緋羽莉の緋色のポニーテールが大きく揺れ、黄色いリボンがひらひらと舞う。
オフショルダーのすきまからのぞく肩や鎖骨には、うっすらと汗がにじみ、そのしずくがつややかな肌の上をゆっくりとすべり落ちていく。
それでも彼女は一歩も引かず、包み込むような腕でふたりを守り続けていた。
広場はあっという間に炎に包まれ、まるで山火事のただ中のような光景へと変わった。
そして――
『モリ~ッ!』
地中にいたグリンが、たまらず悲鳴をあげながら、ぴょーんと地上へ飛び出してきた。
その位置は、ちょうどボスの背後。どうやら、背後からの不意打ちを狙って潜んでいたらしい。
しかし、地表を焼き尽くす炎によって、浅い地中はまるでサウナのような状態になっていた。
さすがに耐えきれず、飛び出さざるを得なかったのだ。
まさに、ボスの言う“あぶり出し”そのものだった。
『見つけたぞ、モグラめ!』
ボスは目をギラリと光らせ、振り向きざまに一直線にグリンへと突進する。
グリンはあわてて、再び地中にもぐろうとするが――周囲はすでに火の海。地面そのものが焼けつくような熱を帯びており、とてももぐれる状態ではなかった。
もともと、その熱に耐えられず飛び出してきたのだから、当然といえば当然だ。
まごつくグリンに、容赦なく迫る影。
次の瞬間――赤熱化を通り越して、炎をまとったボスのツメが、振り下ろされる!
「受け止めて! 《クロークロール》!」
その一瞬に、アリスのするどい指示が飛んだ。
グリンはハッと目を見開き、反射的にその言葉に従う。
硬い土をもたやすくかき分ける、長く鋭い右のツメで――ボスの炎のツメを、真正面から受け止めた!
ガキィーン!
ツメ同士がぶつかったとは思えない、金属のような衝撃音が響く。
予想外の反撃に、ボスはわずかに体勢を崩した。
――チャンス。そう言いたいところだが、
『モリィッ!?』
グリンはパワーで押し負け、そのまま後方へと吹き飛ばされてしまう。
受け止めたツメにはヒビが入り、次に同じ衝撃を受ければ折れてしまいそうだった。
さらに――チリチリ……と、焦げる音。
『モリ~ッ!』
周囲の炎の熱で、アフロヘアーが焼けはじめ、グリンはあわてて飛び起きた。
だが、そのおかげで結果的に体勢を立て直し、次の攻撃に備えるわずかな時間が生まれる。
――にもかかわらず。目の前で怒りに燃え上がるボスの姿を見た瞬間、グリンの心はふたたび恐怖に飲み込まれてしまった。
せっかくつかみかけた流れが、またしても、崩れようとしていた。
そこに――
「まだよ、グリン! 《クレイショット》!」
アリスの指示で、グリンはかろうじて我に返った。
グリンは、モモとのバトルや、ウォッチの中で見たブルーやミルフィーヌの戦いぶりを通して、主人であるアリスの言葉が、どんなときも状況を好転させてくれるという信頼を、しっかりと理解していた。
だからこそ――恐怖に震えていても、すぐに行動に移すことができた。
『モ……リーッ!』
グリンは目をキラリと光らせ、右のツメで地面をすばやくかき出し、その勢いのまま土を放った。
それは、さきほど地下で【キングハナモグラ】が使っていた技。見ていたからこそ、まねることができたのだ。
『ぶへっ!?』
放たれた土は、ボスの顔面に命中。
ダメージは小さいものの、ひるませることと、視界を奪うことには成功した。
ボスは両手で目をおおい、その動きを止める。
心なしか、まとっていた炎のオーラも、わずかに弱まったように見えた。
「いまよ! 《クレイショット》連射!」
アリスのさらなる指示に、グリンは両手をぐるぐると回しながら、かき出した土を次々と投げ続ける。
そのようすは、まさに散弾銃のようだった。
放たれた無数の土のかたまりが、的当てのようにボスの体へと降りそそぐ。
一発一発の威力は小さくとも、その積み重ねは確実にボスの体力を削っていく。
ボスは視界を奪われているため、防御も反撃もままならない。
「まるで……ハメ技みたいな状態だね……」
後方から観戦していた閃芽が、小さくつぶやいた。
だが、それも長くは続かないだろう。
先にグリンの腕が限界を迎えるか、あるいはボスの怒りがさらに爆発して、この攻撃をものともしなくなるか――どちらにせよ、時間との勝負だ。
そのことは、アリスも当然わかっていた。だからこそ、力強く叫ぶ。
「フィニッシュよ! とびきり大きいの、ぶつけちゃえ!」
『モリーッ!』
グリンは大きく鼻息を噴き、両手のツメを地面に突き刺した。
ボコッ!
地面が大きく盛り上がり、特大の土のかたまりが持ち上がる。
その大きさは、身長1.5メートルのグリンの、さらに1.5倍ほど。
もはや“ショット”という規模ではない。さしずめ――《クレイボンバー》とでも呼ぶべき一撃だった。
グリンは全身の力をこめ、雄たけびとともにそれを放り投げる!
ドゴオオォン!!
巨大な土塊はボスの胴体に直撃し、激しい衝撃とともに砕け散った。
その威力で、ボスの巨体はズズーンとあおむけに倒れ込む。
まとっていた炎のオーラも、まるで消し飛ばされたかのように、すっと消えていった。
それに呼応するかのように、広場を覆っていた炎も、しだいに弱まり――やがて完全に消え去った。
「……勝った?」
アリスは、まだ信じきれないようすでつぶやく。
グリンはその場にへたり込み、肩で大きく息をしながら、はあぁ……と長い吐息をもらした。
「今度こそ……終わった……よね?」
緋羽莉の胸に顔をうずめていたりんごが、不安そうに問いかける。
「まあ、オーラも炎も消えたし……そう見ていいんじゃないかな」
閃芽はメガネをくいっと持ち上げながら、冷静に答えた。
……しかし。
ただひとり、緋羽莉だけは、胸の奥に残るざわめきを感じ取っていた。
戦いが終わったにしては、空気がまだ熱すぎる――そんな直感。
大きく息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。その動きに合わせて、豊かな胸元がわずかに上下し、緊張と集中が静かに高まっていく。
「……ううん、まだだよ」
そして、けわしい表情で戦場を見すえながら言った。
その声には、はっきりとした確信がこもっていた。
次の瞬間――
倒れていたボスの体が、突如として燃え上がった!
ズゴオオオオオッ!!
「きゃっ!?」
『モリーッ!?』
アリスとグリンが思わず身をすくめる。
同時に、周囲の空気が一気に熱を帯び、広場全体が再び炎に包まれていく。
――すぐに理解できた。これは、最悪の答えだと。
山のボス、バーニングリズリーとの戦いは――まだ、終わっていなかった!




