第82話 モグラの王様
「あなた、なにもの!? 誓いのキッスって、どういうことよっ!?」
アリスは怒りと興奮がおさまらないようすで、巨大モグラにびしっと人さし指を突きつけていた。
パートナーのミルフィーヌもそれに合わせ、水色の剣の切っ先をキッと向けている。
閃芽だけでなく、おとなしいりんごまで、敵意に満ちた視線でモグラをにらんでいた。
『オイラか? オイラはこの地下庭園の王様――【キングハナモグラ】だ!』
四メートル近い巨大モグラは、キラーンと決めポーズを取った。
まわりの子モグラたちも、いっせいに両手を差し出してアピールしている。
どうやらこの王様、わりと民衆からの人望はあるらしい。
頭のてっぺんから背中にかけて、お花畑を思わせるような無数のカラフルな花が咲き誇っている。
まさに、頭から一輪の花を咲かせている【ハナモグラ】たちの親分といった風貌だ。
しかも目には、なぜか花の形のサングラスまでかけているという、花アピールの徹底ぶり。なにげにすごいこだわりである。
そしてキングハナモグラは、足もとのお花畑にすやすやと横たわる緋羽莉を、長いツメで指さして続けた。
花びらの上に横たわる緋羽莉は、まるで花園そのものに守られているようだった。
緋色のポニーテールはゆるやかなウェーブを描きながら花の上にひろがり、黄色いリボンがやさしく揺れている。
すらりと長い脚、運動で引き締まった腰のライン、やわらかな胸のふくらみ。
まだ幼さの残る寝顔なのに、どこかふしぎと目を引く華やかさがあった。
『このコの冠……さぞ名のある花園の姫君なんだろう。オイラの花嫁にふさわしい! だから、このコをオイラのものにするんだ……』
「《ハニースパイク》!」
言い終わる前に、アリスの指示でミルフィーヌの剣が伸びる。
そして――キングハナモグラのどてっ腹を、ズバンと突いた!
『いでえーっ!?』
突きの衝撃波で、またキングは吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
子分のモグラたちも心配になって、あわてて駆け寄った。
『ア、アリス、おちついて……』
『キュー……』
足もとのブルーとモモが、心配そうにアリスを見上げる。
感知能力なんてなくても、アリスの怒気が強く感じられるからだ。
「勝負よ、モグラの王様! 緋羽莉ちゃんは、あなたなんかに渡さない!」
アリスはふたたび、びしっと指を突きつけて宣戦布告した。
りんごはもちろんのこと、閃芽も少し圧倒されていたが、同時に冷静に顛末を分析していた。
つまり――あのモグラの親分は、緋羽莉の緋色の髪にかぶっている、ピンクの花の冠を見て、どこぞのお姫さまと勘違いしたのだろう。
そして、彼女をさらった。
あの冠は、裏山のワンダーたちに姫君と慕われて贈られたものだ。
それがこのモグラたちにとっても、プリンセスの証に見えたというわけだろう。
まったくもう、といったようすで、閃芽は肩をすくめた。
吹き飛ばされたキングハナモグラは、突かれた腹を痛そうに押さえながら、よろりと起き上がる。
『なんだとお……さっきからオマエ、このコのなんなんだ!?』
そしてアリスに問い返した。
「大親友よ! 文句ある!?」
アリスはさらにきっぱりと言い返す。
『しんゆう~? ハン! そんなあっさい関係なんてお笑いだな! オイラの姫への愛情は、この穴のようにめ~っちゃ深いもんね!』
キングは得意げな顔でフンと鼻息をふき、ドーンと胸を……腹を張って言い切った。
それがまた、アリスのハートに火をつけた。
「そっちこそお笑いね! 会ってたった数分でしょ! こっちは7年分だもん! それに、なにが“めっちゃ深い”よ! 大した深さじゃなかったわよ! ねえグリン!?」
『モリッ!?』
突然の飛び火に、グリンはびくっと体を震わせる。
体長一・五メートル強あるとはいえ、やっぱり同じモグラの親分と敵対するのは怖いのだろう。
なんにせよ、アリスとキングのあいだには、一触即発の空気が流れていた。
まるで子どものケンカのようだが、アリスは子どもなので、そのとおりともいえる。
――にもかかわらず。
この騒動のすべての原因ともいえる緋羽莉本人はというと、お花畑の真ん中で、すうすうと寝息を立てて眠っていた。
寝息に合わせて胸がゆっくり上下し、そのたびに胸元のフリルがふわりと揺れる。
健康的につやのある肌は、地下のやさしい光を受けてほんのり輝いていた。
体をたくさん動かしたあとの、あたたかな体温と花の香りが混ざったような甘い匂いが、周囲にほのかに漂っている。
それが花畑の香りと重なり合い、地下庭園の空気をどこかやさしくしていた。
その寝顔はとても幸せそうで、かわいらしく――のんきすぎるが、見ていると怒る気も失せていくのだった。
長いまつげが頬に影を落とし、くちびるはほんのりとやわらかく開いている。
ときどき小さく寝返りを打つたび、長い脚が花びらをかすめ、白いフリルのスカートがさらりと揺れた。
そんな無防備な姿は、守ってあげたくなるかわいさと、どこか大人びた魅力を同時に漂わせている。
『フン! いいだろ! そういうことならその勝負、受けてやる! 弱肉強食、強いものがすべてを手に入れるのが、野生のルールだもんなあ!』
「そっちの話はわかるじゃない! どこからでもかかってきなさい!」
アリスとキングハナモグラは、互いにキリッとタンカを切った。
『モグー!』
ハナモグラたちも、親分の花嫁を守ろうと、戦いに加勢しようとする。
「うわっ……!」
りんごとブルーとモモは、おじけづいて身をよじった。
ほかの仲間が見守っているだけだったトオレントのときと違い、今回は外野まで戦いに加わろうとしている。
多勢に無勢。怖いと思うのも無理はない。
しかし――
『オマエら! 手出しは無用だ! これはオイラとアイツの一騎打ちだ! だまって応援してろっ!』
キングは腕をバッとひろげて、子分たちに命じた。
ハナモグラたちは『モグッ!』とびくっとして、言われたとおりに背後へ下がり、花畑を囲むように引っこんだ。
そしてキング自身は、その図体には似合わないジャンプ力で跳躍し――
ズーン!
と、アリスたちの目の前に立ちはだかった。
子分たちを、お花畑を、そして花嫁を背にして、守るように。
「……りんごちゃん、閃芽ちゃん。悪いけど、ここはわたしひとりにやらせて」
アリスはザッと前に歩み出て言った。
こちらから挑んだ決闘。向こうから提案された一騎打ち。
手出しをされては、礼儀にもとるというものだ。
しかし――
「悪いけど、それは聞けないね」
閃芽はそれを無視して、アリスの隣に並び立った。
「えっ……」
アリスは意外そうに声をもらす。
「冷静になりなよ。あのボスモグラは、あきらかにさっきのトオレント三体よりずっと強い。多数でかからなきゃ、かなわない相手だよ。それがキミにも、わからないわけないでしょ?」
「うっ……」
閃芽の指摘に、アリスは図星を突かれる。
たしかに、また冷静さを欠いていたのは事実だ。
緋羽莉のことになると、どうしてもムキになってしまう。これはもしかしたら、一生治らないのかもしれない。
「そっちが一騎打ちをお望みなら、そのつもりで結構だよ。私は勝手に横入りさせてもらうだけだからね」
閃芽はニッと笑って、そうつけ加えた。
アリスをなだめながらも、その英国淑女のプライドを守ってやろうという気づかいだ。
「わ……わたしも……やる!」
そこに、りんごも加わってきた。
怖いという気持ちよりも、緋羽莉を奪われたくない。友だちに置いていかれたくない。その思いのほうが、ずっと大きかったのだ。
アリスは目を閉じ、大きくため息をついた。
「……どうぞ、ご自由に!」
そして、不敵でステキな笑顔を浮かべて言うのだった。
『フン! 三人がかりか! 人間ってやつは、これだから!』
キングは、あざ笑うように言い放つ。
アリスは正直カチンときたが、いまは緋羽莉を救うことが最優先だと、自分の心に言い聞かせた。
当の本人——緋羽莉は、相変わらずお花畑の上でぐっすり眠っていた。
大きな体をのびのびと横たえ、まるで花のベッドにくるまれているようだ。
ポニーテールが花びらに埋もれ、甘い香りがふわりと漂う。
それは子分モグラたちが、つい見とれてしまうほどの存在感だった。
『だが、オイラはキング――王様だ! 寛大なんだ! 認めてやるよ! おチビども! 三対一で負けたりしたら、山じゅうに言いふらしてやるぞ!』
キングは両腕をひろげ、そっくり返って笑い飛ばした。
「それは合意とみてよろしいのね? じゃあ、そっちが負けても言いわけはなしよ!」
アリスは、また不敵でステキな笑顔で挑発を返す。
『それはこっちのセリフだ! 花嫁をかけて――いざ、勝ぉー負っ!』
キングハナモグラの、地下を揺るがすおたけびをゴングに――バトルが、ついにはじまった。
そのとき、お花畑の中央で眠る緋羽莉が、ほんの少しだけ身じろぎした。
「……んん……アリス……?」
夢の中で名前を呼ぶような、かすかな寝言。
けれど、本人はまだ目を覚まさない。
花の冠をのせたまま、姫君のような姿で眠り続けているのだった……




