第74話 緋羽莉ちゃん争奪戦
「ミルフィーヌ!」「ザック!」「ハーリー!」
すでに戦闘態勢に入っているアリスに続き、りんごと閃芽もパートナーを呼び出した。
アリスの前に立つのは、剣をたずさえ、ライトブラウンの長髪をなびかせる元子犬のお姫さま――【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】。
りんごの相棒は、ペールオレンジの羽毛と木の葉のような緑の翼を持つミミズク、【ワカバズク】のアイザック。愛称はザック。
そして閃芽の足もとには、薄紫の体毛に剣山のような黄色いトゲを生やした小さな電気ハリネズミ、【バリネズミ】のハーリー。
三体は、それぞれ赤い闘志を燃やす三体のトオレントを、きっとにらみつけた。
ミルフィーヌたちも、緋羽莉との付き合いは長い。
彼女を取り戻したい気持ちは、主人たちと同じだ。
いっぽうで、花畑の中央。
そこには、まるで春の女神のような少女がちょこんと座っていた。
花の冠を乗っけた緋色のポニーテールが陽光をはね返し、黄色いリボンが風にふわりと舞う。
長身のシルエットは小学生離れしてすらりと伸び、オフショルダーからのぞく肩は丸みを帯びてなめらかだ。
マゼンタのミニスカートの裾で揺れる白いフリルが、健康的な太ももの力強さをいっそう引き立てる。
きゅっと締まった腰つきと、豊かに実った曲線のバランスは、たくましさとやわらかさを同時に感じさせた。
そんな少女——緋羽莉は森のワンダーたちにまとわりつかれながら、静かに戦いの行く末を見守っていた。
小さなワンダーたちが脚や腕にしがみつくたび、引き締まった筋肉がやわらかく動き、しなやかな体のラインが浮かび上がる。
それでも彼女は困った顔ひとつせず、むしろやさしくほほえんで、包み込むように受け止めていた。
ほんのり甘い香りが風に乗り、花の匂いと混ざり合う。
その存在感は、戦場の中とは思えないほど華やかだった。
緋羽莉はもちろん、アリスたちに勝ってほしいと願っている。
だが今となっては、裏山のワンダーたちも、彼女にとって大切な友だちだ。
そのどちらかが、いや、どちらもが傷つくかもしれない――そう思うと、胸が締めつけられる。
大きな黄色いひとみが揺れ、長いまつげの影が頬に落ちる。
胸元でぎゅっとにぎられた両手は、彼女の大きめの手のひらゆえに、いっそう真剣さを物語っていた。
やわらかくふくらんだ胸元が小さく上下するたび、彼女の不安が伝わってくる。
強くてあかるい緋羽莉も、やっぱり10歳の女の子なのだ。
「《ハニースパイク》!」
口火を切ったのはアリス。
号令と同時に、ミルフィーヌが地を蹴る。
『はあーっ!』
水色に輝く剣が、一直線にリーダーのトオレントへ突き込まれた。
『うおわっ!?』
リーダーはとっさに枝を盾にするが、ミルフィーヌの一撃はそれを上回る速さ。
次の瞬間、幹の一部が衝撃波とともに――バアンッ! と弾け飛んだ。
木片と樹液が四散し、焦げたような匂いが森に広がる。
「《ニードルサンダー》!」
間髪入れず、閃芽が右手を突き出す。
『キュー!』
ハーリーの無数の黄色い針が、まばゆく発光。
集中した電撃が一本の槍のように収束し、ひるんだリーダーめがけて一直線に撃ち放たれた。
『させん!』
そのとき、左側のトオレント――便宜上トオレントAと呼ぶ――が、ざざっと前に出て盾になる。
『おわああっ!?』
電撃の槍が幹を貫く。
バチバチと激しい火花が散り、樹皮が裂け、黒く焦げる。
植物系ワンダーの多くは、根で電流を地面へ逃がすため電気に強い。
だが《ニードルサンダー》は貫通力重視の技。
純粋な衝撃と物理的破壊力で内部をえぐるため、防ぎきれない。
「う、ウイング……」
りんごも負けじと指示を出そうとした、その瞬間。
『はあーっ!』
右側のトオレントBが、こずえから無数の木の葉を射出した。
刃のようにするどく硬質化した葉が、嵐のごとく広範囲にばらまかれる。
三体すべてを巻き込むほどの、面制圧攻撃だ。
「《パウシールド》!」
ミルフィーヌは空いた左手を前にかざす。
肉球型の半透明バリアが展開され、葉の群れを受け止めた。
クッションのような弾力を持ちながらも、意外と強靭。葉が当たるたび、ぼふん、ぼふんと鈍い音が響く。
「《ロールガード》!」
ハーリーは瞬時に丸まり、黄色いトゲだらけのボールのような形態へ。
鉄球のような硬度で、キンキンキンと葉を弾き飛ばしていく。
「えーと、えーと……!」
だが、りんごはちがった。
あまりの物量に、思考が真っ白になる。
指示が出せない。
その一瞬の迷いが命取りになりかねない。
ザックは自己判断で動いた。
鋭利な緑の翼を大きく振るい、葉をはたき落とす。
しかし、防ぎきれない数枚が体をかすめた。
ぴしり、と乾いた音。
羽毛が裂け、細い切り傷がいくつも走る。にじむ血が、肌色の羽毛を濃く染めた。
「ザ、ザック、ごめんね!」
りんごははっと我に返り、悲鳴のような声をあげる。
『お気になさらず。貴女は、貴女にできる範囲で立ち向かえばよろしい』
ザックは決して主を責めない。
執事らしい穏やかな声音で、逆にはげます。
だが――自己肯定感の低いりんごにとっては、そのやさしさがかえって胸に刺さる。
自分はザックの、そして、ふたりの足を引っぱっている――そんな思いが、じわりとひろがる。
『りんごちゃん……』
アリスのウォッチの中で観戦しているブルーが、不安そうにつぶやいた。
内気な性格のりんごは、どこか自分と似ている。
だからこそ、気になってしまうのだった。
『おかえしですっ!』
「《バキュームスラッシュ》!」
ミルフィーヌがむっとした顔で、両手で剣を横薙ぎに振り抜く。
刃が空気を裂いた。
次の瞬間、三日月形の真空の刃が生まれ、一直線に飛ぶ。
葉を撃ち終えた直後で体勢の整っていないトオレントBへ直撃。
『どわあーっ!?』
顔面で――バーンッ! と炸裂。
衝撃波が幹をえぐり、大きく削り飛ばす。樹皮が裂け、内部の繊維がむき出しになった。
三体のトオレントは、それぞれ大きな損傷を負っている。
焦げ、裂け、削られ。
立っているのがふしぎなほどのダメージだ。
対してこちらの損耗は、ザックの受けた軽傷のみ。
戦況は――アリスたちが、圧倒的優勢だった。
「みんな、すごいっ!」
花畑の中央で、緋羽莉がぱっと花が開くような笑顔を輝かせた。
つややかな肌が陽光を浴びてきらめき、くせ毛ぎみの髪がやわらかく波打つ。
声が弾んだ拍子に、ポニーテールが大きく揺れ、たすきがけのポーチが胸元でぴょこんと跳ねた。
その無邪気さと、ぐっと成長した体つきの対比が、思わず目を引く。
彼女の歓声に、アリスたちは少しだけ胸が熱くなる。
だが――彼女にまとわりついている森のワンダーたちは、一様に不安げだった。小さな体を震わせ、必死に彼女を奪われまいと、守ろうとしている。
「さあ! 一気にとどめよ!」
アリスが得意げに左手を突き出す。
『はいっ!』
ミルフィーヌも、きりりと剣を構えた。
りんごと閃芽は、実際に目にして実感していた。
進化したミルフィーヌの戦闘力は、本当にすさまじい。
子犬の【キャリバリア】から人型へ進化したことで、純粋な攻撃力が飛躍的に向上している。ワンダーの中でも、エナのコントロールにもっとも適しているのは、人型だと言われているためだ。
さらに腕で剣を振るえるようになったことで、振りの速さも、技の精度も子犬のころとは段ちがいだ。
この調子なら、次の一撃で三体まとめて倒せる――そう確信できるほどに。
ミルフィーヌは決着をつけるべく、ダッと地を蹴った。
(待っててください、緋羽莉ちゃん!)
心の中で叫び、両手でにぎった剣を振り上げる。
『まだだ……まだ終わらんぞ!』
リーダーの目がかっと見開かれた。
左右の枝が大きくひろがる。
次の瞬間――地面が、うねった。
足元から無数の根がムチのようにしなり、するどい先端を槍のように尖らせて、ミルフィーヌへと襲いかかる!
『ふわあっ!?』
驚きの声。
ミルフィーヌは急ブレーキをかけ、後方へ跳んだ。
根がさっきまでいた場所を突き刺す。地面がえぐれ、土がはねる。
間一髪だった。
『ふぅー……』
額の汗をぬぐい、ほっと息をつく。
「まだあんな力が……!」
閃芽がいまいましげに歯をかみしめる。
「これじゃ、うかつに近寄れないよ……」
りんごも身をすくめた。
周囲の地面すべてが武器になる。まさに樹木の本領発揮だ。
「近寄れないなら……!」
アリスが眉を吊り上げる。
ミルフィーヌはふたたび、《バキュームスラッシュ》を放とうと、剣を構えた。
だが。
『同じ手は食わん!』
トオレントAとBが、左右から断続的に木の葉を放ってくる。
さきほどの一斉射撃とは違い、少量ずつ、絶え間なく。
技の溜めをさせないための牽制だ。
『むうっ!』
ミルフィーヌはほっぺをふくらませ、やむなく技を中断し、葉を剣で払い落とす。
ハーリーとザックも、それぞれ防御に徹する。
こちらの遠距離攻撃は、いずれも溜めの動作が必要だ。
対して、木の葉はほぼノーモーション。
どうしても、発動速度で劣ってしまう。
「ど、ど、どうするの、アリスちゃん?」
りんごがすがるように見る。
アリスは、くやしげに歯をかみながら思考を巡らせた。
遠距離からの攻撃は封じられ、接近すれば根っこのエジキ。
相手は樹木の体を最大限に活かしている。
なんとも、やっかい極まりない。
(やっぱり……)
アリスは、親友ふたりの顔をちらりと見る。
この戦い、勝つには三人の連携が不可欠だ。
幸い、現時点でも大きなダメージは与えている。あと一押しあれば勝てる。
――そのはずだった。
スゥーッ……
「なっ……!」
三人の声が重なる。
なんと、トオレント三体の体が、みるみるうちに再生していくではないか。
裂けた幹が閉じ、焦げた部分が新しい樹皮で覆われる。えぐれた傷口から若葉が芽吹き、枝が太く伸びる。
これは元通りというより、むしろ、さきほどより葉ぶりがよくなったようにすら見える。
(おかしい……!)
植物系ワンダーの中には、再生能力を持つものが多いということは知っている。
だが、これはいくらなんでも異常だ。
ほぼ完全回復。しかも、ほんの数秒で。
そしてアリスは、はっと気づく。
「緋羽莉ちゃんの影響か……!」
ワンダーとウィザードは、深く影響し合う存在。
緋羽莉は規格外の体力を持ち、傷の治りも異様に早い。
だから彼女のパートナーたちも、無尽蔵のスタミナと高い再生能力を持つ。
トオレントたちは彼女の正式なパートナーではない。
だが――彼らの“姫を守る”という強烈な想い。
文字通り、あふれんばかりの緋羽莉の生命力。
それが、緋色のオーラとなって彼らを包み、恩恵を与えているのだろう。
実際、赤い輝きが強まるたびに、幹はさらに若々しさを取り戻している。
よく見れば、緋羽莉のまわりにも、かすかな緋色のゆらぎがまとわりついている。
それは彼女の鼓動に合わせて、ふわり、ふわりと揺れていた。
豊かな生命力が、その体の奥から本当にあふれ出しているかのようだ。
太くしっかりとした脚に力が入るたび、森そのものが彼女に呼応しているように感じられた。
「野生のワンダーにまで影響を与えちゃうなんて……緋羽莉ちゃんてば、ほんとにすごいんだから……!」
アリスは親友を誇らしく思いながらも、あきれたような苦笑いを浮かべる。
そして、じり、と一歩後ずさった。
さきほどまでの優勢は、音もなく崩れ去っている。
森のプリンセスは――花々に囲まれながらも、決して埋もれない存在。
背筋をすっと伸ばした姿は、誰よりも堂々としている。
かわいらしく、たくましく、そしてどこかまぶしい。
だからこそ、皆が守りたくなり、奪い合ってしまうのだ。
彼女をめぐる戦いは――いま、ふたたび振り出しに戻ろうとしていた。




