第75話 だんご大作戦
「あ、あんなの、もう勝てっこないよ……」
姫君と慕う緋羽莉を返すまいという思いのあまり、彼女のあふれる生命力の影響でパワーアップし、さらに高い再生能力まで得た三体の木のバケモノ――【トオレント】。
その姿を前にして、りんごはすっかりあきらめモードになっていた。
弱音を吐くな、と閃芽はりんごをしかりたかった。
けれど、たしかに状況は絶望的だ。そう言いたくなるのもムリはない。結局、なにも言わなかった。内心では、むしろ悪いのは緋羽莉のほうだと思っていたが。
ただひとり、アリスだけはまったくあきらめていない顔で、トオレントたちをにらみながら勝ち筋を探っていた。
アリスと緋羽莉の付き合いは長い。互いをよく知った仲だ。
だからこそ、ワンダーバトルにおけるそれぞれの特徴もスタイルも、すべて把握している。もちろん、緋羽莉のパートナーたちが持つ超再生能力への対策もだ。
そのひとつが、前にブルーにも教えた方法――気絶させてしまえば、再生したって意味がないというもの。
どんなに耐久力を持ったワンダーだろうと、急所に強烈な一撃を叩き込めば、意識を奪うことはできる。そして、進化したいまのミルフィーヌになら、それができる。
しかし、そのためには……クリアしなければならない条件が多い。
だからアリスは――
「ふたりとも、ちょっと耳貸して」
そう言って、りんごと閃芽に、なにやらひそひそと耳打ちした。
「ええっ⁉」
「また大胆なこと思いつくねえ……」
りんごはびっくり仰天。閃芽は肩をすくめ、あきれたように笑った。
「ふたりの協力が必要なの。お願いね」
アリスがそう言ってほほえむと、りんごはとまどいながらうなずき、閃芽はしぶしぶといった様子で息をついた。
「それじゃ、名づけて――“だんご大作戦”、スタートよ!」
アリスの号令に合わせて、りんごと閃芽のパートナーたちは左右へ散開。
そしてミルフィーヌは、正面からトオレントへ突撃をしかけた!
『ムダだ! いまの我らには、なにをしようとな!』
トオレントたちは、突っ込んでくるミルフィーヌめがけ、根を伸ばし、木の葉を飛ばして攻撃してくる。
「振り払えー!」
『やあーっ!』
アリスの叫びに合わせ、ミルフィーヌは剣を振り回し、根と木の葉を次々と切り払っていく。
それでも相手は圧倒的な物量。すべてをさばききることはできず、体にはいくつも切り傷が走った。
『やりおる!』
トオレントたちも思わず感心する。
たった一体で、自分たち三体すべての攻撃をしのいでいるのだ。並のワンダーなら、とっくに勝負はついているだろう。
トオレントたちは、ミルフィーヌへの攻撃をさらに激しくした。
だからこそ――意識が彼女だけに向き、残りの二体への注意をおろそかにしてしまった。
「《ニードルサンダー》!」
「ら、《ラプターシュート》!」
閃芽とりんごの声が響く。
トオレント三体の両脇へ回り込んでいたハーリーの電撃と、ザックの強烈な蹴りが、左右のトオレントAとBに同時に直撃した!
『どわわっ⁉』『ぐえーっ!』
完全に虚を突かれた不意打ち。二体は情けない声をあげ、それぞれ後方へ押し込まれる。
ハーリーはハリネズミ、ザックはフクロウ。気配を殺して相手に近づくのは、お手のものだ。
『だが、こんなもので!』『オレたちは倒れないもんね!』
トオレントAとBは、すぐに体勢を立て直した。
しかし――
「いーや、もう勝負はついたよ」
アリスは不敵でステキな笑顔を浮かべ、きっぱりと言い切った。
お花畑の上で、森のワンダーたちにまとわりつかれ捕らわれている緋羽莉も、ぱあっと顔を咲かせる。おめかしした緋色のポニーテールが、ふわりと揺れた。
白いフリルのついたピンクの服の下では、小学生とは思えないほど豊かな胸元と、健康的に引き締まった体つきが、むぎゅっとワンダーたちに押されて少し窮屈そうだった。
長い脚をそろえてちょこんと座る姿は、まるで元気なお姫さまが花の上に腰かけているみたいだ。
――またアリスが、びっくりするようなことをするんだ!
そんな期待に満ちたまなざしで、彼女を見つめていた。
大きな黄色いひとみが、きらきらと輝く。
つやつやの肌は春の陽ざしを受けてほんのり赤くなり、その表情には隠しきれないうれしさがあふれていた。
「ミルフィーヌ!」
アリスが呼びかけると、ミルフィーヌは左手から光る肉球を発生させ、右手の剣にぽんと押し当てた。
すると、水色の刀身が、肉球と同じ、ピンク色のぷにっとした質感の膜に包まれる。
『いきますっ!』
ミルフィーヌはかけ声とともに、ふたたびトオレントに突撃をしかけた!
『何度やろうとムダだ……』
迎撃しようとしたトオレントは、ハッと気づく。
横並びになっていたはずの三体のトオレントが、ハーリーとザックに押し出されたせいで、AとBが後ろへ下がり、三体が縦に並んで密着していることに。
『……まさか!』
リーダーがアリスの狙いに気づいたころには、もう遅かった。
ミルフィーヌは右手の剣で突きをくり出す。
しかし、トオレントまでの距離はまだだいぶ離れていた。
……と、思ったその瞬間。
ぐにょーん!
アメ細工のような水色の刀身が、ぐんと伸びた。
「なっ……」
『なにィーっ⁉』
りんごと閃芽、トオレントたちは、いっせいにおどろいた。ウォッチの中のブルーとモモも同様だ。
ただひとり、緋羽莉だけは、大きな黄色いひとみを宝石のように輝かせている。
思わず身を乗り出したせいで、ポニーテールがぴょんと跳ねた。
むぎゅっと押さえつけられている体が、うれしさに負けて小さく跳ねる。その動きに合わせて、健康的な体つきがふわっと揺れ、フリルのついた服が軽やかに波打った。
そして、伸びた刀身は――
グサグサグサッ!
と、三体のトオレントをまとめて串刺しにした。
そう、まさに……だんごのように。
『んがっ……!』
トオレントたちは苦悶の表情を浮かべる。だが、ふしぎと痛みは、刺さった瞬間に走っただけだった。
……しかし、それもつかの間。
「『《ハニーショック》!』」
アリスとミルフィーヌの声が重なる。
次の瞬間――
ドバアン!
という大きく重い破裂音とともに、トオレントたちの体内にすさまじい衝撃が駆け巡った!
『ギャアアーーッ!』
トオレントたちは、断末魔の恐ろしい悲鳴をあげる。
りんごが思わずびくっとしてしまうほどの声だった。
「なるほど……そういう技か」
閃芽はメガネをくいっと持ち上げながら、冷静に分析する。
ミルフィーヌの肉球バリアには、弾力と反発力がある。
それで包み込むことで、その性質を剣に付与したのだ。
つまり、肉球の性質を持った剣を敵に突き刺し、内部で反発力を炸裂させることで、体内に直接衝撃波を発生させる――それが、あの技のカラクリなのだろう。
「すっごおい……!」
お花畑の中の緋羽莉は、もう興奮しきりだ。
ワンダーたちにまとわりつかれてさえいなければ、きっと全身でよろこびを表現していただろう。
実際には動けないはずなのに、長い脚がそわそわと揺れ、元気な体は今にも飛び出しそうだ。
むっちりした太ももに力が入って、ふくらはぎの筋肉がぴんと張る。
それでも笑顔はとびきりやさしくて、見ているだけで元気をもらえるようなあかるさだった。
さしものタフ化したトオレントたちも、内部からの衝撃には耐えられない。
ブロッサムスクエアで、同じような攻撃で倒れた緋羽莉のパートナー、シンディの姿を見て、アリスが学んだことだった。
トオレントたちは、まるで切り倒された樹木のように、
ズズーン……
と重い音を立てて、地面に倒れ込んだ。
「『やっ……たあーっ!』」
アリスとミルフィーヌは、そろって大ジャンプ。
淑女のアリスは、ふだん全身でよろこびを表現したりはしない。だが、ミルフィーヌのノリにあてられたのか、それとも緋羽莉に影響されたのかもしれない。
「ナイスファイト」
閃芽はにっと笑って、りんごにハイタッチを求める。
りんごはふうっと息を吐いたあと、ふにゃりと苦笑いして、それに応じた。
その胸の中には、ちゃんと今回は役に立てた、という安心感がひろがっている。
「おつかれさま、ミルフィーヌ!」
『はいっ! アリスちゃんっ!』
アリスとミルフィーヌも、笑顔でハイタッチ。
お花畑の中の緋羽莉も、にっこりと満面の笑みを浮かべていた。
その心の中は、アリスたちへの称賛と感激でいっぱいだ。
緋色の髪が風に揺れ、黄色いリボンがふわりと踊る。
その笑顔は太陽みたいにあかるく、健康的な肌もきらきら輝いていた。
長い脚を折りたたんで座る姿は、元気いっぱいの少女らしさと、どこかお姫さまみたいな華やかさを同時に感じさせる。
そして胸の奥では――
(やっぱりアリスは、最高だよっ!)
そんな気持ちが、ぽかぽかとふくらんでいた。
こうしてアリスたちは、トオレントとのゲームを制し、さらなるレベルアップを果たしたのだった。




