第66話 新たな方程式
『カブー!』
現れたのは、二体の切り株型ワンダー。
腕のように生えている長い枝で通せんぼする、【キリカブロッカー】だ。
そういう性質のため、出会ってしまえば戦いはほぼ避けられない。
「で、出た~!」
りんごは緋羽莉の服のすそをつかんだまま、悲鳴をあげた。
これが、野生のワンダーと遭遇した人間の、ごく当たり前の反応といえる。
アリスや緋羽莉のような一部の例外をのぞけば、ほとんどのウィザードが一度は通る道だ。
そういった恐怖や困難を何度も、少しずつ乗り越えていくことで、一流へと成長していくのである。
「ブルー! バトルだよ! おいで!」
『う、うん!』
アリスにうながされると、緋羽莉の長い脚にしがみついていたブルーが、意を決して前に出た。
離れる際、緋羽莉はブルーの背中にそっと手を添え、やさしくほほえむ。
添えられた大きな手は驚くほどやわらかく、指先までしなやかな力に満ちていた。
前かがみになった拍子に、長いポニーテールが肩をすべり落ち、整った体の線がよりはっきりと浮かび上がる。
「がんばって!」
その声は、春の陽だまりのようにあたたかく、ブルーの胸の奥にすっと染みこんだ。
やる気も、勇気も、元気も――すべてが一気にふくらんでいく。
「じゃ、私からも。がんばってー」
すると、閃芽までもが、ひょいと緋羽莉のうしろにひっこんでしまった。
長身の緋羽莉の背にすっぽり隠れる形になり、そのようすはどこか頼りない。
「え? 相手、二体いるんだけど……」
アリスが困り顔でツッコむ。
「今回の冒険の目的は、キミの修行のためでしょ。あれくらいの相手、ひとりでチョチョイとやっつけられないようじゃ、大会優勝なんてムリだよ」
閃芽は、まったく悪びれないようすで言った。
その言葉に、アリスは釈然としないものを感じつつも――たしかに一理ある、と認めざるをえなかった。
目の前のキリカブロッカーは、言っては悪いが、それほど強力なワンダーじゃない。
これまで集めた知識から見ても、そして実際に目にした印象からしても。
この程度の相手を、たとえ二体同時でも対処できないようでは、大会優勝どころか――剣城玲那に勝つことだって、きっとできない。
アリスは、はあと小さくため息をついた。
「……わかった。わたしひとりでやるよ。いいね、ブルー?」
ひとりで二体を同時に相手にする――その事実に、ブルーは一瞬とまどった。
だが、
「……うん!」
ぎゅっとこぶしをにぎりしめ、覚悟を決めてうなずいた。
ブルーもまた、アリスと同じ気持ちだったのだ。
あえて不利な状況を跳ね返してこそ、本当の修行になる。
ミルフィーヌのように強くなるために。
これからもモモを守るために。
コハクに勝つために。
そして――おかあさんのもとへ帰るために。
ブルーはもう、目の前の戦いから逃げない。
そう、決意を新たにしていた。
「さあ……こい!」
ブルーは目をキリッとさせ、キリカブロッカーたちをにらみつけた。
新しく買い換えた飛行ゴーグルが、木漏れ日を受けてキラリと輝く。
『カブー!』
二体のキリカブロッカーは、左右の長い枝をめいっぱい伸ばして威嚇した。
節だらけの枝がギシギシと音を立て、まるで「通さない」と意思表示しているかのようだ。
顔の怖さもあいまって、切り株ほどの大きさとは思えない威圧感を放っている。
だが、アリスはもちろん、ブルーもひるまなかった。
「《プリズムボール》!」
アリスが命じる。
――バトル開始だ。
ブルーは両手を前にかざし、エナを集中させた。
次の瞬間、サッカーボール大の虹色の光球が生まれ、まっすぐ撃ち出される。
『カブー⁉』
手前にいたキリカブロッカーの顔面に命中。
鈍い衝撃音とともに、樹皮がはじけ、小さな木くずが飛び散った。
キリカブロッカーは悲鳴をあげ、顔を大きくゆがめる。
「すごい! また威力が上がってる!」
緋羽莉は思わず前のめりになり、ひとみをきらきらと輝かせて声をあげた。
身を乗り出したいきおいで、たすきがけのポーチが軽く跳ね、華やかな衣装が楽しげに揺れる。
健康的に輝く頬と、子どもらしい素直な驚きが重なり、まるで、自分のことのようにうれしそうなその表情は、とても愛らしかった。
技の威力が増した、というのは、決して気のせいではない。
それは、確かな成長の証だった。
研究者志望の閃芽も、興味深そうに目を細めている。
進化を遂げたミルフィーヌばかりに目が向きがちだが――ブロッサムスクエアでの激闘を経て、ブルーもまた、確実にレベルアップしていたのだ。
ブルー本人に、それほど自覚はない。
だが――いつもアリスのことをいちばん近くで見つめ続けている緋羽莉には、そのパートナーであるブルーの小さな変化も、誰より早く気づくことができたのだった。
そのことが、なぜだか――とても誇らしかった。
胸の前でそっと手を重ねる仕草には、頼もしさと少女らしい可憐さが同居している。
『カブー!』
急所とも言える顔に攻撃を受け、便宜上キリカブAは、怒りに震えた。
もう一体のキリカブBとともに枝を大きくひろげ――そこから無数の木の葉を飛ばしてくる。
するどくとがった葉は、まるで小さな刃のようだった。
「よけて!」
アリスの指示が飛ぶ。
「うん!」
ブルーは、ためらいなくうなずいた。
目の前に、緑色の刃の雨が迫る。
だが――恐れは、まったくなかった。
さっきのロボット……【ガンマ-10000】の銃弾にくらべれば――
はるかに遅い。はるかに弱い。
軌跡がはっきり見える――これなら、よけられる!
ブルーは左右にすばやく動き、二波にわたる木の葉の雨を、みごとにかわした。
葉がかすめ、風が頬をなでる。
けれど、その体に傷ひとつつけることはできなかった。
「すごいっ!」
緋羽莉は、またも感激の声をあげた。
思わず一歩前に出てしまうほどのいきおいだ。
そのカゲに隠れている、りんごと閃芽も、思わず舌を巻く。
最初のころは、攻撃におびえ、とっさの回避行動すら取れなかったブルー。
それが今では――こんなにも落ち着いて対処できている。
その差は、まさに雲泥だった。
ブルーの確かな成長を、ふたりも強く実感していた。
『カブ⁉』
攻撃をよけられたことに驚き、二体のキリカブロッカーがおののく。
――今が、反撃のチャンス!
そう判断したアリスは、間髪入れずに指示を飛ばした。
「《スカイナックル》!」
ブルーは応え、右のこぶしにエナを集中させる。
空色のオーラが、こぶしを包みこんだ。
そして――ひるんだ相手めがけて一気に駆け出す!
『カブー!』
渾身の一撃が、キリカブAの顔面に炸裂した。
鈍い衝撃音とともに、キリカブAの体が宙に浮く。
そのまま数メートル後方まで吹き飛ばされ、地面に転がった。
……動かない。
完全に、気を失っている。
残ったキリカブBは、仲間が一撃で倒されたことに、ふたたびおどろき、おののいた。
『もう一発……!』
ブルーはこぶしを振り抜いた姿勢のまま、キリカブBをキッと見据える。
体勢を立て直し、ふたたび右こぶしにチカラを込めはじめた。
しかし――
『カブー!』
そのスキを、キリカブBは見逃さなかった。
仲間を倒された怒りで、すでに恐怖を振り払っていたのだ。
ブルーが二発目の攻撃に移る前に――反撃。
長い枝をヤリのようにするどく伸ばし、ブルーの胴体へ突き刺した!
『うわっ⁉』
回避も、防御も、間に合わない。
エナの集中も不十分な状態での直撃だった。
枝の先端が体を打ち、鈍い衝撃が走る。
傷口から、じんわりと血がにじむ。
ブルーの体は、そのまま後方へ吹き飛ばされた。
「ブルー!」
アリスと緋羽莉が、同時に叫ぶ。
緋羽莉のカゲに隠れていたりんごと閃芽も、顔をこわばらせた。
『いたた……』
ブルーは地面に着地し、おなかの傷口を押さえながら立ち上がる。
そのひとみは、まだ戦意を失っていなかった。
(ダメージは……たいしたことない……!)
無防備な状態で攻撃を受けたとはいえ、致命傷ではない。
動ける。戦える。
――でも。
(問題は……そこじゃない……)
ブルーは、自分の戦い方を振り返っていた。
(ぼくの技は……どれもスキが大きすぎるんだ……!)
《スカイナックル》も、《プリズムボール》も。
発動する前に、どうしても溜めが必要になる。
そして発動したあとも――すぐに次の行動へ移れない。
(もっと……ミルフィーヌみたいに……)
流れるように。止まらずに。次の動きへつなげられる技がほしい。
大振りすぎない――すばやい技が。
(でも……どうすれば……)
わからない。
お母さん竜も、そういう戦い方は教えてくれなかった。
一撃で仕留める。それが野生の戦いのすべてだったからだ。
その迷いが、背中越しに伝わってくるようで――
アリスは、胸をぎゅっと締めつけられる思いがした。
(ブルー……)
もちろん、ウィザードであるアリスも、この課題に気づいていなかったわけではない。
そして――その答えも、すでに見つけていた。だが……
(いまのブルーに……できるかな……)
それは、今までのような力任せの戦い方ではない。技術が必要になる。
本来なら、時間をかけて説明し、練習を重ねて習得するべきものだ。
けれど――
(ブルーはいま、それを必要としてる……)
このままでも、バトルには勝てるだろう。
でも――迷いを抱えたまま、勝たせたくはない。
ブルーには、気持ちよく勝ってほしい。
そして、自信を持ってほしい。
そう思ったアリスは――ちらりと、緋羽莉の顔を見た。
――なんとかして。
そんな願いを込めて。
緋羽莉は、その視線をしっかり受け止め――にっこりと、やさしくほほえんだ。
まるで、「だいじょうぶ、まかせて」と伝えるかのように。
胸の前でそっと手を重ねる仕草は優しく、健康的な体つきの中に少女らしい無垢さを感じさせる。
その存在そのものが、アリスにとって何より心強い支えだった。
言葉なんていらない。
目と目を合わせただけで――大親友の考えを、すべて理解していた。
悩めるブルーに、緋羽莉はいつものあかるく大きな声で呼びかけた。
「ブルー! そんなに力まなくていいんだよ! チカラをこめるのは、相手にぶつける一瞬だけでいいの! それを意識してみて! だいじょうぶ! きっとできるよ!」
ブルーは、ハッと息をのんだ。
緋羽莉の純粋でまっすぐな言葉は、正直、アリスの言葉よりもすっと胸に入ってくる。
作戦指示の的確さなら、決断力のあるアリスのほうに分がある。
けれど――戦う技術や、心の持ち方を教えてもらうなら。
いつも相手に身も心も寄り添える緋羽莉の言葉のほうが、ブルーの心には深く届くのだった。
アリスも、それをちゃんとわかっている。
だからこそ、自分の決断力を信じて、ためらいなく緋羽莉を頼ったのだ。
――もう、自分ひとりで、すべてを背負いこまない。
さっき、そう誓ったばかりなのだから。
『相手にぶつける……一瞬だけ……』
ブルーは、すっと立ち上がり、もう一度キリカブBを見すえた。
胸の奥に――なにか、つかめそうな感覚がある。
『カブー!』
キリカブBが、枝から木の葉を発射してきた。
ブルーはキッと目を細め――ダッ! と駆けだす。
飛んでくる木の葉をよけながら、まっすぐ前へ。
キリカブロッカーとの距離を、一気に詰めていく。
すると、今度は枝のヤリが伸びてきた。
ブルーは走りながら体をひねり、それもかわす。
そして――キリカブBのふところへ、飛びこんだ。
体をひねり、右のこぶしを強くにぎりしめる。
(相手にぶつける……一瞬だけ!)
緋羽莉のアドバイスを、心の中でくり返す。
それから――
(だいじょうぶ! きっとできるよ!)
最後に添えられた、あの言葉。
その一言が、ふしぎなほど勇気をくれる。
緋羽莉にそう言われただけで、本当にできる気がしてくる。
太陽のような声が、胸の中の迷いを吹き払った。
――もう、迷わない!
わずか一瞬で練り上げられたエナが、ピンク色の淡い光となって、ブルーのこぶしを包みこむ。
「《バタフライビート》!」
ブルーは、ピンク色に輝く右こぶしを振り抜いた。
『カブッ!?』
こぶしがキリカブBの顔面にめりこみ、その体をわずかにのけぞらせる。
威力は、《スカイナックル》よりあきらかに弱い。
この一撃だけでは、倒しきれない。
キリカブBは反撃しようと、枝を伸ばす。
しかし――今度は、ブルーのほうが早かった。
すぐさま一歩踏みこみ、間をあけずに二発目。
今度は左のこぶしを突き出す!
『カブーッ!?』
二発目が命中。
キリカブBの体が、さらに後方へ吹き飛ぶ。
あおむけに倒れる――だが、まだ動く。
ブルーはさらに前へ踏みこみ――ジャンプ!
三発目!
右のこぶしを、大きく振り上げ――
ズドンッ!
起きあがろうとしたキリカブBの顔面に、渾身の一撃が叩きこまれた。
その瞬間――キリカブBの動きが止まる。
完全に、沈黙した。
『……勝った!』
ブルーは、はあ、はあ、と肩で息をしながらつぶやいた。
胸の奥が、熱い。
確かな達成感。
戦い抜いた充実感。
そして――新しいチカラを、自分のものにできたという満足感。
ブルーは、そのよろこびをかみしめるように、ぎゅっとこぶしをにぎりしめた。
「やったー!」
緋羽莉が満開の笑顔で、大きくジャンプした。
跳ね上がった体は驚くほど軽やかで、長い脚が空中でしなやかな弧を描く。
フリルのついたスカートがふわりとひろがり、健康的な美しさをいっそう引き立てていた。
彼女のかげに隠れていたりんごと閃芽も、一瞬驚いたあと、ブルーの勝利をよろこんだ。
「ブルー!」
アリスもまた、笑顔いっぱいでブルーのもとへ駆け寄り、その体を抱き上げる。
『わわっ!?』
ブルーは驚き、目をぱちくりさせた。
「やったね! 新技習得、おめでとう!」
アリスは心からの称賛を送る。
緋羽莉の言葉も、たしかに勇気をくれる。
けれど――やっぱりブルーにとって、いちばんうれしいのは。
アリスが、こんなふうによろこんでくれることだった。
ブルーはアリスの腕の中で、にっこり笑う。
『ありがとう』
その声は、とても晴れやかだった。
「アリス! ブルー! すごかったよ!」
功労者である緋羽莉も、ふたりのもとへ駆け寄ってくる。
駆けるたびに、緋色の髪が弾み、整った体の動きが滑らかに連動する。
その一歩一歩には、力強さと少女らしい愛らしさが同時に宿っていた。
そしてアリスと――ブルーとも、元気いっぱいにハイタッチをかわした。
大きな手のひらはあたたかく、包み込むようなやさしさがあった。
その笑顔は、見ているだけで胸があたたかくなるほど輝いていた。
森の中に、あかるい空気がひろがる。
戦いの緊張が、うそのように消えていた。
――しかし。
「でもアリス。今回キミ、ほとんどなにもしてなくない?」
その空気をぶち壊すような、ニヤニヤ顔の閃芽の冷たい指摘。
「そ、そんなことないもん!」
アリスは顔を真っ赤にして反論する。
そのようすが、あまりにもわかりやすくて――
りんごもふくめ、みんなの「あははっ!」という笑い声が、裏山の森の中にいつまでも響きわたるのだった。




