第67話 レッツ・アドベンチャー!
【キリカブロッカー】たちをしりぞけたものの、その枝による手痛い一撃でキズを負ったブルーは、緋羽莉にヒーリングジェルを塗ってもらっていた。
緋羽莉のあたたかくやさしい手つきと、ヒーリングジェルの確かな治癒効果のおかげで、ブルーの体はみるみる回復していく。
ひんやりとしたジェルが傷口にしみこむたび、痛みがやわらぎ、かわりに心地よさがひろがった。
それだけではない。緋羽莉の指先から伝わってくるぬくもりが、ブルーの心まで元気にしてくれる。
――ケガする前よりよくなった、そう思えるほどに。
「はい! これでよし!」
ジェルを塗り終えた緋羽莉は、満足そうに顔をほころばせた。
少しかがんでいた体を起こすと、すらりとした長身があらためて際立つ。
『ありがとう、ヒバリちゃん』
ブルーが見上げた先には、やさしく見守る大きな黄色いひとみがある。
その表情は陽だまりのようにあたたかく、ブルーの胸を静かに満たしていった。
ブルーが完全に回復し、万全の状態に戻ったアリスたちは、異空間化した裏山の奥へと進んでいった。
山道とはいえ、傾斜はそれほどきつくない。
木々のあいだからやわらかな光が差しこみ、草の香りをふくんだ風が頬をなでていく。
数十分歩き通しでも、みんなまだまだ元気だった――りんご以外は。
「はー……はー……」
最後尾で、りんごは汗だくになり、肩で大きく息をしている。
前髪に隠れた額には玉のような汗が浮かび、足どりも少し重そうだ。
「だいじょうぶ? りんごちゃん? わたし、おんぶしようか?」
緋羽莉が後ろ手を組み、首をかしげながら声をかける。
その表情から、本気で心配していることがよくわかった。
額にはうっすらと汗がにじんでいるが、呼吸はまったく乱れていない。
その姿からは、底知れない持久力と、友だちを気づかう余裕が同時に伝わってきた。
「ううん……だいじょうぶだから……」
りんごは、弱々しく笑って答える。
緋羽莉がそう思ってくれているからこそ――もうしわけないと思ってしまう。
りんごだって、緋羽莉のことが大好きだ。
やさしくて、あかるくて、頼りになる大切な友だち。
だからこそ、甘えてばかりいるのはイヤだった。
迷惑をかけたくない――そんな思いが、つい強がりの言葉になってしまう。
「そう? ほんとうにムリそうなら、いつでも言ってね?」
首をかしげると、ポニーテールが肩の上で弾む。
その動きに合わせて、やわらかなウェーブを描く髪がさらりと流れた。
緋羽莉も、りんごの気持ちをちゃんとわかっている。
だから無理には勧めない。
その代わり、いつでも頼っていいんだよ、という気持ちをこめて、やさしくほほえんだ。
「じゃあ、かわりに私をおぶってよ。もう足がパンパンなんだよ」
閃芽が、いたずらっぽい笑みを浮かべて、緋羽莉の顔をじーっとのぞきこんだ。
だが、その足どりは軽く、呼吸も乱れていない。
どう見ても、疲れているようすはなかった。
「閃芽ちゃんは、まだまだがんばれるよね?」
もちろん緋羽莉は、それをばっちり見抜いていた。
にっこり笑うその顔には、からかいを受け止める余裕と自信が浮かんでいる。
しっかりと地面を踏みしめる立ち姿は、まるで大樹のように安定していた。
「ちぇー」
閃芽は口をとがらせるが、その顔は笑っている。
もともと、冗談半分だったのだ。
『ふふふっ』
すると、アリスの足もとを歩いていたブルーが、くすりと笑った。
「なにがおかしいの?」
アリスが、やさしくたずねる。
出会ったばかりのころ、不安でいっぱいだったブルーが、こうして自然に笑えるようになったことが――アリスには何よりもうれしかった。
『みんな、仲がいいんだな、って思って』
「まあね。ひとごとみたいな言い方だけど、ブルーもその一員だからね」
『それは……わかってるよ』
ブルーは一瞬、ドキッとした。
自分も、この輪の中にいる。
友だちのひとりなんだと、あらためて実感したのだ。
胸の奥が、じんわりあたたかくなる。
『ただ、こんなにタイプのちがうみんなが、どうやって出会って、なかよくなったのかな、って……ちょっと気になって』
「そんなにたいした話じゃないけどね」
アリスは歩きながら、少しだけ遠くを見るような目をした。
「話すとけっこう長くなっちゃうから、今は省くけど……わたしはね、タイプがちがうからこそ、人もワンダーもひかれあうんだって思うな」
そして、ブルーのほうを見て、にっと笑う。
「わたしと、ブルーみたいにね」
『ちがってるから、ひかれあう……』
ブルーは、その言葉をくり返した。
ふしぎと――胸に強く残る言葉だった。
いつか、この言葉の本当の意味を、もっと深く知る日が来る。そんな気がした。
「今度、ちゃんと話してあげるね。わたしとみんなの、出会いの話」
『うん、楽しみにしてる』
ブルーは、うれしそうにうなずいた。
そんな会話を交わしながら、一行は山道を進んでいく。
木々のざわめきと、仲間たちの笑い声が重なりあい、裏山の奥へと吸いこまれていった。
☆ ☆ ☆
「《プリズムボール》!」
ブルーの放った虹色の光球が、子ギツネ型ワンダー【チロリン】に命中した。
『キュンッ!?』
チロリンは小さく鳴き声をあげ、そのまま森の奥へと逃げていく。撃退成功だ。
「あ……あの子、かわいかったのにな……」
りんごが、残念そうにつぶやいた。
両手を胸の前でぎゅっとにぎりしめている。
どうやら、パートナーにしたかったらしい。
「同意見だけど、私的にはちょっと大きすぎるかな」
閃芽もつぶやいた。
ハリネズミ型ワンダーという小さなパートナーを持っているだけあって、やはり小動物系が好みのようだ。
そんなふうに言われると――実際に戦ったブルーは、少しだけもうしわけない気持ちになってしまう。
『アリスとヒバリちゃんも……あの子、仲間にしたかった?』
「わたしはいいよ。たしかにかわいい子だったけど、今回はパスかな」
アリスはきっぱりと言った。
今回の冒険では、金銭的な事情もあり、仲間にするワンダーは厳選すると決めている。
正直に言えば、ブルーの攻撃一発で逃げてしまうワンダーでは、即戦力としては少し心もとない。
「わたしのことも、気にしなくてだいじょうぶだよ!」
緋羽莉も、太陽のような笑顔で言った。
胸に手を当てて言うその仕草は、堂々としていて迷いがない。
張りのある声とともに、全身からあふれる自信が周囲の空気まであかるくした。
「バトルしたのはブルーなんだから! ブルーの判断がいちばんだよ!」
その言葉には、強い信頼が込められている。
裏表のない、まっすぐな気持ち。
だからこそ――
『……うん!』
ブルーは安心して、うなずくことができた。
胸の中にあった小さな罪悪感が、すっと消えていく。
「あ、そうだ、かわいいといえば……」
りんごが、思い出したように言った。
「【モモイロハネウサギ】……パートナーにしたんだよね? 見てみたいなーって……」
そして、もじもじとおずおず、照れくさそうに続ける。
内気なりんごは、自分の好きなものを口にするのが、少し気恥ずかしいらしい。
「そうだよ。私たちに、なんの紹介もないなんて、ひどくないかな?」
閃芽も、あきれたような顔で同調する。
研究者の妹だけあって、超がつくほどめずらしいハネウサギには、興味しんしんのようだ。
「え~? そんなに見たいのお~? しょうがないなあ~」
アリスはニタニタしながら、もったいぶるように言った。
だれかに自慢したくてたまらない、という顔だ。
そして、右手のスマートウォッチを操作する。
「おいで、モモ!」
ピンクの光の粒子がふわりとあふれ、姿を現したのは、羽のように大きなたれ耳と、くりっとした赤いひとみを持つ、ピンク色の子ウサギ――【モモイロハネウサギ】のモモだった。
『キューッ!』
『わあっ!?』
登場するなり、モモはブルーの体にぎゅっと抱きつき、何度も何度もほおずりする。
まるで、ずっと会えなかった大好きな相手に再会したかのようだ。
「わあ~! ほんものだあ~!」
りんごは、人生最大といってもいいくらい感激していた。
両手でほっぺを押さえ、顔じゅうが名前通り、りんごのように真っ赤に染まっている。目はきらきらと輝き、今にも涙がこぼれそうだ。
「ほお~……これはこれは、仲むつまじくてよろしいこと」
閃芽はニヤニヤしながら、おばさんくさいことを言った。
けれどその目は、好奇心とよろこびでしっかりと輝いている。
ぶっきらぼうで素直じゃない閃芽も、内心ではりんごに負けないくらい感激していた。
「モモって、ほんとうにブルーのことが大好きなんだね!」
緋羽莉は、あいかわらずうれしそうにほほえんでいる。
その笑顔はくもりひとつなく、見ているこちらまで安心させる力を持っていた。
ゆるやかなウェーブを描く緋色の髪が肩口で揺れ、健康的な肌が木もれ日の中でつややかに光る。
純粋にその光景を「なかよし」として見ているようで、そこに込められた特別な感情の深さには、あまり気づいていないようだった。
そのようすを見て、アリスも自然とほほえみ、提案する。
「このワールドの中なら、人に見られる心配もなさそうだし、モモもいっしょに歩こうか?」
『キュー!』
モモは満面の笑顔で返事をした。
ブルーといっしょに歩けるのが、よっぽどうれしいのだろう。ぴったりと体を寄せて、離れようとしない。
「よかったね! モモ!」
そのようすを見て、緋羽莉も胸の前で手を合わせ、心からうれしそうに目を細めた。
モモイロハネウサギが、幻と呼ばれるほどめずらしいワンダーだということは、ウィザードであればだれでも知っている。
だからこそ、あまり見せびらかすのはまだ避けたかった。
もしまたハンターに目をつけられでもしたら、厄介なことになりかねない。
『むにゅっ……そういえば、このへん、ほかの人間を見かけないね』
ブルーはモモにほおずりされながら、ふしぎそうに言った。
ブロッサムスクエアでは、けっこうな数のウィザードを見かけたのに、この学校の裏山には、人っ子ひとりいない。
「基本的にこのワールドは、ふしぎ小の児童しか入れないようになってるからね」
『え?』
アリスの口から語られた新事実に、ブルーはぽかんとした。
「異空間の中には、特定の存在しか入れないような、結界が張られているものもあるの」
『だから、学校の生徒しか入れないの? なんでそんなことに?』
「むかしはね、この裏山は、ふしぎ小の児童たちの遊び場だったらしいの。でも、文明が発達して、楽しい遊びや娯楽が増えていくうちに、しだいにここで遊ぶ子どもは減っていったんだって」
アリスは、まわりの森を見渡しながら続ける。
「それで、人間の立ち入りが少なくなったせいで、この場所はワールド化しちゃったらしいの」
木々の葉が、風にゆれて、さらさらと音を立てた。
まるで、昔のことを思い出しているかのようだった。
『へえー……つまり、ふしぎ小の子どもしか入れないのは……』
「うん、そういう背景が影響してるのかもしれない。この山も、いっしょに遊んだ子どもたちのことが、大好きだったんだろうね……」
そう語るアリスの目は、どこかさみしそうだった。
この山が感じていたであろう、長い時間の孤独を思ったのかもしれない。
『……そうだね。自然だって、生きものなんだもの』
ブルーも、小さくうなずいた。
モモも、ブルーに寄り添ったまま、静かに耳をゆらしている。
そのとき――緋羽莉のひとみが、きらりと輝いた。
胸いっぱいに空気を吸い込み、次の瞬間――バッと両腕をひろげ、満開の笑顔を咲かせた。
「だったら、ここでの冒険を思いっきり楽しまなくっちゃね! この山と、いーっぱい遊んじゃおう!」
いきおいよくひろげられた腕は力強く、それでいてしなやかに伸びている。
フリルのついたスカートがふわりと揺れ、元気な動きに合わせてリボンも弾む。
長身の体が大きく開かれ、その存在感とともに、太陽の光みたいにあかるい声が、森の中にひろがる。
声はどこまでもよく通り、まるで森そのものに語りかけているかのようだった。
まっすぐ前を見つめるその姿には、迷いのかけらもない。
ほんとうに緋羽莉は、底抜けにあかるくて前向きだ。
その全身からあふれる活力は、そばにいるだけで自然と伝わってくる。
その笑顔を見ていると、胸の奥まで元気がわいてくる。
頼もしさと無邪気さが同時に感じられる、ふしぎな魅力を持っていた。
だから、みんなもつられて、ぷっと笑みをこぼした。
「……そうだね。わたしも、野生のワンダーをもっと見てみたい」
りんごも、ぎゅっと手をにぎりしめ、勇気をふるい起こす。
さっきまでの遠慮がちなようすは、もうない。
「どうせなら、しゃぶりつくさないともったいないもんね」
閃芽も、にっといたずらっ子の笑顔を浮かべた。
未知の発見を前にした研究者気質が、すっかり顔を出している。
緋羽莉自身も、みんなの反応がうれしいのか、さらに顔を輝かせる。
その姿は、みんなと過ごす時間を心から楽しんでいる証そのものだった。
そして――最後に、アリスが、ぐっと胸を張って宣言した。
「よーし、みんな! 今回の冒険、めいっぱい楽しもう!」
「『おー!』」
元気いっぱいの声が、森にこだまする。
子どもらしい、まっすぐな決意を胸に――一行は、ふしぎ小の裏山の奥へと、さらに歩みを進めていった。




