第49話 モモイロハネウサギをさがして
異空間・ブロッサムスクエア。
桜が舞い散る黄緑色の草原で、アリスと緋羽莉、そしてブルーとミルフィーヌは【モモイロハネウサギ】を探していた。
アリスに正式に協力をお願いされたことで、緋羽莉も本腰を入れて捜索にあたっている。
アリスよりはるかにすぐれた視力と嗅覚をフル活用しているが、残念ながらなかなか成果は上がらない。
かわいらしい服をひらひらさせながら、大きな黄色いひとみをきょろきょろと動かし、前かがみになって小さな鼻をくんくんさせる緋羽莉。
陽の光を受けた緋色のポニーテールが、動くたびに元気よく跳ねる。
黄色いリボンもぴょこんと揺れて、まるで春風といっしょに踊っているみたいだった。
すらりと長い手足がしなやかに伸び、草をかき分ける姿は、探しものをしているだけなのにどこか絵になる。
そのしぐさは年相応……いや、それ以上に幼く見えるのに、高い身長とがっしりした体つきとのアンバランスさが、なんとも言えず愛らしい。
そんなようすに、アリスはつい見とれてしまう。
くりっとしたひとみが真剣に動くたび、表情がころころ変わる。
その無邪気さと、ぐっと背の高い立ち姿とのギャップが、どうしようもなく目を引いたのだ。
視線に気づいた緋羽莉は、にこっとほほえみかけた。
アリスは照れくさくなって、ぷいっとそっぽを向く。
「……こういう状況じゃなかったら、もっとゆっくり楽しめたのにね」
本来なら今日は、ひとりでブルーとミルフィーヌといっしょに、残念会として町で遊ぶ予定だった。
けれど、敗者復活戦の通知が届いた。
その瞬間、アリスはふたたびチャンスを与えられたことに胸が高鳴り、頭の中が剣城玲那への対抗心でいっぱいになってしまった。
そしていきおいのまま、ひとりでモモイロハネウサギを探そうと、このブロッサムスクエアへ向かおうとしたのだ。
いま思えば、自分でもバカなことをしたと思う。
予選を棄権したことと、玲那からこれでもかと実力差を見せつけられたことで、どこかやけっぱちになっていたのだろう。
そうでなければ今ごろ、この桜の草原で、なんのしがらみもなく、緋羽莉と楽しく過ごしていたはずだ。
つくづく、自分の未熟さがイヤになる。
「……わたしって、こんなに負けずぎらいだったんだなあ」
ぽつりとこぼれた本音。
「わたしは、ずっと前から知ってたけどね」
緋羽莉は、にまっといたずらっぽく笑って言った。
じゃあ先に教えてよ、とアリスは言いかけたが、緋羽莉の行動や言葉の全部が、自分への思いやりから来ていることを思い出す。
そんなツッコミは野暮だ、と心の中で飲み込んだ。
かわりに、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべると、両手で緋羽莉のほっぺをむにっとつねる。
やわらかくて、すべすべしていて、よく伸びるほっぺた。
間近で見ると、浅黒い健康的な肌はつやっとなめらかで、ほんのり桜色に染まっている。
まつげの長い大きな目がぱちぱちと瞬くたび、思わず触れたくなってしまう愛らしさがあった。
緋羽莉はまったく抵抗せず、されるがままになっている。
からかいがいはないけれど、アリスはそんな素直なところもたまらなく好きだった。
『……ぼくたち、あっちのほう探してみるね』『ワン!』
ふたりのようすをなんとなく見ていたブルーが、遠くを指さして言った。ミルフィーヌも元気に鳴く。
アリスと緋羽莉が、ふたりだけの空気を作り出しているので、ちょっと居心地が悪くなったのかもしれない。
りんごや閃芽は、いつもこんな気持ちでふたりといっしょにいるのだろうか。
アリスは緋羽莉のほっぺをふにふにいじりながら振り向き、答えた。
「いいけど、あんまり遠くへ行かないようにね。またさっきみたいなトラブルはごめんだよ」
巨大ポメラニアンのわたあめとぶつかった件だ。
いまとなっては、ちょっと笑える思い出だけれど。
『わかってる。もう同じ失敗はしないよ』
ブルーは力強くうなずいた。
「ハンターにも気をつけてね。ブルーもミルフィーヌも、めずらしい子なんだから」
それを聞いて、ブルーは一瞬びくっとするが、すぐに言い返す。
『だいじょうぶだよ。ぼくもミルフィーヌも、逃げ足には自信あるから。じゃあ、またあとでね!』『ワン!』
そう言って、二体は草原の向こうへ駆けていった。
「……送り出しておいてなんだけど、だいじょうぶかな……」
アリスは少し心配になって、緋羽莉のほっぺから手を離した。
緋羽莉はそんなアリスを安心させるように、やさしくほほえむ。
にこっと口角が上がると、頬えくぼがふわりとのぞく。その笑顔はぽかぽかした春の日だまりみたいで、見ているだけで肩の力が抜けていく。
背筋をしゃんと伸ばした姿勢もきれいで、頼もしさとかわいさが同時に伝わってきた。
「ブルーもミルフィーヌも、アリスの力になりたいんだよ。それに、わたしたち人間がいっしょにいるより、ワンダーだけで探したほうが見つかるかもしれないよ?」
「……それも、そうだね」
「それにブルー、“自信ある”って言ってたね。いい傾向なんじゃない?」
「……あ」
アリスはハッとした。
たしかに、ブルーのほうから自信を口にしたのは、これがはじめてかもしれない。
出会ったころのおどおどした小さなドラゴンの子からすれば、大きな成長だ。
そう思うと、いまのブルーならだいじょうぶだと、アリスは素直に信じることができた。
「わたしたちはわたしたちで、モモイロハネウサギをさがそう! わたしとアリスが力を合わせれば、きっと見つかるよっ! ブルーたちに負けないように、がんばろう!」
緋羽莉は両手をぎゅっとにぎりしめ、桜の花にも負けないくらいの満開の笑顔を咲かせた。
きゅっと結ばれた指先まで元気がみなぎっていて、背すじはぴんとまっすぐ。
風にふわりとなびく服のフリルが、動きに合わせて小さく揺れ、立っているだけなのにどこか舞台の上みたいに目を引いた。
くりっとしたひとみはきらきらと輝き、気合いとやる気がそのまま形になったみたいだ。
緋羽莉の気持ちは、隠すどころか全身からあふれている。
――ぜったい見つかる。
本気で、まっすぐに、そう信じている顔だった。
大きなひとみの奥がきらりと光り、頬には健康的な赤みがさしている。
子どもらしいあどけなさと、どこか頼れるたくましさが同時にのぞく表情だった。
そんな顔を向けられたら、アリスだって胸がぽかぽかしてくる。
「うん、いこう!」
そう言った瞬間、アリスはもう笑っていた。
そしてアリスは、緋羽莉に手を引かれ、ブルーたちとは反対の方向へ駆けだす。
長い脚が軽やかに地面を蹴るたび、ポーチがぽんぽんと弾み、後ろ姿までいきいきしている。腕の振りも大きくてのびやかで、見ているだけで元気を分けてもらえる走り方だった。
緋羽莉の手は大きくてやわらかい。少し汗ばんでいたけれど、ふしぎといやな感じはしなくて、むしろあたたかくて安心できた。
その手のぬくもりが、「だいじょうぶだよ」と言ってくれているみたいだった。
振り向いたときの笑みもやわらかくて、目じりがきゅっと下がる。その表情を見るだけで、不安なんてどこかへ走っていってしまいそうだった。
「……ありがとう、緋羽莉ちゃん」
はじめて出会ってから、何千回、何万回と伝えてきた言葉。
思えばこれが、アリスが覚えた最初の日本語だった。
「どういたしまして!」
緋羽莉は、太陽みたいな笑顔で元気よく答える。
弾む声に合わせて、頬えくぼがちらりとのぞく。楽しさをそのまま形にしたような笑い方で、見ているほうまでつられて笑顔になってしまう。
走りながら揺れるポニーテールも、楽しそうに弾んでいた。
☆ ☆ ☆
『おーい、ウサギさーん』『ワオーン!』
アリスたちと別れたブルーとミルフィーヌは、声をひそめながらモモイロハネウサギをさがしていた。
びっくりさせないように。そしてハンターに気づかれないように。
モモイロハネウサギは危機感知能力が高いことで知られている。しかもウサギだから、耳はとくにいい。
だから、ささやくより少し大きいくらいの声で呼べば、きっと届くはず――そう考えたのだ。
この作戦の元になっているのは、先日ブルーがうっかり沙織の部屋に入ってしまい、大事な写真立てをぽとりと落としてしまったときのこと。
その音に、庭で運動していたブラウンがすぐ気づいて飛んできて、しっかりしかられた経験が活きている。
ブルーもミルフィーヌも、人畜無害なやさしいオーラの持ち主だ。
それに、人間を連れていないのもあってか、野生のワンダーたちも襲ってこない。
争いごとがあまり好きではないブルーにとっては、とてもありがたい状況だった。
『それにしても、すっごくいい景色だなあ。おかあさんにも見せてあげたいな』
ブルーは、青とピンクが混ざりあう春の空を見上げながらつぶやいた。
空だけじゃない。同じくピンク色の花があたり一面に咲き、風に乗って舞い散る様子は、まるで花の吹雪。ドラゴピアではとても見られない景色だ。
ホームシックの発作はもう起きなくなったけれど、それでも空を見ると、お母さん竜のことを思い出して少しだけさみしくなる。
いまはアリスがそばにいないぶん、その気持ちは少しだけ強かった。
『ワン!』
ミルフィーヌが、そんなブルーの気持ちを読み取ったみたいに、笑顔でほおずりしてきた。
ふわふわの毛並みがくすぐったい。
でも、あたたかくて、やさしくて、心がじんわりほぐれていく。
「あなたはひとりじゃないよ」「またきっと会えるよ」
そんなふうに言ってくれている気がした。
『……ありがとう、ミルフィーヌ』
ブルーはふにゃりと笑って、ミルフィーヌをぎゅっと抱きしめた。
ミルフィーヌもしっぽをぶんぶん振って、うれしそうに応える。
――そのときだった。
『ワウ?』
ミルフィーヌがぴくりと耳を立て、なにかに反応して顔を上げた。
『どうしたの?』
ブルーがたずねた次の瞬間、ミルフィーヌは腕の中からぴょんっと飛びだす。
そしてブルーの背後、数十メートル先に立つ一本の桜の木へ向かって走りだした。
『待って!』
ブルーもあわてて追いかける。
走りながら、ブルーは気づいた。
このにおい。この気配。
さっき、わたあめとぶつかる前に追いかけていたカゲと同じオーラだ。
『ワン! ワン!』
桜の木の下までたどりついたミルフィーヌは、吠える。
敵意はないよ、と伝えるみたいに。
出ておいで、と呼びかけるみたいに。
ややあって、ブルーも追いついた。
桜の木の裏側に、小さな小さな気配がある。
『そこに……いるの?』
ブルーは、できるだけやさしい声でたずねた。
しばらくの沈黙のあと――
木の裏から、そっと姿を現した。
もじもじと恥ずかしがるしぐさ。
ふわふわのピンク色の毛並み。
たれた長い耳。
両の手のひらに乗りそうなくらい小さな体。
その姿は、春の花の妖精みたいに愛らしかった。
【モモイロハネウサギ】――その特徴をよく知っている二体は、すぐに確信するのだった。




