第48話 思いを新たに
「あー、おほん。実にごちそうさまなところ、もうしわけないんだけど……」
レンジャーの犬飼もふるが、わざとらしくせき払いをして、ぎゅっと抱き合っているアリスと緋羽莉に声をかけた。
アリスははっとして顔を真っ赤にし、ばっと緋羽莉から体を離す。
緋羽莉は「そんなにあわてなくてもいいのに」と言いたげに、やわらかな表情で、くすっと小さく笑った。
「悪かったね、おもいっきりふっとばしちゃって」
もふるのその一言で、アリスの頭にさっきの恐怖が一気によみがえった。
「あー! そうよ! ほんっとうに死ぬかと思ったんだから! 人間の安全もかえりみないであんな技を使うなんて、レンジャー失格だわ!」
アリスはびしっと指をつきつけ、ここぞとばかりにもふるを責め立てる。
その後ろで緋羽莉は、胸の前でぎゅっと手をにぎりしめ、心配そうな目でようすを見守っていた。
アリスの言い分が正しいのはわかっている。
けれど、温和でやさしい性格の緋羽莉は、そこまで人を責める気にはなれないのだ。
「そうね……言われてもしかたないわ。ごめんなさい」
もふるは、素直に深く頭を下げた。
アリスはむっとした顔のままだったけれど、それ以上強く言う気はなくなったようだ。
「でもね、いちおう言わせてもらうと、私はちょっとおどかすつもりだったのよ。それなのにそのコが中途半端に技を消したりするもんだから、コントロールがくるっちゃったの!」
もふるはそう言って、ブルーを指さした。
『ええっ!? ぼく!?』
ブルーは目を丸くして、自分を指さし返す。
《バタフライエフェクト》は相手の技そのものに干渉して打ち消す特殊な技だ。
そのせいで、音波砲の動きが予想外に変化してしまったのかもしれない。
「それに、いざとなればわたあめの《パウシールド》で受け止めるつもりだったし!」
もふるは身振り手振りを交えて必死に弁解する。
「でも、それって言いわけですよね?」
アリスは腕を組み、じとっとした目でばっさり言った。
「はい、そのとおりです……」
もふるはしゅんとうつむき、指先をちょんちょん突き合わせた。
そのとき、緋羽莉がアリスの肩を大きな指でちょん、とつつく。
やさしい黄色のひとみが「そのくらいにしてあげよ?」と語っていた。
くせっ毛ぎみの前髪がふわりと揺れ、その表情はまるで陽だまりの天使みたいにやわらかい。
アリスはその視線に気づき、胸の奥がじんわりあたたかくなるのを感じていた。
「……まあ、このバトルのおかげで、わたしは大事なこと思い出せたし、緋羽莉ちゃんとの絆も深まったし、ブルーもまた成長できたみたいだし……今回は大目に見てあげる」
アリスはほっぺをふくらませたまま、しぶしぶ許す。
「大目に見てあげる」という言い方は、さっきもふるにそう言われた仕返しのつもりなのだろう。
「これで、ブルーがわたあめにぶつかったぶんもチャラにしてくださいよね」
「ああ、もちろんよ、ありがとう! 今回のことは、もろもろ本当にごめんなさい!」
もふるは涙目になりながら、ぺこぺこと何度も頭を下げた。
最初に会ったときのクールな印象はどこへやら、いまではすっかり反省中の子犬みたいだ。
「おわびに、私にできることがあったら、なんだって力になるよ……ところで、君たちのお名前は?」
アリスと緋羽莉は顔を見合わせ、きょとんとする。
そういえば、まだ自己紹介をしていなかった。
「わたしはアリス・ハートランド。ふしぎ小学校に通う5年生です」
「わたしは花菱緋羽莉です。アリスと同じ、ふしぎ小学校の5年生です」
ふたりはそろってぺこりとおじぎをした。
頭を下げる動作もどこか堂々としていて、あかるい笑顔がぱっと場の空気をやわらげる。
となりに立つアリスは、そんな緋羽莉を誇らしそうに見上げていた。
「ふむふむ、アリスちゃんに、ひばりちゃん……小学5年生……5年生!?」
もふるはカチンと固まった。とくに緋羽莉を見て。
すらりと背が高く、元気いっぱいの笑顔。
かわいらしい服装の下の、スポーツが得意そうな引きしまった体つきと、太陽みたいにあかるい雰囲気。
その健康的で堂々とした立ち姿は、とても小学生とは思えないほど頼もしく見える。
レンジャーなんてやっているからわかる。この子は"できる子"だと。
「……またまたごめん。さっきは服装バカにして……私の目、とことん節穴だったわ」
もふるは、がっくりと肩を落とした。
白いキャップのつばの下に影が落ち、二本の三つ編みもしょんぼりと元気をなくしている。
「き、気にしないでください! わたし、もふるさんは立派だと思います!」
緋羽莉は大きなひとみをぱっと見開き、両手をぶんぶん振りながらあわててフォローした。
それはお世辞でも気休めでもない。緋羽莉は、本気でそう思っているのだ。
まっすぐな気持ちが、そのまま声の大きさや表情にあらわれている。
いっぽうのアリスは、もふるの仕事ぶりにまだ少しだけ疑いのまなざしを向けていたけれど。
「わたし、次に異空間に入るときは、ちゃんとした服を着てきますね!」
緋羽莉は、フリルがたっぷりついたピンクのオフショルダーのすそをつまみながら言った。
ふわりと揺れるその姿は、まるでおしゃれな人形のように愛らしい。
動くたびにポニーテールが弾み、黄色いリボンが楽しそうに踊る。
見ているだけで、その場の空気まで華やぐようだった。
「いやいやいや! そんな必要ないって! その服、すっごくかわいいから! ワールドは自由服なんだから!」
もふるはあわてて首を横にぶんぶん振り、緋羽莉の容姿をほめた。いちおう、本心ではある。
素直な緋羽莉は、ほほをほんのり染めて、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「え? ほんとうですか! ありがとうございますっ!」
うれしさをかくせないその笑顔は、まぶしい朝日みたい。
ほめられると全力でよろこんでしまうところも、いかにも彼女らしい。
その笑顔のまぶしさに、もふるは一瞬だけ目を細める。
まるで太陽を真正面から見たみたいに、思わずまばたきをしてしまうほどだった。
そんなふたりのやり取りをあきれ顔で見ていたアリスは、こほんと小さく咳払いして話を戻した。
「それで、なんだって力になってくれるんですよね?」
「うん、なるなる。でも、おカネは貸してあげられないよ」
「それはいいです。わたしたち、【モモイロハネウサギ】を探してるんですけど……」
アリスの言葉を聞いた瞬間、もふるの表情がきゅっと引きしまり、空気が変わった。
「まさか、キミたち……ハンター?」
そう言いながら、腰のベルトに下げた銃のような装置に手をかける。
「ち、ちがいますよ! 純粋にお友だちになりたいって思ってるんです!」
『そうそう!』
ブルーもおもちゃみたいに何度も首を縦に振った。
小さな翼までぱたぱた動いていて、必死さが全身から伝わってくる。
「冗談よ。キミたちがワンダーを大切にしてるってことは、さっきのバトルでわかったからね」
もふるが装置から手を離したので、アリスたちはほっと胸をなでおろした。
ブルーなんて、その場にぺたんと座り込みそうないきおいだ。
「でも、そういうことなら残念だけど、ワンダーレンジャーとして協力はできないわよ。モモイロハネウサギは特定保護魔法生物に指定されてるんだから。探す行為自体が、犯罪ととらえられかねないし。友だちになるぶんなら、かまわないけれど」
「まあ、そうですよね。わたしも半分は言ってみただけです」
アリスは肩をすくめた。
緋羽莉にだって、それくらいの知識はある。
勉強もトレーニングも手を抜かない彼女は、こういう話もちゃんと理解している。
「あと、これもレンジャーとして忠告。モモイロハネウサギを探すのは、やめておきなさい」
もふるはさっきよりもずっと真剣な顔で言った。
「どうして……ですか?」
思わずアリスの声が小さくなる。
「出るのよ、本当に……ハンターがね」
「ハン、ター……」
緋羽莉はごくりとのどを鳴らし、小さくつばを飲みこんだ。
『その、"ハンター"っていうのは?』
ブルーが首をかしげる。
「許可なくワンダーをつかまえる、悪いヤツのことだよ」
もふるは小さな子どもに教えるような口調で言った。
『悪いヤツ……』
ブルーの体が、ぶるっとふるえた。
アリスと出会った日、自分も悪いニンゲンに捕まりそうになったことを思い出したのだ。
アリスも、くちびるをぎゅっと結び、こぶしをにぎりしめていた。
その静かな怒りに気づいた緋羽莉は、そっとアリスのそばへ寄りそう。
肩がかすかに触れる距離で、心配そうにのぞきこむ。
やわらかなまなざしが、言葉のかわりにそっと背中を押している。
アリスはその気配に気づき、わずかに力の入っていた手のひらをゆるめた。
「実を言うとね、私の任務はそいつらを見張るためのパトロールなの。チカラの足りないウィザードを追い出してるのは、そのついでってわけ」
「それ、わたしたちに教えてよかったんですか?」
「おわびのひとつだとでも思ってちょうだい」
もふるは白いキャップをかぶり直した。
「協力してもらえないなら、それ以外でいまやってほしいことはないですね。ハンターがいるなら、急いで探さなきゃ」
それでもアリスの決意は変わらなかった。
もふるはあきれたようにため息をつく。
「いちおう忠告はしたからね。異空間内で起きたことは基本的に自己責任。ハンターとかち合ってやられちゃっても、もう文句は受け付けないよ」
『やられちゃったら、そもそも文句も言えないんじゃ……』
ブルーは青い顔をさらに青ざめさせた。
「……でも、それならなおさら、モモイロハネウサギを見つけなくちゃ。ハンターに捕まっちゃう前に」
アリスは目を細め、まっすぐ前を見すえて言った。
その横顔には、ワンダーを心から愛するがゆえの、ゆるぎない決意がにじんでいる。
そしてそのすぐとなりには、同じ方向を見つめる緋羽莉の姿。
どんなときも並んで進もうとする、その変わらない立ち位置がふたりの絆を物語っていた。
もふるは、今度は小さく笑った。
「その心がけは立派だと思うけど、ハンターって連中はホントに危ないんだからね」
「わかってます。わたしは、それに負けないために訓練してきたんだから」
アリスの目は、口先だけじゃない覚悟に満ちていた。
その心とたしかな実力を、さっきのバトルでもふるは感じ取っている。
「……なら、私からはなにも言うことはないわ。ふたりとも、アドレスだけ交換しよう。もしヤバいと思ったら、すぐに連絡すること!」
「えー、でももふるさん、わたしたちに負けたじゃない」
アリスはにいっと、いたずらっぽく笑った。
もふるも同じように笑い返す。
「甘く見られたモンね。さっきはおどかすだけのつもりだって言ったでしょ。私たちだって、本気を出せばあんなもんじゃない!」
『ワフン!』
ポンと手を置かれた巨大犬【ドデカニアン】のわたあめも元気に鳴いた。
どうやら、すっかり気絶から立ち直ったらしい。
「あ! もふるさん! わたあめのケガ、治させてもらっていいですか?」
ハッとした緋羽莉が一歩前に出て言った。その表情はとてもまっすぐで、本気で心配していることがひと目で伝わってくる。
「え、いいの? じゃあ、おねがいしようかな」
もふるは少しもうしわけなさそうにしながらも、大切なパートナーのためだと思い、うなずいた。
緋羽莉はうなずき返すと、もう一度アカネを呼び出し、《再生の炎》でわたあめの回復をこころみる。
袖口のフリルがふわりと揺れ、仕草ひとつまでどこかやわらかい。
連続で回復のために呼び出され、アカネはちょっと不満そうな顔をしたが、それでも緋羽莉のおねがいには素直に応えた。
『ワッフーン!』
わたあめはみるみる元気を取り戻し、大きく鳴いて、その場でどすんと跳ねた。地面がわずかに揺れる。
太いしっぽも、ぶんぶんといきおいよく振られている。
『あー、つかれたー……』
アカネはその場にぺたんと座りこみ、赤い羽毛はじっとり汗ばんでいた。
不死鳥とはいえ、まだヒナだ。大きなチカラを使うのは、体に相当な負担がかかるのだろう。
「おつかれさま、アカネちゃん」
緋羽莉はやさしくほほえみ、パートナーを胸にぎゅっと抱き寄せた。
声の調子までやさしくて、聞いているだけで心がほどけそうになる。
抱きしめる腕つきも大きくてあたたかく、包みこむようだった。
やわらかな体のぬくもりと、ふんわり甘い香り。そして、まっすぐなねぎらいの言葉が、アカネの心と体をそっといやしていく。
口には出さないけれど、「がんばってよかった」と思える瞬間だ。
だからアカネは、緋羽莉のことが大好きで、彼女のためならなんだってできるのだ。
「ホント、ありがとうね、ふたりとも! おかげで回復薬が浮いたわあ」
もふるは、緋羽莉とアカネに心から感謝した。
わたあめは体が大きいぶん耐久力は高いが、ゼロに近い状態から満タンまで回復させるには、かなりの量と効き目の薬が必要になるらしい。
『ワッフーン!』
「あははっ! くすぐったいよお!」
わたあめはお礼とばかりに、緋羽莉の顔を大きな舌でぺろりとなめた。
くしゃっと目を細めて笑うその表情は、子どもらしい無邪気さそのもの。
元気いっぱいの反応に、場の空気まであかるくなる。
つやのある健康的なほほが、ぺかぺか光るほどぬれてしまうが、緋羽莉は楽しそうに笑うだけで、まったくイヤな顔をしない。大きな手の甲でごしごしぬぐう仕草まで豪快で、見ていて気持ちがいい。
胸の中のアカネは、全力でイヤがっていたけれど。
『ワフワフ!』
『ワンワン!』
わたあめは、アリスの足もとのミルフィーヌにも声をかけた。
ミルフィーヌも元気に鳴き返す。犬同士、すっかり仲良くなったようだ。
「それじゃああなたたち、ホントに気をつけなさいよー!」
「はーい!」
「もふるさんも、わたあめも、お仕事がんばってくださいね!」
両手をぶんぶん振る見送り方は、遠足帰りの子どもみたいに元気いっぱい。
別れぎわまで全力なのが、いかにも緋羽莉らしい。
こうしてアリスと緋羽莉は、もふると連絡先を交換し、その場で別れた。
あとには、桜の花びらを巻き上げる春風が、ぴゅうっと吹き抜けていく。
どこか胸の奥がきゅっとするような、ほんのちょっぴり名残惜しい別れだった。
思わぬトラブルからの出会いだったが、いまとなっては、もふるとの出会いは大切な思い出として、アリスの心にしっかり刻まれていた。
『なんだか……おもしろい人だったね。もふるさんも、わたあめも』
ブルーの金色のひとみも、あたたかな気持ちで満ちている。
「……まあ、わたしを殺しかけたことは、許さないけどね」
アリスは両手を腰に当て、いたずらっぽく笑いながら言った。
となりの緋羽莉は何も言わない。
アリスの言い分がもっともだと思うし、心の中ではもう許していることもわかっているからだ。
だからただ、やさしくほほえんだ。
その笑みは押しつけがましくなくて、そっと背中を支えるようなやわらかさがある。
『それで、やっぱり……モモイロハネウサギ、さがすんだよね……?』
ブルーは少しおずおずとたずねた。
もふるの話が本当なら、モモイロハネウサギを探せば、ハンターと戦うことになるかもしれない。
アリスに救われたとはいえ、ブルーの中には、犬童におそろしい目にあわされた記憶が、まだ生々しく残っているのだ。
アリスは、迷いなくうなずいた。
「もちろんだよ。さっきも言ったけど、ハンターに狙われてるっていうなら、なおさら急がなくっちゃいけない。モモイロハネウサギに、ブルーみたいな思いはさせられないもん」
ブルーは、はっと息をのんだ。
そうだ……今度はモモイロハネウサギが、ぼくと同じ目にあわされるかもしれないんだ。
未来がまっくらに閉ざされたみたいな、あの絶望。
ブルーはそれをまた味わうのもイヤだったし、だれかほかの子に味わわせたくもなかった。
だから、ぎゅっと大きな手をにぎる。
『……そうだね! ぼくも、がんばるよ!』
『ワン!』
ミルフィーヌも元気に鳴いて、賛成した。
「わたしも、もちろん協力するよ! 約束がなくなったぶん、全力でね!」
緋羽莉は胸にアカネを抱いたまま、前のめりに宣言した。
大きなひとみはきらきら輝き、笑顔は春の日差しみたいにあかるい。
一歩前に出る足どりは軽やかで、ポニーテールが元気よくはねる。
前向きな気持ちがそのまま姿勢にあらわれ、背すじまでしゃんと伸びている。
並んで立つだけで心強い、そんな存在感があった。
「それじゃああらためて、モモイロハネウサギをさがすよー!」
「おー!」
アリスたちは、青とピンクがとけあう春の空に向かって、高くこぶしを突き上げた。
新しい決意が、胸の中で力強く燃えている。
『キュ~……』
その様子を、取り逃がしたカゲは、離れた桜の木のうしろから、一行をじっとのぞいていた。




