第126話 さわやかアスリートガール
天海地魚――
緋羽莉いわく、陸上界のホープで、夢は七種競技の世界王者という、アスリートのたまごなのだそうだ。
ワンダーバトルはトレーニングの一環としてたしなんでいるらしい。けれどアスリートらしく、やるからには全力で取り組んでいるのだとか。今回の校内大会も、本気で優勝を狙っているのだろう。
姉が二人いて、一番上の姉は宇宙飛行士、二番目の姉は水泳で全国大会に出場した経験がある。さらに両親ともにメダリストという、超絶アスリート一家だ。この話を聞かされたとき、アリスだけでなく閃芽も、さすがにおどろいていた。
日焼けした健康的な肌に、無駄のないしなやかな筋肉がほどよくつき、引き締まったウエストから長い脚へとつながるラインは、思わず目を引くほど整っている。ポニーテールにまとめたくすんだ金髪が揺れるたび、レモンのようにさわやかな気配がふわりとひろがる。
校内外でもそのルックスと実力で知られ、"走っても走らなくても絵になる"と話題になっており、すでに陸上界のアイドル候補として注目を集めている存在でもある。
そうした背景もあり、肉体・精神ともに自分よりはるか上を行く相手に、アリスは気を引きしめるのだった。
そしてこの情報を教えてくれ、さらにパートナーたちのトレーニングまで引き受けてくれた緋羽莉のために、ほんのお礼として、試合後に地魚と話をする機会を作ってあげようと、心に誓うのだった。
「ゴー! パンダ!」
緋羽莉のように、全身を使った大げさなアクションで指示を出す地魚。長い腕を大きく振り上げ、背筋をぐっと反らしながら前へ踏み出す。
スニーカーが軽やかに床を蹴り、しなやかに伸びた脚が大きく開くたび、引き締まった体のラインがいっそう際立った。ひとつひとつの動きが無駄なく、それでいて躍動感にあふれ、見ているだけで元気がもらえるようなフレッシュさがあった。
それに応えるように、パートナーの【ネムラナウサギ】が、アリスの一番手である【セルリアンドラコ】のブルーに蹴りかかってきた。
ちなみにネムラナウサギという種名は、いっさい睡眠をとらないその生態から取られている。一説によれば、二度とカメに負けないためだとか、なんとか……
そのため、目のまわりには円形のクマができており、白い体とあいまって、地魚は"パンダ"と名づけたようだ。
『くっ……!』
パンダの動きはあまりにも速く、ブルーは全身にエナをめぐらせて体をこわばらせ、防ぐのでせいいっぱいだ。アリスの先読みすら間に合わないほどの速度だった。
けれど、一回戦を観察していたとおり、一撃一撃はそれほど重くはない。長引けば耐えられないだろうが、こちらが反撃に転じるチャンスはじゅうぶんにある。
ただ問題は――相手の一撃離脱の速度も速すぎて、つかまらないということだ。せめて一瞬でも相手の足を止めることができれば……そうブルーが考えていると、
「ブルー!」
アリスの声と、両手をばっと振り下ろす動きを背中で感じる。
その意図を理解したブルーは、ガードの構えを解き、両手にピンクのオーラをまとって振り上げた。
(何をする気……?)
地魚はいぶかしむ。きゅっと引き結んだ口もとに、わずかな好奇心がにじみ、つり目がちな金のひとみがきらりと光る。額にかかる前髪のすきまからのぞく視線は鋭いのに、どこか親しみやすく、勝負の中でも思わず目を奪われるような美しさがあった。
ブルーの体勢を崩してやろうと、パンダに強い攻撃を指示しようと考えるが……アリスがそのスキを狙っているのではないかと思い、断念する。
このヒットアンドアウェイの速度なら、どんな攻撃が来ようと対応できる――そう判断したのだ。
しかし――
「今よ!」
ドーン!
アリスの合図とともに、ブルーは両こぶしをコートにおもいきりたたきつけた!
瞬間、床に強い振動が発生し、こぶしをかいくぐってブルーに攻撃をヒットさせていたパンダの体が、宙へと浮き上がる!
「しまった! これは……」
宙に打ち上げられたパートナーの姿を見上げながら、地魚は驚きに金色のひとみを見開いた。ぽかんと口を開け、思わず声も出ないといったようす。
ふだんのきりっとした顔立ちが崩れ、年相応のあどけなさが前に出たその表情は愛らしさを帯びていた。金色のひとみは大きく見開かれ、驚きがそのまま映りこんでいる。
そう、これはゼロ回戦でブルーが受けた、【イワヤマガメ】の《地雷震》から着想を得た作戦。地面を鳴らして衝撃波を起こし、空中に浮かせてしまえば、どんなに足が速かろうと意味はないからだ。
ネムラナウサギは足の速さゆえに体重が軽い。そのぶん高く打ち上げられてしまい、パンダは面食らっているようすだ。さらに打撃も軽かったため、ブルーの行動を止めることもできなかった。
「相手が空中を蹴れたり、足場を作る技が使えたら意味ない作戦だけどね」
二階席で閃芽がツッコミを入れる。たしかに、ミルフィーヌの肉球トランポリンのような芸当もあるわけだし。
「それならそれで、アリスなら対抗策を考えたはずだよ!」
緋羽莉はあいもかわらず、アリスへの信頼が厚かった。ぴょん、とその場で小さく跳ねるように体を揺らし、うれしそうに手を胸の前でぎゅっと握る。
ポニーテールが弾むたびに、緋色の髪と黄色いリボンが元気よく揺れ、健康的に引き締まった体つきがいきいきと動く。大きな胸元やしなやかな腰の動きにも、無邪気さと活発さがにじみ出ていた。
そして宙を舞うパンダめがけて、ブルーは両手を突き出し――
『《プリズムバレット》!』
虹色の光球の弾丸を発射。みごと命中し、撃ち落とすことに成功した。パンダはそのまま戦闘不能となる。
「ダウーン! 期待の金髪同士のファーストバウトは、超新星アリス選手が制したーッ!」
ニーナの熱い実況とギャラリーの歓声の中、地魚はパンダをそっと抱き上げるようにして、やさしく声をかける。
細長い指先で頭をなでるしぐさはていねいで、ふっとやわらいだ表情には、どこかはかなげなやさしさが宿っていた。ほんのり汗ばんだ肌がつややかに光り、その中に健やかな色気がにじんでいる。
そして、静かにウォッチの中へと戻してあげた。
「やるね、アリスちゃん。あんな方法でやぶってくるなんて、思わなかったよ」
地魚は、さわやかな笑顔でそう称賛した。くやしさをみじんも感じさせない、すがすがしい表情だ。
日差しを浴びたようにつややかな肌に、うっすらと汗がにじみ、健康的な光沢を放っている。引き締まった頬が笑みによってやわらかく持ち上がり、白い歯がのぞくその表情は、見ているこちらまで元気にさせるようなあかるさと、美しさを兼ね備えていた。
「ありがとう! わたしも、あんなに足の速い相手は……いや、はじめてじゃないな……」
アリスはあかるい顔から一転、半目でごまかすような表情になる。ゼロ回戦で戦った【アダマスゴーレム】の、反則じみたスピードを思い出していたのだ。
「なら今度は、パワーで勝負だよ! マロン、おいで!」
次に呼び出されたのは、三メートル近い巨体をほこるクマ――両手首にトゲトゲした殻を装備した【イガグリズリー】だ。
この種は大型のクマワンダーの中でも、比較的おとなしく、友好的だといわれている。
しかし、それゆえに――信頼するパートナーのためなら、その力を限界以上に発揮する存在でもあるのだ。
イガグリズリーのマロンは、登場するやいなや、二足歩行のまま地面を蹴り、ブルーへと突進する。
ドン、ドン、と重い足音がコートに響き、空気がわずかに震えた。
クマはもともと俊足の生きものではあるが、このスピードは群を抜いている。さすがは陸上選手を主人に持つだけのことはある。
けれども、さすがにウサギほどではない。
ブルーは冷静にタイミングを見極めると、振り下ろされた右腕を、左へ横っ飛びしてかわした。
「《バタフライビート》!」
すかさずアリスが指示を飛ばす。
空いた懐へ、ブルーのこぶしが鋭く突き刺さった。ピンクのオーラをまとった一撃が、マロンの脇腹にめり込む。
ドン、と鈍い衝撃音。
マロンは痛みに顔をゆがめ、短い悲鳴をあげながら、数歩よろめくように後ずさった。
「ウソ!」
地魚が思わず声をあげる。想定外――そんな驚きが、はっきりと顔に出ていた。
ぱちぱちと目を瞬かせ、きりっとした顔立ちの中に、ころころと変わる感情が見え、ふっと幼さがのぞくその一瞬が、かえってかわいらしさを引き立てていた。
「【イガグリズリー】は〈トゲトゲボディ〉の特性を持ってる。両手首のプロテクターだけじゃなくて、全身の毛皮もトゲトゲしてるんだよね」
二階席で閃芽が、とくいげに解説する。まわりの児童たちも、興味深そうに耳を傾けていた。
「でもブルーには、攻撃時に特性を無効化する〈ハーモニクス〉があるから、効かなかった」
りんごが続けて、ていねいに補足する。
「だからそれを知らない地魚さんは、びっくりしてるんだね!」
緋羽莉が花のような笑顔でしめくくった。ぴょこんとその場で軽く跳ねるように身を乗り出し、目を輝かせながら身振り手振りで話す。
大きな体が弾むたびに、しなやかな筋肉とやわらかさが同時に揺れ、元気いっぱいの魅力があふれていた。
「なるほどね。よくわからないけど、どうやらこっちの特性は効かないみたいだね!」
地魚はすぐに状況を見抜いた。さすがはアスリートのたまご、観察眼も判断力も鋭い。
つり目がちなひとみがきゅっと細まり、勝ち気な光を帯びる。口もとには自信に満ちた笑みが浮かび、引き締まった輪郭と相まって、凛々しさとかわいらしさが同時に際立っていた。
「だったら、こういうのはどう!? 《チクチクストーム》!」
びしっと指を突きつける地魚の合図で、マロンが全身をぶるりと震わせる。
次の瞬間――無数の鋭い毛が、嵐のように発射された!
「《ガード》よ!」
アリスはとっさに指示を出す。
ブルーは目の前で両腕を交差させ、防御の姿勢をとる。
バチバチバチッ!
無数の毛がぶつかり、弾かれ、そして一部はそのまま突き刺さる。
物量こそ圧倒的だったが、ブルーの小さくも強固な肉体には、致命的なダメージはない――はずだった。
『いたたたたたっ!?』
しかし次の瞬間、ブルーは悲鳴をあげ、体をばたばたと揺らす。
全身に数十本もの毛が突き刺さり、じわじわと痛みをひろげていたのだ。
刺さった毛は抜けず、一本一本が痛みを持続させる。時間とともに、じわじわと体力と集中力を奪っていく。
これこそが、《チクチクストーム》の真の効果だった。
「特性は無効にできても、技の効果までは無効化できないみたいだね!」
地魚は、さわやかな顔のまま、にやりと笑う。口もとには余裕があり、鋭さを感じさせるひとみはまっすぐ前を見据えている。さわやかさを失わないまま、勝負に臨むアスリートらしい凛とした気配がにじみ出ていた。
ブルーには技そのものを打ち消す手段もある。だが、この物量をすべて無効化するのは難しい――そう判断し、使わなかったのだ。
そして、痛みにあえぐブルーのスキを逃さず、マロンが再び地面を蹴った。
ドンッ!
巨体とは思えない加速で、一気に距離を詰めてくる。
「かわして反撃よ!」
アリスの声で、ブルーはハッと我に返る。
言われた通りに動こうとする――しかし。
『か……体が、うまく動かない!?』
全身にしびれのような感覚が走り、力が入らない。
「しまった……あのトゲ……!」
アリスは気づく。《チクチクストーム》の、もうひとつの効果に。
全身に打ちこまれた毛の針が、要所要所で力の流れを乱している。まるでツボを突かれたかのように、エナの巡りが阻害されていたのだ。
その結果、力が入らず、防御も反応も遅れる――
ドゴォン!
『わああーっ!』
無防備となったブルーに、マロンのイガプロテクターをまとったこぶしが直撃した。
重く、鋭い一撃。
ブルーの体は宙を舞い、大きく吹き飛ばされる。
「ブルー!」
コートの端、自分の足もと近くに落下し、倒れ込んだパートナーに、アリスは叫ぶ。
戦塵がふわりと立ちのぼる中、ブルーは動かない。
はたして――ブルーの安否はいかに……?




