第122話 トレーニング開始!
「それじゃ、緋羽莉ちゃん。みんなをお願いね」
アリスは体育館の外で、スマートウォッチから自分のパートナーたちをすべて呼び出した。
【ワンダフルプリンセス・ミルフィーヌ】に、【セルリアンドラコ】のブルー、【モモイロハネウサギ】のモモ、【モリモール】のグリン、そして【バーニングリズリー】のレッド。
ワンダーバトルが解禁されて、わずか五日。それなのに、我ながらずいぶんな大所帯になったものだと、アリスはあらためて感慨深くなる。
「うん! 責任もってお預かりします!」
緋羽莉は、どーんと大きく胸を張り、にっこりと笑顔で答えた。勢いで、ふくよかな胸元がふわんとやさしく弾み、同時に長い手足まで連動してしなやかに揺れる。
健康的に引き締まった体からは、ぽかぽかとした温もりのような気配がにじみ出ていて、その場にいるだけで安心してしまうような、そんな元気とやさしさがあふれていた。
「閃芽ちゃんはここに残って、わたしに協力してくれる? 研究者の視点から、科学的なアドバイスがほしいんだ」
「そういうことなら、まかせてよ」
自分を見上げて頼んでくる緋羽莉に、閃芽はメガネをキラリと光らせ、得意げに引き受けた。
ふだんのそっけない口調とは裏腹に、閃芽の胸の奥はほんの少しだけあたたかくなっていた。まっすぐに頼ってくるその視線と、まぶしい笑顔に、思わず視線をそらしそうになる。
――こういうところが、ずるい。そう思いながらも、悪い気はまったくしなかった。
「りんごちゃんは、アリスといっしょに試合観戦をお願い! りんごちゃん、観察力するどいもんね! 今後の対戦の参考になるはず!」
「う、うん、がんばる!」
緋羽莉にびしっと指を差され、りんごは「ふん!」と張り切りポーズをとる。
りんごの胸の奥が、ぱっとあかるくなる。自分のことをちゃんと見てくれてる――そのうれしさに、思わず顔がゆるんでしまう。太陽みたいに輝く緋羽莉の笑顔が、まぶしくて、でも大好きで、もっとがんばりたいと自然に思えた。
(やっぱり緋羽莉ちゃん、みんなのいいところを見つけるの、うまいなあ)
と、アリスは心の中で感心する。
自分自身も、緋羽莉のその特技のおかげで、ずいぶん救われた身だからだ。
りんごも閃芽も、それぞれ胸の内で、これまでの出来事を思い返していた。落ち込んだとき、迷ったとき、いつも大きな体ごと包みこむように寄り添ってくれた彼女の姿。あの満面の笑顔と、あたたかいぬくもりが、今もはっきりと思い浮かぶ。その存在は、まるで陽だまりのように、ふたりの心をやさしく照らしていた。
「よーし! チームアリス、作戦開始!」
「「「おー!」」」
四人娘とパートナーたちは(レッドをのぞいて)、いっせいにこぶしを空へと突き上げた。
☆ ☆ ☆
――緋羽莉サイド。
体育館の外で、アリスの五体のパートナーたちは、行動の指示を待っていた。
レッドはもともと人間のいうことなんて素直に聞く性格ではないが、さきほどのバトルで大ダメージを受けているため、ひとまずおとなしくしている状態だ。
「……それで、どうするの? 第8試合まで間はあるとはいえ、その時間だけで何とかできるの?」
提案には乗ったものの、閃芽はややいぶかしむような表情で、現実的な意見を述べた。
「そうだね。ふつうにやってたら、たいしたことはできないかな。でも……アカネちゃん!」
『はーい!』
緋羽莉に呼ばれ、不死鳥のヒナ【スカーレットチック】のアカネが元気に返事をする。
そのあかるく素直なようすから、緋羽莉のことが本当に大好きなのだと伝わってくる。
(ぼくと話すときは、あんなふうに素直じゃないのに……)
ブルーは少しだけ口をへの字に曲げる。けれど同時に、あの気の強いアカネがあんなにも楽しそうにしている理由も、なんとなくわかってしまった。目の前の少女は、それだけのやさしさとあたたかさを持っている――そんなふうに思わされて、ブルーは小さく息をついた。
アカネはパタパタと羽ばたいて上空へ浮かび上がると、その体を虹色に輝かせた。
『《フェニキシアンスペース》!』
虹色の光は滝のように降り注ぎ、ブルーたちを包み込む――
気がつくと、まわりは上下左右すべてが、虹色のまだら模様に満ちた不思議な空間へと変わっていた。
『わあっ!?』『キュー!?』
アリスのパートナーの中でも気が弱いほうのブルーとモモは、とくにびっくり仰天。
ほかの面々も、閃芽を含めて全員が、この奇妙な空間に目を見張っていた。
「この空間の中なら、時間がゆっくりに感じられるから、おもいっきり修行できるよ!」
緋羽莉は、バッと大きく両手をひろげ、満面の笑みで――なにげにとんでもないことを宣言した。
拍子に、すらりと伸びた腕と脚がいきいきと躍動し、全身から弾けるような生命力があふれ出る。きらきらとした笑顔と、たくましくもやわらかな体つきが相まって、その場の空気までぱっとあかるく染めてしまうようだった。
『時間がゆっくりって……すごい……』
幼いながらもドラゴンであるブルーは、その意味の大きさを理解していた。
時間に干渉するなど、よほど強大なワンダーにしかできない芸当だからだ。
少し気の強いところはあるが、アカネに対する尊敬の気持ちが、ぐっと強くなる。
(でもいちばんすごいのは、やっぱり、そんなすごい子をパートナーにしてる……)
ブルーはちらりと緋羽莉を見上げる。そこには、にこにことやさしく見守る少女の姿。自分よりずっと大きなその影が、まるで守ってくれているみたいで――胸の奥が、ほんのりとあたたかくなる。
『ふっふーん。すごいでしょ。けど、そこまで万能ってわけでもないけどね』
アカネは羽ばたきながら着地し、少し得意げに解説を始める。
『まず、この技はアタシがものすごく疲れる。それと、あんまり長い時間この中にいると、体の時間の流れがくるって――ものすごく歳をとったりとか、いろんな不具合が起きちゃうのよね』
『ものすごく……歳を……』
ブルーは、ごくりと息をのんだ。脳裏に浮かんだのは、故郷にいた毛むくじゃらのおじいさんドラゴンの姿。のそのそと動くあの大きな体に、自分がなってしまう光景を想像して――ブルーはびくりと肩をふるわせた。
『寿命が長いワンダーなら、たいしたことないでしょ。問題は人間のほうよ。緋羽莉がヨボヨボのおばあちゃんになったりしたら、大変でしょ?』
『あ……そうだね、それは大変だ』『キュー!』
しわしわになった緋羽莉の姿を思い描いてみる。たしかに大変そうだとは思うけれど――それでも、きっと今と変わらず大きな声で笑って、やさしくみんなを包みこんでいるのだろう。そんな光景が自然と浮かんで、ブルーは少しだけ安心したりするのだった。
「ふふっ、気づかってくれてありがとう」
「……私は気づかってくれないの?」
そんな、どこかほほえましいやり取りを交えながら――緋羽莉のトレーニング指導が、いよいよ始まった。
まずは、ヒーリングジェルによるマッサージでの回復からだ。
体の小さなブルーは、あっという間に終了。みるみるうちにキズは消え、すっかり元どおりの元気な姿に戻った。
次は、少女型のミルフィーヌ。顔から足先まで、ていねいに大きな手をすべらせていく。進化前は子犬型のワンダーだったためか、『くぅ~ん』と気持ちよさそうな声が思わずもれてしまう。
こちらは人間サイズのぶん、ブルーの倍近くの時間がかかった。
そして最後は、3メートル半もある巨体のレッドだが――
『俺はいらん。ケガくらい、ほっときゃ治る』
ぶっきらぼうにそう言って、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。正直、バトル終了時にアリスにかけてもらった回復薬も、不本意だっただろう。
ブルーたちが『気持ちいいのにー』とすすめるものの、結局、最後まで聞く耳を持たなかった。
緋羽莉は無理に手を伸ばそうとはせず、ただやわらかくほほえんだまま、そっと距離を保つ。その表情には、相手の意思を尊重しようとする思いやりがにじんでいて、拒まれてもなお、やさしさだけは変わらずそこにあった。
そこで、桜の大妖精【グランフェアリー・ブロッサム】のヨシノが、せめてもの代わりにと、甘い花の香りをふわりと周囲に満たした。
自然の力による、やさしい癒し効果が期待できるというわけだ。
「じゃあグリン以外は、わたしがいいって言うまで、しばらく体を休めてね」
『え? すぐにトレーニングするんじゃないの?』『キュー?』
お肌つやつやになったブルーは、きょとんとした顔で緋羽莉を見上げる。そばにいるモモも同じように首をかしげた。
「ブルーもモモも、ミルフィーヌもレッドも、敗者復活戦からさっきのバトルまでの疲れが残ってるからね。キズは治したとはいっても、体のダメージが完全に回復しきったわけじゃないんだよ」
緋羽莉は人さし指を立てて、やさしく、しかしはっきりと説明する。
「だから、まずはしっかり休まなくちゃ。そうしないと、せっかくの力も、うまく発揮できないんだよ」
ブルーもモモも、正直なところ実感がわかず、半信半疑だった。
キズが治って、体も元気になったのだから、それでいいじゃないか――そう思わずにはいられないのだ。
そんな二体のようすを見て、緋羽莉は長い脚を折ってしゃがみ、ブルーと同じ目線に合わせる。
「気持ちはわかるよ。でも、今回だけでいいから、わたしの言う通りにしてもらえないかな? きっと、ブルーたちのためになることだから……ね?」
やわらかくほほえみながら、少し首をかしげてお願いする。
かがみこんだその姿は、まるで大きな木陰のようにあたたかい。やわらかな表情と、しなやかな体つきが相まって、その存在そのものが、包みこまれるような安心感を生み出している。
そのやさしい声とまなざしに、ブルーはしばらく迷ったあと――
『……わかった』
小さく、けれどしっかりとうなずいた。ブルーの表情がふっとやわらぐ。ちゃんと伝わっている――そう感じた瞬間、胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
そのようすを見た緋羽莉は、ほっとしたように目を細め、太陽みたいにあかるい笑顔をぱっと咲かせた。
こうして、グリン以外のアリスのパートナー四体は、ヨシノの体からあふれる甘い花の香りに包まれながら、ゆっくりと体を休めることになった。
ほんのりとした暖かさと安心感に満ちた空間の中で、緊張していた心と体が、少しずつほどけていく。
その空間のやわらかな空気は、ただ香りのせいだけではない。そこにいる少女の、あかるくて包みこむような存在感――どこか甘くてあたたかい雰囲気が、自然と心をほどいていく。健康的な色気をほんのりとまとったその姿は、見ているだけで安心してしまう、ふしぎな魅力に満ちていた。
「さて、グリン。まずは昨日、わたしを助けに来てくれてありがとう!」
『モリー!』
緋羽莉は立ち上がると、緑のアフロヘアーがまぶしい大型モグラのグリンに、にこりと笑ってお礼を伝えた。
昨日、学校の裏山での冒険中、緋羽莉が【ハナモグラ】たちにさらわれたとき――グリンは、救出に向かおうとするアリスに力を貸してくれたのだ。
「そのお礼もかねて、まずはあなたのトレーニングをはじめるね! ……って言っても、何からはじめればいいのかな?」
首をかしげる緋羽莉に、閃芽は思わずずっこけた。
「ちょっ……ノープランなの!?」
「うーん、だって、モグラ型のワンダーなんてはじめて接するから……」
緋羽莉は照れくさそうに笑いながら、ぽりぽりと頭をかく。揺れるポニーテールと、無防備な仕草があいまって、思わず目を引くほど愛らしい。
「昨日、そのモグラにさらわれたくせに」
「それはそれ、これはこれだよ! 閃芽ちゃん、力を貸して!」
ほんの少し頬をふくらませて、ぐっと身を乗り出す。その動きにあわせて体のラインがしなやかに揺れ、元気いっぱいなようすがそのまま表れている。真剣なのにどこかかわいらしいその姿に目を奪われてしまう。
「ったく……じゃあ【モリモール】の生態や特性について教えるから、それをもとにプランを考えなよ」
そんなようすを見て、閃芽は小さく肩をすくめる。やれやれと言いたげな顔をしながらも、その口元はほんのわずかにゆるんでいた。
「ありがとう! それじゃ、あなたの体に合った、わたしなりの基本的なトレーニングを教えるね!」
『モリー!』
こうして――緋羽莉と閃芽による、アリスのパートナーたちへのトレーニングが、本格的にはじまった。
そしてその成果は、本番にて存分に発揮されることになる――




