第111話 嵐の合体技
「ファルコン!」「タイガー!」
ツートップは声を重ね、それぞれのパートナーに呼びかける。
呼応するかのように、【エアファルコン】と【サンダイガー】が立ち上がり、全身に強烈な風と電気をほとばしらせた。
その波動は、ブルーもアリスも思わずたじろぐほど。
巻き起こった暴風が、広間となった空間を荒れ狂うように吹き抜け、石の床に砂塵を巻き上げる。
「これは……ちょっとまずいかもね……!」
アリスは左腕で顔をかばいながらも、不敵な笑みを崩さない。
その脚には、吹き飛ばされまいとモモがぎゅっとしがみついている。
ブルーも強風にあおられながら、低く身構え、じっと前方を見据える。
どんな攻撃が来ても対応できるように――そのひとみには、すでに覚悟が宿っていた。
やがて二体の力が頂点に達する。するどく光る眼光が、まっすぐブルーを射抜いた。
ツートップは同時に腕を高く掲げ、ブルーめがけて突き出す!
「「これがオレたちの合体技! 《サンダートルネード》ッ!」」
エアファルコンが放つ暴風。サンダイガーが放つ雷撃。
それらがひとつに融合し――雷をまとった巨大な竜巻となって、ブルーへと襲いかかった!
うねる風の中を、無数のイナズマが暴れ回る。その破壊力は圧倒的で、見ただけで危険だとわかるほどだった。
威力だけなら、これまでに見たどの技よりも上――そう断言できるレベル。
しかも規模が大きすぎる。回避はほぼ不可能。防御すれば……ギリギリ耐えられるかもしれない。
だが、その代償は大きい。このあとも戦いが続くことを考えれば、大ダメージは致命的になりかねない。
《バタフライエフェクト》で無効化を試みても、以前の《音波砲》のときのように、巨大すぎる技はほんの一部しか打ち消せない。まさに焼け石に水だ。
(どうしよう……どうすれば……!)
ブルーの思考が高速でぐるぐる回る。防ぐか、よけるか。それしか頭になかった、そのとき――
「攻撃は最大の防御よ! ブルー!」
アリスの鋭い指示が、電撃のようにひらめきを与えた。
(……攻撃は、最大の防御……攻撃には、攻撃をぶつける!)
そうだ――これまで何度も見てきた。技と技をぶつけ、押し勝つ戦いを。
相手の攻撃をさばく方法は、防御や回避だけじゃない――打ち破る。それもまた、ひとつの答えだ。
ブルーは深く腰を落とし、右のこぶしにチカラを集中させる。
空色のオーラが、右手からあふれ出し、一気に膨れ上がった。
「アリス! ブルー!」
同じ瞬間――外の観覧スペースで、緋羽莉があらんかぎりの声で叫んだ。両手を突き出し、めいっぱいに念を送りながら。
緋羽莉の全身は、わずかに震えていた。それは抑えきれないほどの想いがあふれ出している証だった。
大きな胸が呼吸に合わせて上下し、そのたびにオフショルダーのすきまからのぞく素肌がわずかにきらめく。ぎゅっと結ばれたくちびるは真剣そのもので、無垢な祈りとひたむきな願いが、ひとつの形になって放たれているようだった。
その想いは、まるで一直線に届くかのように――ブルーのオーラに変化をもたらす。
空色だった輝きが、バチバチと音を立てるように――ヴァイオレットの電光へと変わった。
(いける……!)
ブルーは大きな目を見開き、迫り来る雷の嵐を真正面からにらみつける。
「『《マジェスティックインパクト》!』」
アリスとブルーの声が、完全に重なった。
踏み込み――振り抜く!
ヴァイオレットの光をまとったこぶしが、真正面から雷の竜巻へと叩きつけられた!
ズガガガガァーーーン!!!
紫と黄色の電光が激突し、爆発的なエネルギーが広間いっぱいに弾け飛ぶ。
衝撃波が石壁を震わせ、空気そのものが揺らぐ。
外の立体映像も、まばゆい閃光に包まれ、なにも見えなくなった。
ギャラリーは一斉にどよめき、歓声をあげる。
「うわあ……」
りんごも、思わず声をもらす。興奮と驚きが入り混じった、素直な感嘆だった。
「いきなりクライマックスだね……」
閃芽も同じ気持ちなのか、わずかに顔をしかめる。
緋羽莉は、念を送り続けたまま、じっと映像を見つめている。まばたきさえ惜しむように見開かれた黄色いひとみは、ただひとつの姿だけを映している。
額ににじんだ汗が頬を伝い、首筋へと流れ落ちていくが、それをぬぐうことすら忘れている。長い脚をわずかに踏みしめるように立つ姿は、どこか凛としていて――それでいて、親友を信じて見守る少女そのものでもあった。
そのひとみには、ただアリスへの絶対的な信頼だけが宿っていた。疑うという発想すら持たないまっすぐなまなざし。その純度の高い想いは、見ている者の胸を強く打つ。指先に込められた力はかすかに震えながらも途切れることなく、まるで見えない糸でアリスとつながっているかのように、ひたすら前へと伸び続けていた。
やがて――閃光がゆっくりと収まり、視界が戻っていく。広間と化した迷宮の通路が、ふたたび映し出された。
その瞬間、ギャラリーは大きくどよめいた。
なぜなら――大技をぶつけ合ったはずのブルーと、エアファルコン&サンダイガーが――いずれも、大きな傷を負うことなく立っていたからだ。
「……マジ、かよ……!」
ツートップは驚愕に目を見開き、思わず一歩、後ずさった。
技を放ったブルー自身も、信じられないといった様子で自分の体を見回している。
(あんなに強い技とぶつかったはずなのに……あんまり痛くない……これなら――いける!)
確かな手応えを胸に、ブルーはぎゅっとこぶしを握りしめ、キッと二体をにらみつけた。
その視線を受けたタイガーとファルコンは、思わずびくりと身をすくませる。
それはブルーの眼光に気圧されたからだけではない。切り札――まさに“虎の子”だった合体技が破られたという事実が、深く心に突き刺さっていたのだ。
ブルーの放った《マジェスティックインパクト》は、《サンダートルネード》と正面から激突し、その威力を見事に相殺した。
結果として、双方とも致命的なダメージは受けていない。
だが――精神的なダメージは、実に大きな差があった。
動揺を隠せないツートップと、そのパートナーたち。それを見据えるブルーの、揺るがぬひとみ。
ワンダーバトルは、心の戦い。この時点で――勝負は、すでに決していた。
「《プリズムボール》!」
アリスの声がするどく飛ぶ。
ブルーは左右の手に、それぞれ虹色の光球を生み出し――ためらいなく、二体へと投げ放った。
迫りくる光球を見つめながら、風間と杉山はふと思い返していた。
体育の授業のサッカー。クラスの“ツートップ”と呼ばれながら――いつもアリスひとりに翻弄され、手も足も出ず、くやしさを噛みしめていた日々。
そして今。まさかワンダーバトルでも――二人まとめて、同じ思いを味わうことになるとは。
くやしい。けれど――同時に、どこか清々しい。
なぜなら、自分たちはいま、全力をぶつけ合ったのだから。
そして何より――超えたいと心から思える新たにライバルの出現が、二人の胸を熱く燃え上がらせていた。
風間と杉山は顔を見合わせ、ふっと笑う。
そして、声をそろえて叫んだ。
「「次は……負けねえからな!」」
その直後――エアファルコンとサンダイガーの顔面に、光球が直撃した。
ボカァンッ!!
二体は同時に吹き飛び、そのまま崩れ落ちる。
ウォッチが戦闘不能を判定した瞬間――ツートップ……改め、風間と杉山の体は、光に包まれてダンジョンの外へと転移していった。
「やっ……たあーーーっ!」
誰よりも先に歓声を上げたのは――もちろん、緋羽莉だった。
満開の花のような笑顔で、両手足をいっぱいにひろげ、ぴょーんと高く跳ねる。人を飛び越えそうなほどの大ジャンプだ。スカートがふわりと舞いあがるが、本人はまったく気にしていない。むしろ風を受けてひろがる感覚すら楽しんでいるように、くるくると軽やかに回る。
しなやかに伸びた四肢が大きくしなるたび、健康的な体つきがいっそう際立つ。ふとももにはしっかりとした筋肉の張りがありながら、動きに合わせてやわらかな弾力も感じさせる。その無防備な躍動は、年相応のあどけなさと、年齢離れした存在感とを同時に放っていた。
そんな彼女の無邪気さに、まわりの観客たちもつられるように――ドッと、大歓声がひろがった。
とりわけ、アリスや風間たちと同じ5年2組の面々の衝撃は大きい。
一対二という圧倒的不利な状況を――アリスが完璧な形でひっくり返したのだ。
それはもう、誰の目にもあきらかだった。クラスの勢力図が、いまこの瞬間――完全に塗り替えられたのだと。
ツートップの時代は終わった。これからは――アリスのワントップ。
誰もがそう確信した、そのとき――はしゃぎ続ける緋羽莉のうなじを、だれかがつんつん、とつついた。
「……?」
緋羽莉は、くるっと振り返る。
そこに立っていたのは――アリスよりもやや淡い色の金髪碧眼を持つ、長身の美少女。
5年2組の予選通過者――剣城玲那だった。
「玲那ちゃん!」
不意に声をかけられ、緋羽莉は一瞬びくっと肩を揺らした。
だが、振り返って玲那の顔を認めると――ぱあっと、花が咲いたような笑顔になる。
「おはよう、緋羽莉」
玲那もまた、いつものクールな表情をやわらげ、ほのかな笑みを浮かべて応えた。
玲那は小学5年生にして、すでに身長は160センチ近い。すらりと伸びた手足に、無駄のない引き締まった体つきは、まるでモデルのようだ。
一方の緋羽莉は、同じく長身の165センチ。健康的でしなやかな肉づきの体は、躍動感にあふれている。
タイプは対照的ながら、並び立つふたりの姿は――まわりが思わず見とれてしまうほど絵になっていた。
すらりとした玲那の洗練された美しさに対し、緋羽莉は生命力にあふれた華やかさを放っている。引き締まった体に宿るしなやかな丸みと、屈託のない笑顔。その対照はふしぎと調和し、どちらからも目が離せなくなるような、ふしぎな引力を生み出していた。
その光景に、そばにいたりんごと閃芽、そして5年2組のクラスメイトたちも、自然と視線を引き寄せられる。
(そういえば……この子もいたんだった)
誰もが、あらためて思い出す。
玲那はクラス予選を――すべて一撃KOで勝ち上がった実力者だ。
当時はアリスの活躍が目立ちすぎていたが、その圧倒的な強さは、クラスのほとんどが目の当たりにしている。
実際、アリスたち四人組と風間は、放課後に玲那が杉山を瞬殺する場面を見ているのだ。
つまり――アリスが“ワントップ”を名乗るには、まだ越えるべき壁があるということでもある。
「ねえ! いまのバトル見た? アリスとブルー、すっごく強くなってたでしょ!」
緋羽莉はぐっと身を乗り出し、玲那に顔を近づけて言った。距離をためらいなく詰めるその動きには、ただ伝えたいという気持ちだけがまっすぐに表れている。
最愛の親友を自慢するその表情は、ほんのり上気していて、興奮がそのまま伝わってくる。弾む息とともに胸元がわずかに揺れ、頬に残る熱がそのまま伝わってきそうなほど近い。その無垢な勢いに、思わず目をそらす者もいるほどだった。
玲那はクラスでも一、二を争う美少女で、どこか近寄りがたい雰囲気をまとっている。それにもかかわらず、まったく物怖じせず距離を詰めていく緋羽莉に、クラスメイトたちは内心で感心していた。
「……そうね」
玲那はそっと目を閉じ、落ち着いた声で答える。
その声音からは、本心なのか、それとも緋羽莉に合わせた言葉なのか――簡単には読み取れない。
『まっ、遊び相手にはちょうどいいんじゃねーかなー?』
玲那の右肩にひょいと乗ってきたのは、ネコ……いや、トラの子ども型ワンダー【アンバーカブ】のコハク。
腕を組み、余裕たっぷりにそう言い放つ。
おととい初めて会ったときには、玲那はアリスをまったく眼中に入れていないようすだった。それを思えば――今回の言葉は、少なくとも“認めはじめている”と受け取っていいだろう。
そう考えた緋羽莉は、にま~っと満面の笑みを浮かべた。
『な、なんだよオマエ、その顔……キモチわりーな……いてっ!』
コハクが文句を言った瞬間、玲那がコツン、と軽く頭を小突く。
「こら。緋羽莉になんてこと言うの。すっごくかわいい顔じゃない」
そう言う玲那自身も、わずかにむすっとした表情を浮かべている。
そのギャップに、クラスメイトたちは小さくざわめいた。クールな彼女の、めずらしい一面だった。
いっぽう、ほめられた緋羽莉は、ますますうれしそうに笑顔をひろげる。
『うっ……オレさま、コイツ苦手だ!』
コハクはそう言うと、カサカサと素早く玲那の背中へ回り込み、隠れるように身をひそめた。
「ごめんなさい。この子ったら……緋羽莉の何が気に入らないのかしら」
「いいよ。気にしてないから。仲いいんだね」
「まあ、付き合いだけは長いからね」
「今度、パートナーの見せ合いっこしよ?」
「ええ、よろこんで」
緋羽莉と玲那の間に、ほんのりとあたたかい空気が流れる。
見れば見るほど感じられる。並び立つふたりは、同じ長身でありながら、印象はどこまでも正反対だった。
玲那の体はすらりと細く、無駄を削ぎ落としたような静かな美しさをまとっているのに対し、緋羽莉のそれは、しなやかな筋肉に支えられた豊かな曲線を描き、動くたびにやわらかな弾力と生命力を感じさせる。
肩口のあいたトップスからのぞく健康的な肌はほんのりと汗にきらめき、笑顔にあわせて上下する胸元は、幼さの残る顔立ちとは裏腹に、どこか目を引く存在感を放っていた。
そんな自分の変化など意にも介さず、緋羽莉はただうれしそうに玲那の目を見つめ、ころころと表情を変える。その無垢なまなざしは、打算も遠慮もなく、まっすぐに相手へと向けられている。近づく距離も自然体で、思わず息が触れそうなほどの近さにあっても、本人にはまったく気負いがない。
いっぽうの玲那は、わずかに視線をそらしながらも、その無防備な笑顔を拒むことはせず、むしろほんの少しだけ肩の力を抜いているようにも見えた。洗練された立ち姿のまま、緋羽莉のあたたかさを受け入れている――そんな、静かな歩み寄り。
陽だまりのように屈託なく笑う少女と、冬の空気のように澄んだたたずまいの少女。異なる魅力を持つふたりが並ぶことで、その対比はいっそう際立ち――それでいて、ふしぎと心地よい調和を生み出していた。
――そのとき。ギャラリーが、ふたたびざわりと大きくどよめいた。
まるで波がひろがるように、不安と驚きが観覧スペースを駆け抜ける。
「なにがあったの?」
緋羽莉があわてて、りんごと閃芽に問いかける。またアリスの活躍を見逃したのではないかと、胸がざわついているのだ。
「わ、わかんない、けど……」
りんごは不安げにホロビジョンを見つめる。
「映像から――アリスの姿が消えたんだよ」
閃芽の言葉は短く、しかし重かった。
「えええっ!?」
緋羽莉はおどろき目を見開き、思わず声をあげる。
さっきまで確かに映っていたはずのアリスが――いない?
胸がぎゅっと締めつけられる。なにが起きたのか。無事なのか。
答えを求めるように、緋羽莉の黄色いひとみは――立体映像の中継映像へと、ふたたび強く釘づけになるのだった。




