第100話 ヘッドライナーはぼくに
「やっ……た?」
もくもくと煙を上げる一本杉のバケモノ――山の神【マウントレント】を見つめながら、りんごはぼそっとつぶやいた。
閃芽は、まだ油断ならないといった様子で、険しい表情を崩さない。
緋羽莉は気を失い、地面に倒れたまま。その表情は、安らかとは言いがたいものだった。
――それでも、その長い手足が描くしなやかな曲線や、うつぶせに伏した背中越しにもわかるやわらかな起伏は、戦いの最中だというのにどこか目を引くものがあった。
汗にぬれた緋色の髪が頬に張りつき、かすかに上下する背中が、彼女がたしかに生きていることを静かに伝えている。
「……信じられないけど、どうやら、まだ終わりじゃないみたい」
じっと目を細め、老木を見据えていたアリスが、低く言った。
りんごと閃芽は目を見張るが、それほどの驚きはなかった。なんとなく、そんな気がしていたからだ。
これまでの冒険で培われた感覚が、ふたりにも芽生えていたのかもしれない。あるいは、展開を読んでいただけかもしれないけれど。
そのとき――マウントレントは、えぐれた幹の奥にある二つのひとみをギラリと光らせ、枝葉を大きく震わせた。
『まだじゃ……まだワシは動けるぞ……こんなに楽しい遊び、まだまだ終わらせるのはもったいないわい!』
これほどのダメージを受けているというのに、その声には怒りどころか、むしろ喜びがにじんでいた。
アリスたちとの戦いを、心の底から楽しんでいるのだ。
『おぬしも同じ気持ちじゃろう、炎のクマよ!』
『同意を求めんじゃねえよ! いい加減くたばりやがれ!』
そう吐き捨てながらも、どこか楽しげな表情で、レッドは右のツメを振り上げた。
とどめを刺そうとする――が。ここまでの激戦で、その体はすでに限界。動きは鈍く、力も乗っていない。
――そのスキを、マウントレントに突かれてしまった。その根で。
ドスッ!
『うがっ……!』
地面から突き出した根が、レッドの胴体を突き上げる。
深くは刺さらなかったものの、不意を突かれた一撃はあまりにも重い。
ついにレッドはその場に崩れ落ち、その体は光の粒子となって、アリスのウォッチへと還っていった。
『ちっこいのにも、お返しじゃ!』
マウントレントは、続けざまに頭上から無数の木の葉を撃ち出す。
弱っているためか、先ほどより数は少ないが、それでも十分に脅威だ。
空を飛べる【ワカバズク】のザックは、すばやく回避する。
しかし――
『キュルーッ!?』
大きなひまわりを抱えているぶん、動きの鈍い【ヒマワリス】のリースは避けきれず、直撃を受けた。
そのまま力を失い、戦闘不能となってしまう。
これで閃芽も戦えるパートナーを失い、二人目のリタイアとなった。
「リース……おつかれさま」
閃芽はウォッチへと戻ったパートナーに、静かにねぎらいの言葉をかける。
普段は見せないような、やわらかな表情だった。
「ど、ど、ど、どうしよう……!?」
りんごはあわあわと、仲間たちの顔を見回す。
残る戦力は、自分のパートナーのザックのみ。その現実と重圧が、彼女の心に重くのしかかる。
「だいじょうぶ! まだ戦えるワンダーはいるわ!」
そのとき――アリスの、はっきりとした声が響いた。
自信に満ちたその声は、緋羽莉と同じくらいに、ふしぎと不安を打ち消してくれる。
りんごは知っている。この声を出すときのアリスは、必ず道を切り開くのだと。
アリスは右手のウォッチを高く掲げる。あふれ出す光の粒子が、ひとつの姿を形作った。
現れたのは――青いドラゴンの子、【セルリアンドラコ】のブルー。
「えっ、ブルー?」
りんごと閃芽は、同時に声を上げた。
アリスにまだパートナーが残っているのはわかっていた。だが、それは無傷に近い【モモイロハネウサギ】のモモだと思っていたのだ。
まさか――まだ完全に回復していないブルーを呼び出すなんて。その意図が、ふたりには読めなかった。
「ブルー! もう少しがんばれる? 今回のヘッドライナーは、あなたよ!」
『……もちろん!』
アリスの問いに、ブルーは力強くうなずいた。
直前に緋羽莉がヒーリングジェルで応急処置してくれていたとはいえ、ダメージが完全に回復したわけじゃない。ミルフィーヌですら、まだ眠ったままなのだから。
それでも――ブルーの胸の中には、ふしぎなほどの自信が満ちていた。負ける気がしない。
今日一日だけで、彼は多くの経験をした。
ブロッサムスクエアでの初めての異空間の冒険。美しくふしぎな景色。ライバルや強敵との戦い。モモとの出会い。
そして――この裏山では、仲間と力を合わせるよろこびを知った。
(ほんとうに、この地上に来てよかった……)
胸の奥で、あらためてそう思う。
激動の一日も、これが最後の戦い。
その締めくくりを、アリスは自分に託してくれた。
それは――最高の成功体験を、自分に与えてくれるために。
(これまでのすべてを……この一撃にぶつけるんだ!)
ブルーは、強く地を踏みしめた。
『ほっほっほ。さあ、おたがい最後まで、死力を尽くそうではないか!』
マウントレントは、再び足もとの地面から根を生やす。
ダメージの影響か、その動きはどこか鈍く、勢いも弱々しい。だが――それでもなお、接近の難しさを感じさせるには十分だった。死力を尽くすというのは、こういうことなのだろう。
「りんごちゃん! ザック!」
アリスに呼びかけられ、りんごはぴくっと肩を震わせる。
「ブルーはまだ満足に動けない。頼りにしてるよ!」
またも主語の抜けた指示。……けれど今回の意図は、りんごにもはっきりと理解できた。
りんごはこわがりだが、同時にとても頭のいい子だ。
足りない言葉は、信頼の証。
それを向けられたことが、りんごはたまらなくうれしかった。
「……うん、まかせて!」
小さな体で、けれど力強くうなずく。その表情は――ブルーと同じく、これまでにない自信に満ちていた。
そのとき誰も口には出さなかったが――倒れている緋羽莉の存在そのものが、場に残るやさしさの源のようだった。大きな体を小さく丸めるように伏せた姿は無防備で、それでいてどこか包み込むような安心感をまとっている。
「ザック!」
『御意!』
りんごのかけ声とともに、ザックは大きく羽ばたく。
そしてブルーの両肩を、その鋭い脚でしっかりとつかみ――一気に上空へと舞いあがった。
そのままマウントレントめがけて、一直線にテイクオフ!
これならば、地上の根を気にせず一気に距離を詰められる!
その連携に、閃芽も思わずにいっと笑みを浮かべた。
『そうきたか! だが、簡単には来させんぞ!』
老木もまた感心しながら、対抗するように枝を震わせる。
頭上から降り注ぐのは、無数の木の葉――するどい刃の雨だ。
その数は先ほどより少ないとはいえ……ブルーを運んでいるザックは機動力が落ちている。すべてをかわしきることはできない。
バシュッ、バシュッ――
その体を、翼を、葉がかすめ、斬り裂く。
それでもザックは飛び続ける。
ただひとつ――ブルーを老木のもとまで届けるために。
「がんばって、ザック!」
りんごの声援が背中を押す。
ザックは歯を食いしばるように、さらに速度を上げた。
マウントレントの顔面まで――あと数メートル!
『させん!』
マウントレントは大きく息を吸い込み――
ふううううっ!
巨大な顔から吐き出されるのは、まるで突風のような吐息。
『ぬおおっ!?』『わああっ!?』
ザックとブルーの体が、大きく押し戻される。
空中でバランスを崩し、後方へ流されそうになる――その瞬間。
「《ラプターシュート》で、ブルーを蹴っ飛ばしてっ!」
りんごの指示がするどく飛んだ。ザックは即座に判断する。
翼を大きくひろげて風に耐え――一瞬だけブルーを脚から解放。
そして次の瞬間、渾身の脚力で――
ドンッ!
強烈な蹴りを叩き込んだ!
ブルーの体は風を切り裂き、弾丸のように前方へ突き抜ける。
突風を突破し、そのまま斜めに急降下――
地面へと着地したときには、すでにマウントレントの根元。顔面は、目と鼻の先だった。
一方、空中に残ったザックは突風に飲み込まれ――大きく吹き飛ばされる。
そして、そのまま力尽き、地に落ちた。
「いけーーーーーっ!」
アリス、りんご、閃芽――三人の声が重なる。
ブルーは右のこぶしに空色のオーラを集める。
それはやがて――バチバチと弾ける、紫電の輝きへと変わっていった。
(ブルーなら、できるよ!)
そのとき。
三人の声援にまじって――気を失っているはずの緋羽莉の声が、確かに聞こえた気がした。
それと同時に、ふわりと甘い香りが風に乗って届く。倒れたままのはずなのに、まるでそばで見守っているかのようなぬくもり。あたたかくて、やさしくて――思わず胸の奥がほどけてしまいそうになる感覚だった。
ヒーリングジェルを塗ってもらったときの、天にものぼるような心地よさも、胸の奥によみがえる。
たとえ意識を失っていても、みんなを支え続ける存在。
それはまるで――姫君を超えた、“勝利の女神”のようだった。
土に触れた頬も、乱れた髪も、そのすべてが戦いの証でありながら、ふしぎと損なわれない美しさをたたえている。眠るように動かないその姿が、誰よりも強く、みんなの背中を押していた。
『おお……これはまさに、王の資質……!』
さきほどの【キングハナモグラ】と同じ言葉を、老木は思わず口にする。
ブルーの放つヴァイオレットのオーラに圧倒され、迎撃のタイミングを完全に失っていた。
――いや、仮に動けたとしても。この一撃は、止められなかっただろう。
(王の資質……ほんとうに、ぼくにそんなものがあるなら――)
胸の奥から、熱い想いがあふれ出す。
(これからももっと……アリスの、モモの、緋羽莉ちゃんの……みんなの力になれる!)
ブルーは願いをこめて――全身の力をこぶしに集め、振り抜いた!
『《マジェスティックインパクト》!』
その叫びとともに――紫電が閃き、巨木を打ち砕く。
一瞬、世界が静止したかのような静寂。
そして――アリスははっきりと感じ取った。
マウントレントの生命力が、完全に消えたことを。
ブルーは見事――このラストバトルに終止符を打つ、"大トリ”の役目を果たしたのだった。
お読みいただき、ありがとうございました。
このおはなしも今回で100話目をむかえることができました。
おもしろかった、つづきが読みたいと思っていただけたら、
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