15 戦いは、終ってからの方が気苦労が多い その4
「五郎」
俺は会議室に入って来た4人の内、五郎に声を掛ける。すると五郎は、こちらの意図をくんで返してくれる。
「毒を受けた子には、体力回復に薬膳粥を食べさせといた。もう日常生活には問題ねぇよ」
「ありがとう」
五郎に礼を返し、カルナに視線を向ける。どこか表情を強張らせていたけれど、それはこの場で緊張してるというよりは、ミリィのことを心配して気が気でないって感じだ。
ミリィを見ると、無表情でいようとしているんだけど、緊張しているのが見て取れる。
警戒してるって訳じゃないみたいだけど、少しでも自分が失敗しないように気を張ってる感じだ。
そんなカルナとミリィに、苦笑しそうな自分を抑えながら、
「カルナ。ちょっと話を聞きたいんだけど、こっちに来てくれる?」
俺が呼ぶと、カルナは強張った表情のまま俺の傍に来た。
「いまカルナの屋敷の周辺を神与能力で調べて貰ったんだけど、俺たちを襲った魔物が3日以上前から潜んでいたんだ。そういうことをされる心当たりはある?」
「それは――」
カルナの顔が青ざめる。それも仕方ない。俺たちが助けに行かなければ確実に殺されていた魔物が、そんなにも前から居たなんて思いたくもないだろう。
だけど、すぐに自分を律するように厳しい表情になると、
「分かりません。私に恨みや妬みを持っているだけの相手なら、それこそ数え切れないほどいます。ですが、だからといって、あんな魔物を使う程の相手は……」
「一つ聞きたいんですが、それは能力的に出来ないという事ですか? それとも、心理的に無理だと思う、という事ですか?」
悩むカルナに問い掛けたのは、30代後半のぴっしりとしたスーツ姿の理知的な男性といった見た目の、裁定の女神ネメシスの勇者である草凪真志だ。
元居た世界だと、刑事だった真志は落ち着いた声で続ける。
「まずは、状況を整理しましょう。それをするような人間であるかよりも、可能か不可能かで分けていった方が良い。動機と手段は、別物ですから」
これにカルナは考え込むような間を空けた後、
「……私に気付かれず敷地内に魔物を潜ませるようなことが出来るのは、すぐに思いつけるのは、私の父です」
自嘲するような笑みを浮かべながら言うカルナ。けれどすぐに、その笑みは消える。
「カルナさま……」
不安そうに、ぎゅっとカルナの袖口を掴むミリィに、カルナは我に返るように表情を和らげた。その瞬間、一斉に周囲の気配が沸き立つ。
なんというか、お祭り騒ぎな感じに。
(ちょっとぉっ、あちちっなの、このふたりぃ)
(やはり押し倒させるべきじゃね?)
(だからそれしたら戦争だっつってんだろ!)
(この2人には妹は居らんのかのぅ?)
(……青春ですね)
そんな視線をみんなはこっちに向けてくる。
(こいつら……)
ちょっと頭痛くなって来るけど、いつものことなので突っ込みは入れない。それすると、ある意味カルナとミリィは公開処刑だし。
「カルナ。父親が魔物を潜ませる事が可能なのは分かったよ。他には、出来そうな相手はいないの?」
話を戻すようにして俺が訊くと、
「……位階持ちの魔術師クラスの実力があれば、可能です。ですが、それだとあまりにも数が多過ぎます」
状況の複雑さに、悩むような表情を見せながら応えてくれた。
それを聞いた真志は、再び問い掛ける。
「なるほど、分かりました。手段の面から犯人を捜すのは難しいという事ですね。では、動機の面から考えてみましょう。先ほど貴方は、恨まれたり妬まれたりする覚えはあると言われましたが、具体的にはどういうことですか?」
「それは……私は、今の地位に就くために、それなりに反発を受けるようなことはしてきましたから。それに私のような若輩が、位階持ちになっていることを快く思わない方達は確実におられますから。ですが、だからといって、私を殺そうとまでするとは……」
「そうですか。貴方自身には、今回の襲撃をされる覚えがないと。となれば、他の理由があるのかもしれませんね。そう考えるならば、陽色さんが原因と見た方が良いかもしれませんね」
「俺?」
「はい。今回の襲撃で、本命はカルナ氏だと推定されていますが、貴方も襲われている。当事者として見て良いでしょう」
「それはそうだろうけど……でもそれだと、3日以上前からカルナの屋敷に魔物が潜んでいた説明にならないよ。俺がカルナに出会ったのは、今日なんだから」
「ええ。ですから原因というよりは、切っ掛けといった方が良いでしょうね。陽色さん、貴方はカルナ氏と会談したと聞きましたが、どんな内容を話されたのですか?」
「カルナ、話しても良い?」
「はい、構いません」
すぐに返してくれるカルナの表情を見て、話を進めても大丈夫だと判断した俺は、真志に話す。
「魔術師協会を挟まずに、俺たちと魔術資材の取り引きをするって話をしたよ」
「なるほど。では、貴方達の話が盗聴されていたと仮定して、魔術協会には動機がある、ということになりますね」
「それは有り得ません」
即座にカルナは否定する。
「魔術協会なら私を殺さずとも、命令一つで言うことを利かせることが出来ます。ましてや、陽色を魔物で襲撃するような危険なことは絶対にしません。それほど、貴方たち勇者のことを、魔術師は恐れています」
「恐れている、ですか。ならば逆に、それを利用した誰かの可能性もありますね」
「どういうこと?」
俺が尋ねると、真志は考えをまとめるような間を置いて返す。
「魔術協会と我々を敵対させるために今回の襲撃を行った、という可能性も有り得るという事です。もちろん、これには魔術協会以外にも、魔物を人工的に作り出せる何者かが居るという前提ですが」
「それはおるじゃろ」
和花は真志の疑問に答えてくれる。
「魔術協会だけじゃなくとも、王政府直属の魔術師や、辺境領主のお抱え魔術師。他にも在野の組織や個人でも、そこそこおるじゃろうよ。ほれ、お前と有希と和真のヤツがぶっ潰した奴隷組織があったじゃろ?」
「ああ、アレね」
いま思い出してもムカつく奴らだったので、声が荒くなるのを意識して抑える。
望みの奴隷を斡旋するとか言ってきたので、ぶっ潰してやった奴だ。
「お前らが潰したのは、組織の末端みたいじゃが、それでも抱えこんどった魔術師からして、本体に居るであろう魔術師の方は侮れん。そういうのが、探せば結構おる筈じゃからの」
「つまり、今回の犯行を行える能力を持った相手は、数え切れないほど居ると。やれやれ、容疑者探しだけでも骨ですね、これは」
真志は、軽くため息をつくと、俺に訊いてくる。
「それで、これからどうしますか? 容疑者を絞れない以上、積極的に動くのは難しいですが」
「待ちの構えでいこう。それと同時に、犯人を捜す」
「具体的には?」
「狙いも、どこの誰かも分からない以上、俺たちがまず第一に取るべきは、身近な人達の安全の確保だよ。警戒レベルをデフコン4まで上げて、みんなには動いて貰う」
「警戒と情報収集の強化、ですか」
「うん。みんなには、身近な人達に危害が及ばないよう、予防的に警戒に当たって貰うよ。それと同時に、今回の犯人を捜すために専属で誰か動いて貰う。真志、頼めるかな?」
「ええ、もちろん。頼まれなければ、立候補するつもりでしたから。他の勇者にも何人か当たって、チームを組んで動いてみます」
「ありがとう、頼んだよ。あとは――」
俺はカルナに視線を向け、
「カルナ。カルナは、身近な人がどれぐらい居る? 居るなら教えて。俺たちが守るから」
余計なことは言わず、用件だけを伝える。下手に余計なことを言って、悩ませたくなかったからだ。
それでもカルナは、苦悩を浮かべる。けれど、それを飲み込んで返してくれた。
「私に協力してくれる仲間がいます。全員で34人、お願いします」
ただひたすらにカルナは頼む。それは自分の仲間を大切にしてるんだって、分かるぐらい必死だった。
だから俺はすぐにカルナに返す。
「分かった。それじゃ、まずは全員の住所を教えて。菊野さんの神与能力で、今どうなってるか視て貰うから。万が一にも、カルナの屋敷みたいに魔物が潜んでいたなら、すぐに対処しに行かないといけないから。
菊野さん、頼めるかな? 疲れてない?」
これに菊野さんは、俺を安心させてくれるように小さく笑うと、
「大丈夫です。任せて下さい」
力強く返してくれた。
あとで五郎に、疲労回復の料理を作って貰って持って行ってあげようと決意しながら、俺は頼む。
「ありがとう。頼んだよ」
すぐにカルナから住所を聞き、菊野さんは神与能力を使っていく。
その間にも、俺たちは今後の対応を話し詰めていき、30分ほどで、
「終わりました。本人達の無事と、周辺の状況も確認しましたが、問題はありません。魔物が潜んでいたのは、カルナさんの屋敷の敷地だけだったみたいです」
菊野さんは結果を報告してくれる。俺は礼と労いの言葉を返した後、皆に言う。
「とりあえず、いま話した通り、みんなで警戒と情報収集に当たろう。出来るだけ希望する役に就けるよう調整するから、いま来てないみんなにも可能な限り伝えておいて。
あと、明日の朝になったら、俺は魔術協会に行くよ。事態の説明もしたいし、それで向こうがどんな反応するのか、見てみたいしね」
「それで良いじゃろ。じゃ、決まった所で、とりあえずお前は休んどけ、陽色」
「え、なんで?」
俺が訊き返すと、和花は呆れ顔で言った。
「ぶっ倒れでもされたら堪らんからに決っとるじゃろうが。お前、魔物と戦って怪我しとるくせに、なに言っとんじゃ」
「……でも、大丈夫だよ」
「ダメなヤツほどそう言うんじゃ、バカたれ。少しは寝とけ」
「……いや、それは……正直言うと、眠れそうにないし。気が高ぶってるというか……」
「じゃったら、せめて部屋で大人しくしとれ。少なくとも、今の表情のまま、魔術協会になんざ行かせられんわ」
「……えっと、そんなに酷い表情してる?」
恐る恐る訊くと、俺の隣に座っていたリリスが、
「笑顔だけど、噛み殺しそうな表情してるわよ。笑顔なだけで、目は全然笑ってないし」
ため息をつくように言った。
……いかん。久しぶりに本格的に戦って、高ぶった気持ちが表情に出てたみたいだ。
「……うん、分かった。それじゃ、悪いけど、しばらく休ませて貰うね」
みんなに悪いな、と思いつつ言うと、
「休めば良いじゃないのよぉ。気が高ぶってんなら、リリスに鎮めて貰えば好いでしょうしぃ」
「上が休んでくれないと、下も気軽に休めません。気にせず、ゆっくりして下さい」
「休んだ方が、効率的ですよ、陽色さん」
「そうそう、休め休め。その分、他で働いて貰うんじゃからの」
「じゃ、俺もついでに酒かっ喰らって寝るわ」
「テメェは働け」
みんな、若干1名違うけど、優しい言葉を掛けてくれる。
嬉しくて、ちょっと泣きそうになったけど、我慢我慢。
「ありがとう、みんな。それじゃ、少し休ませて貰うね」
俺はみんなに礼を返すと、
「カルナ。明日、俺と一緒に魔術協会に行って貰うから、カルナも今の内に休んどいて。ミリィも、無理はしちゃダメだよ」
カルナとミリィを休ませるために、少しキツめに言う。
その甲斐もあったのか、素直に返事をしてくれた二人を五郎と和真に任せ、俺はリリスと自分の部屋に。
なのだけど、眠れるほど気が落ち着いていない俺は、なぜだかベットの上でリリスにお説教をされていた。




