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転生して十年経ったので街を作ることにしました  作者: 笹村工事
第一章 街を作る準備をするよ
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幕間 カルナの想い、彼の過去 その1 ミリィとの出会い

 2人きりの医務室で、カルナは祈り続けていた。


「ミリィ……」


 ただひたすらにミリィを想い、回復を願う。それは奇跡へと変わり、ミリィの容体を快復に向かわせていた。

 苦しげな息が落ち着き、安らかな物に変わっていく。それに安堵を覚え、ミリィを失うかもしれない恐怖が薄れていく。

 けれど、恐怖が薄れていくにつれて、今度は罪悪感が浮かんでくる。


(ごめん、ミリィ……)


 自分を助けるため、とっさに身を挺して庇ってくれたミリィの事が頭から離れない。


(私が、弱いから……)


 ミリィを守るどころか、助けられた不甲斐なさに情けなさが渦巻く。


(私と、一緒に居たから……)


 実家を出ていく時、ミリィを連れて出なければ、こんな事にはならなかったのにと、後悔が湧いて出る。

 けれど、同時に想ってしまう。

 離れたくない、ずっと傍に居て欲しい、と。


 それは実家で彼女と共に過ごす内に、自然と抱いた想いだった。

 いや、あるいは、初めて出会った時にはもう、そう思っていたのかもしれない。


「今日から、この娘がお前の身の回りの雑用と護衛に就く。好きに使え」


 カルナとミリィの出会いは10歳の時。

 カルナの父が、メイドとしてミリィを連れて来た時からのことだ。


「護衛ですか? 使えるのですか、これが?」


 その時の自分のことを思い出すと、カルナは苛立たしくなる。

 まだ碌に何も知らないくせに、全てを知ったつもりになっていた馬鹿な子供。

 それが、その時の自分だったからだ。けれど、そんな自分に、


「ミリィと申します、カルナさま。全力で、お仕えさせて頂きます」


 カルナと出会えたことが、何よりも嬉しいのだというような、晴れやかな表情で見つめてくれた。

 けれど、その時のカルナは、


(犬みたいだな)


 としか、思わなかったけれど。

 実際、ミリィは躾の良く行き届いた犬のようだった。

 主であるカルナの傍に、常に一歩下がった状態で控え、何かあればすぐに応える。

 忠犬が主人の命令を待ちわびるかのように、カルナと一緒に居続けた。


 最初は便利だな、と思った。

 命令一つで、何でもする。いつどこだろうと傍に居て、甲斐甲斐しく働いた。


 けれど段々と、疎ましく思えてきた。あまりにも、自分の命令を利き過ぎるからだ。

 どんなにぞんざいに言おうと、どれだけ下らない事だとしても、いつもミリィは一生懸命だった。


 カルナの命令をいつも嬉しそうに聞いて、それをこなす間はずっと、楽しそうだった。だから、


「馬鹿じゃないのか、お前」


 最後には我慢できずに言ってしまった。それにミリィは不思議そうに聞き返した。


「馬鹿、ですか?」

「そうだ。いつもいつも馬鹿みたいにへらへら笑って。僕の言うことなら何でも利いて。それもどうでもいいような下らない事ばかりで、楽しいのか、お前は」

「はい! だって、カルナさまのお役に立てるから、嬉しいんです!」

「…………」


 一事が万事、そんな風だった。それが、カルナには段々と苦しくなっていった。

 だから、そんなミリィを壊してしまいたくて、ある日無茶なことを言った。


「あの子猫、煩い。捕まえて来い」


 屋敷の外に植えられていた大木。10mを優に得る、その木の枝の先に、どうやってか登った子猫が降りられなくなって鳴いていた。

 それを、捕まえて来いと命令したのだ。


 絶対に嫌がると思っていた。大人だって躊躇するようなその大木に、自分よりも小さな女の子が登ろうとする訳が無いと思ったのだ。

 そして、彼女が嫌だと言ったなら、自分が返す言葉も決めていた。


 嫌なら嫌と言えば良い。これからも、そうしろ、と。けれど、


「はい! カルナさま!」


 それは完全にミリィを舐めた考えだった。

 ミリィは嬉しそうに応えると、木に登りに行ったのだ。

 慌てて追い駆けたけれど、既に追い付いた時には木に登り始め、カルナはそれを見上げているしかなかった。


 その間は、恐怖の連続だった。ミリィは何度もバランスを崩し掛け、今にも落ちるのではないかとハラハラした。

 けれどミリィは落ちることなどなく、子猫を木から降ろしカルナの前に持って来たのだ。


「はい、カルナさま」


 いつもと同じ、嬉しそうなその表情に、我慢できずにその時のカルナは言った。 


「馬鹿! 落ちたらどうするんだ! 僕の命令だからって、何でも聞くな!」


 カルナの剣幕に、その時のミリィはびくりと体を震わせ、


「ごめんなさい……」


 消え入りそうな声で謝った。泣き出しそうになるのをこらえるような彼女に慌てて、


「な、なんでお前が謝るんだ! 違うだろう……そんな、こんなのは……違う……」


 ぐるぐると掻き乱れる心を抑えながら、絞り出すように本音を口にした。


「嫌なことは、ちゃんと言え……それぐらい、僕にだってできるんだ……」

「嫌じゃないです!」


 ミリィの応えは、迷いなく即座に返された。


「私……私は、誰かの役に立てるのが嬉しいんです。でも、でもカルナさまの役に立てることが、一番嬉しいんです。

 だから、だから嫌なんかじゃないです! すごく、すごく嬉しいんですカルナさま!」


 満面の笑顔を浮かべながら、誇らしげにミリィは言ったのだ。

 その時から、カルナのミリィを見る目は変わっていった。


 彼女のすることをよく見るようになり、彼女が見せることの無い努力に気付けるようになったのだ。 


 同じことを頼めば、いつも前よりも巧くなっていた。

 それがどれほどの苦労なのか知りたくて、隠れて自分でお茶を入れてみたこともあった。


 不味かった。いつもミリィが淹れてくれる物とは比べ物にならないほど。

 味も、そして飲む時の温度も、全然違う。

 ミリィならカルナのその時々に合わせ、淹れるお茶の種類も温度もカップさえも、変えて出してくれていた。

 それにようやく、その時のカルナは気付けた。


 それが、カルナは嬉しかった。自分のために、自分を喜ばせるために、自分のことをちゃんと見てくれているのが分かり、嬉しくなった。

 そんな風に自分の事を見てくれる人に、カルナは初めて出会えたのだ。


 なにしろ両親さえ、カルナの事をまともに見ていなかったのだから。

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