15 戦いは、終ってからの方が気苦労が多い その2 女神の癒し
有希のどこでも倉庫の能力を使って、俺たちは屋敷に移動した。
出口は、緊急用に用意してある屋敷中央の部屋だ。
ここを使う時は、なんらかの緊急事態なので、使うと同時に勇者のみんなには連絡が自動的に行くようにしてある。
「カルナ、連いて来て。ミリィを治す部屋に連れていくから」
俺はカルナを誘導する間に、一緒に連いて来てくれた有希と和真に指示を出す。
「有希、悪いけどこれから、みんなの所を回って事の詳細を伝えて欲しい。手が空いてる人が居たら、こっちに来て貰えるようにも頼んでおいて」
「分かったっすよ。リトとララとロッカを部屋に連れていったら、すぐに動くっすよ。部屋は、いつもの所で良いっすね?」
「うん。いつもの来客用の部屋を使って。それで和真は――」
「分かった。休んどく」
「後にして! いま屋敷には、五郎が来てるから、ミリィが体力回復できるような料理を作って貰えるよう頼みに行って。多分、厨房に居ると思うから」
「へいへい、分かりやしたよ」
「頼むよ。それが終わったら、好きにしてくれて良いから」
「おっ、それじゃま、ただ飯とタダ酒にありつかせて貰いますかねっと」
気安い言葉を交わし、俺たちはそれぞれ目指す場所に動く。
「……手慣れていますね」
移動しながら話し掛けてくるカルナに、
「魔王との戦いで、こういうのには慣れちゃったから。それに――」
ちょっと言葉を選んでから続けて返す。
「魔王との戦いが終わっても、なにがあるかは分からないからね。その用心に、色々と訓練とかしてるから」
「……それは、王政府や……魔術協会と、争いになることを考えての物ですか?」
「全部だよ」
俺の答えに、カルナの息を飲むような気配が伝わってくる。
それを和らげるように、俺は続けた。
「別に、こちらから何かをするつもりはないよ。あくまでも、ただの自衛だから。命は惜しいからね」
「……魔物と、あれだけの戦いをされたのに、随分と慎重なんですね」
「命を懸けなきゃいけない時は賭けるよ。でも死にたくないし、誰も死なせたくないんだ。死ぬことは一度経験したけど、二度も繰り返したいとは思えないからね」
「……それは、貴方達の元居た世界でのことですか?」
「うん。俺以外の勇者も、殺されたり病死だったり寿命だったり事故だったり、それぞれ色々な理由で死んでるけど、みんな俺と同じ気持ちだよ。
みんなと一緒に生きていたい。それだけなんだ。
もちろん、この世界の人達みんな、ともね。
そのための苦労なら、頑張ってするさ」
「…………」
応えは返ってこない。
俺の、そしてみんなの素直な気持ちを伝えたつもりだけれど、それをカルナがどう思ってくれるかは分からない。
でも、これから友達として一緒に生きていたいと想える相手には、自分の本音を伝えたかったんだ。
そうしてお互い無言のまま、医務室へと向かう途中で、
「陽色、どうしたの!?」
リリスに出会った。リリスは、俺の様子を見るなり慌てて走り寄って来ると、
「怪我してるの? どうして? どこかで危ないことしたの?」
不安と恐怖の入り混じった表情で、俺に問い掛けてくる。
俺はリリスを安心させてあげたかったけど、事態が事態なので、手短に話す。
「心配しないで、俺は大丈夫だから。それより、リリスに癒して欲しい子がいるんだ」
俺は、カルナに抱き抱えられたミリィを示すと、
「魔物の魔術毒を受けてるんだ。治してあげて」
手早く説明する。
リリスは、少しだけ俺に何か言いたそうだったけど、ミリィを優先させてくれた。
リリスは、ミリィの傍に近付くと、苦しげに汗ばむ頬に手を当てて、
「こんなに苦しんで……大丈夫、すぐに治してあげる」
ミリィを、そしてカルナを力付けるように優しい声で言った。そして、
「医務室に連れて行ってあげて。そこで治すから。陽色――」
リリスは俺に何か言いたげに見つめる。それが何かは、聞かなくても分かったのでこの場で返す。
「カルナも一緒で大丈夫だよ。リリスが俺の女神だってことは、もう伝えてるから」
「……そう。分かったわ。なら、ここで姿を変えても良いわね」
リリスはカルナを興味深げに見つめると、やわらかく笑みを向け、
「驚かないでね?」
いたずらっぽく言うと、一気に成長した。
少女の姿から、成熟した大人の女性の姿へと変わる。着ている服も分解と再構成を瞬時に行い、華やかで可愛らしい空色のワンピースから、厳かな黒を基調としたドレスへと造り替えた。
そして、抑えていた女神としての本性を開放する。
その途端、周囲に溢れるような神々しい気配が広がっていく。
傍に居るだけで頭を垂れてしまいそうになる神気が、リリスが居るだけで満ちてくる。
「本当に……本物の、神……」
呆然と呟くカルナに、
「その子、早く治してあげましょう。部屋に、ついて来てくれる?」
リリスは落ち着かせるように優しく言った。その優しい声に、張り詰めていた気持ちが緩んだのか、少しだけ涙ぐむカルナは、リリスの言葉に従い俺たちの後について医務室に入る。
部屋の中は、元居た世界の保健室といった感じだ。医務室を作る時、元居た世界を懐かしんで、似せて作ったんだ。
「そのベットに、その子を寝かせてあげて」
リリスの指示に従い、カルナは大事そうにそっと、ミリィをベットに横たえる。心配そうに彼女を見詰めるカルナに、
「名前を教えてくれる? 貴方と、その子の名前を」
リリスは神の奇跡を、より確実な物にするために問い掛ける。すぐにカルナは、
「カルナ・ストラドフォードと申します。彼女は、ミリィです」
縋るような眼差しでリリスを見詰めながら応えた。その眼差しに、リリスは返す。
「分かったわ、カルナ。これから貴方の祈りを糧に奇跡を起こします。だから、彼女の手を繋いであげて、カルナ」
リリスの言葉に従い、カルナはミリィの手を取る。
跪くようにして、ベットに横たわるミリィの傍に寄り、彼女の手を両手で包み込んだ。
その途端、カルナとミリィを囲むように、温かな輝きを放つ法円が生まれる。
リリスが、奇跡を生み出す結界を創り出したのだ。
この法円に包まれ、聖別された空間では、人の祈りが因果を超越した事実を生み出す。
これこそが神の力。人の祈りにより過程も因果も無視した現実を形にする力だ。
祈りある限り万能であり、そして祈りの質と量に左右される限定的な力でもある。
人では決して再現できない、神の業だ。
それは、確かな形となって現れた。
「ミリィ……」
カルナは祈る。ただひたすらに。ミリィのことだけを想いって。
その祈りが、奇跡へと変わる。
ミリィの青ざめていた肌の色が、徐々に赤みを帯びていき、浅く多く繰り返された息が、ゆっくりと落ち着いた物へと変わっていく。
「もう、大丈夫。貴方の祈りは叶ったわ。このまま祈り続けていれば、彼女はすぐに目を覚ますでしょうね」
「……良かった……ありがとう、ございます……」
静かに涙を流しながら感謝の言葉を口にするカルナの頭を、リリスは優しく撫でる。
そして同じように、ミリィの頭も撫でてあげると、
「陽色、しばらく2人にしてあげましょう。私達がここに居なくても、大丈夫だから」
カルナとミリィの2人を気遣うように、リリスは言った。
「うん、分かった。
カルナ、しばらく、俺たちは離れるから。もし何かあれば、そこの水晶玉に触れながら喋って。遠話用の魔導具だから、すぐに来るから」
「はい……」
涙を流しながら、不器用に笑い応えるカルナに、
「それじゃ、しばらく離れるよ。あとで、色々と聞く事があるかもしれないけど、その時はよろしくね」
俺はカルナに言うと、リリスと一緒に医務室を後にする。
すると、部屋を出た途端、
「怪我、痛くない?」
リリスは俺の手をぎゅっと握りしめ、心配そうに見つめてきた。
俺は、リリスを安心させるように笑顔で返す。
「大丈夫。大したことないから」
「……ホントに? 嘘は、ダメなんだからね」
「うん、本当だって。ちょっと時間がかかりそうな相手だから、神与能力使っただけで」
「神与能力、使ったの」
「……えっと、うん……」
「なんで、目を逸らすの? どうせまた、無茶したんでしょ」
「……別に、そんな無茶って訳じゃ……」
「嘘。絶対無茶したんでしょ。約束、また破ったの?」
「……いや、そんなことは……」
「……あとで、お説教だからね」
「……はい」
涙目で言うリリスに反論なんて出来なくて、俺は頷くしか出来なかった。
そうして、陽色とリリスが部屋を出た後、2人きりになった医務室で、カルナはミリィを想い続けていた。




