13 襲撃される2人 その3 危機一髪
「ガアアアアアアアッ!」
吠え叫びながら、魔物が突進してくる。
床を踏み砕きながら真っ直ぐに、ミリィを粉砕せんと拳を引き絞る。
迎え撃つミリィは動くことなく、拳を構え待ち受けていた。
両者の激突は一瞬で訪れる。
先手を放ったのは魔物。攻撃の間合いに踏み込むと同時に、右の拳2つを異なる軌道で打ち放つ。
ほぼ同時に、激音が2つ。周囲に響いた。
ミリィの左拳による2連撃が、叩き落とすのではなく真っ向から打ち合う。
その威力は魔物の拳を破壊した。
1つを砕き、更に1つに罅を入れる。
だが魔物は痛みを感じていないのか、間髪入れず崩れた姿勢から、残りの左拳を2つ放とうとした。
けれど、ミリィの方が更に速い。
左拳2連を放ち終ると同時に、鮮やかな足さばきで魔物の左半身に踏み込み、魔物の左腕の一つに渾身の右ストレートを叩き込む。
その瞬間、爆発する。
ミリィの右拳が減り込むと同時に、魔物の腕は爆発し砕け散った。
それはミリィの切り札である攻撃魔法『爆拳』
拳を叩き込む衝撃と共に流し込んだ魔力を爆発させ、敵を粉砕する魔法である。
腕を破壊され、大きく体勢を崩す魔物。
そこへ更に、ミリィは連撃を叩き込む。
身体を沈め、魔物の右足に爆拳を叩き込み爆破。
そこから即座に身体を起こし、魔物の右腕の1つを同様にして破壊する。
連続して叩き込まれた攻撃に、魔物は大きく後ろに吹っ飛ばされる。
そこに追い詰めるようにして、ミリィは一気に距離を詰めようとする。
(残りの腕と足を破壊する。カルナさまが、調べられるようにしておかないと)
完全な破壊ではなく生け捕りをミリィは狙う。
全てはカルナのため。
突然襲撃してきた魔物が、どのような性質の物なのか?
カルナならば知りたい筈だと考えたのだ。
けれど、それはカルナに止められる。
「ミリィ! こっちに来て!」
切羽詰まったカルナの声に、考えるよりも早く体が反応したミリィは、大きく一跳びで後方のカルナの傍に。
「カルナさま。一体――」
ミリィが問う暇さえなく、周囲は爆発に包まれた。
打ち倒された魔物が、大爆発を起こしたのだ。
爆発は屋敷の大半を粉砕するほどの威力を見せる。
屋敷は玄関口から半分近くが吹き飛び、剥き出しになり、外の景色が丸見えになっていた。
周囲には、爆発により巻き起こった粉塵が舞い、酷く見通しが悪い。
その中にあって、ミリィとカルナは無傷だった。
「カルナさま、怪我は――っ」
「大丈夫。それよりミリィの方こそ、怪我は無いね?」
カルナが半球状に展開した防御魔法により、2人には怪我一つなかった。
「怪我は、無いのですね」
安堵するように言うミリィに、
「ないよ。ミリィも、平気みたいで良かった」
カルナも一息つくように安堵しながら、防御魔法を使ったまま周囲を探る。
「魔力結晶どころか、残骸すら残ってないな。どう考えても、普通の魔物じゃない。なんなんだ、さっきのアレは」
思い悩むように眉を寄せるカルナに、
「分かりませんが、ここに居るのは危険です。あの魔物、一体だけとは限ら――」
ミリィは周囲を警戒しながら進言しようとする途中で、カルナを突き飛ばす。
それをカルナが疑問に思うより早く、ミリィの腕が斬り裂かれた。
「ミリィ!」
叫ぶように声を上げるカルナ。視線は、ミリィを斬り裂いた漆黒の帯の大元に向かう。
そこに居たのは、先ほどの魔物とは異なる姿の魔物。
のっぺりとした全身に、両腕を帯状に伸ばしている。
「ギイィィィウ」
魔物は首を90度横に曲げると、残った腕を放つ。
同時に、すでに放った腕を引き戻しながら、うねりを見せてカルナに襲い掛かる。
その速さに、カルナは反応できない。
首を斬り裂かれる。
そう思えた瞬間、ミリィが我が身を省みず跳び出し防ぐ。
引き戻される腕を掴み地面に叩き付け、放たれた腕を残った拳で殴り付け弾き飛ばす。
一瞬とはいえ、危機から逃れた瞬間に、ミリィはカルナを抱きかかえその場から跳ぶ。
一跳びで10m近くを跳び、カルナを降ろし魔物と正面から対峙する。
「カルナさま、逃げて下さい」
「ダメだ!」
背中に庇われる自分のふがいなさに憤りながら、カルナは叫ぶ。
「ミリィを置いて行けるか! 逃げるなら2人一緒じゃないとダメだ!」
これにミリィは即座に返す。
「危険です。あの魔物、固定型の防御魔法だけでなく、私に掛けて頂いた防御魔法すら斬り裂きました。おそらく、単純な防御魔法では防げません」
「だからなんだ! そんなのミリィを置いて行く理由になるか!」
斬り裂かれ傷付き、滴るほどに血を流しているミリィを見詰めながらカルナは言い切る。
「ミリィと一緒じゃなきゃダメなんだ! 絶対に、独りになんかしない!」
「……っ」
カルナの言葉に揺れそうになる心を無理やり押さえつけ、ミリィは魔物を倒すべく身体強化魔法を最大限に上げる。
狙いは短期決戦。一瞬で全ての力を出し切り、魔物を粉砕しようとする。
だが、それをあざ笑うように、敵は更に現れた。
ミリィとカルナを囲むように、地面から魔物が浮かび上がる。
新たに発生した2体の魔物は、ミリィ達に血の気が引く余裕すら与えず、一斉に攻撃しようとする。
異なる位置からの、3点同時攻撃。
その一つを、カルナは先んじて攻撃する。
「業火よ、我が敵を撃ち抜け!」
簡易詠唱により威力を上げた炎系攻撃魔法を撃ち放つ。
発生した槍状の炎の塊は、弓矢に近い速度で魔物の一体に迫るも、危なげも無く避けられる。だが、その瞬間――
「――弾けろ!」
追加の詠唱により効果を変えられた炎の槍は、魔物の横を通り過ぎようとした瞬間、破裂するように炎を撒き散らす。
まともに食らう魔物。けれど炎に焼かれながらも、魔物は平然と攻撃を再開しようとする。
それに恐怖を感じる余裕すら残り2体の魔物は与えず、既に攻撃は放たれていた。
カルナを刺し殺そうとするべく、帯状の腕が放たれる。
(させない!)
即座にミリィは立ちはだかり、両の拳で斬撃の1つを弾き防ぐ。
だが、それが限界だった。
ミリィの両手を覆っていた、魔術により作りだされた手甲が耐えきれずに破壊される。
破壊された手甲が魔力に戻り虚空に融け消える中、防ぐことのできない残り一つの斬撃がカルナを襲う。
すでに、ミリィには防ぐ術は残っていない。
けれどそれでも、身体は思うより早く動いていた。
自らを盾にするようにして、斬撃の軌道に身体をさらす。
防げない。その絶望に、カルナが叫ぶよりも早く、
「ふざけんな」
陽色の斬撃が、絶望を斬り裂いた。




